主が不在の大森林
それから、およそ数時間後。
「なんていうんだっけ、この〝もり〟……えっと……」.
望子たち三人は、ドルーカ領最大の森林区域に辿り着き。
「〝サーカ大森林〟ですよ、ミコ様」
「そっか、そうだったね……」
やはりというべきか、その広大で荘厳な針葉樹林の名を忘れていた望子の記憶を補う様にレプターが森の名を告げる。
ここは、サーカ大森林。
突如としてこの異世界へ召喚された望子と、その仲間である三体のぬいぐるみが王都以外で最初に訪れた場所であり。
(……くものおねえさん……)
そして何よりも先の戦いで命を落とした蜘蛛人、ウェバリエと初めて出逢った場所である事だけは望子も覚えていた。
無論、聖女カナタの時と同様ウェバリエの古巣となる森林のどこかに墓を作り、そこへ埋葬するつもりでいたのだが。
「……なんか、うるさくない? きのせいかな……」
「いえ、私も騒々しく感じておりました」
「だよね? まえはもっとしずかだったのに……」
何か森全体が騒がしいのが森の外に居る望子たちにまで伝わっており、それこそウェバリエと初めて出逢った時はもっと穏やかな雰囲気だった筈なのにと一抹の不安を抱く望子。
「〝森の主〟が遠き地で落命した事を、この大森林に棲まう全ての生物が本能で感じ取っているのであろうよ。 それが悲哀か憤怒か混乱か──……或いは愉悦かまでは知らぬがな」
「愉悦……まさか、彼女に代わって主の座に就こうと?」
そんな望子に対し、『おそらく』と前打った憶測を語るローアに、レプターは先述されたどの感情とも違う顔をする。
期待か、失望か、それとも──。
「……いこう。 もしけんかしてるなら、とめなきゃ。 おねえさんがしんじゃったのは、わたしのせいでもあるんだから」
「ミコ様、それは……」
「だいじょうぶ。 もう──じぶんをせめたりしないよ」
「……ッ!」
一方、ウェバリエの死で森が荒れているなら止めなければと、そんな勇者然とした想いを胸に歩き出した望子の表情は既に、レプターが心配するまでもなく覚悟に染まっており。
「ミコ嬢も成長している。 我らが案ぜずとも、な」
「……あぁ、その様だな」
八歳の少女といっても──間もなく九歳になるが──いいや、八歳の少女だからこそ日々成長しているのだと親か何かの様に語るローアに賛同しつつ、レプターは望子に追従し。
鳥の鳴き声、虫の羽音、木々が風で揺れる音、などなど聞こえて当然の音声の数々が騒がしい大森林へ踏み入ったが。
「私たちが足を踏み入れた途端、静けさが戻ってきたな」
「歓迎されてはおらぬ様であるが」
「だ、だれかいませんか〜……」
三人が立ち入った瞬間、嘘の様に森は静かになり。
その変化が〝警戒〟を表していると気づいている二人をよそに、せめて一人か一匹くらい人語を解する生き物が居てくれればという淡い期待を胸に望子が小声で呼びかける一方。
「……ローア、気づいているか? 先程からずっと……」
「うむ、見張られているな」
「えっ? だれに──」
二人は更に、こうしている間にも何者かから一挙手一投足を見張られ続けている事にさえ気づいていたらしく、その視線の主は誰なのかと何も知らない望子が問おうとした瞬間。
『──人族、龍人、魔族。 何ト奇妙ナル取リ合ワセカ』
「っ!?」
「ミコ様、私の後ろに!」
「む? アレは……」
蜂にしては静かな羽音と、それに見合った微風と共に降り立った巨大かつ荘厳な風体の蜜蜂が三人の前に現れ、己が翅を震わせる事で羽音に人語の意味を持たせて話しかけてきたその蜜蜂に対してレプターが警戒心を露わにする中にあり。
「〝鋭刃蜜蜂〟……体躯からして女王個体であるな」
『如何ニモ、余ハ蜂ノ女王ニシテ──』
ローアはその蜜蜂の正体が蜂型の魔蟲、鋭刃蜜蜂における女王蜂であると一目で看破し、それを受けた女王がローアからの確認めいた問いかけに『是』と答えたのも束の間──。
『──カノ蜘蛛人ヨリ、〝森ノ主〟ヲ継グ者デアル』
「え……!?」
蜘蛛人、そして森の主という聞き馴染みのある単語が登場した事で話を理解した望子がいの一番に驚きの声を上げた。
しかし、同時に一つの疑問をも抱いていた。
じゃあ、何をそんなに騒いでいた? ──と。




