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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第二部:神様、働きます。
38/59

秘密と信頼と、その価値。


「あの……ファントム様、ですよね?」



 唐突に声を掛けられ、背筋がゾクリと震え上がる。


 俺は今、午前中に秘書達からお忍び許可を取り付けて、昼飯を食ってから早速お忍び視察に出かけるところだ。

 前回の個人的なお忍びで得たノウハウを活かして、一旦秘書の高柳君に化けて立入禁止区画から礼拝堂へと出て、礼拝堂の近くにある休憩所のトイレでボリス・バールの姿に再度変装した。


 そしてトイレから出て、意気揚々と神殿の外に出ようとして。

 急に後ろから声を掛けられたのである。



「えっと……もしかして、姿を隠してらっしゃるのですか?」



 俺にしか聞こえないように小声で話しかけてくる相手を確認するために、俺は振り返る。

 そこには、強面のライオンヘアーなのに、少し困惑してオドオドしているジョンの姿があった。


 声で大体分かってたけど、やっぱりジョンか。

 というか何でバレたんだ?

 今の俺は完璧に一般人と見分けがつかないレベルの変装をしてるはずなのに。

 もしかして、何か俺だとバレるような点があったとでもいうのか?



「……ジョン。確かに俺はファントムだが、何故分かった?」



 周囲に殆ど人が居ないのを確認してから、少しだけジョンに顔を寄せて小声で喋る。

 俺はここで確認しておかなければならない。

 何故、この姿の俺がファントムだとバレたのかを。

 なにせ、街中で自分がファントムだとバレたら大騒ぎになってしまうのだから。


 というか、今日は公的なお忍びだからいいけど、休息日前日の土曜にお忍びした時にバレたらヤバイ。

 いやまぁ、俺は神様で最上位の存在なんだから、ゴリ押しすればお咎めなしで乗り切れるだろうけど。

 でも、わざわざ秘書に相談して週一回のお忍び許可を貰ったのに、それを無視して勝手に出かけてたとなると、英雄達からの信用が落ちてしまうかもしれない。


 休みの日ぐらい自由に行動させろよ!!

 とも思うが、今の俺は神様なのだ。

 影響力が大きい分、行動に制約が課せられるのは仕方ない。



「いえ、本当に偶然、警備中にこの場を通りかかったのですが、妙な気配を感じまして……私の勘が、貴方がファントム様だと示していたので、何故このような姿をされてるのかと……。」



 ああ……。

 そういえば、ジョンは勘が良いんだっけか。


 ちょっとその勘って、反則級じゃないか?

 もし俺が神様から才能を一つ貰えるとしたら、今までは財力とか権力とか暴力とか欲しいと思ってたけど、今度からはジョンみたいな勘が欲しいって言うわ。



「そういうことか……実は、これからお忍びで都市の視察に出かけるんだ。だから、この姿が俺だということは……。」



 あっ。


 これって、ヤバくないか?


 これは公的なお忍びなので、秘書達に話は通してある。

 だから、お忍びしていること自体は英雄にだったらバレても構わないのだ。

 流石に一般人にバレると変な噂になりそうなので問題だが、英雄ならその辺はしっかり秘密を守ってくれるだろうから、言ってしまっても問題ない。


 だが、この姿がバレることは問題だ。

 何せ、ボリス・バールの姿では、公式じゃない非公式のお忍びもしているのだから。


 当然、秘書達には俺がどんな姿でお忍びに行くかは言っていない。

 何故仮の姿が秘密なのかと聞かれたが、そこは巡回してる英雄達も抜き打ちでチェックしたいという建前でなんとか乗り切った。


 しかし、まさかの身バレをしてしまった。

 このままでは、土曜日に勝手にお忍びに行っていることも、英雄達にバレてしまいかねない。



「……ジョン。俺はお前を信頼している。」


「はっ?は、はいっ。」


「今までも、嫌な顔一つせず俺の愚痴を聞いてくれたりと、感謝している。」


「はっ。そう言って頂けると私としても嬉しいです。」


「……だから、これから話すことは俺とジョン、二人だけの秘密だ。秘密を守れるか?」


「っ!……当然です。決して、他の英雄であっても喋りません。」



 ……。

 ちょっとマズいなと思ったので、言い訳モードを発動してみたら。

 なんか、俺が想定してた流れと、違う流れになってる……。


 俺はジョンに、神様と二人だけの秘密ってことにしておいて、土曜日に勝手にお忍びをしてることをバラしてしまおうと思っていた。

 なので、わざわざ重苦しい空気を出して、この秘密をバラさないことは名誉なことなのだという流れに持っていこうと思ってた。


 それは上手くいったと思っていいみたいなんだけど。

 ちょっと、思ってた以上に重く受け止めすぎじゃないか?


 こんなに重苦しくって、これから重要な話をしますよーって空気を出しといて、結局のところは俺が皆に内緒で遊びに行ってるのを黙っててくれってだけだったら、ぶっちゃけジョンからの信頼度がダダ下がりしそうな気がする。

 以前までのジョンだったら、ここはにこやかに微笑みながら、ちょっと冗談めかして「仕方ないですね。」ぐらいは言ってくれると思ってたのに。


 やっぱアレか。

 以前の好感度イベントの時から、なんか俺のことを過大評価しちゃってるのか。


 あの時は俺の不注意で礼拝堂に顔出しちゃって、ジョンが俺に、勘に頼って人前でお願いをしちゃったんだよな。

 んで、人目があるところでお願いされちゃってそのままオーケー出しちゃうと色々とマズい感じだったので、言い訳スキルをフル活用して俺がその場をなんとか収めたわけだ。


 その、苦し紛れな言い訳アタックを。

 一度途切れた後で再開された好感度イベントで、ジョンはかなり褒めていた。

 多分あの一件があったから、俺のことを妙に過大評価しちゃってるんだろうなぁ。


 俺は、元サラリーマンだよ?

 そんな凡人が、一芸に秀でてる上に士官学校を出てるような秀才天才な英雄達から過大評価を受けるとか……。


 ヤバイ、ちょっと胃が痛くなってきた。




 だが、ここはなんとか威厳がある感じの言い訳で収めないとマズイな。

 評価や信頼ってのは、落ちる時は高いところからであればあるほど、落差が大きい分ショックも大きいんだ。

 特にジョンは、今まで創造した英雄の中でも結構お気に入りだから、出来れば期待を裏切る真似はしたくない……。



「……そうだな、どこから説明したものか。」



 ちょっとすぐに言い訳が思いつかなかったので、ちょっと間を置く意味で軽く一言漏らしてしまった。

 そして言った直後に気付く。

 こんな前置きしちゃうと、ジョンの期待が更に上がっちゃうんじゃね?と。


 実際その通りだったらしく、ジョンの表情は今までにないほど真剣なものになっていた。

 違うんだよ。

 これ以上、ハードル上げないでくれ。



「……先ず、私は奇跡の力でこの姿に変装している。そしてこれから、都市内のお忍びに行くつもりだ。」



 ここまではまぁ、問題ない。

 問題なのは、土曜日に勝手にお忍びに出てるのをどう話すかだ。



「今日のお忍びのことは、秘書達も承知のことだ。まぁ、当然だな。何せ、いつもならこの日のこの時間、私は執務室で執務をしているはずなのだから。」



 取り敢えず、今日が公的なお忍びってことは言えたな。


 だが、ここからが大切だ。

 何とかして、ただ遊びやバイトに行ってるだけの土曜日のお忍びを、ジョンの期待に応えて重苦しい重要な秘密っぽく話さないといけない。



「……このお忍びは、今後週に一度、毎週行う予定のものだ。しかし、私は週に一度だけではなく、秘書達にも秘密で、休息日の前日にもお忍びに行くつもりで居る。」


「秘書達にも秘密で、ですか?」



 うん、まぁね。

 だって、バイトに行くだけだし。


 俺は何としてもあの店主に、皿洗いとウエイタースキルの向上を認めさせてやりたいのだ。

 あと、俺が自由に使えるお金も欲しいし。


 一応、今回のお忍び用ということでお金も貰ってあるのだが、それはあんまり使いたくないのだ。

 ガチャだって、信仰を自分の力で貯めてから引くから面白いんだし、無制限にガチャが引けるって言われても俺は嬉しくない。

 限られた信仰でガチャをして、それで高レアキャラを引けるのが楽しいのだ。

 無限にガチャを引いて最高レアキャラを揃えたところで、俺は全く面白くない。

 だからソシャゲの『神様の箱庭』でも、課金をせずに無料で遊んでいたのだから。


 ……って、思考が逸れてるな。

 えーっと、秘書にも秘密で?って聞かれたんだっけ。



「公的なお忍びは毎週この日、平日の中日に行う予定だ。だがそれでは、秘書英雄達が休日にどうしているのかを見ることが出来ないだろう?」



 こうだな、うん。

 秘書達の休みは俺と同じ休息日と休息日の前日の二日だから、この水曜日に当たる中日のお忍びだけだと秘書達のプライベートに遭遇することがないのだ。


 ……って、これはマズくないか!?

 これじゃあ、俺が秘書の日常を覗き見したいって言ってるようなもんだぞ?

 そんな覗き趣味があるみたいなことを言っちゃダメだろ。

 誤解されないように言い訳しないと!




「ああ、誤解はするなよ?別に秘書達の休日に興味があるわけではない。……だが、英雄の行動は市民の信仰心に影響を与えるからな。問題行動がないかを抜き打ちでチェックしておく必要もあるわけだ。」



 これで何とか言い訳出来てるかね?


 ……出来てないね、うん。

 というか、この言い訳だとちょっとパンチが弱い。

 ジョンが納得するような、もっと重要っぽい言い訳を言わないと。



「……まぁ、これだけなら、俺もジョンに絶対の秘密を望みはしない。」



 言ってから気付いたけど、この言い訳だと秘書が問題行動してたら、俺が土曜にもお忍びしてたのをバラした上で注意する必要があるしな。

 いずれバレることなのに、二人だけの秘密なんて言い方するのはなんかおかしい。


 でも、他に何かそれっぽい理由ってあるかなぁ……。

 街に出て、俺が何をするって言うんだ?

 ぶっちゃけ、そんな重苦しい理由なんてすぐに思いつかない。


 俺の言い訳スキルもかなり上達したと思ってたんだけど、流石に急場だとキッツいなぁ。

 なんとか、この場を凌ぐだけの言い訳を……。




 って、そうだよ。

 別にここで、秘密の全部を話す必要なんてないじゃん。


 じゃあ、こうしよう。



「……他にも、この世界のためになることを、画策してあるのだ。だが、これ以上はまだ言えない。何せ計画はあっても、出来るという確信がないからな。」



 フッフフフフー。

 これならどうだ?

 言うならば、煙に巻く作戦だ!


 要するにアレだ。

 俺が何かを企んでいて、そのために秘書にも内緒で行動している。

 だが、その内容まではまだ明かせない。

 失敗するかも知れないし、その時のためにジョンも内緒にしててね?

 って感じだ。


 これならこの場で全てを話す必要はないし、何かを計画してるってことで重苦しい雰囲気にも対応した答えになっている。

 更には失敗する可能性もあるってことにしておけば、今後何を計画してるかって言い訳を思いつかなかった時には、何も話さず有耶無耶にしてしまえるのだ。


 ジョンだってわざわざ「あの時の秘密話の計画は、失敗したんですか?」なんて無粋なことは聞いたりしないだろう。

 俺が黙ってれば、勝手にジョンが計画は成功したのか失敗したのか継続中なのかを判断してくれるはずだ。

 まぁ、そんな計画なんてそもそも存在しないんだが。



「……なるほど、分かりました。決して、このことは他言致しません。」



 うん。

 思惑通り、ジョンは真剣な顔で了承してくれた。

 これでこの場は収まったな。


 ほんとは、言い訳スキルが上達するなんて嫌なんだけど、この時ばかりは無駄に経験値が貯まった言い訳スキルに感謝だな。



「この姿の時はボリス・バールと呼んでくれ。もしもこの姿の俺との関係が疑われた時には、礼拝堂で知り合った一般人という設定で通すように。」


「はっ、了解しました。」


「ジョンさん、そんな言い方しないで結構ですよ。そう畏まられると、俺も困っちゃいます。」


「っ……ハ、ハハ。すみませんね、ボリスさん。元が軍人なので、お堅い口調に慣れてるもんで。」



 途中から、ヒソヒソ声の内緒話を止めて、普段の声のトーンで話し始める。

 そんな俺に合わせて、ジョンも一般人向けの話し方に切り替えてくれた。


 うん、いいね、この感じ。

 一度はやってみたかったんだよね、こういうやり取り。


 正体がバレてヒソヒソ話しをした直後に、急に別人の喋り方になって何でもなかったかのように振る舞う。

 なんか、映画のワンシーンとかでありそうなシチュエーションだよね。

 やってて楽しいな。




 その後俺は、ジョンと二言三言会話を交わし、その場を離れた。

 今日は平日だ。礼拝堂には殆ど人が居らず、居たとしても俺達に注視している人は居ない。

 きっと周りから見た俺は、英雄に何かしら訪ねていた一般人にしか見えていないだろう。


 俺は神殿を出たあと、大きく息を吐く。

 そして何度か深呼吸をしてから、気合を入れるために一回だけ強く息を吐き出した。


 ジョンにバレてしまうというトラブルは、何とか乗り切った。

 ここで気を抜いてしまいたいのは山々だが、そうはいかない。


 なにせ、これから俺が向かうのは戦場なのだ。

 俺は前回の惨敗した戦場で、汚名を返上するべく戦わなければならない。

 今度失敗すれば、おそらく二度はチャンスが得られないだろう。

 二度も醜態を晒した者に、三度目のチャンスを与えてもらえるとは思えないからだ。


 皿洗いとウエイター。

 前回は怒鳴られ駄目出しされ、向いてないとまで言われた。

 その汚名を払拭するべく、俺は例の市民食堂へと向かっていく。




 ジョンに言ってしまった秘密の計画は何にしようかと考えながら。




 ―・―・―・―




「……なるほど、分かりました。決して、このことは他言致しません。」



 私はファントム様の言葉を聞いて、頷き返した。

 それを見たファントム様の目は、真剣そのものだ。

 どう見ても一般人にしか見えないファントム様の御姿からは、妙な気迫のようなものを感じられた。




 変装したファントム様と出会ったのは、偶然だった。

 いつもであれば、何かが起きそうな時には私の勘が囁いてくれるので、こういった場面に出くわすのは私の勘に従った結果という場合が多い。


 だが、今回は本当に偶然だったのだ。

 偶然礼拝堂近くの休憩室へと立ち寄り、妙な気配を感じた。

 そして、気配の元である人物を見ると、私の勘がその人がファントム様だと告げたのだ。


 何故、ファントム様がこんな姿に?

 そう思ったが、ファントム様は神様であり、私など比べるのも烏滸がましいほどに思慮深いお方だ。

 きっとこの場にこのような姿で居るのにも、理由があってのことなのだろう。




 そして私の勘は、ファントム様に話しかけるべきだと告げた。

 話しかけることで、きっと何か私に得があると。


 だが、私は迷った。

 本当に、私はファントム様に声をかけていいのか?と。


 今までであれば、私は自分の勘に従って迷うことなく話しかけていただろう。

 だが、今の私の考えは違う。

 勘に頼る前に、先ずは考えるべきだと思っているのだ。


 以前に私は、勘に頼ってしまった結果、間違いを犯した。

 結果だけを見れば全ては丸く収まったのだが、周囲に迷惑をかけてしまったのだ。


 民衆の前で、不用意にお願いをしてしまった私をフォローして下さったファントム様。

 そして私の考えなしの行動の結果、ファントム様に祈ることを禁じられてしまった少女。

 あの時の過ちを繰り返さないためにも、私は勘に頼る前に、自らの行動がもたらす結果を考えようと決めたのだ。




 今のファントム様の姿は、いつもの姿と違っている。

 その姿は平凡で、どこにでも居るような青年だ。

 東洋人に近い容姿のファントム様本来の御姿とは違って、西洋人に近い顔立ちをしている。


 そしてこの場は、一般解放区画の礼拝堂休憩室。

 普段は来られないだろうこの場に、目立たない姿に変身したファントム様がいらっしゃるということは、秘密で何かをなさっているということだ。


 それは何なのか?

 私は考える。

 しかし、答えは出てこない。


 私はこれまで、勘に頼った人生を送ってきていた。

 何せ、勘に頼れば全てが上手くいくのだ。

 その結果、私は物事を考えることが余り得意ではなくなってしまった。

 これまではそれでも良いと思っていたのだが、今後はそうはいかない。

 少しずつであっても、考える力を養わなければならない。


 しかし私が考え込んでいるうちに、ファントム様は神殿の外へ向かって歩き始めてしまう。

 このままでは、何故ファントム様が姿を変えてこの場に居るのかが分からないまま終わってしまう。


 私は、ファントム様に声をかけることに決めた。

 私の勘では、声を掛けるといい結果になると言っているのだ。

 それにこの場を逃してしまうと、結局何故ファントム様がこの場に居るのかが分からないまま終わってしまう。

 なので私は仕方なく、ファントム様に声を掛けて呼び止めたのだ。


 私に結局、考えても答えを見つけられなかった。

 本当に、無能な自分が嫌になる。




 そして話を聞いて、ファントム様がこの場に居られた理由を知ることが出来た。

 ファントム様は姿を変えて、都市の視察を行うのだそうだ。


 よく考えれば、そうだと判断出来る材料は揃っていた。

 それなのに、私は理解出来なかったのだ。

 私は本当に考える力が足りていない。


 しかし、話はそれだけではなかった。

 今日のお忍びは秘書英雄達の許可を得たもの。いわば、公的なお忍びらしい。

 だがファントム様は、公的なお忍び以外でも非公式のお忍びを行う予定らしい。

 どうやら姿がバレてしまった私にはいずれは知られてしまうかも知れないということで、それを教えて下さった。


 しかし非公式のお忍びで、何をするのかまでは教えて頂けなかった。

 これは私の信頼が足りないからか?

 一瞬そう思ったが、ファントム様は最初に私を信頼して下さると仰られたのだ。

 その言葉を疑うわけにはいかない。


 きっと、私にも話せないような重要なことなのだろう。

 もしかすると、私に話してしまうと失敗する可能性がある内容なのかも知れない。


 となると、これ以上は聞くわけにはいかない。

 私に出来るのは、ファントム様の信頼に応えて秘密を守ることだけだ。



「この姿の時はボリス・バールと呼んでくれ。もしもこの姿の俺との関係が疑われた時には、礼拝堂で知り合った一般人という設定で通すように。」



 ボリス・バール。

 ファントム様の仮の姿は、この名で呼ぶ必要があるらしい。

 秘密を守るためにも、この名を忘れないようにしなければ。



「はっ、了解しました。」


「ジョンさん、そんな言い方しないで結構ですよ。そう畏まられると、俺も困っちゃいます。」



 唐突に、ファントム様が明るい口調で話し始める。

 先程までの気迫が籠もった真剣な顔は消え去り、そこにはファントム様の面影がない、ごく普通の青年が立っていた。


 流石はファントム様だ。

 私であれば、ここまで見事に人を演じ分けることは出来ないだろう。

 歓迎会で見事な演劇を披露してくれた高柳中尉であれば可能かもしれないが、普通の人では出来ないような一瞬の切り替えを、ファントム様は見せてくれた。



「っ……ハ、ハハ。すみませんね、ボリスさん。元が軍人なので、お堅い口調に慣れてるもんで。」



 私も何とかそれに合わせ、一般人に接する風に言葉を返す。

 何とか合わせることが出来たが、少し戸惑って笑い声が突っかかってしまう。


 しかしファントム様はそれを気にした様子もなく、ボリス・バールとして私と少し話をして、別れを告げる。

 そして神殿から外に出て、視界から消えてしまった。




 ファントム様は、私を信頼して下さると仰った。

 しかし、私は勘だけが頼りの無能な人間だ。

 そんな私が、ファントム様に頼られるだけの価値があるのだろうか?


 私は自分の存在に疑問を抱きながら、神殿の巡回警備へと戻る。


 自らが考え、判断する。

 そのことの難しさに、頭を悩ませながら。



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