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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第二部:神様、働きます。
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英雄サイド - エーリッヒ:苦しみを分かち合……。


 私はエーリッヒ=L・ヴァイツェル。

 普段は都市巡回と前線戦闘の任務に就いている、この世界で最も人数が多い英雄の一人だ。


 だが、今の私は英雄ではない。

 一人の男として、恋人と共にディナーデートに来ているのだ。




 やって来た店は、大衆食堂。

 神殿の近くにある店なのだが、普段は行くことがない店だ。

 何せ英雄達は、神殿内の食堂であれば無料で食事をすることが出来る。

 だから、神殿の近くの店に行くぐらいなら、みんな神殿の食堂に行くのだ。


 神殿の食堂は料理の質も高いし、何より英雄達の交流の場でもあるからな。

 なので私はこの店に来るのは初めてで、ここに店があったことすら知らなかった。


 労働者が通うような、ごく普通の大衆食堂。

 悪く言ってしまうと垢抜けない雰囲気で、彼女のようなお嬢様とのデートには向いていない場所だ。


 だが私達は、この店にデートでやって来た。

 それが恋人である、フィアナの望みだったからだ。




 私は、テーブルへと案内する少年の後ろについていく。

 案内されたテーブルは店の角にある、ごく普通の四人用テーブルだ。

 私は壁際の席の後ろに立ち、フィアナのために椅子を引いた。


 本来なら、テーブルへ案内するウエイターの後ろには女性が居るべきだ。

 女性に先に席に着いてもらうために、女性を前にして男性は後ろについていくのが基本である。

 そして、テーブルに着いたらウエイターに椅子を引いてもらって、前を歩いていた女性に先に座ってもらうのだ。


 だが、ここは大衆食堂なのだ。

 ウエイターもまだ若い少年であるし、椅子を引くようなマナーは望めないだろうと思い、私が椅子を引くためにウエイターのすぐ後ろについていった。



「有難う、エル。」



 そう言って、フィアナが椅子に座る。

 フィアナの言葉に笑顔で応えながら、私は対面の席に腰を掛けた。



「まさか、君がこんな店を知ってるとは思わなかったな。」


「あら、私がこのお店を知ってるとおかしいの?」


「だって、いつもフィアナが教えてくれるお店は高級店ばかりじゃないか。なのに今日は大衆食堂だったからさ。驚いたよ。」



 フィアナは、この都市でも名の知れた名家のお嬢様だ。

 私が巡回中に邪神の手先に襲われていたところを助けたのが切っ掛けで、彼女と度々会うようになった。


 最初はお礼という名目で会っていたのだが、いつしか互いに惹かれ合い、今では向こうの両親に紹介するかどうかという所まで話が進んでいる。

 英雄とは言え、この世界では最下級の☆2英雄でしかない私。

 そんな私なんかには勿体無い相手だと、今でも思う。



「ふふっ。実はこのお店ね、私の幼馴染がやってるお店なの。」


「幼馴染かい?」


「そうよ。ナンシーって言うんだけどね、昔はよく遊んでたんだけど、彼女が結婚してから会わなくなっちゃったのよね。」



 そう言って店内を見回す彼女の目は、どこか寂しげだった。



「まぁ、幼馴染って言っても五歳も歳上のお姉さんだったんだけどね。意地悪だけど優しくって、わがままな私の面倒をよく見てくれてたわ。」



 羨ましい話だ。

 私が生きていたのは、世界各地で邪神勢力が大暴れしていた時代だった。

 そんな時代に産まれてしまった私は、子どもの頃から遊ぶ余裕なんてなかったのだから。


 何せ、家業を継ぐ長男やその予備の次男、そして戦えない女性以外は、全員が軍人になるための教育を受けさせられて育ったのだから。

 四男に産まれた私も、当然子どもの頃から軍人になるための教育を受けてきた。

 私は玩具の代わりに弾の無い銃器を組み立てて遊び、ボール遊びの代わりに格闘や剣での組手をさせられていたのだ。


 女性であるフィアナも、長男次男であるだろうこの店で働いてるウエイターの双子も、軍人になるための教育を受けてはいないだろう。


 本当に、羨ましい話だ。



「そのお姉さんに挨拶しなくても良いのかい?ウエイターの子に呼んできてもらおうか?」


「いいのよ、会わなくて。……ちょっと理由があって、顔を合わせ辛いの。」



 そう言った彼女は、強がるように私に微笑んでみせる。


 ……そうか。

 そういえばこの時代も、少し前までは平和ではなかったのだ。


 私がこの世界に英雄として戻ってきた当初、この世界の治安は酷い状態だった。

 男手の殆どは軍隊に取られて前線に送られ、そのせいで街を巡回する衛兵が少なく、そこかしこで犯罪が起きていた。

 しかも危険なのは犯罪者だけじゃない。街中だろうとどこだろうと関係なく、邪神の手先が沸いてくるのだ。


 今では、前線を英雄が担当することで人間の軍人達は街へと戻っていき、衛兵の数も増えた。

 それに加えて英雄達も都市の巡回に参加しているので、かなり治安は良くなっている。


 そんな良くなってきた最近の街に慣れてしまって忘れていたが、この世界はファントム様が来られるまでは、数多の悲劇が起きていたのだ。


 ……きっと、彼女が幼馴染と会いづらい理由も、そんな悲劇の中の一つが原因なのだろう。



「……ちょっと、無神経だったかな。」


「ううん、いいの。むしろ今日は、そのことを話そうと思ってこの店に来たんだし。」



 そう言って彼女は、気丈に笑ってみせる。

 目が少し潤んでいるが、そこに触れるほど私も野暮じゃない。



「私に話すために?」


「……うん。私にとって大事な話だから、貴方にも知っててもらいたくって。」



 彼女は、自分の目が潤んでいたことに気付いたのか、指先で軽く目を拭う。

 そして、過去に起きた悲劇について語り始めた。



「私の家はね、資産家の家なの。これはエーリッヒも知ってるでしょ?」


「ああ、知ってるよ。」


「でね、私のお父様って過保護だったから、小さい頃は外に出してもらえなかったの。でも、私って昔はわがままでやんちゃだったから、時々お屋敷を抜け出して、街の子達と遊んでたのよ。」


「……そこで、ナンシーさんと知り合ったわけだ。」


「そうね。ナンシーは年長のお姉さんだったから、近所の子ども達のリーダーみたいな存在だったの。そんなナンシーと私は仲良くなって、よく屋敷を抜け出してはナンシー達とよく遊んでいたわ。」


「君がやんちゃだったなんて、ちょっと信じられないけどね。」


「ふふっ。私って、今でもわがままなのよ?知らなかった?」


「知らなかったさ。まぁ、わがままだったとしても、私は君が好きだけど。」


「……もうっ、変なこと言わないの。」



 つい、流れに任せて歯の浮くような言葉を言ってしまった。


 だが、彼女を愛してるのは本当だ。

 今の私は、彼女のためなら死ねると思えるぐらいなのだから。


 誰かのために死ねるというのは、私にとっては非常に重い。

 生きている間には、一度も持つことが出来なかった考えなのだから。


 だが、そう思える相手だからこそ、私は彼女と付き合っているのだ。



「話を戻すわよ?……それで、一年近く、毎週のように家を抜け出して外で遊んでたんだけどね。いつからか、ナンシーが遊びに来なくなったのよ。」


「それが、ナンシーさんが結婚したって話かい?」


「そうよ。ナンシーは、ナンシーのお父さんの紹介で結婚して、このお店で働くようになったそうなの。」



 そう言ってからフィアナは、店内を見渡す。

 私もそれに倣って周囲を見回してみた。


 店内の客がチラチラとこちらを見ている。

 まぁ、女性連れで来る客は珍しいみたいだし、それは仕方ないか。


 それに私は、英雄なのだ。

 神様であるファントム様に創造され、この世界を救うべく戦う存在なのだ。

 だから嫌でも有名人になってしまうし、注目も集めてしまう。


 だが、それは我慢しなければならない。

 なにせ私は、模範となるべき英雄なのだから。

 多少見世物のように多くの人に行動を見られることも、仕方ないことなのだ。



「……でも、ナンシーったら酷いのよ?私に一言の挨拶もなく、勝手に居なくなっちゃうんだから。……だから私は、ナンシーのお店を探して、一度行ってみたの。」



 彼女は俯き、表情も少し沈み込む。

 きっと、悲しい記憶を思い出しているのだろう。


 私は黙って、彼女が言葉を絞り出すのを待つ。



「……店に来た私を、ナンシーは歓迎してくれたわ。ちょっと顔が怖いけど逞しい旦那さんも紹介してもらって、料理を振る舞ってくれたの。でも、その帰りにね?店の外までお父さんと一緒に見送りに来てくれた時に、急に魔物が現れたの。」



 そこまで聞いて、大体話の流れが読めた。


 この世界に蔓延る悲劇の原因は、殆どが邪神の手先だ。

 我々英雄がこの世界に現れるまでは、一つの都市で毎月三軒以上は邪神の手先による殺人事件が起きていたと聞いている。


 きっと……。



「魔物が狙ったのは、私だったわ。そして、私を庇ったナンシーのお父さんが……。」






 彼女は更に俯き、言葉が絶えた。


 長い沈黙が場に訪れる。



「えっと……ご注文、何に致しましょうか?」



 その沈黙は、注文を聞きに来たウエイターによって破られた。

 彼女は沈痛な空気を空元気で和ませながら、小さなウエイターさんに料理を注文する。

 私もそれに倣って料理を頼んだ。


 注文を聞き終わると、少し興奮した様子のウエイターがその場を去っていく。

 まだ幼さが残る少年のウエイターは、どこか微笑ましい。


 そんなウエイターのお陰で沈んだ空気が少し和らいできた。

 そして、少しの間だけ沈黙が続いたあとに、彼女は続きを話し始めた。



「……どこまで、話したっけ?」


「フィアナを庇ったナンシーのお父さんが、ってところかな。」


「そうだったわね。……それで、私はナンシーのお父さんの葬儀に出たかったんだけどね、流石に魔物に襲われたことがお父様にもバレちゃって、葬儀には出られなかったの。」


「……。」


「最悪よね。ナンシーのお父さんは、私を庇って亡くなったのに。お父さんにそれを説明しても、私が襲われたって衝撃が強すぎて、どうしても外には出してくれなかったの。……だからナンシーには、合わす顔がなくってね。」



 そこで彼女は、大きく息を吐く。

 そして俯いていた顔を上げて、私の顔を正面から見つめた。


 彼女の澄んだ瞳が、おれの瞳と向き合い、目線が繋がる。

 彼女は端正な顔を引き締め、真剣な表情で私を見ている。



「エーリッヒさん。」


「なんだい、フィアナ。」


「今まで私は、幸せになっちゃいけないって思ってたの。だって、ナンシーのお父さんは私が殺したようなもので、そのことをナンシーに謝る勇気もない、酷い女だもの。」



 幸せになってはいけない。

 それは、少し前までの私も思っていたことだ。


 私は、多くの命を見殺しにして生きてきた。


 自分が生き延びるために。

 ただ、死にたくないから。


 だから私は、誰かと結婚なんて考えもしなかった。




 だが、今は違う。


 死にたくないと足掻いていた私は死に、私は英雄となった。

 私を恨む人達も、遠い過去に亡くなっている。

 私を許さないという人は、もう居ないのだ。


 そして今の私は、もう一人じゃない。

 同じ顔の私がたくさん居る。

 私が皆を許してやれば、皆が私を許してくれる。

 それで本当に許されるわけじゃないが、そう考えることで私の心は大分軽くなった。


 きっと彼女も、誰かから許してもらいたいのだろう。

 おそらくは、そのナンシーという幼馴染に。



「……私は、ずるい女なの。本当はナンシーに謝りたくってこの店に来たのに、ナンシーとは会いたくないって思ってる。そんな女なの。」



 彼女の姿が、私と重なる。


 私は、一度死んだから、許された気持ちになれた。

 だが彼女は、まだ生きている。


 許して欲しい相手に謝る勇気のなかった私は、死ぬことで永遠に謝る機会を失ってしまった。

 しかし彼女なら、まだ謝りたい人に謝る機会が残っている。


 ……だが。

 私は、言えない。


 彼女の気持ちが分かるからこそ、言うことが出来ない。

 私には、謝った方がいいなんて言葉を、言うことが出来ない。


 私は。

 自分のせいで誰かが死んだことを謝る怖さを。

 誰よりも、知っているのだから。



「これでエーリッヒさんに嫌われても、私は構わないわ。だから、もしも私を軽蔑したなら、ここでお別れしましょう?」



 そして告げられる、突然の別れ話。


 本当に、彼女はずるい女だ。

 そんな話を聞いて、断れるわけがない。



「……フィアナ。」


「その前に、私に謝ったらどう?」



 唐突に、私達の横から女性の声がした。

 驚いてそちらを向いてみると、テーブルのすぐ側にエプロンを付けた女性が立っていた。



「ナ……ナンシー……?」


「ほら、謝りなさいよ。それで、フィアナは楽になれるんでしょう?」



 そう言いながら、ナンシーと呼ばれた女性はトレイに乗せた水入りのコップをテーブルに並べていく。



「ごめんなさいね、息子が水を持ってくるの忘れてたみたいで。」


「えっ、あ、あの……ナンシーなの?」


「そうよ、久しぶりねお転婆フィアナ。悪いけど話は聞いてたわよ。」



 突然現れたナンシーに驚き、たじろぐフィアナ。

 それに構わず、ナンシーは話しを続ける。



「大体、貴方自身は葬式に来れなかったけど、貴方のお父さんが葬式に来てくれたわよ?娘が来れなくて申し訳ないって言いながらね。」


「えっ!?な、なんで?お父様は、私にはそんなこと一言も……。」


「……その時私、貴方のお父さんに酷いこと言っちゃったのよ。だから、もう会わない方がいいって思って、言わなかったんでしょうね。」


「そんな……。」


「だから、貴方は私に謝りたいんでしょうけど、私は貴方のお父さんに謝りたいのよ。」


「……。」



 二人は、無言で見つめ合う。


 私は一人、置いてけぼりになっているが、それでも構わない。

 何故ならこれは、私にとっても嬉しいことなのだから。


 彼女の姿が、私と重なる。


 私がもし、生きていた頃に死んだ戦友の遺族に謝っていたのなら。


 臆病な私では出来なかった、謝罪によって救われる光景が、目の前にあるのだ。



「……ナンシー、本当に……ごめん、なさい。」



 フィアナの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。

 テーブルに置かれた手が震え、振動がテーブル越しにこちらまで伝わってくる。

 端正な顔が歪んで涙で濡れているが、今の彼女の顔が、今までになく愛しく感じられた。



「……フィアナ。私こそ、ごめん。貴方が悩んでることに、気付けなくって。」



 ナンシーが、フィアナの頭を抱えるようにを抱きしめた。


 きっと今、彼女たちの間では、言葉に出来ない会話が行われているのだろう。

 ナンシーの胸の中で泣きじゃくるフィアナに、それをあやすように頭を撫でるナンシー。


 その姿を見て思わず目頭が熱くなる。

 気が付けば、私の頬に冷たい雫が伝っていた。



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