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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第二部:神様、働きます。
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生まれ変わって、出来なくなって。


 私は男性英雄用宿舎のロビーで、一人の男がやってくるのを待っていた。


 私は、エーリッヒ・ヴァイツェル。

 英雄の中で最も数の多いエーリッヒ達の中で、唯一アルファベットを付けずにエーリッヒと呼ばれている、ファントム様の秘書官のエーリッヒだ。


 歓迎会が終わり、時刻も既に日付が変わりかけている。

 そんな深夜の宿舎ロビーは暗く、僅かに残るランプの明かりだけが辺りを照らしている。


 神殿内の設備には、基本的に電気を使ったものは存在しない。

 それは電気の供給量が少ないからという理由だけではなく、外部電源に頼った照明を使っていると、邪神の手先が工作を仕掛ける際に意図的に停電を起こされる可能性があるからだ。


 電気照明は電源供給源を破壊されると全ての照明が消えてしまうが、火を使ったランプであれば、全ての照明が一気に消えることはない。

 毎日油を足したり火の管理をしたりと、照明管理を担当する聖職者達としては面倒なのだろうが、これもファントム様の安全のために必要な処置なのである。


 だが、ランプの明かりというのはとても心細い。

 火が生み出す明かりは安定せず、ランプのガラスで風を遮っているはずなのに、風に揺られるように揺らめいている。

 普段はそんなことに気をかけたりしなかったが、不安な心境の今は、その揺らめきが私の心を揺さぶってくるように思えてくる。




 私は、エーリッヒ=Lが帰ってくるのを待っていた。

 歓迎会に連絡もなく大きく遅刻し、歓迎会の開始を遅らせてしまった、エーリッヒ=Lを。


 私は、私達エーリッヒは、あいつがどうして遅刻したのかを察していた。

 あいつはエーリッヒの中でも唯一、恋人が居るエーリッヒなのだから。


 最初に恋人が出来たと知らされた時には、複雑な気分だった。

 祝福してやりたいのだが、素直にそれが出来ないでいる自分があった。


 そこに混じる感情は、囚われていた過去から逃げ出した同朋への嫉妬か、あの過去を捨てる気かという理不尽な怒りか。

 だが私は、そんな暗い感情を押し殺して、新たな人生を歩もうとしているエーリッヒ=Lを祝福した。




 そんなエーリッヒ=Lは、今日は恋人とデートに行くと言っていた。

 これは私が直接聞いたわけじゃなく、他のエーリッヒを通じて知らされたことだ。

 ただ、歓迎会までにはデートを切り上げると聞いていたし、歓迎会に遅れてくるという話は聞いていなかった。


 そしてエーリッヒ=Lは、何があったのか歓迎会の開始に間に合わなかった。

 私はその理由が、デートが長引いたせいだろうと察しがついていたが、そのことを他の英雄達に知らせることが出来なかった。

 遅刻した理由がデートのせいだなんて、私はどんな顔をしてクロード中尉や高柳中尉に言えばいいというのか。

 だから私は、エーリッヒ=Lが遅れている理由を話すことが出来なかった。


 その結果、エーリッヒ=Lの遅刻を知らされたファントム様は、エーリッヒ=Lに罰を用意すると仰られた。

 そして現在、エーリッヒ=Lはファントム様に呼び出されている。


 事情を知っていた私が、私達エーリッヒの何人かがエーリッヒ=Lが遅れていた理由を上手くでっち上げることが出来ていたならば。

 こんな事態には、ならなかったはずなのに。




 融通が利かない自分が嫌になる。

 私はこの歳になって、なんでこんなに世渡りが下手なのか。

 本当に、自分が嫌になる。

 嘘を吐くのは悪いことだが、あの場でまで馬鹿正直に沈黙している必要はなかっただろうに。


 きっとエーリッヒ=Lには罰が下される。

 だが、その罪はエーリッヒ=Lだけのものじゃない。

 素直に理由を伝えられなかった、私の罪でもあるのだ。


 だから私は、エーリッヒ=Lが帰ってくるのを待ち続けている。

 帰ってきたエーリッヒ=Lに私のミスを告げて、私はその罪を贖うために、エーリッヒ=Lのフォローをしなければならないのだから。




 ロビーのソファーに座り、長い間項垂れていると、宿舎の入り口の方から足音が聞こえた。

 この神殿は火で燃えない石材で造られてあるので、足音がよく響く。


 私は顔を上げて、足音の主が誰なのかを確かめる。

 暗闇の向こうに見える影が、こちらに近寄るにつれて徐々に明かりに照らされていった。


 ランプの明かりに照らされた顔は、よく見知った私と同じ顔だ。

 だが、着ている軍服と軍帽の色と模様が、彼がエーリッヒ=Lだということを示していた。



「……どうだった?」



 私はエーリッヒ=Lに問いかける。

 彼はファントム様と対面し、罰を申し付けられたはずだ。

 彼をフォローするために、先ずその罰を聞いておかなければならない。



「……何から、話せばいいのかな。」



 そう言ったエーリッヒ=Lの表情は、私の予想に反してそこまで暗いものではなかった。

 私達に責められるかも知れない不安から青ざめた表情をしているかと思っていたが、エーリッヒ=Lは涙を堪えるような悲しげな顔をしていた。



「……お前をフォロー出来なくて、すまなかった。」



 予想と違った悲しげな表情に、私は少し混乱していたのか。

 言い出しにくいと思っていた謝罪の言葉が、思っていた以上にスルリと出てきた。



「フォロー?」


「お前が遅刻した理由、デートが長引いたからなんだろう?私はそれを知ってたのに、理由でっちあげることが出来なかった。嘘でもいいから何か理由を付けてフォローしておけば、歓迎会の開催も遅れず、お前の罰も軽くなってたのにな。」


「ああ……いや、私が全て悪いんだ。エーリッヒが気に病むことはないさ。……それより、私の方こそすまなかった。遅刻して迷惑をかけてしまって。」



 私の謝罪を受けて、エーリッヒ=Lは逆に謝罪する。

 こういうところを見ると、彼もまた私なんだと思ってしまう。


 彼は恋人が出来て、私や他のエーリッヒとは明確に違う存在になってしまったような気がしていた。


 だが、彼もまた私なのだ。

 細かいところが変わってしまっても、彼は私と根っこは同じで、考えることもどこか似通っているのだ。



「ははっ。互いに謝罪から入るあたり、やっぱり私もお前も同じエーリッヒだな。」


「……いや、もう私はエーリッヒじゃないんだ。」



 場を和ませようと口にした言葉を、エーリッヒ=Lが否定する。


 もう私はエーリッヒじゃない?

 それは、どういう意味なんだ?



「私はさっき、ファントム様の前で英雄を辞めて、エーリッヒの名前を捨ててきた。これからの私は、エルなんだ。もう、エーリッヒ=Lだった私は居ないんだよ。」



 そう言ってエーリッヒ=Lは、片手をこちらに差し出してきた。

 差し出された手を上向きに開くと、手の平の上に白く輝く石が載せられていた。


 その石が何なのか、一瞬私には分からなかった。

 だが次の瞬間に、それが何なのかを直感で理解する。



「これは……。」 


「エーリッヒ。私は今日、恋人のフィアナにプロポーズされて、結婚することになったんだ。そしてさっき、ファントム様に結婚を認めて頂いて英雄を辞めてきた。この石は、その時出てきた私が英雄だった頃の証だ。ファントム様が記念に持って行けってさ。」



 この石の存在を、私は知っていた。

 生きていた頃に見たわけでも、英雄になってから見たことがあるわけでもない。

 この世界に英雄として創造された時に、魂に植え付けられた知識の中に、この石の知識も入っていたから知っていたのだ。




 英雄は、創造される際に神様ネットワークに関する知識を植え付けられる。

 英雄とは何なのか。神とはどのような存在なのか。

 そして神様ネットワークに関連する知識についても、ある程度は知っている状態で産まれてくるのだ。


 そんな知識の中にある、この石に関する知識。

 この石は、英雄が英雄を辞める時に、それまで英雄として培ってきた経験を具現化するものなのだ。


 英雄は結婚を神に許されることで、英雄を辞めることが出来る。

 そしてその時に、それまで得てきた英雄としての力を無駄にしないためにも、力を具現化して、特殊な強化アイテムとして残すことが出来るのだ。


 何せ、英雄を辞めた英雄は、ただの人になるのだから。


 超人的な力を失い、永遠に近かった寿命も失くす。


 そして、完全にただの人間として生まれ変わるのだ。


 この石をエーリッヒ=Lが持っているということは。

 彼が言っていることは、全て本当だということである。

 つまり、エーリッヒ=Lは結婚し、英雄であることを辞めたのだ。



「私が歓迎会に遅刻したのは、デート先で彼女にプロポーズされて、それを聞いてた周りの人達が婚約祝いだと言って、パーティーを開いてくれたからなんだ。それを素直にファントム様に話したら、今回の件は英雄初の結婚ということで不問にするって言われてさ。こうして、英雄を辞めることを……許されたって、わけだ。」



 そう言ってエーリッヒ=Lは、空いた方の腕で顔を拭う。

 きっと涙を流しているのだろう。



「私……私は、最後に英雄として……最悪の、遅刻なんてしてしまったのに。ファントム様は、それを笑顔で、許してくれたんだ。」



 拭ってもまだ溢れる涙が、彼の頬を伝っていく。

 彼は拭うことを諦めて、震える声で言葉を続ける。



「エーリッヒ達、にも、評判悪くするからって気を遣ってくれて、さ。ファントム様は、神様の力で……私が、プロポーズされた場面を、見てたってことにして、ファントム様が、歓迎会に遅れることを許可してたって、ことにしようって、言ってくれたんだ。」



 既に声の震えが半ば嗚咽に変わってきている。

 それでもエーリッヒ=Lは言葉を止めなかった。



「だから、さ。エーリッヒには悪いんだけど、きょ、今日の、私のミスは、なかったことにして、ほしいんだ。」


「……分かった。ファントム様の心遣いを無にはしない。……それが嘘だと言うことも、他の英雄にこっそり噂を流しておこう。」



 彼が言うには、ファントム様はエーリッヒ=Lを庇ってくれたらしい。


 エーリッヒ=Lは恋人とのデート中にプロポーズを受けて、それを周りに聞かれてしまった。

 そして気が付けば婚約を祝う雰囲気になっていて、どうしても抜け出せなかったのだろう。

 その結果、歓迎会に遅刻してしまい、私達エーリッヒ全体の評判を落とすような真似をしてしまったのだ。


 だがそれを、ファントム様は庇ってくれる。

 ファントム様は、そのプロポーズの場面を神様の力で覗き見て知っていたことにしてくれるそうなのだ。




 だがそれは、私が遅刻を報告していた場面を見ていた英雄ならば、すぐに嘘だと分かってしまうものだ。

 何せファントム様は、最初は遅刻した英雄はシュナ嬢だと思っていたのだから。

 更には、遅刻したエーリッヒ=Lには罰を与えると公言されていたのだ。

 もし本当にプロポーズの場面を見ていたのだとしたら、そのような言葉が出て来るはずがない。


 そして私の遅刻報告は、ファントム様の近くに居た英雄達には聞こえていた。

 つまり、ファントム様に直接遅刻を報告した私だけじゃなく、近くに居ただろうクロード中尉や高柳中尉も知っているのだ。


 人の噂を遮る術はない。

 なので、ファントム様がエーリッヒ=Lを覗き見ていたというのは、すぐに嘘だとバレてしまうだろう。


 だが、誰もエーリッヒ=Lを責めることは出来ない。

 なにせ、ファントム様がそう仰るのだから。

 誰がそれを、嘘だと指摘出来るのだろうか?

 例えそれが嘘であったとしても、誰も嘘だと指摘出来ないのだ。


 つまりは、誰もエーリッヒ=Lの遅刻を咎めることが出来なくなる。

 ファントム様は嘘を吐くことで、暗にエーリッヒ=Lを責めるなとみんなに伝えているのだ。


 ファントム様は、エーリッヒ=Lのために泥を被ったのだ。

 たかが☆2程度の弱い英雄でしかない、エーリッヒ達の評判のために。

 自らが、非難の的となって下さったのだ。



「……私は、もう英雄じゃ、なくなって……プロポーズ、された時には、英雄を辞めようって覚悟して……。なのに、英雄を辞めたくないんだ。だって、ファントム様に庇ってもらったのに……その恩返しが、何も出来ないじゃないか。」



 そう言って、エーリッヒ=Lは膝をついて泣き崩れる。

 彼の慟哭が私にも伝わってきて、気付けば私も瞳に涙が浮かんできていた。



「ファントム様は、私が、私達が幸せになってくれるのが……それが、一番の恩返しだって……そんなことを言ってくれるファントム様に、私はまだ、仕えていたいって思って……でも、もう、どうすることも、出来ないって。」



 エーリッヒ=Lは、ファントム様に結婚を認められて、英雄ではなくなった。

 だからもう、彼は英雄としてファントム様の役に立つことが出来ない。

 ファントム様は、彼が幸せになってくれればそれが恩返しだと言ってくれたそうだが、それでもエーリッヒ=Lは、恩を返せないことが辛くて堪らないらしい。




 でも、大丈夫だ。

 お前は、一人じゃない。



「……私が、恩を返してやる。」


「……えっ。」


「お前が恩を返せないのなら、私がファントム様に恩を返す。私だけじゃない。他のエーリッヒ達にも話して、エーリッヒ全員で恩を返してみせる。」


「……でも。」


「いつだったか、お前に言っただろう?私が、私達を許せばいいって。私達はもう、一人じゃないんだって。……お前が受けた恩は、私達が返す。だからお前は安心して、大事な人を守ってやってくれ。」



 これは、食堂で落ち込んでいたエーリッヒ=Lに私がかけた言葉だ。

 戦友を見殺しにして生きてきた私達は、その過去を乗り越えられず、何度も悪夢に悩まされてきた。

 そして、エーリッヒ=Lが悪夢を見て落ち込んでいる時に、私が言ったのだ。

 私達が、私を許してやると。


 だから。



「エーリッヒ……。」



 私はソファーから立ち上がり、床の上で膝をつくエーリッヒ=L……エルに近寄り、肩に両手を置いた。



「お前は後悔する暇があるのなら、大事な恋人……いや、もう奥さんか。その奥さんを、守ってやればいいんだ。……お前は私達の先を行って、誰かのために死んでもいいって思えた、誇り高いエーリッヒなんだから。」


「っ……。」



 私が。

 私達が、お前の分も恩を返してやる。

 だからもう、お前は幸せになればいいんだ。


 だって私達は、皆でエーリッヒなのだから。

 お前が英雄でなくなったとしても。

 エーリッヒの名を捨てたとしても。

 我らの繋がりは消えないのだから。




 それからエルは、もう言葉を発することはなかった。

 声も抑えず泣きじゃくり続ける。


 暗い宿舎のロビーで、エルは涙が枯れるまで泣き続けた。

 そんなエルの傍らで、私は新たに決意する。


 必ずや、ファントム様の役に立ってみせると。

 全ては、我らエーリッヒが受けた恩を返すために。


 そして何より。

 最悪の最期を迎えた我らの幸せにを願ってくれる、ファントム様に尽くすために。



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