これは遊びではない。
約20日ぶりの更新です。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
また書き溜めが尽きるまで毎日更新を続けようと思いますので、お付き合い頂けると幸いです。
俺はこの世界に来るまで、元の世界では都会に住んでいた。
だが実は都会暮らしの年数はそこまで長くなく、実家は地方の田舎だったので、俺の人生の殆どは田舎で暮らしていたことになる。
都会の大学への進学を機に実家を出ていった俺は、卒業後に都会の企業に就職が決定し、そのまま都会で一人暮らしを始めた。
住まいは狭い独身向けのアパートだったが、自由な生活は楽しかったし会社の人間関係も良好で、職場で何人か新しい友達も出来て充実した毎日だった。
俺はその新しい友人達と、仕事終わりに部屋に呼んで宅飲みしたり一緒にゲームしたり、休みの日にはカラオケやボーリングなんかにも行くぐらい、仲良く出来ていた。
それでも俺は、新しく出来た友人よりも地元の友人の方が思い入れが深く、会社が長期休みの時には実家へと帰って旧知の友人たち遊びに行ったりしていた。
やはり大人になってからの友人と、子どもの頃からの友人は、何か違いがあるのだろう。
会社の友人が悪いというわけではないが、どうしても俺の中ではその二つの間には、区別の壁が存在していた。
その壁は何なのか?
何故同じ友人なのに違うのか?
それを考えた時、ふと昔からの友人と呑みに行った時に出た話を思い出した。
その話を思い出した時、俺はその壁が何なのかを悟った気がした。
俺の地元は、コンビニやカラオケがないほどの田舎ではなかった。
隣の家まで何百メートルも離れているなんてことはなく、普通に隣接した家が多くある住宅街が存在するぐらいには発展していた。
それでもやはり、田舎だったのだろう。
私鉄の駅からは、離れれば離れるほど家の数が少なくなり、人口が密集している地域から離れていくと、田んぼや畑が見えてくる。
道路もアスファルトで舗装された道ではなく、コンクリートで塗り固められた細い一車線の道が増えていった。
俺の実家は駅の周辺だったのでその地域と縁は薄かったのだが、学校の友人の一部がその地域に住んでいたので、俺もその方面に行く機会が何度もあった。
その友人の家に遊びに行く時には、自然に囲まれた田舎の景色の中で遊ぶこともよくあったのだ。
……いつからだっただろうか。
そんな俺の地元で、土地の再開発計画が持ち上がったのは。
どういう理由だったのかは知らないが、駅から離れた田んぼや畑だらけの地域を住宅街にするという計画が立ち上がったのだ。
その計画は時間を掛けて徐々に進められ、俺の友人達が住んでいた地域は徐々にその姿を変えていくことになる。
友人の家の周りには、車すら通れないような細い小路が沢山あり、家の傍には生活排水を流すドブ川があった。
家の数は疎らで、殆どの土地には畑や田んぼが広がっていて、障害物となる家が少ないので、遠くまで見通すことが出来た。
だが。
徐々に畑は埋め立てられていき、家が建つための更地が増えていく。
道路とドブ川では下水道工事が行われ、ドブ川は潰されて、細かった道が広くなっていった。
更に時間が流れると、畑だった土地には住宅地が建てられていく。
他にも公園、スーパー、コンビニなどの、新しい家に住む人達を対象にした店も建っていった。
そうやって。
俺が幼い頃に見てきた街並みは。
少しずつ、知らない景色になっていった。
いつのことだっただろうか。
俺がいつものように長期休みに地元へと戻り、飲み屋で友人達と思い出話に花を咲かせていた時に、一人の友人が話の種にと何枚もの写真を見せてくれたことがあった。
何の写真だ?と思いながらその写真を見てみると。
そこには、俺が幼い頃に見た、再開発が始まる前の地元の景色が写っていた。
友人が住んでいた、古びたアパートの写真。
錆の浮いた階段の手摺も、無造作に物が置かれた室外機も、記憶の中にある懐かしい景色そのままだった。
そこはもう、古くなったアパートを取り壊して駐車場になっているらしい。
友人の家の前にあった畑の写真。
そこは、友人と一緒に勝手に入って虫を捕まえては、畑の持ち主に勝手に入るなと何度も怒られた思い出の場所だ。
だが今では、その土地に何件もの一軒家が建てられているらしい。
友人は、他にも沢山の写真を見せてくれた。
どの写真に写っている景色も懐かしく、俺の記憶の奥底にある憧憬そのままの風景だった。
しかしその景色も、今はもう存在しない。
俺の大切な思い出が詰まった景色は、もう写真の中にしか残っていなかった。
しかし、再開発計画のお陰で、その地域は非常に活気づいたのは確かだった。
俺の地元は元々、地方の田舎とは言えそれなりに働き先も多く、人が集まりやすい地域だったのだ。
なので再開発で住宅地が増えたことにより、多くの人が住めるようになって、地元の経済も活発化していった。
きっと俺達が通っていた小学校も、俺が通っていた頃は一学年三クラスしかなかったのが、子どもが増えて四クラス、五クラスと増えていることだろう。
この再開発計画によって、俺の地元は発展していった。
きっと、多くの人が便利に暮らせるようになり、多くの人が幸せになっていったのだろう。
しかし、変化は必ずしもプラスの効果だけをもたらさない。
俺のように、思い出の風景が消えてしまった人も居るのだ。
俺は、写真を見て胸が締め付けられる想いがした。
写真に残る景色は、俺に懐かしさを与えてくれる。
あの頃は楽しかった。
あんな遊びをしたっけな。
あの日に戻りたい。
そんな想いを抱かせてくれる。
だが。
あの頃の景色は、もう存在しない。
写真の中にしか残っていないのだ。
そう思うと俺は、地域に発展を齎した再開発計画に嫌な思いを抱いてしまう。
再開発計画は地方再生の救世主だったが、同時に俺の思い出の破壊者でもあったからだ。
それでも俺は、再開発計画は悪いものではなかったと思っている。
何せ、今現在あの再開発された土地に住んでいる子どもたちにとっては、今ある景色が思い出の景色となるのだ。
俺にとっては俺の思い出が大事だが、かと言って他の人の思い出を否定したくはない。
再開発されたお陰で、俺の地元には人が増え、店も増えて、便利になっていったのだから。
その上で一つだけ、残念なことがあった。
それは、思い出の土地が変化していく途上を見てみたかった、という思いだ。
再開発計画が開始されたのは、俺が中学二年生だった頃のことだ。
当時はその再開発予定の地域に住んでいた友人も引っ越していて、俺はその地域に行くこともなくなっていた。
そして高校卒業後にはすぐに都会へと行ってしまったので、俺は再開発で思い出の景色が変わっていく途上を見ることが出来なかったのだ。
俺が居ない間に区画は整備され、畑はやドブ川は潰されて、多くの家が建っていった。
そのことが、今となっては少し残念だと思うのだ。
もしも、再開発中の光景を見ていたら。
きっと俺は、辛い思いを沢山したと思う。
友達の家に行くために自転車を走らせた道がなくなり、オタマジャクシが居ないか探したドブ川も埋め立てられ、おじさんに怒られながらも遊んでいた畑は潰されていく。
それを見て俺はきっと、顔には出さなくとも苦虫を噛み潰したような気持ちになっていたと思う。
だけど。
それでも、俺は変化の途上を見ていたかった。
思い出の地が変わる様を。
思い出の地が終わっていく途上を。
見届けてやりたかった。
まぁ、今更そう思ったところでもう遅いんだけどな。
どうせ当時にそう思えたとしても、高校生だった俺が田園風景が広がる土地に、友人の家があるわけでもないのに行くなんてことは有り得なかったのだから。
なんというか、有り得ない仮定ってヤツだな。
だがそれでも、少し後悔している。
あの頃に、一度だけでも行っておけば良かったと。
友人が写真を撮っていたように、俺も写真に収めておけば良かったと。
俺が旧来の友人と、新しい友人との間に感じた壁。
それはきっと、壊されていく途上で感じていただろう何かと同じように。
俺が育ってきた途上で積み重ねられた物の差なのだろう。
だからきっと、俺がこの世界に来ていなければ。
元の世界であのまま職場の友人達と過ごしていれば。
もしかしたら彼らも、古い友人以上に大切な存在になっていたかも知れない。
全ては、有り得ない仮定だが。
そして今。
神としてやって来たこの世界で俺は、また変わっていく街と出会った。
人類が追い詰められて、世界の殆どの領土を邪神勢力に奪われた世界。
俺が神としてこの世界に来てから、徐々に邪神勢力の侵攻を押し返していった世界で。
ギリギリの限界まで追い詰められてボロボロになっていたこの街は、力を取り戻すべく復興しようとしているのだ。
邪神の手先に壊されて、手が回らず放置されている砕かれた道路も。
何度も切られた結果、応急処置の繰り返しで複雑に絡み合うように配線された電柱から建物に繋がる電線も。
壊れたままの建物の壁も、住人が居なくなって放置されたままの空き家も。
これから徐々に、直されていくのだ。
この世界に住んでいる人々は。
これまで、苦しい生活を送っていた。
そんな彼らは、豊かな生活を取り戻すべく。
この街の姿を変えていこうとしている。
俺は、そんな街の移り変わりを見ておきたい。
元居た世界で、俺が思い出の地の変化を見れなかった分も。
この世界が、この街が、より良く変化していく光景を見ておきたいのだ。
俺が神として、この世界を救っているのだという実感を持つために。
俺がこの世界に来た価値があったのだと思うために。
今度こそ、面倒臭がらず、目を背けずに、変化を見ておきたい。
そのために俺は、街の視察に行きたいと願ったのだ。
……という建前の元、俺はお忍びで神殿の外へやってきた。
そう。
これは大事なお忍びなのだ。
俺は決して、遊びたいからお忍びに来てるわけじゃないのだ。
別にストレス発散しようと一人で遊びに来てるわけじゃないのだ。
俺は心の中で自分にそう言い訳しつつも、お忍びで遊……視察に行くために、執務室を出ていった。
―・―・―・―
無事にバレずに神殿を出た俺は、ボリス・バールの姿で大きく伸びをする。
透き通るように晴れやかな空に、照りつける太陽。
肌に吹き付ける風は、乾いた涼しさを俺に届けてくれる。
今日のお忍びは、今までのお忍びとは少し違うお忍びだ。
今までのお忍びはバイトに行くためのお忍びだったが、今日は街を本当に視察するためのお忍びなのだ。
週に二回のお忍び視察で俺は、今まで食堂に行ってバイトばかりしていた。
しかし週二回の内一回分は、秘書達にも許可を取ってある半ば公的なお忍びであり、許可を取る時の建前として視察すると言っている以上、しっかり視察もしておかなければならないのだ。
本当なら、今日もバイトに行きたいんだけどね。
なんだかんだで結構バイトも楽しいし。
掃除とか、最近若干ハマってるんだよね。
自分の部屋を掃除するとおばちゃんメイドさんの仕事奪っちゃうし、他の神殿内だと神様が掃除すると威厳がヤバイから、掃除出来ないんだよ。
だからバイト先で掃除が出来るのは、結構俺の娯楽になってたりする。
こう、箒で砂や埃を集めたり拭いた後の汚れた雑巾を絞るのって、なんか達成感があって楽しいんだよ。
学生の頃に掃除してた時はそんなに楽しいなんて想わなかったんだけどな。
今になって掃除が楽しく思えるなんて、不思議なもんだ。
でも、今日はバイトに行けない。
何せ、今日もバイトに行ってしまったら、秘書に街でどんな視察をしたのかって聞かれた時に、答えられなくなるからな。
もしも秘書達に、街の様子だとか街で起きた事件だとかについて尋ねられた時、それに答えられなかったら視察してなかったことがすぐバレるからね。
だから、バイトだけじゃなくて普通に視察もしっかりやらないいといけないのだ。
……と、言っても。
俺は視察と銘打って遊ぶ気満々なんだけどな。
だって、神殿の中って娯楽が全然ないから楽しくないんだよ。
俺だって、たまには外に出て遊びたいんだよ。
どうせ近代文化で復興が必要なぐらい追い詰められてたこの街には、カラオケやゲーセンみたいな娯楽施設はないんだろうけどさ。
それでも、外で知り合いでも作って一緒に呑みに行けたら、大分気が晴れると思うし。
あっ。
ほら、あれだよ。
さっき考えてた、友人の壁的な話と同じ感じだよ。
一応神様ポジションに収まっている俺なんだが、実際の中身はごく普通の一般的なサラリーマンだ。
だからほら、普通の人間の友人も欲しいんだよ。
英雄達とも仲は悪くないけど……やっぱり一線引かれてる気がするし、あいつら基本的に優秀過ぎて、話が噛み合わない時とかあるしな。
だから、もっと気楽にバカ騒ぎ出来る知り合いが欲しいんだよ。
あと、自分の目だけで全ては見れないじゃない?
だから、市民から話を聞いて情報収集するってわけだよ。
ただ俺が飲みたいってだけじゃないんだよ?
本当ですよ?
一応、神殿出る前に考えていた、都市の変化を見ておきたいって真面目な考えも半分本音だしな。
ただ、そこまで堅い雰囲気でお忍びとかしてると、ストレスで押し潰されそうだから、適度に息を抜きたいだけなんだ。
それと、アレだアレ。
素の状態でこの街をぶらついてこそ、この街に住む人達と同じ目線で変化を見届けられるってやつだな。
これも必要なことなんだ、うん。
軍人秘書達も俺に遊んでこいって言ってたんだし、俺が遊ぶのは仕方ないことなんだよ。
いやむしろ、遊ぶことによって俺の中に郷土愛を芽生えさせて、この世界を大切に思うって気持ちを持とうって話だ。
だからアレだよ。
俺はただ遊んでるんじゃないんだよ!
俺は大きく伸びをしたあと、神殿前の広場を通り抜けて街へと繰り出した。
一瞬、いつもの癖でバイト先へ向かう道に進みかけたが、何とか踏みとどまる。
今日は、視察に来たのだ。
いつものようにバイトに行くのではない。
今日のお忍びは、外に出るのを誰にも伝えていない私的なお忍びじゃないのだ。
秘書達にも知らせてある、公的なお忍びなのである。
そして、お忍びの建前として街の視察を目的としている以上。
俺はしっかりと街を視察しておく必要があるのだ。
だから遊びに来てるわけじゃない。
最近ちょっと溜まりすぎてるストレスを解消しに来てるわけじゃない。
……なんか自分でもしつこいぐらい、自分に言い訳してる気がするな。
まぁ、若干後ろめたい気持ちがあるからなぁ。
他の皆は今も仕事をしてるのに、俺だけ遊ぶわけだし。
後ろめたいなら遊ばなきゃいいのに!と思わないでもない。
けど、最近はちょっと本気で辛かったから。
ここらでしっかりストレス解消しとかないと、本気で身体を壊しそうで怖いんだよ。
神様が身体壊しました!とか、洒落にならないし。
いや、俺は神様じゃなくて普通の人間なんだけど。
神様ってことになってるから、神様基準の行動しないといけないんだよ。
俺は進行方向を変え、バイト先へと続く道とは逆方向に進み始めた。
今は平日の朝だからか、周囲にはあまり人が居ない。
少し寂しくはあるが、俺はそれを気にせず歩き続けた。
これが、この世界の現状なのだ。
この街は、世界最大級の都市であり、唯一残った国家の首都である。
それなのに、寂れてると思ってしまうほど人が居ないのだ。
元居た世界の首都なら、平日の朝でも溢れるほど人が居たんだけどな。
右側車線を走る車が、背後から俺の隣を走り抜けていく。
その車を見て、この世界は左ハンドルなんだなと、小さなことに気付く。
少しよそ見をしていたからか、不意に水溜りに足を突っ込んでしまった。
昨夜は雨が降っていたのか煉瓦の歩道が少しだけ湿っていて、所々に水溜りが出来ていたのだ。
幸い浅い水溜りだったので、靴の中まで濡れてはいない。
俺は歩きながらも、水溜りに踏み込んだ足を軽く左右に振って水滴を落とした。
その後も、俺は無心で大通りの歩道を歩き続ける。
人が少ないとは言っても、ここは天下の大通りだ。
ちらほらとではあるが人が歩いていて、何人かと擦れ違いもした。
台車に荷物を載せて運ぶ男性。
歩道の脇で世間話をしている、既婚者らしき女性達。
見回りの巡回をしているのか、周囲を警戒しながら歩いているクロード。
ごく普通の、日常風景なのだろう。
だがそれが、俺にはとても新鮮で、こうして歩きながら周りを見ているだけでも楽しくなってくる。
……さぁ。
今日はどこで何をしようか?
お金ならバイト先で貰った日給があるし、もしもの時には秘書から支給されたお金もある。
店に入って、何かを買ってみるのもいいかな。
この世界の時代だと、露天や市場はあるんだろうか?
買い食いとかもやってみたいけど、初めての視察記念ってことで何か部屋に飾れる小物を買うのもいいかもしれないな。
俺はウキウキした気持ちを抑えながらも。
軽い足取りで、街の探索を始めた。




