個に秘める全の力
「ピアン! 試したい事が──」
「──分かってます! 支援魔術は特定の属性を持ちませんからね! 『夜帳化』!」
今、戦いの幕が上がる──そんなタイミングで声をかけてきたアドライトに、任せて下さいと言わんばかりに頷き杖を回した後、ビシッとグラニアに向けて新たな支援魔術の名を叫び放ち、赤い宝玉を輝かせる。
彼女の言葉通り、たとえ光や闇を発生させるものであっても、炎や風の勢いを強めるものであっても、それが支援魔術であれば無属性として扱われるらしい。
『……んん? 何だこりゃ、見えにくいが……そんだけだな。 くだらねぇ事しやがって、時間稼ぎかぁ?』
瞬間、グラニアの三つの頭全ての目の色がグルンと黒に変わり、発生した異常を口にして頭をブンブンと振るが、どうやら解除はされていない様だった。
「視界を暗闇で包む魔術なのですが……属性以前に魔術そのものへの高い耐性があるみたいですね」
見えにくいだけってちょっとショックですと付け加えつつも、ピアンは魔術を行使する手を緩めない。
「先の雷、あれは魔力だけの一撃では無かった筈だが、それでも初代は無傷だった。 俺たちの攻撃が通用するとはとても思えない……打つ手はあるのか?」
そこへ割り込んできたオルンは、先程のアドライトが放った不死雷鳥を自分なりに分析し、推測した結果を彼女に伝えて神妙な顔で問いかける。
事実、彼の推測は間違ってはおらず、不死雷鳥は彼女の矢に雷の魔力を纏わせた魔術であり、大半は魔力によるものであっても射撃である事に変わりはない。
「──だからこそ支援魔術が要になる。 試してみようか……ピアン! それを維持したまま別の魔術を!」
一方のアドライトは、それを十二分に理解した上でピアンの支援魔術が有効に働けば勝ちの目はあると判断し、いかにも頭目らしい頼もしげな表情をオルンとピアンに向け、多少の無理を承知で叫び放つ。
「はい! ちょっと前までは魔術の同時行使なんて無理でしたが……これもあの人のお陰です! 安楽化!」
だが、彼女の予想に反しピアンはまだ余裕がありそうにニコッと笑って、かつて二代目をあっさりと眠らせた魔術を、碌に前も見えていない初代に行使した。
(多少効き目が悪くても、視界を暗くする夜帳化との合わせ技なら通用する筈……!)
見えにくいというグラニアの発言から、ある程度は視界を遮る事が出来ており、擬似的な夜を作り出せている筈だと判断したらしい。
『ん、お……? ぁんだ、眠気、が……?』
かつての二代目の様に即座に昏睡するという事はなくとも、ピアンの推測通り彼の目蓋は少しずつ重くなっている様で、それに伴って変異していた身体が段々と弛緩していくのを確認したアドライトは──。
「──! 今だ、一斉攻撃を!」
これを好機と捉えてレプターたちに指示を飛ばしつつ、自身も弩弓をグラニアへと向ける。
「了解だ! 貴様ら、私に続け!」
「命令してんじゃねぇ! ……くそ、やってやらぁ!」
彼女の指示を受けたレプターは地面を力強く踏みしめつつ翼を大きく広げ、細剣を構えて突撃しながら後ろにいる盗賊たちに目を向けぬまま叫び放ち、最後の最後まで渋っていたアングの悪態を皮切りに盗賊たちは一斉に武器をその手に初代へ牙を剥く。
そして、最初にアドライトの放った幾本もの矢が彼の身体に突き刺さり、更に追い討ちをかける様にレプターと盗賊たちが彼の身体に斬撃や打撃を浴びせた。
……それぞれの渾身の一撃を受けたグラニアは、眠ってしまったのか俯いたまま全く動こうとしない。
(どうかな……?)
自分と同じく遠距離にて攻撃し、ヒュンッと音を立てて戻ってきた投擲鉞を手にしたオルンとともに、アドライトが神妙な表情で様子を見守っていたその時。
『──る』
「ん? 何だ──」
グラニアの頭の一つ、中央の獅子が小さく何かを呟いた事に気がついたレプターが、ついつい気になってそちらへおずおずと近寄っていった。
──その、瞬間。
『『『──ルォオオオオオオオオッ!!!』』』
「「「「「「!?」」」」」」
突如、グラニアの三つの頭全ての目がクワッと開いたかと思うと、三つの大きく凶悪な口からかの人狼の咆哮と同じかそれ以上の轟音が放たれ、接近していたレプター、アング、ケイルの三人だけでなく、中距離にいたアドライトとオルン、ピアンまでもが広い空間の端から端まで吹き飛ばされてしまう。
『きゅー!?』
「……な、何が……! 皆は……!?」
そんな中、更に遠い位置で待機していたカナタとキューもその咆哮に驚き耳を塞ぎつつ、何が起こったのかは分かっていてもそう口にせざるを得ない程に、混乱の極みに陥ってしまっていた。
『──ふぅ。 ……おっ、視界良好。 やっぱり力業が一番ってこったなぁ』
「ぐ、はぁ……っ! 力業、だと……!?」
しばらくの後、洞穴中に反響する咆哮が弱まってきた頃にグラニアがニヤニヤと笑みを浮かべて一息ついていると、この中では最も防御力に優れていながらにして、半ば埋められる様な形で洞穴の壁に叩きつけられていたレプターはその壁を拳で叩き割りつつも、彼の言動に対して信じられないといった表情を見せる。
「……まさか、ただの大声で……!? ピアン!」
「……す、すみません、もう一度──ひゃあっ!?」
かたや種族特有の身軽さを活かして、何とか壁に叩きつけられる事だけは避けていたアドライトが、決して責めるつもりは無いものの少し強めの語気でピアンを呼び、怒られると勘違いしたピアンはふらふらと身体を起こして、再び支援魔術を行使しようとした。
……だがそれは、地面を割って現れた双尾毒蠍の尻尾に遮られ、当のピアンはその尻尾に巻きつかれて他でもないグラニアの方へ引き寄せられてしまう。
『……別にあんなの効きゃあしねぇんだが、鬱陶しいからなぁ。 おめぇから喰っとくか』
「くぅ……! こ、この……っ、夜帳化……!」
彼は黒光りする尻尾ごとピアンを中央の獅子の顔に近づけて、ニヤニヤと笑いながら牙の生え揃った大きな口を開けるも、ピアンとしてはただ黙って喰われる訳にもいかず、ギシッと軋む身体を動かし何とか杖を向けて魔術を行使したはいいものの──。
『ぅおっと……へへ、無駄だぁ。 さっきはいきなりだったから驚いたが、よく考えりゃ俺には耳も鼻もある。 目が見えなくなった程度で──焦る事ぁねぇ』
「ひっ……!」
彼は最早、視界が暗くなる事など何とも思っておらず、夜帳化の影響で真っ黒になった瞳で彼女を睨んで醜悪な笑みを見せた為に、自分がやった事だと分かっていてもピアンは思わず怯えてしまう。
──瞬間。
『きゅーっ!』
その光景を見かねたのか、カナタの肩にしがみついていたキューがピョンと飛び降り、腕の根っこを伸ばして硬い地面に突き刺してボコボコと割りつつ少しずつ肥大化させたかと思うと、その根っこをグラニアの巨体を拘束し、絞め殺すかの様に絡みつかせた。
「ちょ、キュー!?」
カナタが驚いた原因は、キューの突然の行動に……でもあるが、その根っこの大きさにもある。
(……もしかして、魔石の光のおかげ? これなら……)
そう、彼女の推測通りキューは壁に埋め込まれた魔石の放つ光により光合成を可能としており、日光とは無縁の洞穴でも充分に力を発揮出来ていたのだった。
『──んん? 何だこりゃ、根か? おめぇみてぇなちっせぇ樹人が何とか出来ると思ったか……そら』
『きゅ、きゅ〜!?』
「キュー!? や、やめて、お願い!」
だが、そんなカナタの期待を嘲笑う様にグラニアはあっさりとキューの根っこを引きちぎりつつ、繋がったままの根っこを鬼人の左腕で引き寄せた事で、キューは声を上げながら彼の方へ飛んでいき、カナタは無意味だと分かっていても懇願せずにはいられない。
『折角だ、兎ともどもこんがり焼いて喰ってやるとするか。 樹人は初めてだからなぁ、楽しみだ』
無論、グラニアがそれを聞き入れる筈もなく、彼はそう言うが早いか獅子の頭をバキバキと変異させる。
「あれは──火焔蜥蜴か!? ピアン、キュー!」
そう叫んだレプターの言葉通り、彼の獅子の頭は周囲の空気が熱で歪んで見える程の超高温の火炎を纏う火焔蜥蜴の頭へと完全に変異して──。
「──っあ」
『きゅ〜……きゅー!!』
おそらくピアンからは口内に蓄えられた業炎が見えているのだろう、生を諦めた様な声を上げる一方、キューは最後まで抵抗する為に根っこを伸ばし、自身とピアンを覆う程に大きな球状の木製の盾を作り出す。
だが次の瞬間、無情にもキューの盾を完全に隠す程の業炎がグラニアの口から放たれ、彼が満足げにその口を閉じた頃には焦げ目一つついていない双尾毒蠍の尻尾の先に、丁度ピアンが入っていそうな大きさの木……もとい、炭がプスプスと煙を立てていた。
「ぁ、あぁ……そんな、そんなぁ……!」
その光景、そしてグラニアの目の色が元に戻り、ピアンの魔術が解かれたのを見たカナタは二人の生存が絶望的だと悟り、ポロポロと涙を流して膝をつく。
「……っ! 貴様ぁ!! よくも二人を!!」
そんなカナタとは対照的に怒髪天を衝かんばかりの勢いで叫び放ち、レプターが細剣の鋒をグラニアに向けてこれまでにない程の怒気を見せたが──。
『──ふん。 おめぇも俺の部下を散々殺してくれたんだ、これでおあいこといこうじゃねぇか。 なぁ?』
「ふざけるな……!! 二人の命の価値が貴様らの様な盗賊などと……平等な筈があるまい!!」
そんな彼女たちの悲哀や激昂など何処吹く風とばかりにグラニアは三つの頭全てでニヤニヤと醜悪な笑みを湛えていたものの……レプターは決して、命はあまねく平等だなどと綺麗事を言うつもりはないらしい。
『……ふん。 さて、そろそろ喰って……あぁ? 何だ、動いたか今……?』
されどグラニアはどうでもよさそうに鼻を鳴らし、丸焼きになっているだろう彼女たちを喰らう為尻尾を緩めたその瞬間、何かがもぞもぞと動くのを感じる。
──その時だった。
『──きゅ、きゅう〜……』
「……え?」
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




