母の隣で
……今現在から、およそ三十年程前の事。
この森の入口に、ある一人の亜人族が倒れていた。
その亜人族の種族は──蜘蛛人。
後にウェバリエの母となる蜘蛛人その人である。
倒れ伏していた彼女を部下の報告で見つけた女王が最初に感じた印象は、『随分と痩せ細っている』であったという。
本来ならば人族の何倍もある大きな体躯は見る影もなく縮み、蜘蛛の部分も人族の部分もボロ切れの様に薄汚れ。
更に、〝実験〟という概念が存在する筈のない森で暮らしていた女王には分かりようもない事だったが、その全身には夥しいほどの痛々しい注射跡や手術痕が残っていたという。
放っておいてもよかったが、何代か前に森を治めていた種族が別の蜘蛛人だった頃の記憶が残っている身としては放置しておくのも何だか気まずく、その蜘蛛人を介抱した様だ。
とはいえ、その介抱の甲斐も虚しく蜘蛛人は急激に弱っていき、もしや別に原因があるのかと女王が訝しんでいた時。
『ぉ、おねがい……すこしでも、せいけつなばしょに……』
最早、死に体と呼んで差し支えない蜘蛛人がそう呟き。
その意図は全く分からなかったが、『その清潔な場所とやらを死処としたいのかもしれない』と考えた女王はそれを了承、千年以上も前から大森林きっての水源として扱われている池の傍まで運び終えた瞬間、蜘蛛人は彼女に微笑んで。
『ありがとう……ここなら、きっとだいじょうぶ……』
そう言ったのも束の間、蜘蛛人は最期の力を振り絞り。
『〝卵〟……貴様、孕ンデイタノカ』
卵を一つ、ポトリと産み落とした。
そう、その卵こそウェバリエが産まれてくる卵であり。
彼女は、この為だけに全てを捨てて逃げ出してきたのだ。
己を実験体として扱っていた、あの部隊から。
『〝ウェバリエ〟……あなたはどうか、しあわせに──』
いつか無事に産み落とせた時の為に考えていたのだろう仔の名を呟いた後、蜘蛛人は力を使い果たして命を落とした。
どうか、自分と同じ魔族の玩具にはならないで──と。
その後、女王は卵が孵るまで己の巣で守護、産まれてからは池の傍に戻して『母親ノ様ニ強ク生キヨ』と伝えて別れ。
約十数年後、恩返しのつもりか、それとも母の想いを継いでか先代の森の主に挑み勝利した彼女は大森林の主となり。
女王は陰ながら、ウェバリエの成長を喜んでいたという。
……ここで、ふとレプターの頭を一つの憶測が過り。
(……おい、まさかとは思うが)
その確証もない憶測のみを頼りに彼女を視線を向ける。
女王の話を聞き流している様にしか見えぬ研究中毒者に。
すると、ローアはスッと立てた人差し指を口元に当て。
(内密に頼みたい、今さらミコ嬢に疎まれたくはないゆえな)
(……これだから魔族というのは……)
暗に、『ウェバリエの母親を実験体にしたのは自分を始めとした研究部隊である』と明かすローアに呆れるレプター。
たまたま望子に魅入られただけで、どこまでいっても世界の敵たる魔族である事に変わりないのだと再認識した様だ。
「……その、おかあさんのおはかはどこにあるの?」
『少シ待テ──……アァ、コレダ』
一方で、そんな二人のやりとりを知る由もない望子はウェバリエの母親が眠っているのだろう墓の所在を問い、それを受けた女王は翅を広げて微風を起こして芝生を掻き分ける。
すると、そこには石と花で造られた簡素な墓があり。
「ろーちゃん、くものおねえさんをここに……」
「うむ、墓穴──埋める為の穴は如何する?」
「ミコ様、よろしければ私が──」
その墓の真下に眠っていると確認した後、少しズラした位置に埋める為の墓穴をレプターが率先して掘ろうとした時。
「──なッ!? ぺ、剛鎧百足!?」
「流石は森の主、他種族をも操るとは」
『彼奴ノ知人ノ手ヲ煩ワセハセヌ、コレデ良イナ?』
「ありがとう、じょおうさま」
突如、地中から姿を現した複数の百足型の魔蟲が蜘蛛人の巨体を埋めるのに充分すぎるくらいの大きな穴を掘り始め。
レプターは思わず警戒心を露わにし、ローアは研究者らしい興味を示す中、穴を掘り終えた剛鎧百足たちはウェバリエを背負って穴の底まで運んだ後、女王に待機を命じられた。
そして、後は埋めるだけというところで望子が膝をつく。
「……おねえさん。 わたし、きょうだいがいないからおねえさんが『いもうと』にしてくれたの、すっごくうれしかったんだ。 まおうとのたたかいがなかったら、いっしょに──」
結局、本人には言えず仕舞いだったものの〝姉〟が出来た事を本当に嬉しく思っていた事実と、もし魔王との戦がなければ一緒に地球へ来てほしかったという叶わぬ願いを呟き。
「──……もういいよ、じょおうさま。 うめてあげて」
『アァ。 デハナ──……ウェバリエ』
いずれは叶えられるかもしれない、ではなく永遠に叶えられる事のない願いだという事を誰より理解していた望子は潤みかけた瞳を袖で拭いつつ、女王に『埋葬を』と頼み込み。
ともすれば望子と同程度、或いはそれ以上に名残惜しそうな羽音を立てた後、命令を受けた剛鎧百足たちが動き出し。
ウェバリエの亡骸を、地中深くへ埋めたのだった。
望子が裁縫の際に使う糸で編んだ布で包んだ亡骸を。
「……さようなら、おねえちゃん」




