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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第二部:神様、働きます。
44/59

人生の終着点は、人生の始発点。


 マジで焦った。

 なんか最近、焦ることが多い気がするが、とにかく焦った。

 また唐突に好感度イベント発生だよ。

 マジ勘弁してくれよ、俺バイト中なんだよ。




 俺がバイトしてる食堂に、エーリッヒが彼女連れでやってきた。

 そして俺がエーリッヒをテーブルに案内しようとしたら、店のウエイターをしてる双子君達が、俺に案内させてくれと喧嘩を始めた。

 それを店長が怒鳴って静めて、二人はジャンケンでどちらがエーリッヒカップルを席に案内するかを決めることになり、なんかいつの間にか案内を双子に譲ることになった俺は、そのまま厨房へと戻って溜まってるだろう食器を洗おうと思っていた。


 そしたら、厨房に戻った瞬間に好感度イベントだよ。


 マジでビビって、一瞬ビクッて体が固まったよ。

 幸い店長と奥さんには見られてなかったから良かったけど、もしも見られてたら挙動不審にしか見えないビビり方だったよ。


 まぁ、皿洗いを始めるタイミングで始まったのは、逆に運が良かったかもしれないな。

 この好感度イベントは、俺にしか見えない画面が目の前に現れて、俺にしか聞こえないモノローグが俺の頭に直接入ってくるように聞こえるのだ。

 画面は消せないし、音もミュートに出来ない。

 だからもし、ウエイターとして注文を取ってる最中に好感度イベントが始まってたら、もう仕事どころじゃなくなっていただろう。


 その場合は、最悪早退も視野に入れなきゃならなかっただろうな。

 ついさっき、今日は夜まで働きますって宣言したばっかなのに、急に帰りますって言うなんて、嫌だぞおい。

 まぁ、店長的には夜遅くまで働かせるのはアレだと思ってるみたいだから、帰っても文句言わないんだろうけども。


 それで、好感度イベントの内容は……。


 ……これ、エーリッヒの好感度イベントなのか?

 なんか殆ど、エーリッヒの彼女のフィアナって子のイベントみたいになってるんだけど。




 ―・―・―・―




『魔物が狙ったのは、私だったわ。そして、私を庇ったナンシーのお父さんが……。』



 エーリッヒの好感度イベントで、フィアナさんの独白は続いていく。


 最初の方は、エーリッヒが上手いことエスコートしてんなーとか、なんでお嬢様を連れてこんな店にデートに来たんだ?とか。

 なんとなく、物語でも見てるような気分で画面を見ていた。

 皿を洗いながら。


 そしていま、話は核心に迫ってきている。



『えっと……ご注文、何に致しましょうか?』



 双子くぅん……。

 良い所で邪魔に入るんじゃないよぉ……。


 物凄く微妙なタイミングで注文取りに行ったな、おい。

 考えようによっては良いタイミングとも思える感じだったけど、そのタイミングが良いってのはテレビなんかでCMが入るのに調度良いぐらいのタイミングの良さだ。

 見てるこっちとしては、話の続きが気になる場面で乱入されて、微妙に不快である。


 て、しかも双子君よ。

 英雄相手に緊張してたのか分からんが、水を持ってくのを忘れてるじゃないか。

 これは、気付いた俺が持ってった方がいいのか?


 いやでも、好感度イベントの画面で知ったことだから、なんで水がないのが分かるの?って言われそうだし……。

 でも放置してたら店の印象悪くなりそうだし……。


 あっ、そうだ。

 注文を聞きに行ったんだから、エーリッヒの席に行ったジャンケン勝者の双子君は、厨房に来るんだよな?

 だったらそこで、「英雄はどうだった?」的な興味本位っぽく話しかけて、そこで「あれ?トレイを持ってないけど、水は持ってったの?」的な流れにもってけば、水がないことに気付いても自然な流れになるな。


 その場合は店長に双子君の片方が怒鳴られそうだけど、それはミスをした双子君の片割れが悪いってことで。

 よし、その作戦で行こう。



「注文取ってきたよ!エーリッヒさん格好良かった!」



 双子君のどっちか分からない方が、注文を書いたメモを片手に厨房へと入ってきた。

 メモを持った手をブンブン振りながら、子供らしくはしゃいでいる。



「いちいち騒ぐな。英雄様を待たせちゃなんねぇから、先に料理作るぞ。さっさと注文言え。」


「はーい。えっと……。」



 あっ。

 俺が話しかける前に、店長が割り込んできた。

 軽く英雄の話をしてから、水持ってってないことをやんわり指摘しようと思ったのに。


 ってか、他の客より英雄を優先すんのかよ。

 まぁ、他の客もエーリッヒの様子が気になってて、料理がまだ来てないとか不満言いそうにない空気だけども。


 もう、仕方ないな。

 ちょっと空気が悪くなるかも知れんが、直接水がないことを指摘するか。

 双子君に恨まれそうだから、さり気なく指摘しようと思ってたんだけどなぁ……



「その前にちょっと良いですか?」


「あん?なんだボリス。」


「トレイ持ってないですけど、水持ってってないんじゃないですかね?」



 俺の言葉でピタリと動きが止まる双子君その一かその二。

 指摘の意味に気付いて、徐々に鬼の形相へと変化していく、前頭部の守りが薄い店長。


 ああ、これは雷が落ちるな。

 耳塞いどこうか。

 まぁ、耳を塞いでも好感度イベント経由で店長の怒鳴り声は聞こえるんだろうけど。


 ってか、皿洗い中だから手に泡が付いてて、耳塞げないな。

 怒声の聞きすぎで難聴にならないか心配だ。



「こぉんの―――」


「あなた、大きな声出しちゃダメよ。英雄様の迷惑になるわ。」


「うぐっ……。」



 ……おっ?

 店長の奥さんが、店長が怒鳴るを止めた。

 俺が居る時にはあんまり喋らない人だったから、ちょっとびっくりだ。


 確かナンシーさんだっけ?

 好感度イベントで知った名前だけど。



「水は私が持っていくわ。」



 そしてナンシーさんは、双子君のフォローのために自らが水を持っていくと言い出し……。




 ……。


 はっ?



「あん?何でお前が行くんだ?」


「だって、謝らないとダメでしょう?貴方は調理を急がないとだし、イシェロじゃ緊張しちゃってちゃんと謝れるか不安だわ。」



 えっ、いや。

 ちょっと待って。


 今ちょうど、好感度イベントの方も結構ヤバイ場面だぞ?

 ちょっと前までは二人とも沈黙してたんだけど、ついさっき会話が再開されたところだ。

 しかも今、「だからナンシーには、合わす顔がなくってね。」とか言っちゃってんだぞ?

 この状況でナンシーさん乱入って、どう考えてもヤバイだろ。


 ……ああ、そういえば。

 双子君のどっちか分からない方の名前って、イシェロ君っていうんだ。


 って、そんな現実逃避してる場合じゃねぇ!!



「ぐぬ……まぁ、そうだな。ナンシー、頼む。」


「ふふっ。それじゃあイシェロ、お父さんの手伝いしてなさい。」


「そ、そんなぁ。」


「おう、扱いてやっから覚悟しな。」


「あんまりうるさくしないでね?」



 なんか目の前でほのぼのとしたホームドラマの一場面が展開されてるけど、それどころじゃねぇっての!


 ってか、これって良いのか?

 元々この好感度イベントって、ナンシーさんの介入を想定してあるのか?

 そうじゃなかったら、俺が介入して好感度イベントが一回止まった、ジョンの時の二の舞いに……。




 って。

 俺が水持ってってないって指摘したのが原因じゃねーか!!


 完全に俺が介入しちゃってんじゃねぇかよ。

 これ、大丈夫なのか?

 好感度イベントってなんか、未来予測しながら映してるっぽい感じもあるし、俺の介入でイベントが途中で終わったりはしないよな?


 いや、大丈夫なはずだ。

 だって、好感度イベントなんだから。

 今回の介入は、ファントムである俺のせいじゃなくって、ボリスである俺のせいなんだから。


 ジョンの時は俺が介入して未来が変化しちゃったから、俺への好感度が下がる可能性があってイベントが中止されたっぽかった。

 だけど今回は、俺への好感度が下がる要因なんてないはずだ。

 だって今の俺は、俺とジョン以外誰も正体を知らない、ボリスの姿なんだから。




 なんて思ってる内に、ナンシーさんは水を入れたコップをトレイに乗せて、厨房を出ていった。

 出来れば止めたかったのだが、止める理由も思いつかない。

 ナンシーさんはミスした息子の代わりに謝りに行くって名分があるんだから。

 その役目は、まだ三日しか働いてないバイトの俺では代わることが出来ない。


 ああもう、どうにもならねぇや。

 俺はもう思考を放棄し、惰性で皿洗いをしながら好感度イベントの行く末を見守ることにした。


 もう、賽は投げられてしまったのだ。




 ―・―・―・―




『気が付けば、頬を冷たい雫が伝っていた。』



 最後に涙を流すエーリッヒが映って、画面は消えた。


 最初は、エーリッヒじゃなくてフィアナって子のイベントじゃないか?

 と思っていたが、最後まで見てみるとエーリッヒがフィアナに自分の姿を重ねて見ていたりと、何だかんだでエーリッヒのイベントだったな。


 それは良いんだが……。

 もうちょっと余裕を持って見たかったな、このイベント。

 少なくとも、皿洗いしながら見るようなもんじゃないと思う。

 ちょっと俺の目も潤んできてるし。


 それにしてもこれって、先が気になる終わり方だな。

 このあとはフィアナとナンシーさんが仲直りするって内容っぽいんだが、出来れば最後まで見てみたかった。

 こんな中途半端な場所で区切るとは……好感度イベントを作った神様はドSなのか?




 と思っていたら、また急に目の前に画面が現れた。

 画面にはさっきまでと同じく、エーリッヒとフィアナとナンシーさんが映っている。


 ただし、さっきまでの画面とは少しだけ違う。

 画面の縁が、赤く彩られているのだ。

 今までの好感度イベントの画面は、縁取りの色なんてなかったはずなのに。


 えっ。

 なんだ、この状況。


 え?

 もしかして、好感度イベントの続き?


 え、どういうこと?

 俺が続きを見たいって思ってたから出たのか?

 いや、それならジョンのイベントが途絶えた時にも……ってあの時は中止だったから条件が違うのか?


 というか、画面の縁が赤い?

 なんで赤い縁取りなんだ?

 というか、これって好感度イベントだよな?


 訳が分からない。

 これは、偶然連続で次の好感度イベントが始まっただけなのか。

 それとも俺が先を見たいと望んだからなのか。

 もしくは、俺の介入でナンシーさんが入った結果なのか。


 全くもって、何もかも分からない状況。

 だが、一つだけ言えることがある。




 ……続きが気になってたから見てみたい。

 考えるのは後にして、取り敢えず続きを見ようか。




 ―・―・―・―




 フィアナの幼馴染であるナンシーは、フィアナと互いに謝りあってから、仕事があるからと厨房に戻っていった。

 また今度。と、再び会う約束を交わして。



「……エルさん。」



 暫く続いた沈黙のあと。

 目元を濡らす涙を拭き取りながら、フィアナが掠れた声で私の名を呼んだ。


 私も涙を袖で拭い、彼女へ顔を向ける。

 彼女は真剣な表情で、私の目を見つめていた。

 さっきまでの、寂しげな、悲しげな顔ではなく、何か覚悟を決めた顔だ。



「どうした、フィアナ。」



 震えそうになる喉を抑え、いつもの声で言葉を返す。

 声が震えそうなほどに本気で泣いていたのに気付かれたくなくて、精一杯虚勢を張っているのだ。


 私ごときが、格好つけるなんて。

 以前の私ならそう思っていただろう。


 だが私は、フィアナの前では格好いい自分で居たいのだ。

 例えバレバレの虚勢だったとしても、彼女の前で無様を晒したくないのだ。


 フィアナは、私にとってこの世で唯一の。

 死んでも良いと、思える相手なのだから。



「……さっき、言ったこと。忘れてくれる?」



 さっき言ったこと。

 それはきっと、別れようと言ったことなのだろう。

 フィアナは自分が私には相応しくないと思い、さっき別れ話を切り出してきたのだ。


 その言葉に対して私は、逆に私の情けなさを言うつもりだった。


 私が戦友を見殺しにしてきたこと。

 生き残ることしか考えずに生きていたこと。

 死ねと命じた部下の家族に、殺されてしまったこと。

 最期の最後まで、死にたくないと思っていたこと。


 そして、その全てを謝る機会を失ったこと。

 それでも私は、自分は許されたのだと思い込んで、幸せになろうとしていたこと。


 どう考えても、私は彼女に相応しくない。

 本当に馬鹿で下らない、最低な男だ。


 だから逆に、そんな私でも付き合ってもらえるか。

 そう聞き返すつもりだった。




 だがフィアナは、謝れなかった過去を克服出来た。

 負い目を抱いていた相手であるナンシーと再開し、互いに胸の内をさらけ出したのだ。


 そんな彼女はいま、きっと輝きに満ちている。

 どこか暗い陰を残していた彼女は、これからは明るく元気な、私の知らない一面を出すようになるのだろう。


 ……だが。

 私は、そんなフィアナの傍に居る資格があるのだろうか?


 私は、フィアナに言わなければならない。

 彼女が私に、自分をさらけ出したように。

 私も彼女に醜い自分をさらけ出し、彼女に切り出すべきなのだろう。


 こんな私と、別れてくれと。



「……フィアナ。私も、言いたいことがある。」


「聞いてあげない。」


「……えっ。」



 意を決して口を開いた私の言葉を、フィアナはあっさりと拒否した。

 いつもなら、私の話をちゃんと聞いてくれるフィアナがだ。

 驚いて、つい間抜けな声を出してしまう。



「言ったでしょ?私、わがままでずるい女なの。貴方が言いたいことを言う前に、私が先に言わせてもらうわ。」



 そう言ってフィアナはテーブルから身を乗り出して、私の唇に人差し指を当てる。

 いつもと違う悪戯っぽいフィアナの仕草に、胸が跳ねてしまう。



「……実は私、エーリッヒさんのこと、前から知ってたの。」



 彼女は、私のことをエルさんと呼ぶ。

 それは、今の私の名前であるエーリッヒ=LのLから取った呼び名だ。

 エーリッヒでは他のエーリッヒと区別が付かないから、そう呼んでいるらしい。


 だが彼女は今、エルではなくエーリッヒのことを知っていたと言った。

 それは、どういう意味なのか。



「私の家って、お父様が偉い人だから色んな情報が入ってくるの。だから、エーリッヒさんが生きてた頃のことも、英雄様が現れてからお父様が調べて教えてくれたの。……だからね、エーリッヒさんが、生き残るために仲間を犠牲にしてて、最期には犠牲にした部下の家族に殺されたってことも、知ってたの。」



 ……私のことが、この時代に伝わっていたのか?


 英雄となるぐらいなのだから、戦績などの情報は多少残っているだろうとは思っていた。

 しかし、この世界は邪神に追い詰められて、殆どの領土を失っているのだ。

 例え英雄と呼ばれるほどの偉業を成した存在であっても、殆どの資料は散逸し、僅かに口伝で情報が残っている程度だろうと思っていた。


 だが、どうやらこの世界にはまだ私の情報が残っていたらしい。

 そして、彼女は私のことを調べて知っていたという。

 つまりは、私が戦友を見捨てて生き延びたことも知っていたということだ。

 何せ私の最期は、私が見捨てた部下の家族に殺されたのだから。


 何故だ?

 私の中で疑問が浮かび上がる。

 何故彼女は、私が仲間を見殺しにしていたことを知っていて、それでも私と付き合ってくれているのだ?


 こんなにも情けなく。

 こんなにも見苦しく。

 ろくでもない男である私。


 そんな男だと知っていながら、何故彼女は私と共に居てくれるのだ?



「……なんでそれを知っていて、私と付き合ってくれてるんだい?」



 私はフィアナの指を摘んで口元から離し、疑問を口にした。



「エルさんは、私と同じ悩みを持ってるのかなって、思ったから……かな。」



 確かに私は、フィアナと似た悩みを持っている。


 フィアナは、自分のせいで友人の父が死んでしまい、そのことを友人に謝れないでいた。

 私は、自分が生き残るために戦友達を見殺しにして、戦友の友人や家族に謝れないまま死んでしまった。


 似ていると言われれば、似ている悩みだ。

 きっと彼女は、エーリッヒの情報に自身の経験と気持ちを照らし合わせて気付き、実際に私と何度か話をするうちにその答えに至ったのだろう。


 ……だが、私の悩みは彼女の悩みと同じではない。

 私は、分かっていて戦友を見殺しにしてきたのだ。

 生き残るために。

 死なないために。

 しかも、謝りたい戦友の友人や家族達も、もうこの世に居ない。


 私は、同じ顔の私達が、互いに許し合えばいいと思った。

 それで少し気が楽になったから。

 私はフィアナと出会って、フィアナを好きになり、フィアナに告白したのだ。


 だが、私の中の暗い過去は、決して消えない。

 心が軽くなったとしても、なくなることは決して無い。

 幸せになれる権利ぐらいはと、自分で自分を許してやれたとしても、決して過去が消えることはない。


 だって私はフィアナと違って、謝る相手が居ないのだから。

 私の贖罪の機会は、永遠に失われてしまったのだから。



「……正確には、似た悩み、だよ。同じじゃない。だって私は」


「だから聞いてあげない。」



 またフィアナが、私の唇を人差し指で押さえ込む。



「エルさんが謝りたい相手は、もう居ないんでしょ?だから、さっきまでの私と一緒で、許されないって思ってる。」



 彼女は、的確に私が思っていたことを言い当ててみせた。



「……でも、エルさんは約束してくれたよね?私を、何があっても守ってみせるって。」



 フィアナを、何があっても守る。

 それは、私がフィアナに告白した時の言葉だ。


 何度かフィアナと会う内に惹かれていき、いずれ私は彼女のためなら命を賭けてもいいと思えるようになっていた。

 だから私は告白する時に、彼女を守ると宣言したのだ。



「それって、私のために死んでくれるってことでしょ?」



 そう言って、フィアナは私の口元から指を離す。



「……守るさ。私はたとえ死んでも、フィアナを守ってみせる。」



 これは、彼女と付き合う時に決めたことだ。

 たとえ私が死んだとしても、絶対に彼女だけは守ってみせる。

 それが、私が幸せになるための義務だと思ったからだ。



「それじゃあ、私と結婚してくれる?」



 ……えっ?



「私、わがままな女なの。エルさんはきっと、心の整理がついてから私にプロポーズしようって思ってたんでしょうけど、そんなの待てないわ。だから、私から言っちゃう。エルさん、結婚しましょう?」



 頭が真っ白になる。


 これは……プロポーズ、されているのか?



「い、いや、待ってくれ。私は、本当に駄目な男で」


「私とは遊びだったの?」


「いや違う!本気だ。だからこそ、君を守るって」


「一生守ってくれるんでしょ?結婚しましょう。」


「だ、だけど、私の中で整理が出来てなくって……」


「大丈夫よ。だってエルさんは、もうエーリッヒさんじゃないんだもの。」



 ……私が、エーリッヒじゃない?



「だってエーリッヒさんなら、自分が死んでも誰かを守るなんて思えないでしょう?でもエルさんは、死んでも私を守るって約束してくれた。だからエルさんは、もうエーリッヒさんじゃないでしょ?」



 ……。


 そう、か。

 そうだったのか。


 私はもう、死んでも良いと思った時から。

 エーリッヒじゃなくなっていたのか。




 私の中で、何かが崩れていく。


 戦友を見捨てて。

 部下に殿を命じて。

 死に際にも藻掻いて。


 最期まで生きていたいと思っていた、エーリッヒ。

 それが、私だった。


 だが私は、もう死んでも良いと思える相手が居る。


 だから私はもう、エーリッヒじゃないのか。



「だからね、エルさん。私と、結婚してください。……四回も言わせて、まだ悩むの?」



 そう言ってフィアナは、綺麗な顔で微笑む。

 眩しくて輝いて見えたフィアナの顔は、変わらず眩しくて輝いて見える。


 だがそれは、私の中に燻る暗さと対比しての明るさではない。

 純粋に、彼女の笑顔に眩しさを見い出せていた。


 世界が輝いて見える。

 本当に、生まれ変わった気分だ。



「……フィアナ。」


「はい。」


「結婚しよう。」


「……はい。」



 私は席を立ち、フィアナの席へ近づく。

 フィアナも席を立ち、私を待つ。


 私はフィアナを抱きしめ、熱い口付けを交わした。




 今夜は、人生最高の夜だ。


 このあと、新たな英雄の歓迎会があるのだが、悪いが私は行けそうにない。

 英雄のエーリッヒであるよりも、大事なことが見つかったのだから。


 ファントム様にも、英雄を辞めさせて欲しいと告げてこないと。




 優しいファントム様なら、きっと祝福して下さるはずだ。




 ―・―・―・―




 ……ちょっと。


 おい。

 待てよ。

 俺、泣いてたんだけど。


 ちょっと、最後に爆弾残すの止めてくんない?




 俺は皿洗いをしながら、好感度イベントを最後まで見終わった。

 エーリッヒが、新たな人生を歩み始める瞬間。

 全身に鳥肌が立って、感動で涙が止まらなかった。

 それを誤魔化すために、わざと濡れた手で目元を拭ったぐらいだ。

 泡が目に入ってちょっと後悔したが。


 エーリッヒ……いや、エルが俺に結婚の挨拶に来た時には、祝福して新しい人生に送り出してやろう。

 そう心に決めながら、最後まで見ていた。


 だけどさ。

 本当に、最後に爆弾残すのは、止めてくんない?


 いや、エーリッ……エルは悪くないんだけどさ。

 忘れてた、俺が悪いんだけどさ。




 今日は、ティトラ君の歓迎会があるんだったよ。


 完全に忘れてた。

 もう今夜は、このまま夜までバイトを続ける気まんまんだったよ。


 英雄の歓迎会は俺がナルキアを歓迎した時以来、新たな英雄を創造してから一~二週間後の土曜日の夕方十八時からと決まっている。

 ティトラ君はデスマーチ中に創造したので、デスマーチが終わってから準備期間も含めて予定より歓迎会の日程が遅れてしまっていた。


 そして今日は、遅れに遅れたティトラ君の歓迎会だったというわけだ。

 もう、最近はバイトのことばっかり考えてたから、歓迎会があることとか忘れてたよ。

 歓迎会の企画とかも前回から英雄任せになってたし。


 神様ネットワークを開いて、時間を確認する。

 時刻は十七時半。

 この食堂から神殿は近いし、急げばまだ間に合う時間だ。




 店内では、他の客がエル達の話に聞き耳を立てていたらしく、抱き合うエルとフィアナに歓声をあげて拍手が沸いていた。



「なんだなんだ?騒がしいな。」


「フィアナ……ちょっと、様子を見てきますね。」


「おう、ナンシー頼む。」



 厨房まで届く声と拍手が気になった店主達が、そんな会話をしている。



「店長。」


「あん?ボリスどうし……って、顔濡れてんじゃねぇか。ちゃんと手ぇ拭いてから顔触れよ。」


「すみません。あの、ちょっと急用思い出したんで、今日は上がっていいですか?」


「ああ?いやまぁ、いいけど……なんか元気ねぇな。大丈夫か?」


「大丈夫です。すみません、今日は失礼します。」


「っておい、今日の金は……。」


「来週来た時にお願いします。すみません、本当に急ぐので。」



 そう言って俺は手早くエプロンを外して、厨房の裏口から店を出ていった。

 急いであの場を離れなければ、危なかったのだ。

 あのまま残っていると、下手すれば英雄の結婚記念パーティーでも始まりそうな雰囲気だったのだから。


 そうなってからでは、急用があるからと言って帰るのも難しくなる。

 だから俺は早急に店長に断りを入れて、今日の給金も受け取らずに外へ出ていった。




 ……本当ならさ。

 俺もエルとフィアナの結婚を、祝ってやりたかったんだけどね。

 ファントムの姿でじゃないけど、それでも祝いに参加してやりたかったんだ。


 でも俺は、神様だから。

 英雄のティトラ君が、先約だからさ。




 ……本当に、世の中ままならないものだな。



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