クロード、高柳君、クロード、高柳君、エーリッヒ……。
俺が街の視察に出てから。
最初に会った英雄は、大通りに出てすぐに見かけたクロードだった。
あの時のクロードは、ちょっと怖かった。
ただでさえ体格が良くて大柄なのに、キッチリとした姿勢で軍服を着て軍帽を被り、更には肩から自動小銃を下げていたのだ。
俺が神殿で普段から見ているクロード達は、室内なので帽子を被っておらず、クルーカットな髪型のお陰か爽やかなイメージが強かった。
だが。
完全に軍服を身に纏って武装しているクロードは、雰囲気が違った。
軍帽から覗く眼は、まるで悪鬼羅刹の如く鋭かった。
周囲を警戒する視線の動きは、一片の油断もしていないことを示している。
足取りも一切ブレず一定のリズムを刻み、俺とすれ違う時もペースを崩さない。
例え俺が不意を打って襲いかかる犯罪者だったとしても、きっとクロードは赤子の手を捻るように軽々と対処してみせただろう。
そう思えるほど、素人目に見ても巡回中のクロードには隙がなかった。
次に出会ったのは高柳君だった。
クロードと同じく武装状態の高柳君は、他の都市から来たらしい市民に道を聞かれて、地図を片手に道案内をしていた。
相手が女性だったからか、見た目の武装している怖い見た目とは裏腹に優しい声音で説明をしていて、笑顔で明るく対応していたのが印象的だった。
道を聞き終わった女性がお礼を言って去っていくのを、高柳君は笑顔で手を振りながら見送る。
礼儀正しく爽やかで、人当たりも良く頭も良い。
昔見た好感度イベントで女性に追い回されてたのも、ある意味納得の光景だ。
なんか高柳君だと、彼女を作ってても嫉妬の感情が沸いてこない気がする。
俺は少し思い立って、大通りから細い横道へと入っていった。
道に迷わないように来た道を覚えながら、家が並ぶ住宅街を気の向くままに歩いて行く。
そして出会ったのは、またクロードだった。
クロードは大きな前庭がある古びた建物の敷地内で、子ども達と一緒にボール遊びをしていた。
どうやらここは孤児院みたいだな。
ここに居るクロードは今日は休日のようで、着ている服は軍服ではなく私服だった。
そういえばあの服、クロードのために俺が特注で作らせたんだっけ。
クロードは筋肉ムキムキ過ぎて、普通の服じゃサイズが合わなかったんだよな。
ただ、あれからクロードの人数がドンドン増えていったから、結構な数を作る必要が出てきて結局特注じゃなくて工場に専用のラインが出来たとか、秘書から渡された書類か何かで見た気がする。
俺はクロードを眺めながら孤児院の傍を通り過ぎていく。
すると、前方から急に誰かが俺の傍をすり抜けるように駆け抜けていった。
音もなく擦れ違われたことに驚いて、誰が走っていったのかを振り返って確認する。
そこには、もの凄いスピードで走り去っていく黒髪の青年の姿があった。
その青年が、俺が振り向いたタイミングでチラリと後ろを確認する。
俺と目が合ったその青年は、無言で軽く頭を下げてそのまま走り去っていった。
青年が曲がり角へと消えていくのを唖然として見守っていると、振り返ってる俺の後ろから、女性の黄色い声が聞こえてきた。
俺は何事かと正面に向き直す。
すると、数人の女性達がこちらに向かって走ってきていた。
三人の女性は、俺に見向きもせず擦れ違っていく。
一連の流れを見る限り、女性達はあの青年を追っていて、あの青年は女性達から逃げていたのだろう。
女性の黄色い声から察するに、あの青年を追う理由は肉食獣的な比喩が似合う理由なんだろうな。
なんだアレは。
全くけしからん。
あんなモテモテなシーンとか、元居た世界じゃ漫画かゲームでしか見たことがないぞ?
あれだけモテるだなんて、逃げてた男は一体何者なんだ?
確か黒髪黒目で若い……。
って。
あれって、高柳君か。
私服だったし顔もチラっとしか見えなかったから気付くのが遅れたけど、女性に追いかけられてるシチュエーションといい、背格好といい、音もなく走ってくところと言い。
どう考えても高柳君だな、アレ。
うん、訂正する。
やっぱり妬ましいものは妬ましい。
モテ男は爆ぜろ。
そんな黒い気持ちを胸に抱きながらも、俺はそのまま何事もなかったように道を進んでいく。
すると今度は、巡回中のエーリッヒと擦れ違った。
軍帽を被って小銃を担いだエーリッヒは、いつもの優男なイメージと違って凛々しく見える。
クロードと同じく周囲を警戒する視線が、ちょっとダーティーな雰囲気を醸し出しているのだ。
普段は澄まし顔な彼のイメージとはギャップがあって、いつもと違った顔を見せている彼は、男の俺から見ても格好良く思えた。
改めて見ると、やっぱりエーリッヒもイケメンだな。
高柳君といいエーリッヒといい、何なんだこの英雄どもは。
ごく普通の一般人顔な俺を見習えよ。
そんな呪詛を口の中で噛み殺しながら、俺は小道を進んでいく。
歩道がない、一車線ほどの幅の道路だ。
殆ど自動車は通らないのだろう道を悠々と歩きながら、俺は元居た世界でも地元にはこういう道が沢山あったなぁと、少しノスタルジックな気分になった。
そして、遠目に一人の男が見えた。
私服を着ているが、その甘いマスクと輝くような金髪は見間違えようがない。
それは、私服のスーツを着ているエーリッヒだった。
そのエーリッヒは、一人の女性を連れて歩いていた。
少し素朴だが可愛らしい女性で、エーリッヒを見ながら顔を赤らめている。
エーリッヒはそんな彼女と腕を絡めながら、笑顔で女性と話しながら歩いていた。
俺はそんな二人と擦れ違い、そのまま道を進んでいく。
そして少し二人と距離が離れたところで、彼らに聞こえないように軽く舌打ちした。
……いや、良いんだけどさ。
俺は、英雄達の結婚を推奨するって言ったんだし。
……でもさ。
見せつけんなよ。
その後も俺は、迷わない程度に軽く小道を出たり入ったりしながら、街の探索を続けていった。
そして出会う英雄達。
最初に擦れ違ったクロードから始まり。
高柳君、クロード、高柳君、エーリッヒ、エーリッヒ、クロード、高柳君、クロード、エーリッヒ、高柳君、高柳君、エーリッヒ、クロード……。
道行く先々で、同じ顔の英雄達と遭遇していく。
ある英雄は巡回中であったり。
ある英雄は犯罪者を追いかけていたり。
ある英雄は女性に追いかけられていたり。
ある英雄は孤児院で子どもと遊んでいたり。
ある英雄は女性をナンパしていたり。
……なんだろう。
なんか、凄くアレだ。
凄く頭が痛くなってきた。
何せ、出会う英雄の全てが、三種類居る量産英雄達の誰かなのだ。
時には、同じ種類の英雄が二人以上同じ場所に揃ってたりもするのだ。
俺は、同じ顔の英雄達には見慣れているつもりだった。
神殿でも中庭で散歩したり食堂に行った時には秘書以外の英雄達と会うことがあったし、たまにだが飲み会を開いて同じ顔の英雄達と飲んでいたのだから。
だが、俺が見慣れていたのは神殿の中でだけだった。
そしてあの神殿は、ある種とても特殊な空間だったのだ。
だから同じ顔の英雄が居ても、それもまたファンタジーの一部なのだと無意識に感じてしまい、同じ顔だらけであっても違和感を感じずに済んでいたのだと。
俺はそのことに、今になって気付いてしまった。
神殿は白い大理石のような建材で造られていて、照明もランプの明かりだけだ。
調度品や柱に彫り込まれた装飾なども神殿らしく凝った造りとなっていて、あの場所の神秘性を際立たせている。
つまり神殿は、神秘的でファンタジックなイメージが強く、どこか現実味が感じられない空間だったのだ。
そんな空間だったからこそ、同じ顔が幾つも並んでるという現実も、そういうものなんだと受け入れられていたのだ。
だが、街中だと話が違う。
俺が元居た世界ほど文明が進んでいない世界ではあるが、それでもこの世界は近代的な文明を持った世界だ。
舗装された道路も電気の街灯もあるし、ごく少数で殆どが軍用車だが、自動車も走っている。
店先にはガラス張りのショーウィンドウがあったり、看板も電気照明を使ってたりと、何かと現実感がある世界なのだ。
そんな、現実味の溢れる街のせいか。
俺が街を探索している今、どうにも元居た世界で海外を観光してるような感覚に陥ってしまっていた。
そして異文化の街並みは確かに新鮮ではあるが、それはあくま新鮮なだけであって、俺はこの世界を確かに現実として認識しているのだ。
そんな、現実だと認識している街中で。
現実味のない、同じ顔の人間が何人も居る状況。
この状況に俺は、気が狂うとまでは言わないが、かなり混乱してしまった。
少し前にあっちで見た真面目なエーリッヒが、今度はこっちでデートをしていて、かと思えば今度は別の場所で別の女性を連れてるエーリッヒが居たり、更には別の場所で女性をナンパしているエーリッヒが居るのだ。
どれがどのエーリッヒなのか。
それがそのクロードなのか。
あれがあの高柳君なのか。
俺は街中に溢れかえる彼らを見ていて、頭がこんがらがって訳が分からなくなってしまった。
あっ……エーリッヒがナンパしてフラれた。
そしてトボトボと別のエーリッヒの元へと合流して、互いに慰め合っている。
……うん、ちょっと、頭痛が酷くなってきた。
落ち着くために、少し休憩でもしようか。
俺は神様ネットワーク画面を開いて時間を確認する。
……時刻は十一時半か。
もうそろそろ昼飯時だな。
ちょっと予定より早いけど、バイト先の食堂に行って飯でも食おうかな。
俺は少し痛む頭を手で押さえながら、来た道を引き返していく。
気晴らしで遊びに来たつもりなのに、なんで俺は頭を痛めないといけないのか。
不意に沸いた疑問が、更に俺の頭を痛めつける。
もう、何も考えるまい。
さっさと食堂に行って、ゆっくりしよう。




