菫色の龍人
時は、レプターがアドライトの立てた作戦を無視してアジトへ向かい、歩哨をしていた盗賊を翼で斬り捨て、洞穴に響かせる様に口上を述べた辺りまで遡る。
「……ふむ」
自分の声が洞穴に反響している事を、龍人の聴力で確認していたレプターは腕組みをして低く唸った。
(突然の事態に狼狽し、碌な準備もせぬまま飛び出てくる程愚かという訳でもない、か……盗賊の分際で)
心底気に食わないといった様子でそう考えていたのだが、しばらくすると一つの可能性に辿り着く。
(──いや、誘われている? 考えられなくはないが……それなら逆に都合が良い、丁度試したい事もあるしな)
レプターが痺れを切らしてアジトへ入って来る所を待ち構えているのではと思いつきはしたものの、彼女は爬虫類特有の長い舌で唇を湿らせてから、『カナタたちと一緒では試せない力』を使うのに良いタイミングじゃないか? とプラスに捉える事にした。
「──行くか」
そして、誰に了解を取る訳でもなく小さく呟き、単身盗賊たちのアジトへ足を踏み入れる。
(洞穴の中にしては明るいが……魔石の影響か)
その洞穴の、外と大して変わらない明るさにレプターが違和感を抱き辺りを見渡すと、盗賊のアジトとしては珍しく、松明ではなく光属性の魔術を組み込んだ魔石が壁に埋め込まれているのが見てとれた。
……盗賊の所有物とは思えない程の照度からも、その全てが盗品なのだろうと察せられる。
(これは……広いな。 いや、五十人弱がここを拠点にしているのだから、これくらいでなければ──ん?)
しばらく誰一人現れない洞穴を歩いていると、まるで山の中身をくり抜いたかの様な上にも横にも広い場所を発見したレプターは、何なら感心した様子でアングたちが口にしていた団員の数を反芻していると、彼女の角がピクッと動き、何かの気配を察知した。
──瞬間。
「おいおい! てめぇがさっきの声の奴か!?」「何が冒険者だ、雌の亜人族一人じゃねぇかよ!」「はっ、丁度退屈してたとこだ! 相手して貰おうぜ!」「ぎゃはは、そりゃいいな! よく見りゃ中々上玉だしよ!」
何処に潜んでいたのか、おそらくではあるが初代とやらを除く全員がこの空間に集合しており、口々に下衆な発言をする人族と亜人族の入り混じった盗賊たちを、レプターは極めて冷ややかな眼で見ながら、やはり罠だったかと鬱陶しげに深く溜息をつく。
「──下っ端と話す事など無い。 だが一つだけ、一方的に聞かせてもらおう。 初代とやらは何処にいる?」
その後、彼女は全く動揺する様子など見せず、視線をゆっくりと動かしながら不特定多数へ問いかけた。
「……この状況、理解出来てねぇのか? 囲まれてんだぜ? いくらてめぇが龍人でも──」
すると盗賊たちは思っていた反応と違う事に一瞬言葉を失っていたものの、最前列に立っていた盗賊の一人が彼女の妙な冷静さが気に食わなかったのか、改めて抵抗は無駄だとばかりにそう口にしたのだが──。
「……貴様らの様な雑魚など物の数には入らない。 何十人だろうが何百人だろうが同じ事……貴様らが二代目と呼ぶあの男もそうだったが」
「……!? てめぇまさか、二代目を!?」
一方、レプターが表情を微塵も崩さぬままに、ただ事実だけを彼らに突きつけると、先程の盗賊が目を剥いて叫んだのを皮切りにガヤガヤとざわつき始める。
「戻ってこねぇと思ったら、こんな奴にやられたってのかよ!」「ふざけやがって、あの人は生きてんだろうなぁ!?」「捕らわれてんならまだ間に合う、場所吐かすぞ!」「死なない程度に痛めつけてやれぇ!」
一瞬にして彼らの怒号で洞穴内が埋め尽くされ、轟音となってレプターの身体を叩いたが──。
(……一応、慕われてはいたのだな)
彼女は何処吹く風といった様子で頬を爪で掻き、自身が捕らえた二代目を思い出しながら脳内で呟く。
そして、ガチャガチャと音を立て武器を手にし始めた盗賊たちが一人の龍人を本格的に囲み始めた。
(さて……即興でどこまでやれるか)
しかし、当のレプターは特に焦った様子もなく、ゴキゴキと首や手を鳴らしたかと思えば……彼女の身体が少しずつ、本当に少しずつ変色していく。
(力を借りるぞ──ウェバリエ!)
森で出会った蜘蛛人を思い浮かべて脳内で叫んだ彼女の金色の髪と瞳……そして、身体中の緑色の鱗は今や、すっかり菫色に染まってしまっていた。
「──あ? あいつ、身体の色が……?」
「ケイルの奴みてぇなもんだろ? 色変えたって強さまで変わる訳じゃ──」
それを見た盗賊たちは一様に異常を感じ、前列にいた一人が目を剥きつつレプターを指差して、おかしくねぇかと隣に立つ仲間に問いかけたが、現在、洞穴の外にてカナタたちと話し合いをしている守蜥蜴人の保護色を見た事があった彼は嘲る様に鼻を鳴らす。
──だが、しかし。
「すぅうううう……はぁああああ……!!」
突如、レプターが大きく息を吸い、そのまま地面の方へ顔を向け息を吐いたかと思うと──。
「な、何だ、あいつと同じ色の──ぐっ!?」「ま、まさか毒……が、はぁっ!?」「口と鼻閉じろ! 吸うんじゃねぇ! 一旦奥へ──」「は、あ"!? ぎゃああああ!」「吸ってねぇ奴まで……! 何なんだよぉ!」
そんな彼らの断末魔が示している通り、レプターが吐いた息は彼女の身体、髪や瞳といった部分と同じ紫色に染まっており、それを思い切り吸い込んでしまった前列の盗賊たちが吐血し、一様に苦しみ始めた。
それを見ていた後列の盗賊たちは、口と鼻を布や手で覆って洞穴の奥へと逃げようとしたが、何故かそんな彼らの肌が息や彼女の身体と同じ紫色に変色し、やはり同じ様に吐血して表情を苦痛に歪めてしまう。
どうやら、体内からだけではなく……身体の表面からでも侵食していくタイプの猛毒だったらしい。
……しばらくすると、その空間に立っているのはレプターだけとなっており、既に盗賊たちの殆どは彼女の劇毒の息により事切れてしまっていた。
「『龍如毒息』、といったところか。 目を見張る制圧力だ、これもウェバリエのお陰だな──だが」
最早、彼らの呻き声一つ聞こえなくなったその空間で、自分の力と成果を噛みしめる様にそう呟いたレプターだったが……その表情は決して明るくない。
(……感覚で分かる、龍如吸引で吸い込んだ力を行使出来るのは……一度きりだ)
そう、既に彼女の身体から少しずつ色が抜け、元の金色の髪と瞳、緑色の鱗へと戻っていた事で、もう先程の毒の息は吐けないだろうと直感で理解していた。
(とはいえ一度吸い込んだものはもう私には通用しないらしい……免疫というやつか? 我ながら便利な事だ)
だが、こうして元に戻った今でも自分の息とはいえ毒が効いていない身体に違和感を覚えつつ、彼女はそう結論づけて僅かに口元に残る毒気を拭う。
(良い実験も出来た事だし、そろそろ奥へ──)
彼女が試したかった事は充分に試せたからか多少上機嫌な様子で、毒の漂う空間の向こうに見える奥へと続く道へ顔をふいっと向けたその瞬間──。
「──うおっ!?」
突如、その穴の方から強い風が吹いて来たと彼女は思ったのだが、実際はそうではない。
(私の毒が……吸い込まれて……?)
漂う毒が穴の方へ吸い込まれていくのを見たレプターは、そこで漸く風の向きが違う事に気づいた。
その妙な風が止み、空間を漂っていた毒がほぼ全て穴の向こうへ吸い込まれてしまった頃。
「──げふっ。 ……ったく、折角息子に跡目を譲ってゆっくり隠居生活送れると思ってたのによぉ」
聞こえてきたその低い声とともに、ズシンと地面が軽く揺れる程の足音を立てながら、一般的な人族の倍はあろうかという巨体で筋肉質な男が現れた。
その男は、仕留めたものであろう巨大な熊の毛皮を頭に被り、腰蓑代わりに猪の毛皮を巻いた……いかにも盗賊然とした格好で彼女を見下ろしている。
(こいつ……こいつが、そうなのか)
レプターは一瞬、鬼人か何かが現れたのかと勘違いして呆気に取られていたが、首を横に振って気を取り直し、改めてその男に鋭い視線を向けた。
「……貴様が、初代とやらか?」
極めて神妙な声音と表情で、レプターは腰の細剣にギシッと手をかけながら問いかける。
……確信はあれど、真偽の程を確かめる為に。
「俺の息子を二代目とするなら、そうだろうなぁ。 それで? おめぇは息子を……殺したのか?」
「……いいや、捕らえている」
この空間に所狭しと転がっている盗賊たちとの会話が聞こえていたのか、きょろきょろとその惨状を見渡した後、レプターを高い位置から見下ろしつつ二代目の……息子の生死を尋ねてきた為、レプターはたくまで警戒を解く事なく、最後の最後まで自分たちに悪態をついていた男を脳裏に浮かべて首を横に振った。
「そうかよ。 まぁ十中八九ドルーカだろうが、あの馬鹿息子を連れ戻すのは──おめぇを喰ってからだ」
(来るか……!)
すると初代はその巨体に見合った深く重く長い溜息をつき、ギロっとレプターを睨みつけてから、捕まってんならそこしかねぇからなと目下の龍人を指差した事で、いよいよかと細剣を抜き放とうとした瞬間、彼女の耳に……いや、この空間に響き渡る様にして、ぐぅ〜っと間の抜けた音が聞こえてきた。
「あー……中途半端に毒なんて吸い込んだから小腹が空いちまったなぁ──ま、こいつでいいか」
大きな腹をさすりながら呟いた初代が、徐に足元に転がっていた亜人族……純血の猫人に右手をかざすやいなや、突然その腕がバキバキと音を立てて変異したかと思うと、次の瞬間には巨大な赤い蟹の爪で挟まれ持ち上げられた猫人の死体がレプターの視界に映る。
「な……っ!? 貴様、まさか!」
レプターが何かを察した様に腕を伸ばして叫び、彼を止めようとしたがもう遅く、掴まれた亜人族の死体はあっさりと初代の恩恵、獣宿により変異し巨大化した狼の口に放り込まれてしまった。
「おっ、毒に汚染された亜人族の肉ってのも中々悪くねぇ……ん、そういやおめぇの名は何だったかな」
「レプター=カンタレス! 貴様を斃す者の名だ!」
巨大化した頭と口、生えそろった牙でグチャグチャと盗賊の一人を咀嚼しながら、喰うのに名も知らねぇんじゃなぁと付け加えると、忌々しげにギリッと歯軋りしたレプターは抜き放った片方の細剣を初代に向けて、アジトの前でも口にした自身の名を叫び放つ。
最早、彼女の怒りは最高潮をとうに超えていた。
一方、初代は耳まで裂けた大きな口をニィッと歪ませ、血と唾液で汚れた口元を拭いながら──。
「──獣宿のグラニア。 ここへ向かって来てる奴ら共々……おめぇを喰らう者の名だ」
自身の恩恵を二つ名としても扱い、醜悪な笑みを浮かべて名乗った彼の眼は、亜人族一人喰らったばかりだというのに血走ってしまっていた。
……無論、身体の底からこみ上げてくる飢えによるものであるのは、誰の目にも明らかだった。
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