聖女の旅は続く
ここまでが五章です!
次章からは望子たちの視点に戻ります!
無事に──とは言えぬまでも何とか初代首領グラニアを斃し、死毒旋風を壊滅させたカナタたち。
満身創痍のレプターたちをカナタが治療した後、念の為にアジトを調べてみたものの、『退屈していた』という盗賊の発言通りか女性が捕らえられて……といった事もなく、討伐証明の為に武器や金品、骨董品などをなるだけ回収し、アジトの外に待たせていた馬車に乗ってドルーカへの帰路に着いたのだった。
ドルーカに辿り着いた彼女たちは、特に抵抗する事なく改めて緩めの拘束をされていた三人の盗賊たちをアルロを始めとした警備隊に引き渡した後、ギルドへの報告もついでに頼むと言付けて、その日はアドライトを除きすぐに宿へ戻り……二日間の休息をとった。
そして翌々日、ギルド職員を名乗るエイミーとは別の女性が彼女たちの元を訪ね、ギルドで募集をかけた有志の冒険者たちによるアジトの調査も終わり、ギルドマスターが呼んでいると伝言を受けた為、疲労も随分取れた身体を起こし、ギルドへ向かう事となった。
「此度は本当にご苦労じゃったのぅ。 これがお主たちの依頼達成の報酬じゃ、受け取ってくれぃ」
柔和な笑みでそう言って、バーナードが腕を広げた先の机の上に積み上げられた金貨が、執務室の窓から差し込む日の光を反射して煌めいている。
──総額、金貨三百枚……一人につき金貨五十枚という大盤振る舞いであった。
この世界の冒険者に当てはめるのならば、少なくとも数年は遊んで暮らせる程の大金である。
盗賊団そのものの壊滅の依頼であれば、被害状況によって変動はすれど多くても一党単位で金貨三十枚から五十枚程というのが相場である以上、嫌でも今回の報酬が異例だという事を彼女たちに分からせた。
「ぅわぁああ……わ、私こんな一杯の金貨初めて見ましたよ……! これ貰っちゃって良いんですか……?」
それを分かっているピアンが、あわあわとしながらも目を輝かせてバーナードやレプター、アドライトに視線を動かし、興奮を抑えきれない様子を見せる。
「確かに報酬は弾むと言っていたが……これ程にか? 『盗賊団の討伐依頼』という名目にはとても見合っていないと思うのだが。 なぁカナタ──カナタ?」
ピアンの反応も尤もだとばかりに、依頼を受注する前にバーナードが言っていた事を思い返して隣に座るカナタへ同意を求めたが、何故か彼女は積まれた金貨を見つめたまま微動だにせず返事もしない。
一瞬、無言の時間が出来てしまった後、カナタがすぐにハッと我に返ったかと思うと──。
「──へ!? あ、あぁうん、そうね!」
『きゅ?』
何故か随分と慌てた様子で首を振り、そう答えた彼女を肩の上からキューが不思議そうに見ていた。
(……あの時、山程お宝見ちゃったからかな。 あまり凄くは感じないわね……これって良い事なのかしら)
あの時とは、彼女がまだ王都にいた頃に亜人たちと共に宝物庫へ入ってしまった時の事であり、それが善行では無いと分かっていた為か、カナタは心の中で呟きつつこっそりと苦笑を浮かべる。
「それ程までに困っておった……という事じゃ。 彼奴らにはこの町の領主も手を拱いておったからのぅ」
そんな中バーナードは、ドルーカの領主であるクルトが、死毒旋風から受けた被害状況の確認作業で疲弊しきった顔を思い返していた。
……ちなみに、クルトが召喚勇者一行にその話を持ちかけなかったのは、今や一党の五人目の仲間である上級魔族と邂逅するきっかけとなった指名依頼を優先し、そちらに専念してもらう為であった。
実を言えば、彼女たちはその領主からの指名依頼を達成したという事もあり、カナタたちの報酬を更に上回る金貨六百枚を受け取っているのだが……その場に居合わせなかったピアンはそれを知らない。
バーナードからの説明を受けたレプターは、ふむとしばらく腕組みをして思案していたが──。
「そういう事なら……ありがたく頂いておこうか」
彼女がそう言って仲間たちに顔を向けると彼女たちも一様に頷き、あらかじめ用意されていた袋へ平等に分配していた時、バーナードがふと声を上げる。
「ついでにこちらも……お主たちが捕らえた二代目の懸賞金じゃ。 あの時渡し損ねておったからの」
彼は徐に立ち上がったかと思えば、ギルドマスターの執務室としては随分と素朴な棚から、通貨が入っているのだろう袋を持ち出してきた。
「また多いな……まぁ理由は聞いたし受け取るが」
ジトっと視線を向け呟いた彼女の言葉通り、今回の報酬程では無いにしろ、金貨五枚と銀貨十枚、銅貨三十枚と……盗賊一人の懸賞金としては多めだった。
なお、ルーベンは既に極刑を……絞首刑を受ける事が確定しており、先日、初代がレプターたちに斃されたと知った彼はすっかり意気消沈し、甘んじて刑を受け入れる姿勢を見せているらしい。
……無論、レプターたちはそんな彼の処刑に立ち会う興味も、その意味も無かった。
「あぁそれと……アドを除き、此度の依頼に参加したお主たちは等級一つ昇級となるからのぅ」
その一方、バーナードは更なる情報を口にして、彼女たちがギルドを訪れた際、受付に提出させた免許を取り出して柔和な笑顔を向ける。
これにより、カナタは瑠璃に、ピアンは鋼鉄に、キューは黒曜に……そしてレプターは現時点での亜人たちを越える紅玉へと昇級する事と相成った。
「え? どうしてアドさんが……」
……が、頭目を務めたアドライトが昇級無し、その事実が気になったカナタは思わず疑問を声にする。
「私は現状の……銀等級で満足しているし、何より金等級になんてなったら国内だけじゃなく他国からの要請にまで応えなきゃならなくなるからね」
「な、成る程……?」
バーナードが口を開くよりも早く、そういう柵は面倒なんだとアドライトは赤裸々に語り、当のカナタはといえば納得した様なしていない様な……そんな微妙な表情を浮かべていた。
報酬の受け渡しも終わり、しばらく茶菓子を嗜みながら談笑していたそんな時──。
「失礼するよ」
執務室の扉を軽くノックし返事も待たずにそう言って、カランコロンと下駄を鳴らして入室して来たのは他でも無い、魔道具店主の狐人、リエナだった。
「あれ? 店主、どうしたんですか?」
「あぁ、少し……その娘に用があってね」
「っ、わ、私に……?」
きょとんとした表情を見せるピアンに対してリエナは真顔のままそう答え、リエナを視認した瞬間、ビクッと身体を震わせたカナタを鋭く青い眼光で射抜きいた事で、カナタはおそるおそる彼女の方を向く。
「……本当にあの子の元へ行くつもりかい? あの子が魔王討伐なんて事をしなきゃならなくなったのは、他でも無いあんたが原因なのに」
そんな彼女を見据えた状態でリエナは懐から煙管を取り出し青い火を着けて、紫煙を燻らせながら紛れも無い事実をカナタへと突きつけた。
「──分かって、ます。 だから私は、あの子の力になる為に……あの子を元の世界に帰す為に、今回の依頼を経てほんの少しでも成長出来たらって…… 実際に成長出来たかは分かりませんが、それでも手応えは確かにあったから……! だから、貴女に何を言われても私は……押し通っていきます……!!」
だが、カナタは怯えつつも決して退く事なく、リエナの青い瞳をしっかりと見て自分の想いを口にする。
──これだけは絶対に、譲れなかったから。
(……ちったぁマシな目をする様になったね)
一方、リエナは彼女の強い覚悟が宿った瞳を見たからか、豊かな胸を震わせながら軽く微笑んだ後、組んだ腕を解いて煙管を咥えて煙を吸い、燻らせる。
「……そうかい。 ま、好きにしたらいいさ。 現にあんたは力と覚悟を示したんだ、精々頑張ってあの子を元の世界へ……母親の元へ帰す手伝いをしてやりな」
「……っ! はいっ!」
彼女の事を認めた訳でも赦した訳でも無いが、覚悟だけは買うと言わんばかりの言葉に、安堵からかカナタは若干だが涙目になり、それを見たレプターに、良かったなと頭をポンポンとされていた。
「ほっほ……円満に済んだ様で何よりじゃ。 それで、お主たちは今日ここを発つのじゃったな?」
「あぁ、出来るだけ早くあの方たちに追いつきたいからな……バーナード、短い間だったが世話になった。アルロにもよろしく言っておいてくれ」
「何の何の……世話になったのはこちらの方じゃ」
話が一段落ついたと判断したバーナードが髭を扱きながらレプターに問いかけると、彼女は至って真剣な表情で語りつつ謝意と共に手を伸ばし、バーナードもそれに応じる様に手を差し出して固い握手を交わす。
「アドさん、それにピアンも……ありがとうね」
カナタもピアンとアドライトへ同じく謝意を示す為に手を伸ばすと、ピアンはその手を両手で握り──。
「いえいえ、お気になさらず! 本当は私、ついて行きたいんですけど、まだまだ未熟ですから……キューちゃん、あの時は助けてくれてありがとう。 元気でね」
『きゅ〜♪』
寧ろご迷惑をかけちゃいましてと付け加えながらカナタの肩に乗るキューにも礼を述べて、葉っぱで象られた頭を優しく撫でていた。
「私も良い経験が出来たから、気にしないでくれると嬉しいよ。 それに、今回の事でギルドの戦力が増加したからね──まぁ三人だけなんだけど」
一方、アドライトは今回の依頼で共闘した三人の盗賊たちの処遇について簡潔に語る。
「あの三人……恩赦、だったわよね? 大丈夫なの?」
領主直々に恩赦を受け戦奴隷として活動し、ある程度の実績を残せば解放という軽い処分を受けた事を聞いていたカナタが心配そうに尋ねる。
「私がしっかり監督するさ。 それもあって私も君たちには同行出来ないけれど……無事を、祈ってるよ」
「……えぇ、ありがとう」
するとアドライトはトンと胸を叩き、されど共にあの少女の元へ行けない旨を残念がりつつ手を伸ばし、カナタも同じ様に手を差し出して握手を交わした。
「──聖女カナタ」
「え、は、はい……何ですか?」
そんな折、突然名を呼び話しかけてきたリエナにカナタがおずおずと返事して聞き返すと──。
「あんたの髪は──生まれつきその色なのかい?」
リエナはふぅっと煙を吐いてから、カナタの煌々たる金色の長髪を見遣って尋ねてきた。
「髪色、ですか? すみません、それはちょっと……あぁ違うんです、答えられないとかじゃなくて……覚えて、ないんですよ。 何でか、記憶が曖昧で……」
そんな彼女の問いかけに、カナタは心底申し訳無さそうな様子でペコリと頭を下げてから、自身の金色の髪を梳く様に手を通して答えてみせる。
「……そう、かい。 ならいいんだけどね──」
「カナタ! キュー! 出発するぞ!」
そうは言いながらも全く納得がいっている様子では無いリエナの表情にカナタは首をかしげていたが、すっかり出立の準備を整えていたレプターが叫んだのと同時に、カナタはハッと我に返った。
「あ、え、えぇ! 今行くわ! それじゃあ、これで失礼します……私、頑張りますから」
「……あぁ、気をつけなよ」
足元の革袋を手にペコリと頭を下げた後、最早、恐怖など微塵も宿っていない視線をリエナに向けて宣言したカナタに、リエナは軽く微笑んで見送りの言葉を優しい声音で投げかける。
「店主、どうしてあんな事聞いたんです?」
「……あんたには関係無い」
「えぇ〜? 気になりますよ〜」
彼女たちが執務室を後にしてからすぐピアンがリエナの顔を覗きこんで問いかけるも、彼女は何故だかバツが悪そうな表情で目を逸らし、煙管を片手に煙を吐いてそう告げられたピアンは、何とかその理由を聞き出す為に彼女に食らいつこうとして、それを見ていたアドライトたちは思わず苦笑していたのだった。
(『カナタ』、ねぇ……てっきりあの子と同じなんじゃないかと思ってたんだけど……気のせいだったかね)
ドルーカを出立し、海へと向かった召喚勇者一行を追いかける為にリフィユ山へ歩を進めるカナタたちは、そこで新たな亜人族たちとの出会いを果たし、またしても一悶着起きてしまうのだが──。
──それはまた、別のお話。
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