聞くは一時の恥。聞かぬは勘違いを呼ぶ。
「結界解放に近づいたせいか、敵前線に下位魔族と見られる強敵が現れ始めたそうですわ。」
秘書のナルキアがそう報告してきた。
結界解除が迫ったことに気付いたのが昨日。
それから関係各所に秘書が取り次いで、準備や連絡を慌ただしく行っている中での報告だ。
忙しい中で報告するのだから、重要な案件なのは間違いない。
の、だが。
「下位魔族、か?」
下位魔族ってなんだ?
そもそも、魔族ってなんだよ。
「ええ。今までは魔物が相手でしたけど、あちらも相当に追い詰められてるのか、下位とは言えど魔族まで出て来始めたそうですわ。」
いや、俺が聞きたいのは魔族って何?って話なんだけど。
でも話の流れ的に、知ってて当然って感じだよな。
何となく、邪神の手先だってことは分かるんだけど。
魔族と魔物って、何が違うのかがよく分からん。
「前線が危ないのか?」
なので、当たり障りない返答で濁しておく。
分からないことが話題に出ても、断片的な情報から話を合わせて知ったかぶる。
それが大人のテクニックだ。
一応あとで、魔族と魔物についてヘルプ本で調べておくけど。
「何人か英雄がやられたそうですが、エーリッヒさんが部隊に一人入るようにしてからは被害は出ておりませんわ。」
「エーリッヒが?」
なんでエーリッヒが居たら被害が出ないんだ?
エーリッヒってそんなに強かったっけ?
いや、クロードと高柳が☆3で、エーリッヒが☆2だから逆に弱いはずなんだが。
「ええ。エーリッヒさんの『逃亡補助』のスキルと、生き残るための経験が役立っておりますの。私ほどじゃありませんが、エーリッヒさんも流石に優秀な英雄ですわね。」
俺が秘書のエーリッヒの方を見ると、少し恥ずかしそうに頭を掻いていた。
いや、前線のお前がやったのであって、お前がやったわけじゃないからな?
「いえ、まぁ。余り褒められたことではないですが、逃げることだけは得意でしたから。」
「あら。戦場で生き残るのは最も重要なことではなくて?」
「そうですよ、エーリッヒ中尉。味方を逃がすすべに卓越しているのは素晴らしいことです。」
「私は特殊部隊出身で戦場に詳しくありませんが、戦闘から無事に逃れる難しさは理解していますよ。」
「そ、そんなに褒められても、ですね。まぁ、役に立ててるなら光栄なんですが。」
ああ、そういえば。
以前覗……個別イベントで見たエーリッヒの独白で、死にたくないから生き延びてきたって言ってたな。
生き残ることなら誰にも負けないぐらいだと。
☆2で力は劣ってるけど、そういう得意なことがあるヤツってのは強いよなぁ。
しかも低レアで出やすい分、大量に居るから全部隊に一人配属しても余るだろうし。
安全確保が楽に出来てるようで何よりである。
「まぁ、褒め殺しはそこまでにしとけ。エーリッヒ達のお陰で強敵から逃げられるのはいいが、倒すことは出来るのか?」
「いえ、まだ今の英雄たちでは難しいですわね。ですけど、新しい結界が解除されれば、新しい英雄の魂が手に入りますし、新しい英雄が育てば対処できると思いますわ。」
今はまだ難しい、か。
それでも、相手の攻撃も決定打になっていないし、時間はこちらの味方なら問題ないかな。
にしても邪神側は、なんで最初から最大戦力を投入しなかったのやら。
軍事的なことなんて全然知らないけど、英雄が育ってない最初に攻めれば良いのは、素人の俺でも分かるぞ?
なんか、奥に行くほど敵が強くなるって、ゲームっぽいな。
もしかして、神様ネットワークが何か作用してたりするのか?
神様ネットワークも、大概わけの分からんシステムだしな。
それにしても、新しい英雄か。
まぁ、期待はしていない。
どうせこの世界の英雄は軍人英雄なのだ。
女性英雄が出るなんて、あるはずがない。
世の中が甘くないことぐらい、俺だって理解しているのだ。
……そう。我欲を表に出してはならない。
戒めねば。
「新しい英雄か……どんな英雄だろうな。」
「そう言えば、この世界出身の三人なら分かるかも知れませんわね。私ほど印象に残る人は居ないでしょうけど、何か出てきそうな英雄に心当たりは有りませんこと?」
ああ、そうか。
この世界の出身で、生前の記憶も持っている英雄達ならどんな英雄が出るか知ってる可能性もあるのか。
でも、聞きたくない。
ガチャと同じで、新しいキャラってのは何が出るか分からないのが楽しいのだ。
その楽しみをなくすようなことはやめてくれ。
「どんな英雄が出るのかが分かれば、先に運用を考えられるが……止めておこう。情報に踊らされるのも良くないしな。」
「私などは邪神侵攻最初期の出身ですので、残念ながら英雄の心当たりは有りませんし、我らが生きていた年代以降の英雄も出てくるかもしれませんから、それが賢明かと。」
高柳君が俺の意見に同意してくれる。
うん、とても理論的に賛成してくれて助かるよ。
俺は単純に、楽しみを減らしたくないから聞きたくないだけなんだけどね。
だって、もしも女性英雄が出ないって分かったりしたら、それだけでテンションがだだ下がるし。
いやまぁ、女性英雄はガチャで出した方が楽しいから、出ないなら出ないでそれで良いんだけど。
いやでも、一人くらい量産出来る女性英雄が居たなら、それはそれで楽しそうではあるな。
双子とか三つ子とか、良いシチュエーションじゃないか。
「それで、新たに解放されるだろう前線の準備はどうなっている?」
「はい。現在資材の運搬を先に行っていますわ。戦力の方はシフトの調整中ですが、幾つかの部隊を先行して送ってあるので憂いは御座いませんことよ。」
そ、そうなのか。
結界解放の予兆が発覚したのが昨日なのに、もう殆ど準備出来てるのね。
「随分と早いな。」
「予め予想して準備していましたもの。瑞々しいお肌を保つには、日頃の努力と不意に荒れてしまった時のカバーが大事ですの。これは何にでも言えますから、怠るわけが御座いませんわ。」
ナルキアの、会話に織り交ぜられる自賛の言葉には慣れてきたと思っていたのだが、流石にちょっとツッコミたい。
肌の手入れと戦争を同一視するのはどうなんだ?
いや、女性の肌のお手入れは戦争レベルで大変なのかも知れんが。
まぁ、聞く気はないけどな。
今までナルキアの言動に突っ込んだり聞き返したりしてないのは、話し出すと長くなりそうな予感がするからだ。
昔、同僚のオタクに趣味について訪ねたら、一時間は軽く拘束されたしな。
見えてる地雷は回避するに限る。
俺が処理して排除出来る物でもなさそうだし。
「まぁ、後は任せる。ちょっと自室でやることがあるから席を離れるぞ。俺の決済印が要るなら勝手に使ってくれ。俺の判断が必要なら呼ぶように。」
「ええ。畏まりました。」
そう言って、俺は執務室から繋がる私室へと引っ込んでいった。
まだ午後三時ぐらいで、俺が定めた定時にはまだ二時間もある。
とは言っても、この定時は秘書達のために定めたものだから、俺がそれに合わせて行動する必要はない。
ただ、部屋で引きこもってると何か文句言われそうだから、執務時間中は執務室に居るってだけだ。
今はまだ皆穏やかな感じだが、豹変するヤツが居ないとも限らないからな。
ついでに、自室でやることというのは演説の練習だ。
あの、絶対失敗してはならないという空気の中で、絶対に噛まないためにも、声に出して練習しなければならない。
流石に執務室で秘書達の前なのに練習出来るほど肝が太くないので、練習は私室でこっそりとやるのだ。
私室は完全防音みたいだし、音が漏れる心配もないからな。
関係ないけど、完全防音ってのはやっぱり、女性英雄とのアレのためなんですかね?
いや、そんな相手居ないけども……。
なんか虚しくなるな……。
―・―・―・―
「……最近、ファントム様が自室に戻られることが多くなりましたな。」
クロード中尉がそう呟いた。
私は資材管理のために資材のリストを眺めていたのを止めて、クロード中尉の言葉に反応する。
「そうですね。私も少し気になっては居ました。」
「エーリッヒもそう思うか。」
私も気にはなってはいたのだ。
ファントム様が、最近私室に戻られる回数が増えたことを。
ファントム様は我々を信頼して仕事の大部分を任せて下さっており、執務室に居ても何かされていることは非常に少ない。
だが、神様であるファントム様の手を煩わせないのは当然であるし、それに疑問を抱いてはいなかった。
ただ、何かするでもないにも関わらず、ご自身がお定めになった終業時間まで居られるファントム様は真面目な方だと思っていただけだった。
「今までは、十七時までは絶対に居られたのに、どうなさったのか……。」
「ファントム様はファントム様で忙しいのは確かでしょうが……以前は我々の仕事振りを見ておられるだけかと思ってましたが、執務中に神様ネットワーク画面で何かをされていたようですし。」
高柳中尉の言葉でハッと気づく。
そうか。ファントム様は、何もしてないわけではなかったのか、と。
先日、ファントム様から神様ネットワークの画面を見ることが出来るかを確認された。
我々には見えていなかったが、ファントム様には我らに見えない画面が見えて、その画面にて神様ネットワークを介して他の神様と連絡を取ることが出来るのだ。
きっとファントム様は、執務中に何もされてなかったわけではない。
ずっと我らには見えないところで、神様ネットワークを用いて仕事をなさって居られたのだ。
「そ、そうか。ファントム様は執務中は神様ネットワークで仕事をなさって居られたのか。」
「エーリッヒ中尉は気付いておられなかったのですか?」
「恥ずかしい限りだが、我らを監視しているだけかと。」
本当に恥ずかしい限りだ。
何もしていないのに、朝八時から夜十七時まで、ただ椅子に座っているだけなわけがないのだ。
ファントム様は我らを信頼して仕事を任せているだけではなく、純粋に手が足りないがために秘書を設けておられたのだ。
「エーリッヒ中尉、私も気付いてませんでしたよ。ファントム様は我らが手を抜いていないか監視なさってると思ってましたからな。」
クロード中尉が私をフォローしてくれる。
きっと、クロード中尉も気付いていたのだろうに。
「私は気付いていましてよ?何せ、美貌と可憐さを持ち合わせる私が同じ部屋に居れば、何もしていなければ私を見ずには居られないはずですもの。ファントム様は執務中にあまり私の方を見ることもありませんでしたしね。」
それはちょっと違うと思う。と、内心で密かに思う。
ナルキア嬢が創造された晩の、ファントム様の嘆きは今でも忘れていない。
私も初めは美しい少女だと見入ってしまったが、彼女の激しい自画自賛のせいで少し辟易してしまう時があるしな。
ファントム様も、下手に話しかけられないために、目を合わさないようにしているだけだろう。
とは言えど、それを抜けばナルキア嬢は完璧な女性だ。
自身が言う通り、その姿は完成された美を体現している上に、仕事も高柳より出来る時点で私など比べ物にならないくらいだ。
日常の中でも少しプライドの高い嫌いはあるが、人当たりも良くユーモアもあるので話しやすい相手ではある。
会話の合間に自分を褒める癖さえなければ、将来こんな娘が欲しいと思えるほどなのだが……。
「ともあれ、ファントム様が普段と違う行動を取って居られるということは、何かがあったということか。」
ナルキア嬢の言葉に苦笑いしていたクロード中尉だったが、真面目な顔になってそう言った。
クロード中尉の言う通りである。何か、問題が起きているのだ。
「部屋に戻られるようになったのは確か、ナルキア嬢が来られて数日経ってからだったか?」
「私の美貌を前に照れてしまっているのでは?」
「ははは。それもあるでしょうが、それなら数日の間をおくことなく、初日から部屋に戻られているでしょう。」
クロード中尉とナルキア嬢の掛け合いは見事なものだ。
ナルキア嬢の言葉は半ば本気なのだろうし、クロード中尉もそれを分かっているのだろうが、否定はせず、相手を怒らせないように受け流すクロード中尉の話術には恐れ入る。
「私は、ナルキアさんとは関係ないと思います。私の記憶だと……そう。ナルキアさんが新たな施策を挙げた後に、部屋へ戻るようになったのだと思います。」
高柳中尉が言う。
確かに言われてみれば、そうだった気がしなくもない。
私は逃げることだけが取り柄の男だが、高柳中尉はそうではない。
彼は今いる英雄の中でも最も古い英雄であり、年若くして亡くなったので☆3レアリティの英雄となっているが、本来であればもっと高位の、下手をするとナルキア嬢より上のレアリティであったかも知れない英雄だ。
その才能は凄まじく、記憶力や洞察力も舌を巻くほどに鋭い。
「新たな施策……何があったか。」
私も全ては覚えていないので聞きたかったが、その前にクロード中尉が聞いてくれた。
クロード中尉も、私と同じく事務経験が殆どない。
優秀な高柳中尉やナルキア嬢だけだと劣等感に苛まれていたところだったが、クロード中尉が居てくれるお陰でその点は助かっている。
……いや、クロード中尉を貶すつもりはないのだが。
クロード中尉は頭脳労働ではなく戦闘の場であれば、私など箸にも棒にも掛からぬ優秀さを持っているのだから。
「魂の売却を取りやめて英雄の増員。英雄の巡回と戦争をローテーションに。巡回を増やして市民と英雄の交流強化。休息日の演説に奇跡の実演。あとは新都市建設に際する細々とした処理、でしたかしら?」
ナルキア嬢が、当時進言した施策を羅列する。
一つ一つの項目を手元の紙に書き出し考えてみるが、ファントム様にとって問題になりそうな物は無さそうに思える。
「あと、先の話として都市を巡って視察、という話も出てましたね。」
高柳中尉が一つ追加してくれたので、それも書き出しておく。
しかし、それも自室に戻られる理由になるとは思えない。
「あら、それも有りましたわね。都市の行幸……自身が不在になる時のために、私達をファントム様が不在の状態に慣らそうとしていらっしゃる?」
「それも有るかも知れませんが、それにしては頻度が多いかと。」
そういう考え方もあるのか。
確かに、ファントム様が居ない時に執務が回せるかという試しは必要だ。
だが高柳中尉が言うように、それにしては自室へ戻られる頻度が多いのが気に掛かる。
「あー……神様ネットワークにて問題が発生した、というのも有りえますな。」
クロード中尉が二人の会話に差し込むように言った。
そうか。神様ネットワークで発生した問題であれば、我々が気づかないのも無理はない。
「それかも知れませんね。神様同士の問題であれば、英雄である私達に報せてはまずいこともあるかも知れませんし。」
「神様ネットワークですの……流石に愛らしくもか弱い私を神々の事情に巻き込むのは忍びないと思ったのかも知れませんわね。」
ナルキア嬢は本当にブレないな。
そう思いながらも、僅かに頬が引きつって苦笑いが出てしまった。
「とは言え、我らはファントム様に仕える英雄です。差し支えがなければと、一度ファントム様に何が起きているのか訪ねてみましょう。」
高柳中尉の言葉に我らは頷いた。
そう。我らは英雄にして、神であられるファントム様の手足なのだ。
もしも他の神族との諍いが起きていたのだとしたら、英雄同士で戦うことになったとしても、尖兵として矢面に立つ覚悟は出来ている。
これはきっと、他の英雄たちも同じ決意だろう。
……ナルキア嬢はちょっと分からないが。
「それでは、後日折を見て私が聞いておきます。仕事を中断させてしまい、申し訳ありませんでしたな。」
「問題を先に見つけられたのですから、悪いことではありませんわ。」
「私もナルキアさんと同じ意見です。これからも気付いたことがあれば教えて頂きたいです。」
「私も、私一人だと気付けなかったでしょうから。まぁ、私は仕事が遅いので、仕事を再開するのには賛成ですが。」
「はっはっは。私もエーリッヒ中尉と同じく仕事が遅いですからな。高柳中尉やナルキア殿に迷惑を掛けないためにも、話を振った分は奮起して仕事を頑張りましょうかね。」
こうして話に切りを付けて、我々は仕事へと戻る。
私も再度資材リストを見直して、新しい前線に滞りなく物資を送るために、資材配分の調整をしなければ。
執務室に再び、静寂が訪れる。
紙を捲る音とペンを走らせる音だけが、静けさに響いていた。




