苦肉の策。
長い時間が経ち、俺はソファーの背もたれに預けた体を起こした。
それを見てエルも体を起こし、ソファーに座りなおす。
俺は、一つの解決策を思いついた。
とても危険な、賭けでもある解決策だ。
これが成功すれば、エルもエーリッヒ達も救うことが出来るかもしれない。
だがもし失敗すれば、エルとエーリッヒ達だけでなく俺すらも被害を受けかねないという、いつもの俺なら絶対やらない方法だ。
だが、もう考えつかないのだ。
今日は朝から心が削られて、精神的な疲労が溜まってしまっている。
これが明日の朝であったなら、一晩掛けてゆっくりと考えを纏められただろう。
しかし実際は、エルが早めに帰ってきたせいでそうはいかなくなってしまった。
だから。
苦肉の策であっても。
間違いがあるかもしれなくても。
俺は、この解決策を実行するしかないのだ。
稚拙な策だが、これが今の俺の限界なのだから。
この解決策を実行するために、俺は覚悟を決めなければならない。
俺はエルに俺の秘密を話す必要があるからだ。
更には、エルの意志も確認しておく必要がある。
焦っては駄目なのだ。
少しずつ、積み木を慎重に積み上げるように。
丁寧に策を進めなければならない。
「……エーリッヒ=F。」
「ハッ。」
長い時間が経ってエルも落ち着いたのか、エルの顔色は大分良くなっていた。
エルも休憩中に何か覚悟を決めたのか、先程までのオドオドした表情ではなく、真剣な顔でこちらを見ている。
「先ずは、君が遅れた理由を聞こうか。」
「……はい、分かりました。」
俺は先ず、エルに説明を求めた。
俺の計画を果たすためには、エルの考えを確認する必要があるのだ。
ただ一つ。
安全確保のために、あのことだけは確認しておかなければならない。
エルは、今日あった出来事をつぶさに説明した。
その説明の中には、俺が知らなかった好感度イベント以外での情報も存在した。
本当は、今日はデートに行く予定ではなかったこと。
恋人にどうしてもと言われてあの店に行ったこと。
好感度イベントが終わったあとは俺の想像通り、食堂で婚約祝いのパーティーが開かれたこと。
本当は朝帰りの予定だったが、けじめをつけるために遅れたとしても歓迎会に顔を出したこと。
そして、最後に。
「ファントム様。まことに自分勝手な願いではありますが、私が結婚して英雄を辞めることを、お許し頂けないでしょうか。」
そう言って、エルは俺の返答を待った。
俺は、その言葉を待っていた。
最後の、英雄を辞めるという一言を。
エルの覚悟に応えるように俺も覚悟を決める。
そして俺は、エルに一つの約束を求めた。
「エーリッヒ=L。君は、秘密を守ることは出来るか?」
「……秘密、ですか?」
「これから私が話すことを、誰にも話さない。そう約束できるか?」
「……はい。誰にも話しません。」
英雄を辞めることを許してくれと言ったのに、急に秘密を守れるかと聞かれたエルは少し戸惑ったようだった。
だが、俺が真面目な顔をしているのを見て、エルは重要な話なのだと思ったのか、重く頷いて秘密を守ると約束してくれた。
「実は俺は、今エーリッヒ=Lが話した内容の殆どを知っていた。」
「……え?」
「詳細は伏せるが、神様ネットワークの機能の一つで、離れていても英雄の姿を見ることが出来る方法があるのだ。望んだ英雄の姿を自由に見れるものではないのだが、その機能を使って私は、エーリッヒ=L姿を覗き見ていたのだ。」
「っ!」
俺はエルに、好感度イベントの存在をバラした。
好感度イベントによってエルが説明してくれた内容を見ていたのだと、全てバラしたのだ。
―・―・―・―
好感度イベントは、詳しい条件は俺にも分からないが、英雄の日常と共に英雄の考えていることや過去のエピソードを知ることが出来る機能だ。
俺はこの機能のお陰で、今まで英雄から語られることのなかった英雄達の考えや過去の出来事を知ることが出来た。
だがこの機能は、本来なら誰にも話すことが出来ない機能なのだ。
なにせ俺は英雄達の許可を得ることなく、彼らのプライベートな部分を勝手に覗き見ているということなのだから。
俺がこの機能で英雄達の内心を覗いていたことがバレてしまうと、英雄達からは確実に嫌われてしまうだろう。
だから俺は、この機能のことを誰にも話さないでいようと思っていた。
だが、今回は別だ。
今回に限っては、この機能をバラしてしまっても問題ないのだ。
だってエルは、英雄を辞めてしまうのだから。
俺がエルの説明を聞いて、一つだけ確認したかったこと。
それが、本当に英雄を辞める意志があるのかどうかだ。
もしもエルが心変わりをしていた場合。
結婚はするけど英雄は辞めないと考え直していた時には、俺が好感度イベントの存在を話してしまうのは非常に危険だった。
もしもエルがこのまま英雄を続けるのであれば、エルは好感度イベントの対象の一人として残り続けることになってしまう。
するとエルは、常に俺に監視されているんじゃないかと疑いながら仕事をしなければならない。
更に英雄を辞めないならば、他の英雄と接する機会も多いままとなってしまう。
そうなると、英雄の姿を覗き見れる機能の存在を、監視されてるかもしれない英雄が周りに居る中で秘密にし続けながら働き続ける必要があるのだ。
それらはエルにとって、大きな精神負担となってしまうだろう。
常に心を苛まれ続けるエルは、本当に秘密を守れるのだろうか?
つい、誰かに喋ってしまわないだろうか?
英雄を辞めない場合には、そんな不安があったのだ。
そして何より、何かの拍子でこの機能のことを他の誰かに知られてしまう可能性が高いという問題があった。
エルが精神負担に耐えて必死で隠そうとしていても、その反応や態度によって疑われ、いつか周りにバレてしまう可能性は存在するのだから。
しかし、英雄を辞める……つまり、戦場に出なくなって他の英雄との交流が減るのであれば問題はない。
それならば、彼を通して周りにバレる可能性は限りなく低くなるのだから。
彼自身も自分が監視される可能性がないと分かれば、秘密にすることで心にかかる負担も少なくて済むだろうしな。
だが、それでもこれは危険な賭けだ。
エルがうっかり好感度イベントのことを漏らしてしまうということが、有り得ないとは言えないのだから。
そしてもしも好感度イベントの存在がバレてしまったら、俺は英雄達からの信用を失ってしまうかも知れないのだ。
本当なら、誰にも知られてはいけない秘密。
それを限定的にでも誰かに話してしまうことは、非常に危険なことなのだ。
しかしこれから出す解決策は、そんな危険性を少しでも和らげることが出来る。
この解決策ならば、好感度イベントが誰かにバレてしまう可能性を少なくすることが出来るのだ。
そして何より、上手くことが運べば俺もエルもエーリッヒ達も、誰も不幸にならない結末を迎えることができる。
その解決策とは。
実は俺はエルのことを、神様の力で監視していたことにするというものだ。
そして俺は、エルを見ていたのでエルが遅刻することも知っていたということにする。
そうすれば、俺は事前に事情を知っていてある意味連絡を受けていたことになるので、エルには罰を与えなくて済む。
そして悪いのはそれを黙ってた俺なので、エーリッヒ達もエルに対して悪感情を抱くことはなくなるのだ。
もしもエルが遅刻した理由を、市井の噂で婚約パーティーを開いていたからだと聞いて、私的な理由で遅刻したのだと察したとしても。
この世界の最高権力者である俺がそれ認めてるのだから、それに対して誰も意義を唱えることは出来ないのだ。
だが、これだけでは俺の評判が非常に悪くなってしまう。
好感度イベントで英雄を覗けることがバレるだけでなく、事前に事情を知っていたのにそれを報告せず、歓迎会の開催が遅れる理由を作ってしまったことにもなってしまう。
知っていたのに連絡をせず、更にはその場は誤魔化して歓迎会を始めさせたことは、英雄達から非常に悪い評価を受けることになるだろう。
しかも、好感度イベントという名の覗きシステムの存在がバレるという、致命的なおまけ付きだ。
しかし、その点は問題ない。
なにせこの言い訳には、多くの矛盾が存在しているのだから。
この言い訳は、すぐ嘘だとバレてしまう言い訳なのだから。
俺は歓迎会が始まる直前に、誰かが遅刻しているとエーリッヒに言われた時、「それはシュナか?」と聞いていた。
もしもエルのことを見て、エルが遅刻することを知っていたのなら、遅刻しているのがエルだと知っていたはずなのにだ。
エルの遅刻を知っているのなら、その時点で「エーリッヒ=Lは所要があって遅刻すると聞いている。」と言えば済む話だったのだ。
では、何故そこで俺はそう言わなかったのか?
という疑問を、俺とエーリッヒの会話を聞いてた者は思うだろう。
まぁ、実際には好感度イベントで見たなんて言う気がなかっただけじゃなくって、完全に忘れてただけなんだが。
……更には、エルが遅刻していると告げたエーリッヒに対して、俺はエルに罰則を与えると言っているのだ。
エルが遅刻している理由を知っているのに、何故罰を与えると言ったのか?
そこもまた、疑問も抱かせる点となる。
まぁ、その時は別の解決策を用意してて、あとで欠陥に気付いて修正したから変な感じになっただけなんだが。
……それは置いといて。
つまりこの説明は、見え見えの嘘というわけだ。
遅刻を伝えてきたエーリッヒや、俺の近くに居た英雄達にはすぐバレてしまうだろう、見え透いた嘘でなのである。
その結果英雄達は、俺がエルを庇うために嘘を吐いていることに気付くだろう。
すると英雄達は、好感度イベントという監視システムは庇うために吐いた嘘で、実際にはそんなシステムは無いんだと思い込むことになる。
更には、歓迎会の場では『罰を与える』と言ったこと。
そして後になって『実は遅刻の理由を知っていた』と言ったこと。
この二つの矛盾点は、『実は遅刻の理由を知っていた』という方が嘘であると思わせることが出来る。
つまり、俺が嘘を吐いてるとバレてしまえば。
俺に対する悪評は、その殆どがカバー出来てしまうのだ。
その結果残るのは、俺がエルを庇ったという良い評判だけになる。
そして最高権力者の俺がエルを庇っているのだから、他の英雄達はエルに罰を与えていないという点に意義を唱えることが出来ない。
例え意義を申し立ててきても、エルは結婚という慶事があるのだ。
祝い事のために無罪放免としたと言えば、誰も文句は言えなくなるだろう。
というか、多分俺が庇ってるのを知った時点で、俺が祝い事に水を差したくないと思って罰を与えなかったんだって分かってくれるだろうしな。
それを知った上でツッコミを入れるような無粋な奴は英雄に居ないだろうし。
しかし、それでエルへの罰はなんとか出来たとしても、エーリッヒがエルに対して悪感情を抱くことは防げないのでは?という疑問が浮かび上がってくる。
だが、そこもちゃんと考えてある。
実はこのエルを庇う言い訳は、ただの時間稼ぎに過ぎないのだ。
俺はこの言い訳で時間を稼ぎ、別の方法でエーリッヒ達の感情への対策を実行しようと考えているのだ。
例え嘘であっても、それが嘘だとバレるのはすぐではない。
矛盾や疑問点から、俺のエルへの対応が嘘なんだという正解に辿り着けるのは、エーリッヒが俺にエルの遅刻を告げた際に俺の近くに居た英雄だけだ。
つまり、俺がエルを許した理由が英雄達に伝わってからそれが嘘だとバレるまでには、それなりの時間差が生じるのだ。
そうやって時間さえ稼げれば、俺はその間に別の対処を行うことが出来る。
そしてその間に俺が取る対処法とは。
エーリッヒ達が真実に気付いて結婚に否定的になってしまう前に、エーリッヒ達に結婚に対して肯定的にさせてしまうという方法だ。
俺が英雄達の結婚に対して肯定的であり、推奨しているということを公言してしまえば。
そうすれば、エーリッヒ達が結婚に対して否定的になってしまう前に、結婚に対して肯定的な意見を刷り込むことが出来るのだ。
一度否定的になってしまうと、その後肯定的になるのは難しい。
だが逆に一度肯定的にしてしまえば、その後否定的になるのも難しいのだ。
つまりは、先にエーリッヒ達を結婚に肯定的にしてしまうことで、エルの失点による結婚への否定的な感情を持ちにくくさせるということだ。
では、俺が英雄達の結婚に肯定的なのだと示す方法は?
それもしっかり考えてある。
なんと都合の良いことに、明日は休息日なのである。
つまりは、明日の午前中には礼拝堂で俺の演説があるということだ。
既に演説の台本は決まっているのだが、その最後にエルの結婚が決まったことと、俺が英雄の結婚を勧めているということを、付け加えて言えばいいのだ。
英雄達は新聞をチェックしているらしいから、俺が演説で言った言葉も伝わるみたいだしな。
この方法なら、エーリッヒに嘘がバレて結婚に否定的になる前に、肯定的な思いを抱かせることが出来るだろう。
纏めると、先ずは好感度イベントでエルの遅刻を知っていたとバラしてしまう。
それで時間を稼いで、演説で結婚に肯定的だと周囲に知らせる。
英雄達に結婚に対して肯定的な意見を植え付けたあとで、好感度イベントは実際には存在しないんじゃないかと英雄達が勝手に気付く。
勝手に気付かなかったら、まぁその時考えて、ちょっと工作すればいいだろう。
そうすることで、エーリッヒ達が結婚に否定的にならず。
エルへの罰は、俺のフォローと慶事の祝いということでうやむやに。
一度下がった俺への評価も、あとで復活。
と、成功すれば全てが上手くことが運ぶのだ。
……この解決策を考えつくのは、本当に苦労した。
最初はもう、普通に結婚祝いってことで、エルを許すだけでいいんじゃないか?と思ったりもした。
だがそれだと時間の猶予が産まれず、エーリッヒ達に結婚に肯定的な意見を持たせる前に遅刻の理由を知ってしまい、否定的な意見を持ってしまい兼ねない。
だから、どうしても時間を稼ぐ必要があったのだ。
当然、俺はこれが最良の方法だとは思わない。
他にもっと優秀な時間稼ぎの方法や、別の解決策もあるのかもしれない。
だがもう、俺の思考回路は限界ギリギリなのだ。
これ以上の策は、少なくとも今は思いつけそうにない。
これは、かなり危険な賭けだ。
どれか一つでも歯車が狂えば、誰かが不幸になってしまうかもしれない。
それは分かっている。
だが、それでも。
俺はどうしても、エルとエーリッヒ達には幸せになってほしかったのだ。
生まれ持った芸術的な才能を活かせず、軍人として生きてきたエーリッヒ。
死にたくないというごく普通の感情が許されず、それでも足掻いた結果心が擦り切れてしまったエーリッヒ達。
そんな彼らが、放っておけば不幸になってしまう。
そしてそれを防げるチャンスが、目の前にあるのだ。
俺は、神の立場としてではなく。
一人の人間として、エーリッヒ達を幸せにしてやりたい。
そのためならば、少しぐらいのリスクは背負ってやる。
もし最悪の結果になったとしても。
何もせずに不幸になる様を見届けるなんてこと、絶対にしたくないのだから。
―・―・―・―
「……だから、私は知っている。エーリッヒ達が仲間の死に心を痛めていたことも。誰にも許されることのない、罪の意識に苛まれていたことも。」
俺も秘密を抱えてるっていう罪の意識に苛まれてるからね。
共感出来るところがあるのよ。
「そして、恋人に対する想いも。英雄を辞めるということに対する覚悟も。」
俺もフィアナみたいな恋人が欲しいな……。
次のガチャこそは、理想的な女性英雄が出てきてほしいものだ。
「だから私は……エーリッヒ=Fの結婚を認め、英雄を辞めることも認めよう。」
だから祝福してやんよ、こんちくしょう!
自分だけ先に幸せになりやがって!
俺が理想の女性英雄と恋仲になったら、お前に自慢しに行ってやるからな!!
最後の一言を告げた瞬間。
淡く輝く光が、エルの身体から溢れるように放たれ始めた。
光はエルの前へと集い始める。
身体を包むように放たれていた光が止んだ時。
エルの目の前には、白く輝く小さな石が浮かんでいた。
なんだこれ。
いや、なんだこれ。
えっ?
何が起きてるの?
なんか、エルの身体から光が出るとか。
えっ?
いや、本当に何が起きてるんだ?
「……有難うございます、ファントム様。このことは、一生忘れません。」
そうエルが呟くと、俺とエルの間に浮かんでいた白い光が、白い塊を残して消えていった。
白い石はゆっくりと机の上に落ちていく。
その白い石は、まるで宝石の原石のように輝き、優しい白い光を放っていた。




