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愛され人形使い!  作者: 天眼鏡
第五章

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『獣宿』のグラニア

 互いに口上を終えた瞬間、レプターは抜き放った一本の細剣レイピアをグラニアに向けて構え──。


一角独槍アインスピア!!」


 大きく鋭い金色の魔力の槍となって突進する武技アーツの名を叫び、標的を貫く為に突っ込んでいく。


 ……かつての蜘蛛人アラクネの分析通り、龍人ドラゴニュートとしては彼女の速度スピードは一歩劣るものの、それはあくまでも龍人ドラゴニュートの中ではという事であり、少なくともグラニアの巨体で躱せる程に鈍重という訳ではない。


「──ふん」


 しかし、当のグラニアもそれを分かっていたのか、はたまた強者の余裕からなのかは分からないが、彼女の渾身の武技アーツをところどころに貝殻を付着させた巨大な蟹の爪であっさりと受け止めみせた。


「!? な、何だと……っ」


 本来であればこの一角独槍アインスピア、そこらの人族ヒューマン亜人族デミ程度であれば四、五人を貫きつつ集団を吹き飛ばしながら押し通る程の力がある筈なのだが──。


(貫くどころか……! 何だこの硬さは!?)


 脳内で叫んだ彼女の言葉通り、強靭な槍と化した筈の細剣レイピアきっさきは、ガキンと音を立て堅固な蟹の爪にそれ以上の進向を阻まれてしまっていた。


「そら、お返しだ」


 そして、想定通りとばかりにニヤッと笑ったグラニアは、もう片方の腕を筋肉質な青い鬼人オーガのそれに変異させつつ、レプターを吹き飛ばさんと殴りかかる。


 彼女は一瞬、自身が得意とする防御用の武技である絶衛城塞ランパートを行使しようとしたが、片手が細剣レイピアで埋まってしまっている事に気がつき、咄嗟の判断でもう片方の腕を前に掲げて──。


「っ! 『隻腕要塞ガントレス』!」


 絶衛城塞ランパートをそのまま縮小化し、取り回しを良くした武技アーツを行使してその一撃を迎え撃つ。


(──!? お、重……っ! だが、これしきで……!)


 明らかに通常の鬼人オーガの腕より強靭ではあったが、少しでも勢いを殺す為に翼を広げた甲斐あってかそこまで距離を稼ぐまでもなく止め切る事が出来た。


「……ほぉ、今のを防ぎ切るかよ。 おめぇ、攻撃は大した事ねぇが……防御だけは一級品だなぁ」

「黙れ……! 貴様の様な屑に褒められて、も……? 何だ? 貴様、何を考えている!?」


 一方、グラニアが心底感心した様に、拍手はしないまでも彼女を称賛するかの如き発言をすると、当のレプターは息を切らして至極真っ当な雑言を口にしようとしたのだが、いつの間にか蟹の爪を腕に戻し、顎に手を当てニヤニヤと自分を見ている事に気づく。


「──そうだ、さっきおめぇを喰らうっつったが……やめだ。 丁度部下も減った事だし、おめぇを餌に魔獣や魔蟲を集めて苗床にでもなってもらう事にしよう。 手駒も増えるしつまみも増える、良い事づくめだ」


 ……彼にとっては最良の、レプターにとっては最悪の着想を、醜悪な笑みを湛えたグラニアはさも妙案であるかの様に低い声音で語ってみせたのだが──。


「悪いが……私の身体は頭の天辺てっぺんから爪の先に至るまで、あの方に捧げると誓っている。 貴様の目的とその手段に利用されてやる事など出来よう筈もない」


 無論、レプターがそれを受け入れる訳もなく、彼女は脳裏に黒髪黒瞳の愛らしい少女の姿を浮かべて、ハッキリとした声音で告げつつ改めて細剣レイピアを向ける。


「……あの方とやらが誰かは知らねぇし、興味もねぇが……それを決めるのはおめぇじゃねぇ……この俺だ──『全貌獣宿フル・ビスドエル』」


 自分の案が却下された事に関しては何とも思っておらず、どうせ現実になるからなと付け加えたグラニアの身体がバキバキと音を立て、顔が、腕が、脚が……つよおおきく、そして異形の存在へと変異していく。


「……はは」


 それを見ていたレプターはといえば、彼女自身の意に反して、あまりに力無い乾いた笑みが漏れていた。


(……貴様の父親の方が余程化け物ではないか)


 ほんの数日前、自分を化け物だとのたまった二代目ルーベンの言葉が滑稽に思える程に、初代グラニアの姿が正真正銘の化け物へと変貌を遂げてしまっていたからに他ならない。


「レプター! 間に合っ……!? 何、あれ……!」

『きゅ? ……きゅーっ!?』


 その時、漸くレプターに追いついたカナタとキューが目を見開いてしまったのも無理はないだろう。


 今やグラニアの姿は、元より巨大だった身体が更に大きくなり、赤く堅固な蟹の右腕に青く強靭な鬼人オーガの左腕、黒光りする双尾毒蠍デュオスコルプの下半身からスルリと生えた二叉の尻尾が見え隠れし──。


 ……そして何より、通常の人族ヒューマンと同じく一つだった筈の彼の頭は……ピンと耳を尖らせた狼、眠たげな瞳の山羊、そして鋭く生え揃った牙を持つ獅子の三つに増えており、まさしく魔合獣キメラと呼ぶに相応しい容貌と成り果てていたからだ。


「か、カナタ! キュー!? 何もこんな時に──」


 二人の存在に気がついたレプターは、タイミングの悪さに辟易しつつも逃げろと叫ぼうとしたのだが。


「──『魔弾装填ローディング属性付与エンチャントT(サンダー)標的確認ターゲットロックオン!』」


 そんな彼女の声は、同じく洞穴を走って来ていたアドライトの詠唱によって遮られ、その詠唱が終わると同時に展開した両腕の弩弓クロスボウを上下に重ねる様にして、完全に異形の怪物と化していたグラニアに向ける。


「支援します!『二重化メイクデュアル』!」


 一方、自分の役割を理解しているピアンは彼女をサポートする為、ワンドを彼女へ向け支援魔術を行使した。


 二重化メイクデュアル──対象が放つ魔術や武技アーツに向けて行使する事で、効果や威力を倍にする優れた支援魔術である。


霹靂へきれきせよ──『不死雷鳥ボルテクス』!!」


 ピアンの支援を受けたアドライトは、横目で彼女を見つつ満足げに頷いてから術名とともに矢を放ち、次の瞬間には今のグラニアの巨体と大して変わらない大きさのいかずちの鳥が彼に向かって飛んでいく。


 更にいかずちの鳥はピアンの支援魔術によってサイズをそのままに二つに分かれ、かの者を貫かんとまさしく雷鳴の様ないななきを洞穴内に轟かせていた。


 そんな折、漸く変異が完全に終わったのか三つの頭全ての目がゆっくりと開けたグラニアは──。


『んん? 何だ──』


 高低入り混じった不気味な声で何かを呟こうとしたのだが、彼の視界を埋め尽くす様に二羽の巨大な雷の鳥が飛んで来ている事に気がつき、咄嗟に蟹と鬼人オーガの腕を交差させて防御したものの、瞬間的にいかずちの魔力が激烈な爆発を引き起こし、洞穴には暴風が吹き荒れ、目が眩む程の光が洞穴中を照らし出す。


「くぅ……っ! や、やったか……?」


 その衝撃からカナタやキューを守る為にバサッと翼を広げ、地につけた足に力を込めて絶衛城塞ランパートを行使したレプターが、爆発の衝撃が収まった頃、確認する様におそるおそる半透明の絶衛城塞ランパートの向こうを覗き込みながら呟いた時、土煙の中で何かが蠢いた。


『──ふぅ。 思わず防いじまったが、そもそも俺にいかずちは効かねぇんだったなぁ。 ついつい忘れちまう』

「な、無傷だって!? 私は手心など加えて……!」


 そんな事を口にしながら三つの頭全てで極めて醜悪な笑みを浮かべていたグラニアに、アドライトは信じられないといった様子で目を見開いて叫び放つ。


『悪ぃなぁ森人エルフ獣宿ビスドエルは喰らった奴らの力や姿だけじゃなく……その耐性まで再現出来るんだよ』

「……成る程、いかずちが通らないのもそれが原因かな」


 グラニアが未だ身体中を這い回る雷撃を、ふんっと力を入れて吹き飛ばしながら自らの耐性について自慢げに語ると、臨時とはいえ頭目リーダーであるアドライトは、冷静さを装いつつも悔しげな様子で呟いていた。


(という事は……やはり、吸い込まれていたのだな)


 それを聞いていたレプターもグラニアが現れた穴の奥に吸い込まれた毒の行方を、彼が先程口にしていた言葉と合わせて察し、同じく悔しそうにしている。


『おめぇらは俺が今までどれ程の命を喰らってきたかなんて知る由もねぇんだろうが……少なくとも、俺に属性を付与した魔術や武技アーツは一切通用しねぇ』

「……面倒な事だね」


 グラニアが自身の恩恵ギフトを誇るかの様に笑い、暗に無駄な抵抗はやめて苗床になれと彼女たちに言い聞かせていると、アドライトは苛立ちを隠そうともせず舌を打って、弩弓クロスボウをガチャガチャと改めて展開し、属性に頼らない手段で戦う準備を整えていたのだが──。


(だから言ったのによぉ……! とにかく逃げ──)


 相手が初代のみだと分かった時点で隠れていた三人の亜人族デミの内、アングがか細く叫んだその時。


『──聞こえてるぞこの裏切り者共ぉ! こそこそしてねぇで出てきやがれぇ!』

「ぎゃあっ! バレてんじゃねぇかぁ!」

「そりゃそうだろ、耳も鼻も強化されてんだろうし」

「……もう諦めろ。 俺は……覚悟を決めた」


 そんな小声すら今のグラニアには聞こえていたのだろう、洞穴中に響き渡る大声をかけられた事で、アングは同じ程の大声で驚き、逆に冷静さを取り戻していたケイルが彼を諭す様にそう言うも、それでもごねようとするアングに対し、オルンは色違いの宝珠を埋め込んだ二本の投擲鉞トマホークを握り、決意を口にした。


「……生きてここから出られっかなぁ」

「それも、俺たち次第だろう」

「はぁ……だよなぁ」


 そんな折、斬れ味の良さそうな鎖鎌チェインサイスを手に持ったケイルが溜息混じりに自身のくだらない生涯を振り返って呟くと、オルンはあくまで平静な様子を貫いてケイルに……いや、自分に言い聞かせる様に返答する。


「……だああああっ! やりゃいいんだろやりゃあ!」


 最早、完全に初代に反旗を翻す事が確定してしまった中で、アングはそんな風に叫びながらガリガリと頭を掻いた後、純血の亜人族デミの特性の一つでもある膂力を存分に活かし、身の丈程の戦鎚ウォーハンマーを担ぐ。


 ……初代グラニアVS冒険者・盗賊連合の戦闘が今まさに始まらんとしていたその時。


(属性を付与した魔術が、効かないって……治療術も? いや、そんな耐性があるなんて聞いた事無い)


 レプターやアドライトたちより少し後ろの方に控えていたカナタが、グラニアの言葉を脳内で何度も何度も反芻しながら、何やら思案にふけっており──。


「──()()なら、もしかしたら」


 小さく小さく呟いたその声は、幸か不幸か戦闘を繰り広げんとするレプターたちの耳には届かなかった。

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