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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第二部:神様、働きます。
36/59

勝敗は、準備で九割が決まる。


 神殿には、様々な施設が存在する。

 その中で一般人が入れるのは、俺が休息日の午前に演説する礼拝堂だけで、その他の施設には一般人は立入禁止となっている。


 立入禁止区画の中でも、更に細かい区画分けが存在する。

 簡単に言えば、人間用区画と英雄用区画だ。


 神殿の奥に入れる人間は、内政関係を処理する官僚。

 神を崇め、各都市にある教会を管理する聖職者。

 そして、神殿内を警備する軍人だ。


 これらの人間は、神殿内では基本的に英雄と隔離されている。

 具体的に言えば、官僚や聖職者の職場、軍人の宿舎などは神殿の西側に存在し、英雄の宿舎などは神殿の東側に存在している。

 食堂なんかも人間用は西側に、英雄用は東側にといった風に、別々に分けてあるのだ。


 そして、神殿の北側。

 礼拝堂のある南側とは対極であり、人間用区画と英雄用区画のちょうど間に存在する部屋。

 それが、俺がいつも仕事をしている執務室だ。


 執務室には、英雄だけではなく官僚も訪れることになる。

 だから、執務室は人間用と英雄用の区画の真ん中に設置されているのだろう。


 そして、その執務室の中にある扉から入れる部屋が、神である俺の私室だ。

 神のために用意された私室は、とても俺みたいなサラリーマンが居て良いような空間と思えないほど、豪華な部屋だった。




 執務室から繋がる扉を開けると、そこはリビングだ。

 五十畳を超える無駄に広いリビングには、座れば身体が沈み込む極上のソファーや、どう見ても高級品としか思えない高級な家具の数々。

 更には天井にシャンデリアまで設けられていて、ここは私室じゃなくってパーティー会場なんじゃないかと見紛うような造りになっている。


 風呂とトイレも当然別で用意されているし、浴槽なんて十人以上が同時に入れるぐらい広い上に、元居た世界だとテレビでしか見なかったような、動物の口からお湯が吐き出されるアレまで存在していた。


 リビングから繋がる寝室には、五人が寝そべってもまだスペースが余るぐらい大きな、天蓋付きのキングサイズベッドが置かれている。

 当然寝心地は最高で、あまりに最高過ぎて最初の頃は逆に寝辛いぐらい最高級品のベッドだった。


 更には、俺一人しか住まない上に神殿内に食堂があるのに、キッチンまで用意されている。

 キッチンも無駄に広々としていて、まるで店の厨房をそのまま持ってきたんじゃないかってぐらい設備が豊富に整えてある。

 なんで神様の私室にキッチンが?と思ったが、最初にチュートリアルハゲ天使から聞いた話だと、神様の中には自分で料理をする神様も居るからと作られたものらしい。




 ……俺が元居た世界で住んでた部屋は、1Kで七畳一間のユニットバスなアパートだったんだけどなぁ。

 ベッドは折りたたみ式で固くて背中が痛いヤツだし、風呂とか膝を抱えないと入れないぐらい小さかったんだがなぁ。


 そして、こんな広い部屋に住んでると心配になるのが、掃除についてだ。

 昔住んでいたアパートは狭かったので、俺一人でも週に一回は掃除が出来た。

 だが、こんな広い部屋だと、一人で掃除なんて到底出来やしない。


 しかし、そんなことを心配する必要はないのだ。

 だって俺の部屋には、週二回ほど掃除をしに来てくれるメイドさんが居るのだから。




 なんと、俺には専属のメイドさんが居るのだ。

 あのサブカルチャーチックな、色鮮やかなエプロンドレスでミニスカなメイドさんではなく、黒と白のゴシックな色合いのエプロンドレスを着た、本格メイドさんだ。


 俺はどちらかと言えば、メイドが大好きってタイプではない。

 だが、かと言って嫌いなわけでもない。

 ソシャゲだった頃の『神様の箱庭』でも、莫大に存在するキャラの中にメイドキャラも居るには居たのだ。

 そのメイドキャラも美人だったり可愛かったりで、当時の俺は見てるだけで心が和んだものである。


 だが、現実にはメイドなんて殆ど存在していない。

 現実では奉仕されることもないし、敬われることもない。

 なので、そこまでメイドに興味を持つことはなかった。


 しかし、だ。

 こちらの世界は、俺が元居た世界より少し古い時代の世界である。

 そうすると、古き良き本物のメイドさんも存在するわけだ。


 となると話は別である。

 こちらの世界に来て、初めてメイドさんが掃除に来ると聞いた時には、俺のテンションはメーター振り切ってオーバーヒートするんじゃないかってぐらい高まっていた。


 だって、本物のメイドさんだぞ?

 そんなメイドさんに、ご主人様って呼ばれるんだぞ?

 そりゃもう、テンション上がるに決まってるじゃないか。


 ……まぁ、相手は一般人だから、威厳を出さないといけないんだけどね。

 あと、俺は神様ってことになってたから、人間相手にキャッキャウフフな展開にはならないって当時から思ってたけどね。


 それでも、本格メイドさんが見れるってだけでも心が和むのだ。

 当時の英雄は軍人三人衆だけで、完全に黄土色の空気。

 そんな運動場のような鼻に砂が詰まりそうな空気が浄化されるかも知れないのだ。

 そりゃあ、ワクワクするしかない。


 メイドさんが来るのは、執務がある平日の午後に一回と休息日の午後に一回。

 俺は当時から、休息日とその前日は休みとして、それ以外は執務室で働こうと決めてあった。

 つまり毎週休息日の午後には、メイドさんのお掃除風景を俺は見ることが出来るのである。


 これでテンションが上がらない男が居るだろうか?

 少なくとも、俺は否である。


 そして、満を持して迎えた第一回メイドさんの掃除の時間。

 俺の部屋に訪れた女性は。




 ゴシックなエプロンドレスを着た、中年のおばちゃんだった。




 ……。

 まぁ、アレだ。

 ここでもしも美女メイドさんが来てたなら、昔の俺は急いで女性英雄を求めてガチャを引いてないわけで。


 つまりはその……うん。

 当時の俺のテンションは、地の底を突き破るぐらいに下がった。


 ちなみにおばちゃんメイドさんが俺の部屋の掃除係になったのは、ちゃんとした理由があるらしい。


 第一に、彼女の家事能力は非常に優れていて、一人でも広い部屋を完璧に清掃出来るから。

 第二に、素性が明らかで野心もなく、信仰心が高いから。

 第三に、そもそもが邪神勢力に追い詰められていて、人材不足だから若くて経験豊富な子なんて居ない。

 のだとか。


 まぁ、理由には納得出来るんだけどね。


 俺のドキドキ感を、返してほしい。




 ―・―・―・―




「ファントム様、こうでございますよ。そんなに力は入れなくても宜しいのです。」


「こうか?」


「そうですね。あとは洗い残しがないように、慣れるまではゆっくりやって、少しずつ早くしていけば完璧です。」



 そんなメイドおばちゃんに頼んで、俺は皿洗いの効率的なやり方を学んでいた。

 全ては、俺の皿洗いを遅えと言ったあの店主を見返すために。


 昨日の俺は、変装してお忍びで街に繰り出し、こっそりと遊ぶ予定だった。

 しかし、長いこと浮世離れした生活を送っていたせいか、食堂でランチを注文した時にお金を持ってないことに気付いたのだ。

 無銭飲食でしょっ引かれるかと戦々恐々としていた俺は、店主の取り成しで一時的に雇われ、一日皿洗いをすることとなった。


 の、だが。

 残念ながら、俺は皿洗いの経験なんてなかった。

 いや、自炊はしてたから、普通に皿を洗うぐらいは当然出来る。

 しかし、忙しい食堂で大量の皿を出来るだけ早く洗うなんて経験は、今まで一度もしたことがなかったのだ。


 結果は惨敗。

 散々店主からは罵声を浴びせられ、最後にはこの仕事は合ってないとまで言われてしまった。

 働く楽しさを思い出していた時に浴びせられた戦力外通知は、俺のプライドをいたく傷つけることになる。


 だから俺は、メイドのプロであるおばちゃんに頼んで、皿洗いのコツを教えてもらっているのだ。




 本当は、こんなことをメイドのおばちゃんに頼むのは宜しくない。

 なぜなら彼女は一般人なのだから。

 基本的に神様は、英雄以外には威厳を保たなければならない。

 そうしないと、一般人から幻滅されてしまうと信仰を得られなくなるかも知れないのだから。


 だが、俺はおばちゃんに皿洗いの方法を教えてもらうことにした。

 いつもの言い訳スキルをフルに活用してである。


 俺はおばちゃんに、「英雄の一人に、家事をしない者が居てな。その者に家事をさせるためにも、先ずは私が模範となるべきかと考えている。しかし、私は家事などしたことがない。なので、家事について詳しい君に色々と教授願いたい。」と言った。


 要するにアレだ。

 「バイト先を見返すために皿洗い教えて。」なんて言えないので、「家事が出来ないシュナに見本を見せるために教えて」って感じで言ったのだ。


 ちなみのこの家事をしない英雄ってのはシュナのことだ。

 あいつ、外だと結構しっかり者で通ってるらしいけど、私生活はズボラでダメダメだからな。

 この、外だとシュナはまともだって話は 最近シュナと仲良くやってるナルキアから聞いた話だ。

 最初に聞いた時は、失礼だが驚いたよ。

 だって、あのシュナだし。


 シュナは普段の巡回警備任務中に、街中では空を舞って巡回しているらしい。

 この世界では飛行機とかが失伝しちゃってるらしいので、空を飛んでるシュナの姿は、民衆から見てもカッコ良くって、ウケがいいのだとか。

 あと巡回以外にも、偶に広場で人を集めて演説なんかもしてるらしい。

 巡回に出てる唯一の女性英雄だから、男性ウケが非常に良いらしい。


 そんな、信仰心が篤く民衆の支持も厚いけどズボラなシュナを説得するには、神である自分が模範を見せるのが一番だ。

 そう言えば、きっとおばちゃんは納得してくれるだろう。

 少なくとも、俺が個人的な理由で家事スキルを身に着けたいと思ってるとは思わないはずだ。


 その代わりに、シュナは家事をしないダメ英雄だってのがバレてしまうかもしれないが……。


 まぁ、いいだろ。

 家事しないアイツが悪いし。

 シュナにはいい薬だろ。


 それに、俺は実際にシュナに家事をしてるところを見せて、家事をするように促すつもりではあるしな。

 嘘は言ってないんだし、多少悪評が広まってもシュナだし、問題ないだろ。


 大丈夫、大丈夫。

 ちょっとぐらい欠点がある方が、愛嬌を感じてみんな好きになってくれるから。

 手の届かない高嶺の華より、道端の雑草の方が親しみがあるしな。


 うん。

 俺は悪くない。




 ―・―・―・―




 そんなこんなで、俺は皿洗いの基礎スキルを身に着けることが出来た。

 言い訳が言い訳だったので、目的の皿洗い以外にも掃除のイロハを全部教え込まれることになってしまったが、まぁぶっちゃけ暇だったし、退屈しのぎにはちょうどいい感じだったので良しとしよう。


 あとは、ウエイタースキルだな。

 あの食堂では皿洗いがダメ認定されたあと、ウエイターとして客の注文を取りに行かされたしな。


 だがそっちの対策も、もう考えてある。

 プロに教えて貰えた皿洗いほど劇的な効果はないが、それなりにウエイタースキルが身につく方法だ。


 まぁ言ってしまえば、食堂のメニューを全部覚えてあるだけだ。

 バイトが終わって帰る前に、紙を貰ってバイト先のメニューを書き写してきていたのだ。


 結局のところ、客が注文するのはメニューに書いてある品だけである。

 たまーに常連客が裏メニューっぽいのを注文したりもするが、それは特例なので別としても、普通の客はメニューにある品物だけを注文するのだ。


 なので俺は、そのメニューを暗記する。

 その上で、メモに注文を書き取る際に、メニューの品名を自分流に短く略語化して、書き込む時間を短くするのだ。

 それさえ事前にしっかり準備出来ていれば、本番では狼狽えたり混乱したりしないで済むだろう。


 ……うん。

 あの日は、かなり狼狽えたり混乱したりで間違えまくったからな。


 ……仕方ないだろっ!

 コンビニ店員の経験はあっても、ファミレス店員やら居酒屋店員の経験なんてなかったんだからよ!!


 というかだ。

 元居た世界だと、基本的に女性のウエイトレスはあるけど、男性のウエイターなんてバイトじゃ募集がなかったし。

 高校時代の俺の友人も、ファミレスバイトだとキッチンスタッフで雇われてて、大分慣れた頃にホールの人数が足りなかったらたまにウエイターになるぐらいだって言ってたし。




 とにかく、これで準備は整った。

 皿洗いも基礎は身に付け、前のような醜態は晒さない自信がある。

 ウエイターはまだ少し不安だが、事前にメニューは覚えたので大きな間違いはしないはずだ。


 ああ、次のお忍びの日が待ち遠しい。

 休息日の前日で土曜日に当たる日だから、今日が休息日なのであと六日も待たないといけないのだ。


 待ってろよ、名も知らぬ食堂の店主よ。

 俺は万全の準備を整えて、リベンジに行ってやるからな……!



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