祈りよ届け
「キュー……? キューなの!?」
グラニアの蠍の尻尾……正確には、それが巻きついた黒焦げの炭の中から聞こえてきた甲高く力無い鳴き声にカナタが反応して一歩前に出る。
「──ぷはぁ! み、皆さぁん! 私たちは無事ですぅ! キューちゃんが、頑張ってくれたお陰で……!」
『きゅう〜……』
瞬間、鋭い額の角で炭をパカッと割って、その中から顔を出したピアンが息を切らしてそう叫び、そんな彼女の頭の上でうつ伏せに寝そべったキューが先程まで聞こえていた声と同じ様に唸っていた。
「キュー! ピアン……! 良かった……っ!」
そんな二人を視認したカナタは、嬉しさからの涙をポロポロと流して二人の名を口にしていたのだが。
(……確か、ウルは炎を扱える様になっているんだったか。 キューはそんな彼女が力を振るった場所で生まれた樹人──まさか、火炎に耐性が?)
その一方、レプターは長い舌で乾燥した唇を潤わせながら、サーカ大森林にてウェバリエから得た情報を元に、たった今起こった現象について思案を始める。
(だが耐性というには随分と──いやそれよりも)
グラニアの足元に転がる黒焦げの根っこを見た彼女は、本来なら消し炭になっているだろうし、単純に力量の差なのだろうなと結論づけてから、未だよく分かっていなさそうな表情を浮かべるグラニアに向けて。
「……残念だったな、思い通りにならなくて」
挑発的な笑みを湛えつつ真剣な声音で告げると、グラニアは三つの頭全てでギリっと歯噛みする。
『……しゃらくせぇ、そんなら直接──』
「ひゃあ!? 結局食べられちゃうんですかぁ!?」
その後、彼がわざとらしく大きく舌を打ち、心底不機嫌な様子で低く呟いたかと思うと、未だピアンに巻きつけたままの尻尾ごと彼女たちを喰らわんと改めて中央の火焔蜥蜴の顔へと寄せたのだが──。
「──やるぞ、ケイル! 『風速双鉞』!」
「わーってるよ! 『変幻弐釵』!」
瞬間、三人の中で唯一の混血であり魔力も多めのオルンが緑色の宝珠の埋め込まれた投擲鉞を握りしめ、斬り裂く為ではなく、あくまでも加速させる事を目的に風属性の魔術を付与して勢いよく投擲した。
そんな彼に呼応する様にケイルが黄褐色の鱗を逆立て、鎖鎌の鎖部分を腕に巻きつけた後、武技の名を叫ぶと同時に高速で回転し、解き放たれた鎖鎌は摩訶不思議な軌道を描いてグラニアへ襲いかかる。
彼らは今この瞬間まで、先程のグラニアの咆哮で吹き飛ばされ意識を──手放してはおらず、レプターたちが初代と会話している隙に煙に紛れて彼の後方へこっそりと回りこみ……今、飛びかかったのだ。
『あぁ……?』
……とはいえ勇み叫んで突撃した以上、当然グラニアもそれに気がつく訳で、低く唸りつつ彼らがいる背後へと顔を向けようとしたその時──。
「……! 夜帳化! 安楽化っ!」
グラニアよりも早く彼らに気がついていたピアンは咄嗟に二人を支援する為、もう一度先程の状況を作り出そうと二つの魔術を同時にグラニアへ行使した。
『う、お……!? ぐっ、い、てぇなぁああああ!!』
そんな彼女の狙い通りグラニアの視界は一瞬で暗がりとなって、その上で襲いくる睡魔に抗いきれず変異した身体がぐらついた所へ二種の斬撃が襲来する。
「……っ、アング! 今だ!」
「おぅよ! ぶちかましてやらぁ!!」
これを好機だと見たオルンが隠れていたもう一人の仲間へ向けて叫ぶやいなや、巨大な戦鎚を担いでいるとは思えない程の俊足でアングが接近し、グラニアを叩き伏せんと圧倒的な脚力で高く跳び上がる。
「夜帳化解除……! からの、重量化!」
「ぅおっ!?」
未だ尻尾に捕まったままのピアンが同じく支援する為、一時的にグラニアの視界を戻してアングと戦鎚の質量を増加させた事で落下速度が上昇したばかりか、手に持った戦鎚まで重くなった事に目を剥いて驚いたアングだったが──。
「……あぁ成る程な、悪くねぇ! 『剛鎚撃沈』!!」
ピアンが自分に何かを期待しているのだと気がついた瞬間、それで全てを理解した彼は決して手放さぬ様にしっかりと戦鎚を握りしめ、武技の名を叫びながら隕石の如き一撃を叩き込んだ。
『──ぎっ!? ごの……! があ"ぁああああっ!?』
それが見えていたグラニアは咄嗟に防御しようと半端に変異した蟹の爪を掲げたものの、振り下ろされた戦鎚の勢いに惜しくも敗北してしまい、けたたましい音を立てて赤い爪は砕け散り、断末魔を轟かせる。
「はっ、悪ぃな初代! おい、無事──にゃあ見えねぇな、とっとと下がれ!」
濁った悲鳴を上げるグラニアを尻目に、砕けた爪を足場に彼の尻尾へ跳び移ったアングは既に拘束が緩んでいたピアンと、彼女の頭の上にいたキューを助けつつ離れた場所に着地して、荒めの言葉でそう告げた。
「あ、ありがとう、ございます……」
『きゅ〜……』
「……気にすんな。 ついでだついで」
盗賊とはいえ助けて貰ったのだからと思い謝意を示したピアンを真似する様に、キューがペコリと頭を下げると彼は照れ臭そうに頬を掻き、小さく呟いてから戦鎚をその手に再び戦場へと駆け出していく。
「二人とも大丈夫!?」
「私は、何とか……でも、キューちゃんが……」
『きゅ、きゅううう……』
そんな中、アングが着地した地点まで駆けて来ていたカナタが慌てた様子で声をかけるも……事実、キューが根の盾で庇ったお陰で、ピアンはほんの少し火傷を負った程度で済んでいたのだった。
「キュー……よく、頑張ったわ……勿論ピアンもね。しっかり休んでて──持続治癒」
カナタは二人を精一杯労いつつ、ゆっくり治した方が良さそうだと判断し、その為の治療術を行使した。
「あ、ありがとうございます……皆さん、大丈夫でしょうか。 やっぱり私も──ぅ」
一方ピアンは、キューのお陰で然程怪我も負っておらず、未だ戦いを繰り広げるレプターたちを支援しようと立ち上がったが、治療術では癒しきれない精神的なダメージからかふらついてしまう。
「無理しちゃ駄目よ……ピアン、キューをお願いね」
「は、はい……え? か、カナタさん? 何処へ……」
それを見たカナタはピアンの頭に手を置き、優しい声音でそう言ってから彼女をぺたんと座らせ、そんなカナタの様子に違和感を覚えて返事をしつつも彼女を見上げると、カナタは既にとある方向へと歩みを進めており、ピアンは止めようとしたが……もう遅い。
──彼女は、戦場へと足を踏み入れる。
一方、アドライトや三人の盗賊たち共々、満身創痍となりながらも怒髪天をつく勢いのグラニアとの戦闘を繰り広げていたレプターがカナタに気がつき──。
「カナ、タ……? カナタ! 何をしてるんだ!?」
神官姿の少女が悠然とグラニアがいる方向へと歩いていくのを見た瞬間、彼女は目を剥いて驚き叫んだものの、彼女の歩みは止まらない。
『あぁ!? おめぇは──何だ? さっきの樹人の飼い主か? 見たとこ神官らしいが何しに来た? まさか、俺を治療して命乞いでもしようってかぁ?』
そして、怒りから荒い息を上げるグラニアの眼前まで近づくと、彼は漸くそこで少女の存在に気づき、自分に歯向かう他の亜人族たちに比べれば警戒の必要など皆無だろうと考え、嘲笑うかの様に言い放った。
「……っ、一つだけ、聞いてもいいかしら」
今すぐにでもカナタのフォローに入ろうとレプターやアドライトが構えていたそんな時、カナタは彼のとある言葉で何かの確信を得ており、それをより確実なものとする為に溢れる恐怖を何とか抑えて、見上げなければ顔すら拝めない程の巨大な怪物に声をかける。
『あ……? 何だ?』
その一方で、どう見ても明らかに非戦闘員である筈の目の前の少女の妙な冷静さに違和感を覚えたグラニアは、そんな風に低い声音で聞き返しつつも、三つの頭全てで何となく怪訝な表情を浮かべていた。
「治療して命乞いをって事は……治療術は、貴方に通用すると思っていいのね?」
『……たりめぇだ。 治療術が通らねぇのなんてそれこそ──待て、おめぇ何が言いたい?』
震える片手をもう片方の手で抑えながら、彼との戦闘が始まる前から考えていた一つの可能性を確かめる為にそう口にすると、この女は今の状況を理解してるのか? と思いつつ、その程度の事であれば痛手にもならないと判断して律儀にもそう答えたのだが──。
「そう。 なら──私の勝ちね」
『……はぁ?』
自信に満ち満ちた表情でこちらを見上げるカナタの呟きに、強い違和感を覚え声を上げた瞬間。
「──『医神アスカラに懇願す。 貪婪なる我が祈りに応じ、かの者たちの御霊を現世へと呼び戻さん。 たとえ、刹那の邂逅であろうとも』」
『……? 何するつもりか知らねぇが──』
目を閉じて両手を組み、祈りと共に詠唱を始めたカナタに疑問を持ちつつも、まさか本当に自分に対して治療術を行使する筈も無いと思い何かする前に止めてしまおうと、砕けた腕を再度変異させた。
──その時。
「──『遡行治癒』」
『……っ』
彼女の交差した両腕の先から放たれた淡い緑色の光に驚き、思わず防御態勢を取ったグラニアだったが。
『は……? な、何も起こって──』
その言葉通り、彼にもカナタにも……ましてやそれを見守るレプターたちにも何も起きていない。
……そう、思っていた。
『──ぐ!? げ、あ"ぁ! 何だ、こりゃあ"!? 俺の、身体がぁああああああああっ!?」
瞬間、グラニアが苦しみ出したかと思うと、彼の巨大な身体の至る所から何かが飛び出してきた。
魔物に魔獣に魔蟲……そして亜人族、それらは明らかにグラニアがこれまでの生涯で恩恵を用いて喰らってきたものたちであり、次から次へと飛び出して彼の身体を食い破り……何度か牙や爪を浴びせたかと思えば、一匹、また一匹と力尽きていく。
「一体何がどうなって……カナタ、何をしたんだ? 貴女が行使した以上、治療術ではあるんだろうが……」
そんな凄惨な光景を見せつけられていたレプターはといえば、多少の動揺を見せつつも、間違いなくその原因であろうカナタへおずおずと問いかけた。
「遡行治癒……既に死した存在の魂を、ほんの一瞬だけ呼び戻して仮初の生命を与える……こんな私が唯一扱える、中途半端な蘇生術よ」
「……まさか、奴がこれまで喰ってきた魔物や魔獣や魔蟲、亜人族たちを蘇生させたのか? 奴の身体から、犠牲になった者たちを引き剥がす為に……」
それは、聖女であるカナタにとっては禁忌の治療術であり、唯一にして絶対の──自衛の手段。
……そう、カナタはこの治療術を生命を持つ者に行使すればどうなるか完全に理解した上で放っており、ともすれば、勇者召喚と並び立つ程に彼女が出来る限り行使したくない術の一つであった。
「これが、聖女の力……凄まじいね」
その凄惨な光景を垣間見ていたアドライトが、感嘆と畏怖の混じったそんな声音で呟いていた時。
(せ、聖女? あいつ聖女なのかよ!?)
(……やたらと傷の治りが早ぇと思ったら)
無意識だった為か彼女の声は決して小さくはなく、偶々聞こえていたケイルとアングはそれぞれカナタが自分たちに行使した治療術を思い返していた。
(これでは、流石の初代も……)
オルンはというと、仮にも世話になった人の殺しに加担してしまった事に今更ながら僅かばかりの罪悪感を覚えていたが、これも生きる為だと首を振り、未だ苦しみ続けるグラニアを見遣っていたのだが──。
「ご、ぉ……っ! ふざ、け……な……ぉれは、なねぇ、ぞ……息子が……待って、だ……」
亜人族たちにより全身をズタズタに引き裂かれ、強靭な四肢も身体の内から這い出てきた獣たちに噛みちぎられ、蟲たちに腹を食い破られた事で内臓の殆ども辺りに散らばっており、とうに事切れていてもおかしくない筈なのにも関わらず、それでもグラニアは無い腕を伸ばし目も見えぬまま前へ進もうと地面を這う。
……奇しくも、息子がいるドルーカの方へ。
そんな死に体の彼を見て、思う所があるのか三人の盗賊たちは気まずげに目を逸らしていた。
「……もうここまでだ、死毒旋風初代首領、獣宿のグラニアよ。 聞こえているかは知らないが、その親子愛に免じ……一瞬で終わらせてやる」
そんな彼らをよそにレプターはバサッと飛び上がって、地面に転がる彼の頭上で止まり、抜き放った二本の細剣の鋒と、バキバキと音を立てて槍の様に変化させた翼をグラニアへ向け魔力を溜めていく。
……実を言えば、既にグラニアの目と耳は完全に潰されており、彼女の言葉はおろか、頭上に回られた事にすら彼は気づいていなかった。
「──っぐ、ぞぉおおおおおおおお……っ!!!」
それでも、何処かで膨大な魔力が充填されている事は嫌でも悟ってしまい、これから自分がどうなるのかを察したグラニアの悲痛な慟哭が洞穴中に響き渡る。
──そして、次の瞬間。
「──『四矢弩砲』」
「────────!!」
二本の細剣と、今や破城槍とさえ見紛う程に強化された翼から黄金色で放射状の極大な魔力を放つ、数少ないレプターの遠距離攻撃によりグラニアは声にならない声を上げ……肉体の一片も残さず、消滅した。
「──任務、完了」
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