無双
ハイテ丘の場所は学校のすぐ北に位置しており、その立地条件、広さは元より、季節によつて出没する魔物が大きく変化するという特徴がある。その為試験のみならず普段からフレイア魔法学校の演習場としてよく利用されていた。
使い慣れた演習場……だがこの魔物が蔓延る現在においてその安心という虚像は時として死期を早める。それでも今まで大きな事故は起こっていなかった、だが不慮の事故というのはいつも突然訪れる。
「うわぁぁぁ!! た、助けてぇ!!」
「おい、やめろ! こっちに来るんじゃねぇ!」
「誰かぁぁ! 先生を呼んでぇぇ!」
ハイテ丘にフレイア生徒の悲鳴がこだまする。冬は魔物が凶暴になる季節……そんな理由では片付けられないほどに荒ぶるのは鋭い爪を振り回すリザードマンであった。
そしてその大きさから通常の雄に2倍。ハイテ丘では通常出没するはずのない大型種であった。それが突然、本当に何の前触れもなく丘頂上付近にある泉の穴ぐらから現れたのだ。まだ本格実戦を行なった事がないフレイア生徒達に太刀打ちできるはずもなく皆ちりじちに逃げ惑う。
担任の思いつきではじまったら面倒な小テスト……それが今まさに生死を分かつ戦場と化していた。
「なんで……こんな……死にたくないよ……」
恐怖から足が震えて立つ事さえままならない女子生徒が一人。丘の中腹まで生徒を追い回して来た大型リザードマンにはまさに格好の獲物だった。ギロリと女子生徒を緑色の眼でひと睨みするとズシンズシンと音を立てながら近づく。
ポコッ……!
その大型リザードマンの頭に少し大きめの石がヒットする。
「グルゥゥゥゥゥ!?」
「カヤノ、何やってんだ! 早く逃げろ!」
両手いっぱいに石を抱えてリザードマンの後方から投てきを行なったのはイチカだった。
「イチカ……駄目……足が……」
「くそっ! こっちだ化け物ぉ!」
リザードマンを石で牽制しつつ注意を自分に引き付けるイチカ。彼の足もまた恐怖ですくんでいた。それでも足を叩き自らを鼓舞しながら丘を駈け上がる。
「はっ、はっ、はっ、、、ちくしょう怖ぇ」
息を切らせて死にものぐるいで逃げ回る。捕まったら終わり。幸いな事に大型リザードマンは足は早くない、だがクラスメイトが動けないこの状況では逃げ切るわけにもいかない。
「くそおおおお! ぜってー就職なんてあり得ねぇぇ! こんなとんでもねぇ戦場にすぐ放り出されてたまるかよおぉぉー」
イチカの絶叫が丘に響きわたる。
大型リザードマンの足は早くはない、早くはないが己が食い扶持は狩猟にて確保して来た種族だ。スタミナは常人の遥か上。いつまでも逃げ回ることができる相手ではなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、っはぁ……」
体力も限界に達し、イチカは大きく息を切らして丘の芝生の上に大の字に寝転がる。
ズシン……ズシン……
大きな足音の振動が地面を伝って体全体にズシリと響く。
「はは、もう走れねぇわ。担任何やってんだよ。懲戒免除もんだろこれ」
「グルルルゥゥゥゥ」
鋭い牙がイチカへと向けられる。
「……あーあ。彼女くらい作りたかったぜ。おーい、俺運動不足だから多分不味いぞ〜」
震えた唇で精一杯に強がってみせる。恐怖から手足にはまったく力が入らず目からは涙が溢れて止まらない。
「グルルルゥゥゥゥゥ!!」
リザードマンがイチカの頭を噛み砕こうとしたその瞬間。
「……ゼミで殺ったところだ」
風に運ばれてそんな声が聞こえた。
ズバシャァァァ!!
その直後、けたたましい音を立てて脳天から股にかけて大型リザードマンが真っ二つに引き裂かれる。イチカが青い血しぶきのなか唖然としていたのは死を覚悟していたからだけではない。目の前に現れた紅い剣を携えた少年の変わりように驚きを隠せなかったからだ。
「悪い、イチカ。ちょっと遅くなった」
そう言って右肩から左膝にかけてブンッと剣を振り払いに付着した血を振り払う。
「ギル? お前ギルなのか?」
そこに立っているのはイチカの良く知る……いや、良く知っているはずの少年だった。




