神様の日常。英雄達の苦悩。
結局あの後、シュナもナルキアも執務室に帰ってこなかった。
ナルキアは仕事を放り出して何をしてるんだ。と、思わないでもなかったが、殆ど仕事をしてない俺が言うのもアレだし、何も言わないでおく。
翌日の朝にはナルキアが皆に謝ってくれたしな。
そして、一週間が経った。
今日も何が起きるでもなく、秘書達と俺が仕事をする執務室は平和である。
執務時間中に神様ネットワークを見て過ごすというのは、本当に素晴らしい発見だった。
流石に四六時中チャットに発言があるわけでもないし、チャットの内容もゲームの頃より相当堅苦しいが、それでも色んな神様の色んな世界の色んな英雄のことを知れるのは楽しい。
毎日、秘書から渡された書類に目を通してハンコを押す作業だけをしてた身としてはこういった暇潰しがあるのは非常に助かる。
印を押した書類は秘書がすぐに持ってくから、書類を眺めて暇潰しってのも出来なかったしね。
流石に俺も、一日中本当に何もしてなかったわけじゃあないが、それでも八時間のうち四時間ぐらいは手持ち無沙汰だったからなぁ。
本当に、このことに気付かせてくれたクロードには頭が下がる思いだ。
俺だと、仕事中にスマホいじってるような感じがするから、堂々と神様ネットワークを見るって発想には至らなかっただろうし。
俺は先程ナルキアから渡された書類に軽く目を通し、印鑑をポンポンしながらそう考えていた。
いつも通りの、昼下がりの仕事風景。
クロードやエーリッヒは書類片手にペンを走らせて格闘中だし、高柳君は両手にそれぞれペンを持って、二枚の書類に同時に何か書き込んでるし、ナルキアはさっきまで鏡を見ながら顎に手を添えてポーズ取りつつ仕事してたし。
ちょっと高柳君とナルキアが変な気もするが、それすらも既に日常の一部だ。
そこで、唐突に執務室の扉が開けられる。
唐突と言っても勢い良くというわけではない。
ノックもなく、ゆっくりと、まるでホラー映画のワンシーンみたいに、じわりじわりとドアが開いていくのだ。
この部屋に来る官僚や軍人英雄達はそんな開け方はしない。
となると、これは誰なのか?
扉の隙間から倒れ込むように部屋に入ってきた人影を見て、俺は思った。
……本当に、誰?
緑色のタンクトップに、カーキ色のハーフズボン。
薄手の布を豊満な胸で押し出しているので女性なのは分かるが、こんな格好のヤツが居たか?
露出の多い手足は白く、顔立ちは美人。
銀色のサラサラな長い髪が乱れて……。
あっ。
もしかして、シュナか?
「シュナさん!なんて格好で出歩いてますの!」
俺が気付いた瞬間に、ナルキアが声をあげた。
気付くのに少し時間が掛かっていたから、シュナが入ってきて少し間があったことになる。
多分、あまりの姿にナルキアも呆然としたのだろう。
「ね、寝て起きたら……食堂が、閉まってまして……。」
今にも倒れそうになりながら、顔に絶望の表情を浮かべたシュナが言った。
今の時刻は十三時三十分。
昼休みは十二時から十三時までで、食堂が開いてるのもその時間だ。
多分言動から察するに、シュナは昼食を食べそびれたのだろう。
なんで食べれなかったんだ?
シュナは、『高速飛行』のスキルを持っている。
その飛行速度は、高速という名に相応しいほどに速い。
一度だけ飛行しているところを見せてもらったんだが、普通に時速百キロ以上は出してて、戦闘機動の時には目で追うのがやっとの速さだった。
流石に英雄となるだけのことはある。
それを活かしてシュナは、他の英雄とは違って巡回も戦争も、神殿にある宿舎から通っていた。
邪神勢力に極限まで追い込まれていたこともあってか、現在の人類領域は非常に狭い。
その分都市と都市との距離もそれほど離れておらず、神殿のある首都から遠い都市でも五十キロも離れてない。
つまりは、遠い都市にも普通に飛んで三十分もあれば現地に到達出来るわけだ。
恐らく今回食堂で食べそびれたのも、どこかに巡回に行って帰ってくるのに、途中で何かトラブルが起きたりしたからだろうな。
それなら仕方ないな。
ここは神である俺が神様ネットワークの資材から美味い食事を用意して、シュナの好感度アップに……。
「貴方、今日はお休みのはずでしたわよね?」
「えっと、その……あれですよ、自主的に巡回というか……。」
「その格好でですか?」
「うっ。」
なんだこの駄目人間。
仕事で間に合わなかったんじゃないのかよ。
ってか、言われて気付いたけど、確かに思いっきり部屋着じゃねぇか。
ちょっと露出多くて胸が張り出されてて、眼福……いや、目に悪いから、その格好で出歩くのはどうかと思うぞ?
「いえ、あのですね……。」
「そもそも、なんで執務室に来たんですの?」
「えっと、何かおやつとか持ってれば、分けて貰えないかと……。」
「ファントム様がいらっしゃる執務室で間食する秘書など居ませんわ。」
「そんな!それじゃあ、私は何を食べればいいのですか!」
そう言えば、間食する秘書は居ないな。
元居た職場だと、仕事中でもたまーに菓子とか食べてたし、真面目な人でも飲み物の持ち込みぐらいはしていたが、秘書は飲み物すら持ってきてないぞ。
流石に、飲み物ぐらいは後でオーケー出しておこうかな。
「貴方にも支度金は渡してあるでしょうに!一ヶ月の給金と同額ですのよ?それで外に食べに行けばいいでしょう。いくら美の維持にお金が掛かるとは言っても、もう使い切ったなんて言いませんわよね?」
「……外に出るのが面倒で。」
うん。
なんかもう、アレだ。
この戦乙女は、本当にダメだな。
きっとさっきまで寝てて、昼飯の時間に起きれなかったとかなんだろうな。
んで、腹は減ったけど外に行くのが面倒。
それどころか着替えるのも面倒だから、軽くでも何か食べ物がありそうな場所に来たんだろう。
いや、お陰でタンクトップ姿なセクシー美女を見れたから、俺は嬉しいんだが。
……あれ、ブラ付けてんのかな?
凝視してみたけど、山の頂きに違和感がないな。
ちゃんと付けてんのか。
そこもズボラにしとけよ。
「外に出るぐらいはしなさい!白い肌を保ちたいのは分かりますが、日の光を全く浴びないのは不健康で逆効果ですわよ!?」
「いえ、外に出るのは仕事だけで十分かな、と。」
「ああもう!とにかく、ここには食べ物なんてございませんわ!仕事の邪魔なので出ていってくださいな。」
「そ、そんな。」
なんか、偽装ロリがズボラ乙女を怒ってる絵面って、妹が姉を叱ってるみたいで面白いな。
とは言え、面白がってずっと眺めてるわけにもいかないか。
「まぁ、いいさ。俺が食べ物を出してやる。」
「本当ですか!ファントム様、感謝致します!」
「ファントム様!甘やかすとシュナさんのためになりませんわ!」
ナルキアの反論が来る前に、手慣れた操作で交換所の資材一覧を表示する。
以前に歓迎会を行った時に既製品の料理を出したことがあったので、素早く料理を選んで信仰を消費し、机の上に出した。
「もう出したぞ。食べないと勿体無いだろう?」
「ファントム様……。」
「あ、有難うございます!」
「まぁ、ナルキアも色々言いたいことがあるだろうからな。執務室で食べて、ナルキアの説教を受けること。それが料理を渡す条件だ。」
「え、ええーっ!」
フッフッフ。
俺だって、そんな甘い人間じゃないさ。
ここでナルキアを無視した対応を取ると、このあとの執務室の空気が悪くなる。
かと言ってそのままにしておくと、シュナ創造初日みたいに別室で説教になりかねん。
そうなると。
俺がシュナのラフな格好を見れなくなるだろうが!!
いや、違う。
ナルキアが今日一日、ずっと説教して仕事を放り出しかねんからな。
うん。
仕事のことを考えての行動だ。
上司として当然の決断だな。
「ナルキアが初日のように、翌日まで帰ってこないのも問題だからな。まぁ、ほどほどにしとけよ?」
「そ、そうですわね。あまり怒ると皺が寄りますし、手短に済ませますわ。」
こうすればナルキアから反感を買うこともない。
事の成り行きを見守っている軍人秘書達も、俺がこの場を上手くことをまとめたのを評価してくれるだろう。
更にはシュナの普段着も拝める。
素晴らしい結果だ。
まぁ、あんまりシュナの方ばかり見ることは出来ないけどな。
女性は男性の視線に鋭いって聞くし、目の端で捉えるぐらいにしておこう。
―・―・―・―
夕方の執務室で、俺は資料の整理をしている。
そろそろ仕事が終わる時間帯だ。
俺は毎日、仕事が終わる頃になると机の上の資料を整理するようにしている。
机の上が綺麗だと仕事の効率が上がると、高柳中尉からアドバイスを貰ったからだ。
元々、特殊部隊所属で事務仕事に慣れていない俺は、事務経験のある高柳中尉のアドバイスには色々と助けられている。
高柳中尉は、まだ二十歳にもなっていないとは思えないほど仕事が出来る英雄だ。
まだ若い分経験が浅いところもあるが、そんな拙い部分も持ち前の才能で簡単に補ってしまう。
右手と左手、それぞれにペンを持って書類に書き込む様などは、初めて見た時は何をしているのかと呆然としたものだ。
本人曰く、あれが最も効率が良いらしい。
とてもじゃないが、俺には出来そうにないが。
「……よし。それじゃあ、今日はここまでだな。」
ファントム様がそう仰っしゃって、席から立たれた。
卓上に置かれた時計を確認すると、長針がピッタリ十七時を示していた。
だが、俺を含めた四人の秘書は誰も席を立とうとしない。
いつもであればファントム様の言いつけ通り、終業時刻には全員帰るのに、だ。
「ん?どうした、帰らないのか?」
俺やエーリッヒ中尉はたまに仕事が残ってしまうので、その分を時間外で終わらせようとするのだが、ファントム様はそれを許してくれない。
仕方ないのでいつもは、遅れてしまった仕事を高柳中尉やナルキア殿にも手伝ってもらうようにしている。
二人は俺達が残してしまった仕事を渡されても、嫌な顔ひとつせずに受け取ってくれる。
その度に申し訳なく思うので、出来るならばもっと遅くまで仕事をしていたいのだが……。
しかし、ファントム様の決めたことは絶対だ。
嫌なのであれば、俺がもっと頑張って仕事をすればいいだけの話だしな。
「もしかして、全員でかかっても処理できないぐらい忙しいのか?」
「いえ、そんなことはありません。このあと秘書達で、シュナ殿の歓迎会について話そうと思っていまして。」
「歓迎会……。」
ファントム様が、驚いた顔でこちらを見る。
どうやら、歓迎会のことを完全に忘れていたのだろう。
ナルキア殿の時も、ナルキア殿から言われて初めて気付いていたようであったしな。
「はい。我々のような複数人居る英雄は無理でしょうが、ナルキア殿やシュナ殿のように一人しか居ない英雄であれば、歓迎会も必要かと。」
「私の時には祝って頂いたのに、シュナさんに何もなしというのは少し薄情でなくて?私ほどの美少女と出会えて浮かれて会を開いてしまった気持ちは分かりますけど、女性の対応に差をつける男性はモテませんわよ?」
ナルキア殿は、本当に口が悪い。
ファントム様は我らの創造してくださった、いわば創造主なのだ。
それなのに、どうしてそんな口が聞けるのだろうか。
我ら英雄は、創造の時点で神様ネットワークについての情報を、ある程度は知識として持っている。
だから、英雄同士を合成することで不要な英雄を消せることも知っている。
我らの創造者であり世界の管理神である神様は、独裁者とも成り得るのだと、知っているのだ。
まぁ、ファントム様であればそのようなことはしないだろうが。
だとしても、神であるファントム様には、敬意を払うべきだと思うのだが……。
「わ、忘れて……た、な。すまん。」
ファントム様がお謝りになる必要などないのに。
この御方は本当に、神様というより我らに近いように思える。
いや、実際には他の神々も同じように優しい方なのかも知れないが、我らが知っているこの世界の宗教の上での神は、これほど腰が低くはない。
神という存在は、人とは文字通り格が違うのだから。
英雄に埋め込まれた知識のお陰で、我ら英雄は神の力の強さをよく知っている。
ファントム様もその神の一人であり、我ら英雄とは格が違うのだ。
だから、ここまで腰の低い対応をなさらなくても良いと思うのだが……。
「あー……それなら、俺も何か用意するものを考えておく。」
「いえ、それについては大丈夫です。」
「何故だ?」
「今回からはジョン少佐とナルキア殿も余興をして頂けるので、時間配分を考えるとビンゴ大会は少し難しくなっておりまして……出来れば、料理のだけでも用意して頂けると助かるのですが。」
「ああ……そうか。ビンゴは、時間が掛かるしな。それ以外で手短な何かを用意出来るかもしれないが、今後はどんどん英雄が増えるのだし俺が時間を圧迫するのもアレだな。わかった、料理だけは用意しよう。」
「有難うございます。」
分かって下さって助かった。
前回は急なことだったので止められなかったが、本来ファントム様が直々に英雄達を遇することが間違っているのだ。
ファントム様には、高みから我らの催しを見て頂くのが一番である。
「日時や詳細が決まったら教えてくれ。あと、必要な物があれば出せる物は出すから、相談してくれ。」
そう言い残し、ファントム様は執務室から繋がる自室へと戻られた。
―・―・―・―
「ファントム様って、本当に神様なんでしょうか?」
高柳中尉の一言に、秘書全員の視線が集まる。
歓迎会の大まかな段取りも終わり、それぞれが帰り支度を初めていた所だった。
「神様でなければ、なんだと言うのだ?」
我らを生み出して下さった創造主。そのファントム様に対して神様ではないと否定するかのような言葉に、少し苛立ってしまう。
だが、それを言ったのは高柳中尉なのだ。
日頃からファントム様への敬意をあまり感じられないナルキア殿ではなく、頭が良くて若いだけあって柔軟な発想が出来る彼が言うならば、何かしら理由があるのかもしれない。
だから俺は、声を荒らげることなく問い返した。
「いえ……私の知っている神様とは、少し違うと言いますか……どうも、神様らしくなく感じることが多いので。」
確かに、ファントム様は神様らしくない。
この世界にも宗教はあったが、その宗教で出てくる神々は加護や試練と共に訓示を授けて下さる方々だった。
我ら人類より、完全に上位の存在であり、その感性は人と少々ズレているという逸話が多く存在する。
だから、ファントム様はどうにも我らが知っている神々とは違う気がするのも確かだ。
上手く言葉に出来ないのだが、そう感じてしまうのだ。
きっと高柳中尉は、俺だと言葉に出来ない部分を、もっと明確に感じているのだろう。
だからこそ、批判と取られかねないと分かっていて発言しているのだと思う。
「私達を英雄として創造してくださったファントム様が、神ではない、と?」
エーリッヒ中尉が苛立ち気味に言った。
眉根を潜め、いつもの飄々とした顔とは明らかに違う。
「すみません、そういう意味ではないんです。神様ネットワークを使えるので神様なのは間違いないと思うのですが、どうにも言動と行動が神様らしくないと言いますか……。」
神様ネットワーク。
それは、力ある偉大な神が、自らの存在を代償にして創り出したシステム。
次元の彼方から得たであろう知識を元に、邪神から数多の世界を救うためにもたらされた力。
そのシステムは、人間では扱うことが出来ない。
何せ、そのシステムを扱うのは、神でなければ絶対に不可能だからだ。
例えば、神様ネットワークで行われる奇跡の数々。
演説で行われる病人の治療といった奇跡は、神様ネットワークに所属する神々の権能を借りて行われる。
信仰を消費し、望む奇跡を行える神から、力を借りて行使するのだ。
だが、例え他者の権能であったとしても、それを行使する条件として必ず神である必要があるのだ。
他者の権能とは言えど、神の力は重い。
神ほどの力を持った存在でないと、器である身体がその力に耐えられない。
演説で実際に奇跡を披露したファントム様は、神様である。
それは、まず間違いない事実だ。
「エーリッヒ中尉、そんなしかめっ面をしていると、高柳中尉も話しづらいぞ?」
「……すみません。」
「高柳中尉が何故そう思ったのかを聞いてみようじゃないか。理由もなく急にそんなことを言うとは思えんしな。なぁ、そうだろう?」
そう言って高柳中尉の方を見る。
高柳中尉は真剣な顔を崩さない。
きっと、確かな理由があるのだろう。
「ええ。……この前の、神様ネットワークでの他の神様とのやり取りを見て思ったんです。他の神々とファントム様は、何かが違うと。」
シュナ殿を創造する少し前に、ファントム様が神様ネットワークで他の世界の管理神と取引をしたことがあった。
困窮している神を探して、こちらの支援で可能な解決策を持ちかける。
そして窮状を打開出来れば、報酬として相場以上の信仰を貰うというものだ。
近頃頻繁に執務時間中に私室に戻っていたのは、恐らくこの件が関係していたのだと思う。
恐らくファントム様は、いち早く信仰を稼ぐ手段を模索してらしたのだろう。
信仰を稼げば、この世界の安全を保つ戦力を増やすことが出来るのだから。
その証拠に、多くの信仰を得た時には、戦力を増やせると喜んでいらした。
その後も言葉通りにすぐシュナ殿を創造して、実際に戦力を増強してみせたのだから間違いない。
「あの取引の際に、我々もファントム様と交渉相手の神様とのやり取りを見させていただきましたが、他の世界の神々はどうも、やっぱり神様だけあって、威圧的というか居丈高というか、少なくとも腰は低くなかったと思うんです。」
交渉内容には資材の交換も入っていたので、資材の在庫管理もしている我ら秘書達も交渉には参加させて頂いた。
その際に、ファントム様は情報の齟齬があってはいけないと、自身と相手の発言内容を紙に書き写して我らに見せて下さったのだ。
その内容を思い出し、確かにそうだったと気付く。
ファントム様は異様に丁寧な言葉遣いをしていたのに、相手はそれに合わせることもなく上から目線の言葉で発言していた。
「相手も警戒しているのだろう。」とファントム様は仰っていたが、契約が完了して警戒を解いたあとも、口調はそう変わらなかったと思う。
神様の一柱や二柱であれば個々の性格の差だと思えるのだが、今回交渉したのは二桁もの神様が相手だ。
その全てが、多少の差があれども同様な反応だったことを考えると、神様というのは上位者らしい立ち居振る舞いが基本なのだと思える。
「……確かに、他の神々とファントム様は大分違うな。」
「ええ。ファントム様は明らかに、立っている位置が違うと思うんです。我々よりずっと上から見ているのではなく、私達と非常に近い立ち位置で話してくれてる気がするんです。」
ファントム様は、我らを創造した当初から、我々に砕けた口調で話すように命じていらっしゃる。
他にも、積極的に飲み会を開催して交流して下さるし、何かをなさる時には必ず我らの同意を求めて来られる。
言われてみれば、今まで違和感は持っていなかったのが不思議なぐらい、ファントム様は我々に近い距離感で接して下さっている。
「それは、ファントム様が人を愛されている神様だからなのでは?」
多少、表情から険が取れたエーリッヒ中尉がそう言った。
それでもまだ少し喧嘩腰になってしまっている気もするが、今はそれを指摘しても逆効果だろう。
見守るしかないか。
「愛されてる、とは少し違う気がします。なんと言いますか、部下に気を使ってる上官と言いますか……。」
その言葉を聞いて、腑に落ちた気がした。
部下に気を使う上官。
言い得て妙で、確かにその通りだった。
飲み会も、部下との交流を円滑にするために。
口調を砕くのも、意見を汲み取りやすくするために。
演説でも、神である自分の為ではなく、世界の為に祈ってくれと言ったのは、その言葉を当てはめると民衆に気を使っているようにも思える。
「ファントム様は、我々に気を使っている、と?」
「ええ。色々考えてみると、そうとしか思えないんです。」
エーリッヒ中尉が問い返すのに対し、高柳中尉は確信を持った顔で頷き返す。
ファントム様は我らの創造主であり、この世界の最上位の存在だ。
そんなファントム様が我ら如きに気を使うなど、考えたこともなかった。
最上位のお方であり、我らとは存在の位階が違うのだ。
我らを労り愛することがあったとしても、気を使うなんてことは有り得ないと、無意識の内に思っていた。
「高柳さんの言うことは間違ってないと思いますわ。だって、私の自賛の言葉を咎めませんもの。」
今まで黙っていたナルキア殿が突然言葉を発した。
その内容に驚いて、そちらに注目してしまう。
「ナ、ナルキア殿?」
「あら。私の自賛の言葉が皆さんに面倒がられてることぐらい、私でも察していますわよ?ただ、抑えていても節々に出てしまうので、それなら隠さずに言ってしまった方がよろしいかと思って言ってるだけですわ。」
この人は、分かっててあれを言っていたのか。
いや、ナルキア殿の聡明さなら気づかないわけがないのか。
彼女は普段の言動から勘違いされがちだが、相当な才女で人当たりも良い。
言動に自分の美しさを褒める言葉が入らなければ、それこそ誰もに愛されるだろう完璧な人なのだ。
その上、ナルキア殿の自賛の言葉を聞いたファントム様も、抑えては居たがたまに嫌そうな顔や呆れた顔をすることがあった。
それを見てナルキア殿が、嫌がっていることに気付かないはずがない。
「ファントム様に一度でも怒られたら抑えるつもりだったのですけど、全く反論されないのでそのまま続けていましたの。だって、その方が私は楽ですし。」
「分かってて、自画自賛してたんですか……。」
そう言って、エーリッヒが額を抑えながら溜息を吐く。
私もそうしたい気分だ。
ナルキア殿は天然であの言動をしていたのかと思えば、分かっていて言っていたというのだから。
「当然ですわ。ちゃんとファントム様の反応を伺いながら喋ってましたのよ?それで、ファントム様は私達に気を使ってるというのにも早めに気づきましたの。」
気を使ってると分かった上で、それでも自賛を止めない辺りが、ナルキア殿らしくてなんとも言えない。
それでも多少は気を使ってるだけ、まだマシなのだろうか?
「ファントム様は私たちに気を使ってますけど、別に気にする必要はないと思いますわよ?だって、それがファントム様の性分みたいですもの。私が高慢な自賛を抑えるとストレスが溜まるのと同じで、ファントム様に威張って下さいなんてお願いしても、ファントム様の負担になるだけだと思いますわ?」
言っていることは間違ってないのだが、どうにも腑に落ちない。
確かに、我らの理想をファントム様に押し付けるのは、宜しくないのだろう。
ファントム様が我らに気を使うのが性分から来るものだとしたら、それを止めて欲しいなどとは言えないのだ。
だが、普通はそれに気付いたら、気を使わせないように注意するものだと思うのだが……。
ナルキア殿の、気を使われてると気付いていても、自分の癖を止めないというのは、少しどうかと思うな……。
「あ、あまりファントム様に気を使わせないように、ナルキア嬢も気を付けてくれれば私としては嬉しいんですが……。」
エーリッヒ中尉が私の気持ちを代弁してくれた。
高柳中尉も言葉は出てないが、苦笑いしてるのを見ると気持ちは同じなのだろう。
「ちゃんと気を使ってますわよ?本当なら私のことを毎日三時間は語って聞かせて差し上げたいですもの。私が愛する私の美しさを、もっとちゃんと理解して欲しいですし。」
それは流石に、ノイローゼになると思うので止めてあげて欲しい。
いや、やらないと言っているし、大丈夫なのだが。
それを考えると、ナルキア殿はナルキア殿で気を使っているのか……?
「……クロード中尉、エーリッヒ中尉。我ら三人だけでも、ファントム様に心労を掛けないように注意しませんか?」
「……だな。私も同朋のクロード達に言付けしておく。」
「私も、そうします。シュナ嬢も、自重しそうな人じゃないですし……。」
「ああ、ジョン少佐には私から言っておこう。」
「クロード中尉、有難うございます……。」
話が終わったと見るや、一人で鏡を見つめながらボソボソと何か呟いているナルキア殿を傍目に、我ら三人の軍人秘書は結束を誓った。
例え、他の英雄がファントム様に苦労をかけたとしても。
我ら軍人英雄だけでも、ファントム様の安寧を守ってみせると。




