ようこそ
ハイテ丘でのリザードマン事件の前日。ギル宅ではこんなやり取りがあった。
「さぁ〜て、それじゃあさくさくっと明日の予習をしちゃいましょうか」
派遣精霊ルピルは机の上にちょこんと座り足をばたつかせながらギルに話し掛ける。
「え、あ、はい。えーと……」
「ん? どうしたんですかぁ〜」
「いや、俺は何をしたらいいんですかね。その……時間を操る剣で予習と言っても何から始めたらいいのか……」
そうに呟くギルに対してルピルは多少食い気味に答える。
「あらあら〜ギル君ったら本当に困った子ですね〜。そこから分からないんですね? 『分からないところが分からない』んですね!?」
目をキラキラさせながら嬉しそうに近寄るルピルに多少の面倒さを感じながらも、ギルはコクリと頷く。
「それなら私にお任せあれ! 楽しく学ぶがモットーの神剣ゼミですよ」
「は、はぁ……だからその学び方が分からないんですけど」
「駄目、焦っちゃ駄目ですよギル君。いいですか? 予習の基本は、分かるところ、出来るところからやって行く。そして今自分が出来る事を把握する、これが大事なんです」
(急に先生口調に!?)
「ちなみに今ギル君が出来る事は、便所掃除とトイレ清掃くらいかしら?」
「かしら? じゃないですよ! それ実質一つじゃないですか! もっと他にも色々出来ますよ!」
「弱い者イジメとか?」
「俺ただの糞野郎じゃないですか!」
「も〜冗談ですよ〜。便所掃除と掛けまして弱い者イジメと解いてみたら、その心がウンコだっただけですよぉ」
(精霊がウンコとか言うなよ……)
本題に中々入ってくれない派遣精霊。ギルは苛立ちを募らせながら神剣レッドペンサーの方へと向かうと、おもむろに柄を掴んで床から引き抜こうとする。
しかしどれだけ力を込めようとも神剣はピクリとも動かない。
「ぐぎぎ、なんなんだよこの剣……床に刺さってるだけなのに……」
4.5分の間押したり引いたりと試行錯誤を繰り返したが一向に抜ける気配はない。
「ほら、ルピルさん。この剣で何かするんでしょ! これどう使うんですか!」
ギルは多少荒い声でルピルに問う。しかしルピルは穏やかな表情でゆっくりと首を横に振る。
「さっき言ったじゃないですか。ギル君は自分が出来る事を把握しないといけないんです」
「ルピルさん、俺時間がないんですよ」
ギルは焦っていた。目の前に文字通り降って湧いた勇者になるチャンス。しかしアルテマ学園の試験まで時間がないのもまた事実、叶うかもしれない夢は現実という足枷になりギルの余裕を極限まで削っていた。
「そうですねぇ〜。実は明日ギル君のクラスでは90パーセント以上の確率で小テストがあります」
ルピルの唐突な予知のごとき発言に一瞬たじろぐギル。
「え、マジてすか?」
「マジです」
「なんでそんな事がルピルさんに?」
「フレイア魔法学校一般クラス。例年この時期になると学校の風紀を引き締める意味も込めてテストを行うんです。今までの傾向から行くと今年はハイテ丘で……まぁリザードマン相手が濃厚ですかね」
ギルはその場に立ち尽くし、目の前の少女を侮っていた事を恥じる。とぼけた事を口にしていても彼女は立派な精霊でありゼミの先生なのだ。
「じゃあもう一度、今度はより具体的に聞きますね。ギル君はリザードマンに勝てますか?」
ギルの顔を覗き込むように精霊は問う。ギルは少し考えた後ルピルの目をしっかりと見て答える。
「一人では……勝てません。でもクラスの皆と協力してなら、複数なら勝てます!」
「うん、いい答えです」
パチパチと手を叩きはにかむルピル。
「じゃあ次の質問です。友達と進学、ギル君はどちらを取りますか?」
これも、とても唐突な質問だった。意図も全く分からない。だがルピルの顔からは笑みが消えており真剣そのものだった。
「少し、答えにくかったですかね。もっと言えば友達と勇者、いえ友達と夢、ですか。ギル君はどちらか片方を選ばなければならなかった時、どちらを取りますか?」
何故こんな質問をしてくるのかギルにはさっぱり分からない、だがこの問いは真剣に答えなくてはならない。そう強く思った。
「友達です」
「………その心は?」
「友達より自分の事を優先するようなヤツは勇者じゃない、俺のなりたい勇者はそんなのじゃない」
迷いのない瞳で力強く答える。
そんなギルを見ながらルピルは口元を緩ませる。そしてギルに……いや、すぐ側に刺さっている神剣レッドペンサーに近づき、柄を握る。すると地に根を張っていたように微動だにしなかった刀身はスルスルと造作もなく床から引き抜かれた。
「そう言えば正式な自己紹介がまだでしたね……私の名前はルピル=レッドペンサー。神剣に宿る精霊です。まっ、派遣なんですけどね〜」
長く美しく、そして紅い神剣を自分に重ねながらルピルはギルに向かって微笑む。
「ようこそ、神剣ゼミへ」




