子犬ですか?忠犬ですか?いいえ、彼女は……。
「あら、ファントム様はそんな小さなことを気にする方ではありませんわよ?」
レイチェルがナルキアに噛み付くように意見をしたあと。
ナルキアがレイチェルへと反論した瞬間に。
一瞬で、空気が変わった。
何がどう変わったのかは分からない。
だが、とにかく、空気が変化したことだけは分かった。
俺からは後頭部しか見えないが、恐らくナルキアを睨んでいるのだろうレイチェルと、そのレイチェルに対して笑顔を返すナルキア。
レイチェルの叱責に対して声音を変えずに対応したナルキアは、一見して笑顔で穏やかな空気を纏っているはずなのに、何故か穏やかじゃない空気を放っているように感じられた。
「気にしないからと言って、神に対して取っていい態度では有りません!いいですか?神々は我らの生誕から死に至るまで全てを司ってなさる方々なのですよ?人ではなく英雄となったからと言って、神の庇護下を外れたわけでは有りません!我らは神に祈りを捧げ、感謝する必要があるのです。それなのに貴方のその態度は!まるで神々への敬意を感じられません!」
レイチェルがもの凄い早口でまくし立てるように、ナルキアに持論を展開していく。
ごめん、君が言ってる神様って、俺じゃないんだ。
だって俺、神様じゃないんだし。
あっ……ヤバイ、胃がキリキリしてきた。
「その敬意は独り善がりなんじゃありませんの?ファントム様がそれで良いと仰ってるのに、なんで貴方が方針を定めようとしてるんです?」
ナルキアもそれに負けず、笑顔のまま反論している。
突然起こった喧嘩騒動に、俺も量産軍人英雄三人もティトラ君も、呆気に取られたままだ。
「……。」
うん?
レイチェルが急に黙ったぞ?
もしかしてナルキアの反論が効いたのか?
「もう、言葉を用いるのは無駄なようですね。」
そう言ってレイチェルは、右手を腰元へと伸ばす。
その腰元には、拳銃が収められたホルスターが……。
って、ちょっと待て!
まさか、ここで発砲する気か!?
お前、ちょっと狂信者寄りって程度かと思ったら、思いっきり狂信者かよ!
しかも行動が完全に過激派のソレじゃないか!
「ま、待てレイチェル!抜くな!」
俺は咄嗟にレイチェルの右手を両手で抑えて、彼女の暴走を止める。
「……。」
するとレイチェルは、ゆっくりとこちらに振り返りながら、右手に籠めていた力を弱めた。
そしてさっきまで言い合いしていたナルキアを無視するように、黙ったままこちらに身体を向ける。
自然と俺の手はレイチェルの手から離れ、レイチェルの手は腰の拳銃から離れていた。
……不覚にもレイチェルの手を抑えた時、ちょっとドキッとしたな。
こっちの世界に来てから、女性に触れることなんてて一度もなかったし。
まぁ、レイチェルは白手袋してるから、直接手に触れたわけじゃないんだけど。
……って、俺は何を中学生みたいなこと考えてるんだ。
なんか、こんなことを考えてしまうぐらいに女に飢えてる感じがして、凄く切なくなるじゃないか。
なんで俺がこんなブルーな気分にならないといけないんだよ……。
「申し訳ありません、神よ。神の御前で無様な真似をお見せしました。」
そう言ってレイチェルは、俺に対して綺麗な姿勢で敬礼する。
「あ、ああ。分かってくれたらいい。ナルキアも言いたいことがあるかも知れないが、この場は収めてくれないか?」
「あら?収めるも何も、私は自己紹介の延長で少し雑談をしただけですわよ?」
そう言ってこちらに笑顔を向けるナルキア。
うん、怒ってるよね?
内心ではレイチェルのことを睨んでるよね?
お前って、怒ったら顔に出ないタイプだったんだな。
そういうタイプが一番恐いんだよ。
そして、そんなナルキアの言葉を聞いて、体はこちらに向いたまま背後に向けて視線だけで一瞬睨みつけるレイチェル。
ちょっと、やめてよ。
そんな顔を見せないでくれよ。
マジで恐いから。
隠さないのも恐いから。
頼むから、俺の抱いてる女性に対する幻想を、木っ端微塵にブレイクしないでくれよ。
―・―・―・―
少し場が荒れてしまったが、なんとか持ち直して秘書達の紹介に移った。
一応ナルキアの自己紹介は済んでるので、残る量産軍人三人とティトラ君の紹介だ。
レイチェルは軍人なので量産軍人英雄三人とは話が通じやすいのか、三人の自己紹介は非常にスムーズに終わった。
若干エーリッヒとクロードが引き気味だったが、軍人らしく敬礼しながら何とか動揺せずに自己紹介出来ていたみたいだ。
そういえばレイチェルって少佐で、量産軍人英雄達は三人とも中尉だったから、一応彼らにとって彼女は上官になるのか。
それならまぁ、あの態度を見たあとでもスムーズに挨拶出来るのも分かるってもんだな。
軍人って、上官には絶対服従って感じがするし。
……決して、彼らが彼女を恐がっているわけではないと思う。
だが、そんな若干ビビリが入ってる二人と違って、高柳君だけは引いてる様子を一切見せずに自己紹介をしてみせた。
あの現場を直接見てるのに動じないって、高柳君はメンタルが強いんだなぁ。
あ、いや。
そういや歓迎会で演劇とかしてるんだし、演技力は超一流なんだっけ。
多分これは、震え上がる内心を演技で誤魔化してるって感じだな、うん。
そしてティトラ君の自己紹介に移ろうとすると。
ティトラ君が口を開く前に、何故かナルキアがティトラ君のことを紹介し始めた。
困惑するティトラ君を余所にナルキアが主導権を握って、淡々とティトラ君について説明していく。
いや、まぁ。
気持ちは分かるけどね?
ティトラ君はさっき失言したばかりだったし、何か言っちゃって拳銃向けられたらたまったもんじゃないだろうからさ。
ただ、ナルキアのインターセプトのやり方が露骨過ぎたせいか、レイチェルとナルキアがまたピリピリした空気で睨み合うハメになってるのは勘弁してほしい。
お前ら、本当に勘弁してくれよ。
俺の胃がキリキリと音を立てて穴を空けてくじゃないか。
ほんともう、仲良くしてくれよ。
自己紹介が終わり、俺はゲンナリした気持ちを顔に出さないように抑えながらも、一旦自分の席に座った。
……このあと、九人も英雄を創造しなきゃいけないんだよな。
そう思うと、肺に溜まった重い空気を吐き出したい衝動に駆られてくる。
だが、溜息なんて吐くことは出来ない。
ここで溜息なんて吐いたら、俺が誰の行動に向けて溜息を吐いたかでレイチェルとナルキアがまた喧嘩を始めそうだしな。
ナルキアの行動で溜息を吐いたと主張するレイチェルと。
レイチェルの行動で溜息を吐いたと主張するナルキア。
そこから始まる第二ラウンド。
とか、最終的にまた拳銃に手が伸びる気しかしない。
何とか色々吐き出したい物を押さえ込んだ俺は、この後の展開について思いを馳せる。
秘書達とレイチェルはまだ立ったままで、急に席に座った俺の様子を伺っている状態だ。
少し休みたいから席に座ったんだけど、これは早めに方針を考えてさっさと次の行動に移さないと、ナルキアから何か言われそうだな。
それにレイチェルが反論して、第二ラウンドか。
うん、急いで休憩しながら、今からどうするかを考えよう。
なんだよ急いで休憩って。
取り敢えず俺としては。
……もう、残り九人の英雄を創造したくない、かな。
だってもう、レイチェルを見る限り残りの英雄がどんな英雄なのか大体予想が付くんだもん。
そもそもこのガチャは、神様ネットワークを通じて同盟員の神様に意見を聞いてから選んだガチャだ。
同盟員に外れ英雄が出にくいガチャを教えてくれと聞いた結果、『神の信徒』という選別オプションが付いたガチャが良いよと勧められて、そのオプションが付いたガチャを選んだのだ。
『神の信徒』オプションで選別したガチャで出てくるのは、現地世界で教会に所属していた英雄なのだとか。
そして当然、教会所属だった英雄は総じて信仰心が高く、神の命令なら何でも聞くので非常に扱いやすいのだとか。
そう聞いたから、このガチャ選んだのにな。
出てきたのは微妙に言うこと聞かない『狂信者』だよ。
確かに、俺の命令に応じて殉職してくれそうな感じではあるけどさ。
信仰心が強すぎて逆に扱いにくいってなんなんだよ……。
っと、愚痴は置いといて。
これからどうするのかが問題だったな。
取り敢えず、俺はもう残りの英雄を創造したくない。
これ以上狂信者な英雄が増えたら、なんか狂信者派閥とそれ以外の派閥で英雄達が派閥争いとか始めそうだし。
いやまぁ、全員が全員レイチェルみたいに周りに噛み付くタイプとは限らないけどさ。
でも、もしもあと一人でも狂犬タイプの狂信者が出てきたら、間違いなく俺の胃がリタイアしてしまうと思う。
あんな狂犬、一匹でも要らないのに二匹とか、本当に勘弁してくれよ。
レイチェルはまだ可愛い美人だから耐えれるけど、チュートリアルのハゲ天使みたいなオッサン系の狂犬が出たら、俺は耐え切れる自信がないぞ?
とは言えど。
今回のガチャは、英雄の用途を決めてるタイプの建前だったからなぁ。
どうすれば、残りの英雄を創造せずに済むのかねぇ。
出来れば。今回の建前思いついた時みたいに、俺の欲望に噛み合った名案が浮かんでくれると良いんだが。
って、そんな都合良くはいかない……。
いや、いけるか?
上手くやれば、この場で残りの英雄を創造せずに済んで。
更には俺がまたガチャを引ける方法があるかも知れない。
その場合、残った英雄の魂をどうするか……。
ああ、そうだ。
元々このガチャを選んだ理由がアレなんだから、あっちに投げちまえばいい。
あっちなら需要もあるんだろうし。
よし、これならイケるな。
これで行こう。
俺は席から立ち上がり、整列している秘書達の前へと移動した。
秘書達とレイチェルの並びは、レイチェル、高柳君、エーリッヒ、クロード、ナルキア、ティトラ君の順だ。
もうこの時点で、レイチェルとナルキアの不仲感が物凄く伝わってくるね。
レイチェルが明らかにナルキアを避けてるのが分かるよ。
っと、それは置いといて。
俺はなんとか残りの魂を創造しないためにも、秘書達とレイチェルに対して説明を開始した。
「取り敢えず、一人の英雄を創造してみたのだが……実は今回は、試験的に神様ネットワークで聞いた他の神々の意見を取り入れてガチャを選定したのだ。」
先ずは前置き。
このガチャを選んだのは、試験的なアプローチもあったんだよアピール。
実際に他の神様に聞いてガチャを選んでたのでこれは半分事実なのだが、秘書達には伝えていなかったのでここで言っておく。
本当はガチャを引く前に言っておけば良かったんだけどね。
そうすれば言い訳がましい感じにならなかっただろうし。
ただ、ガチャの寸前までは、なんとかガチャを十連続で引く方向に話をもっていこうと必死だったから、そこまで気が回らなかったんだよねぇ。
「そして実際に一人英雄を創造してみて分かったのだが、他の神々の方針と私の方針との間に、若干の齟齬があったようだ。」
そして、他の神のガチャの選定基準が俺と違っていたと言い訳する。
さっきの前置きと繋げると、「今回のガチャは皆と合わない英雄が出たけど、それは他の神様のオススメが俺の方針と合わなかっただけなんだよ!」という感じになる。
こう言えば、秘書達が責める矛先は会うことのない他の世界の管理神に向くので、「なんでコイツが出るガチャを選んだ!?」と秘書達が思っていたとしても、俺から矛先が逸れてくれるだろう。
まぁ、事前に他の神様の意見を聞いたって言ってなかったから、ただの責任逃れに聞こえなくもないけどな。
けど、それはもう仕方ないことだ。
多少の不平不満が出るのは受け止めるしかないだろう。
これで、残った英雄を創造しない言い訳は用意出来たが、これだけで終わっては片手落ちだ。
ちゃんとプラスアルファで言い訳の重みを持たせる言葉を追加してこそ、言い訳検定準二級の腕前を誇れるのだ。
だから俺は、続けて言葉を追加する。
「今回ガチャを引いた目的は、都市を巡回する英雄の多様化を試みたものであったが、どうにも今まで呼んできた英雄との相性が悪く、このまま巡回に出すには不安がある。よって、残りの英雄の魂を創造するのは、暫くレイチェルの様子を見てこの世界に馴染めるかを確認してからにしようと思う。」
……っと。
こんな流れでどうでしょう。
これなら、残りの魂を創造しなくっても済む流れになりませんかね?
ほら、今回の目的って、そこまで急ぎじゃないですし。
秘書達的にはレイチェルの同類が増えても困るから残りの英雄を創造してほしくないだろうし、レイチェルはまだ創造したばかりでこちらの事情が分かってないだろうから反対する理由もないだろうし。
これなら誰も損をせず、残りの魂を創造しないで済みませんかね?
ああ、そうそう。
残った魂の処分方……使い道も言っとかないとね。
「因みに、もしもレイチェルが巡回向きでないと判断された場合には、残りの魂は他の神々との取引に使うつもりだ。」
これは、残った魂は神様救済同盟で救済依頼が来た時に、取引用の英雄として使いますよって話だ。
これなら残った魂も信仰に変換出来るので、信仰の無駄遣いにならなくて秘書達の反発も少なくて済むだろう。
さあ、これでどうだ?
これでも、短い時間で色んなことに配慮して考えた結果なんだけど。
この流れなら、レイチェルが悪いってわけじゃなくて、ただ俺の世界の方針と噛み合わなくて相性が悪かったってことで済むから、レイチェルの面子も立つと思うし。
軍人秘書達も、上官であるレイチェルを悪し様に言われずに、かつこれ以上地雷が入ってるかもしれない残りの魂を創造しなくても済む。
ナルキアもレイチェルの同類が増えるのは嫌だろうしな。
ティトラ君は……まぁ癒やし枠だから、残りの英雄を創造してもしなくてもどっちでも良いと思ってそうだ。
「……まぁ、そうですわね。今回の目的は果たせませんけど、救済同盟用に予備の魂を持っておくのは悪くありませんし。」
「え、ええ。私も賛成です。出来れば試験的な試みは目的がない時にやってほしくは有りましたが、そもそもガチャは回す機会が少ないので、試す機会も少ないですからね。」
ナルキアが上手く俺の話に合わせて乗ってくれた。
が、それに続いたエーリッヒよ、君はちょっとミスしてるよ。
今回の試験的な試みってのは嘘だというのは分かってるんだろうけど、それを強調するように言っちゃダメなんだよ。
何も知らないはずのレイチェルからすると、何でそこを強調するのかと疑問を持たれてしまうだろう?
大丈夫かな?レイチェルは怪しんでたりしないかな?
……うん、怪しんではいないな。
絶賛、高柳君越しに横目でエーリッヒのことを睨み中だ。
多分、出来れば別の時にやってほしかったって言葉が、俺に対する批判みたいに聞こえたんだろうな。
エーリッヒは睨まれてることに気付いてないみたいだけど、高柳君は気付いたみたいで一瞬だけレイチェルの方をチラ見して確認していた。
まぁ、無敵のポーカーフェイスで何事もなかったように無反応だったけど。
「では、私が残りの英雄の魂を倉庫に保管してきます。」
そう言ってクロードが敬礼して列から外れ、カプセルに入った魂を拾っていく。
……うん、有り難いんだけど、それってこの場から逃げたいだけだよね?
まぁ気持ちは分からんでもないけどさ。
ただ、基本的に人当たりもよく面倒見も良い上、同じ軍人英雄で相性の良いクロードには、このあとレイチェルの説明係を任せるつもりだったんだけど。
お前が居なくなったら、誰がレイチェルに説明するんだよ。
クロードよ、神様から逃げられると思っていたのか?
逃さんぞ。
一人だけ逃げられると思うなよ。
そう思って、俺がクロードを止めようとした時。
高柳君が口を開いた。
「ファントム様。レイチェルさんは他の英雄との相性を確認するとのことでしたが、それは新たに秘書として採用するということで宜しいのでしょうか?」
……はっ?




