早く帰りたい。
辛かった。
こんなに辛い思いをするなんて、多分産まれて初めてだ。
まさか、話をするだけで、こんなに疲労することがあるだなんて。
今まで、思ってもみなかった。
俺は今、神殿の礼拝堂に赴いて、大勢の人を前に第一回目の演説を終えたところだ。
民衆が平伏してる中で、何かそれっぽいことを言わなければならなかったのだ。
ここに居る全員が、俺の言葉を一字一句漏らすまいと耳をそばだてているので、広い礼拝堂に響くのは俺の声だけだった。
声って、こんなに響くものだったんだな。
そう思うぐらい静かな礼拝堂の中で、俺の独演会が行われた。
マジで、胃が痛かった。
会社に居た頃にプレゼン発表は何度か経験があったし、質疑応答が無い分、プレゼンと比べたら多少は楽だろうと思っていた。
プレゼンだと偉い人を相手に発表するけど、今回は自分が偉い立場なんだし。
甘かった。
ちょっと、あの重圧はヤバ過ぎるでしょ。
プレゼンでも、噛まないように、言い間違えないようにするのは、当たり前のことだ。
それでも、多少のミスがあっても、その場は流してもらえる。
プレゼンは内容が重要なのであって、余程間違えまくったりしない限りは問題視はされないからだ。
だがこの場の、間違えてはいけないというプレッシャーは、本気でヤバかった。
だってなんか、後ろの方に記者らしい人が立っていて、俺の言葉を録音しながらメモってたりするんだもん。
ってか、録音機材があったんだな、この世界。
いや、銃器があるんだし当然なのか?
それは置いといて。
多分あの記者は、俺が発言した言葉をそのまんま新聞やらなんやらのメディアに載せるんだろう。
文字通り、『そのまんま』だ。
噛んでしまったら、噛んだことにも意味があるとされて新聞に書かれそうなぐらい、そのまんま載せそうな雰囲気だった。
一字一句聞き漏らさないって緊張感がバリバリ出てたし。
マジ恐い。
本気で恐かった。
終わった直後には足が震えてたし。
要するに、現在進行形で足が震えてる。
「それでは。これから我らが神、ファントム様より奇跡を授けて頂く。病人を御前へ。」
そうだった。
まだ一仕事残ってたんだった。
何度か顔だけ見たことがある神殿長が、次のプロセスへの移行を促してくる。
もう終わりだと油断して足が震えてるから、出来れば移動したくないんだけど。
病人らしい人達が、戸板みたいな担架っぽい物で何人も運ばれてきて、俺の前に用意された台座に乗せられた。
見るからに苦しそうで、顔色が悪かったり大きな腫瘍が出来てたり、どこからどう見ても重病人な人達だ。
俺は震える足を抑えながら、祭壇のある壇上から降りた。
ちょっとこれ、筋トレとかしないとダメかねホントに。
本気で足腰がガクガクしてヤバい。
ゆったりした、聖職者が着るようなローブ的な服を着てるので、スカート部分で足が隠れて、足のプルプル具合は見えていないはずだが。
……見えてないよね?
それはともかく。
病人達の前に辿り着いた俺は、神様ネットワークの画面を呼び出した。
なるべく人と目を合わせないように中空を見つめながら、念じる操作で交換所画面を開く。
交換所の中にある『権能貸与』と書かれた項目を選び、ずらりと並んだ奇跡の一覧から、『傷病完治』を実行した。
これは、あらゆる病気や怪我を治す奇跡だ。
一応事前に説明書きとかを確認したので間違いない。
次の瞬間。
礼拝堂全体が光に包まれ、礼拝堂に居る人達へと光が降り注ぐ。
周囲からは「おおぉ……。」と感嘆の声が聞こえてきた。
光の雨は止むことなく、長い間降り注ぎ続ける。
光の雨粒が身体に当たった病人達は、顔色が目に見えて良くなっていった。
腫瘍や火傷跡があった病人も、それらの跡が消えて綺麗な肌に戻っていく。
「ふ、古傷が……消えた!?」
「お、おお。おおおおお!!声がっ!枯れてしまった声が、元に!」
「右耳が、聞こえる?聞こえる……聞こえるぞ!」
なんか、聴衆たちからも怪我とか病気が治ったって声があがってるんだけど。
出来るだけ派手な演出にしようと思って、部屋全体が光るようにと念じてみたら、どうも礼拝堂内全域が有効範囲になってたらしい。
台座に乗せられた病人以外にも、礼拝堂内に居る人全員の病気や怪我が治っているみたいだ。
その分信仰も多めに消費されてしまってるんだが……まぁ、喜んでるみたいだし、それはいいだろう。
でもね。
俺の足の震えは、止まってないんですよ。
これって、病気扱いはされないんですかね?
「静粛に。」
神殿長の一言で、礼拝堂に静寂が戻る。
ぶっちゃけ、個人的にはそのまま喜んでてもらってても良いんだけどね?
俺のお陰で喜んでもらえてるなら、俺も嬉しいし。
あと、時間が稼げれば、足の震えも止まるかもしれないし。
「これが神の。ファントム様の奇跡である。本日より毎週休息日にはお言葉と奇跡をお授け頂けるが、その際には癒やしたい傷や病がある者を優先し、今回参加した者は参加を控えるように。」
この神殿長やり手だな、おい。
部屋全体を範囲にしたのは俺のアドリブなのに、もう次のことを考えて入場者制限とか設けてるよ。
そりゃあ、できるだけ病気持ちの人を集めた方が効率いいもんなぁ。
ってかそうだよ。
これ、毎週やんないといけないんだよ。
ナルキアが言うには、ちょっと前まで戦乱の最中で暮らしていた民衆を安心させるためにも、毎週やった方がいいと。
いや、やらないといけないって言うんだよ。
いやね?奇跡の実演だけなら別にいいんだけどさ?
演説はもう、勘弁してもらえませんかね?
毎回、堅苦しい文面を考えるのも面倒なんですよ。
秘書に丸投げしようとしたら、多少の添削はするけど神様直々の言葉じゃないと意味がないって言うし。
文面を考えるだけでもしんどいのに、更には噛んだり間違えたりしないように練習もしないといけないんですよ。
台本なんて持ち込めるわけがないし、空で言えるように暗記も必須だし。
そりゃ、プレゼンの経験はあるけどさぁ。
毎週ってどうなのよ。
しかも、この緊張感の中で。
想像しただけで胃が痛くなってきた。
いや、それどころか腹まで痛くなってきたぞ。
ポンポン痛い。
足がプルプルする。
さっさと帰らせてくれ。
俺は神殿長に、早く帰りたいビームを目線で送る。
俺はトイレに行きたいのだ。
至急じゃないけど、個室トイレに三十分ぐらい篭って、心を落ち着けたいのだ。
ほら、俺の意を汲んでさっさと帰らせろ。
―・―・―・―
神様が降臨なされて、俺達の生活は大きく変わった。
俺のように、個人商店を営んでる一介の市民でも分かるぐらいに、俺達の生活は良くなっていった。
神殿を建てることになったと聞いて、工事してる現場を少しだけ見に行ったことがあった。
首都であるこの都市の、一等地をほぼ丸々使った神殿の建設。
その予定地にあった建物は立ち退きとなって、色々と揉めたとも聞いている。
正直言ってその時点では、俺は神様なんて本当に来るのか懐疑的だった。
俺だけじゃない。他の皆もそうだった。
一部では、国の上層部は丸ごと狂ったんじゃないかと言われていた。
普通なら戯言と一蹴されるような政府批判だが、この大工事といい邪神が近くまで迫っている状況といい、妙に説得力のある意見だと思ってしまった。
本当に、人類の破滅を前にして、政府は狂ってしまったんじゃないか?と。
けれど、実際に神様が降臨なされた。
あの日見た、神殿の上空から光の柱が降りてくる光景は、今でも忘れられない。
神々しくて、妙に現実味を感じない幻想的な光は、きっと神様が降臨された時の光だったのだろう。
当時は「なんだあれは?」と思っていたが、それでも瞼に焼き付く様な光景だった。
俺は小さな雑貨屋を営む身だ。
人類の領域が殆どなくなった今では、前線から遠いこの都市でも以前より物仕入れられなくなっていた。
物が減れば値段が上がり、市民の生活も苦しくなっていく。
小さくても店を営んでいる俺は、値段に文句を言う客と、減っていく客足を見て、破滅の予感をひしひしと肌で感じていた。
俺の店は別の街の商会とも、幾つか仕入れ契約を結んでいた。
だが、それらの商会からの連絡も、徐々に途絶えていく。
きっとその街が邪神勢力の手に落ちてしまったのだろう。
俺が住んでいる首都は、前線から遠くて比較的安全な都市だ。
それでも、小さなことから想像できる絶望的な状況予測に、日に日に溜息が多くなっていった。
ある時を境に、街の中でも魔物に襲われて人が死んだ、なんて話も珍しくなくなってきた。
昔は、そんな事件は少なかったのに。
きっと、街中を巡回している軍人が減ってしまったのが関係しているんだろう。
噂では、巡回してた軍人も前線に送らないといけないぐらい、追い詰められてるって話だ。
最近では俺だけではなく、街に住む全ての人達が、一歩ずつ近寄ってくる破滅の足音を身近に感じていたと思う。
居もしない神に祈る人も見かける度に、世界はもう滅びる間近なんだと、俺は日に日に諦めの思いが強くなっていった。
だが、神様が降臨なされて一ヶ月で、状況は激変した。
初めて街中に、同じ顔の人間が何人も現れた時には、かなり驚いた。
「あれは何だ?」と店の常連に聞くと、「神様が呼び出した過去の英雄達だ」と言われた。
昔の英雄なんて俺は興味がなく、当然英雄のことは何も知らなかった。
だがその常連は、どこで情報を集めてきたのか、英雄たちのことを笑いながら饒舌に語ってくれた。
息巻いて語る彼に辟易していたが、他の客からも彼と同じような話を笑顔で何度も聞かされて、更に辟易することとなる。
店の客だけじゃなく、街の人々も英雄や神様の話ばかりしていた。
だがそれとは逆に、魔物が出て人が死んだという話は聞かなくなった。
そんな英雄達の活躍のお陰か、街には徐々に活気が戻ってきた。
前線の勝利が政府から伝えられ、誰もが大いに喜んでいる。
俺の店にも神殿から新しい流通ルートが紹介されて、経営も持ち直した。
物が増えたことでインフレしていた価格も落ち着いて、客足も増えてきた。
これもきっと、神様がやってきたお陰なのだろう。
そうは思うのだが、それでもどこか現実感が沸かない。
確かに神様が降臨されてから店も街も良くなったのだが、大して信心深くない俺は、それを微妙に受け入れられないでいた。
そう。どこか、現実味がないのだ。
本当に神様が来て、本当に世界が救われるのか。
どこか信じきれないのだ。
そんなある日。神殿からあるお触れが出された。
なんと、神様が礼拝堂にて直々にお言葉を授けてくれるらしい。
礼拝堂に入って直接話を聞ける人は抽選で選ばれるらしく、俺も試しにその抽選に参加してみた。
そして運良く、当日の入場権利を手に入れたのだ。
そこまで信心深くない自分が取ってしまったのが申し訳なく思えるが、一度その姿を見るだけでも話の種にはなるだろう。
そんな軽い気持ちで、俺は神様の話を聞きに行こうと思ったのだ。
そして当日。
壇上に立つ神様を見た第一印象は、「普通の人と変わらないな。」というものだった。
演説中は俺も跪いて静かにしていたが、それも周りの空気に合わせただけで、神様相手だからやった訳じゃない。
どう見ても神様は普通の人間で、政府が祀り上げた偽物じゃないか?という疑念さえ抱き始めていた。
同じ顔の英雄とかを考えると、偽物じゃないとは思うんだが。
それでも疑ってしまう気持ちがうまれるほど、その神様は普通の見た目だった。
そして、演説が始まった。
最初は、政府が作った小難しい台本を読み始めるのかと思っていたのだが、その神様が言う言葉は、それほど難しい内容でもなかった。
長々と喋り続けるわけでもなく、十分程度の短い演説だ。
政府が創った偽物にしては変だ。
本当の神様なのか?と思い始める自分が居る。
この方が本当に本物の神様なのかどうなのか、俺は分からなくなってしまっていた。
「急に現れた私を信じるには、まだ時間が足りないだろう。だが、それでも私に信仰を捧げて欲しい。その信仰は世界を助ける力となるのだから。私の為に祈らなくてもいい。世界の為に、人類の為に祈って欲しい。」
演説で出てきたこの言葉を聞いて、少し拍子抜けした。
自分に祈らなくてもいいだなんて言い出すのだ。
神様なんて、自分を崇めろと言いだすような存在だと思っていた。
けどこの神様は、自分を信じなくっても、それでも世界を救うために祈ってくれと言うのだ。
もし本当に神様なら、なんて現実的なことを言う神様なんだろう。そう思った。
次に、奇跡の実演に移った。
病人が担架で運ばれてきて、次々に台へと乗せられる。
酷い火傷跡や、痛々しいコブが出来た人達。
見るからに、もう先が長くないのが分かる。
奇跡の実演というのだから、この人達を治すつもりなのだろう。
だが、俺にはこれがただのパフォーマンスにしか見えなくなってきていた。
きっと神様の奇跡とやらで病人を治してみせるのだろうが、それにもトリックがあるのではないか?と。
どこか疑いの目で、壇上から降りる人物を見ていた。
神様が台座の前へとやってくる。
ゆったりとした足取りで、焦った様子はない。
目の前には今にも死にそうな重病人が居るというのに、全く気負った様子がなかった。
台座の近くで神様が立ち止まり、虚空を見つめる。
病人を治す奇跡は病人に手で触れて治すのかと思っていたのだが、何もしないのだ。
ただ呆けるように、虚空を見つめるだけだった。
そんな神様を見ていると、急に辺りが明るくなった。
何事か?と思い、周囲を見回す。
すると、礼拝堂が光に包まれ、天井からは大量の光の粒が降りはじめたのだ。
幻想的な光景だった。
先ほどまでの礼拝堂も、荘厳な雰囲気だったのだが、その荘厳さが陰りを見せるほどに、幻想的な光景が広がっていた。
昼間の明るい部屋を、眩しいくらいに輝いて照らす光の粒。
それが、雪のようにゆっくりと舞い散る様子は、まるで神様が降臨された時の光の柱を思い起こさせた。
思わず、これは夢なのでは?と思い、気付けば俺は頬をつねっていた。
すると、頬が痛くなかったのだ。
流石に本気で夢だと思っていた訳ではなかったので、驚いた。
そして、なぜ痛くないのかに気付いた。
光の粒が俺の身体に触れると、身体が暖かく、気持ちがいいのだ。
もしもこの光の粒が、あの病人達を治す奇跡なのだとしたら。
きっと頬に痛みを感じないのも、俺がいま癒やされているからなのではないか?
そう思っていると急に、左手に違和感を感じた。
何だ?と思い左手を見てみる。
すると驚くことに、欠けていたはずの薬指が生えてきていたのだ。
以前に積荷を荷台から降ろす時に挟んでしまい、潰れてしまった薬指。
それが、元通りに戻っていくのだ。
周囲から驚きの声が聞こえてきた。
耳を澄ませて、何と言っているのかを聞いてみる。
古傷が消えた。
枯れた声が戻った。
聞こえなかった耳が治った。
そんな言葉が聞こえてきた。
なんと、俺と同じように他の人も、怪我や病気が治っているらしい。
これは、まさに奇跡だ。
俺は元通りになった左手の指を見ながら、そう思った。
失われた指を治すような奇跡。
それを、無表情で軽々とやってみせたあの方は、本当に神様だったのだ。
さっきまで疑っていた自分を、ぶん殴ってやりたいぐらい衝撃的だった。
俺の中で、何かが埋まった気がした。
まるで欠けていたパズルのピースが揃ったように。
今まで感じられなかった現実感が、実際に奇跡を身に受けたことで、これ以上なく現実だと感じられたのだ。
本当に、神様が助けに来てくれたのだ、と。
街中で魔物の被害がなくなったのも。
滞っていた流通が回復したのも。
街の皆に笑顔が戻ったのも、俺の店に活気が戻ったのも。
そして、これから世界が救われるのも。
全てが本当に現実なのだと、理解した。
絶望的な状況で、希望を見い出せなかった我々を。
邪神によって、世界の隅へと追い込まれた我々を。
この世界を、人類を救ってくれるのだ。
その日から、俺は毎日祈りを捧げるようになった。
ただ神に救いを求めるだけの者達を見て、アホ臭いと思っていた。
祈る暇があるなら、現状を変えるために努力しろと言ってやりたかった。
だが、今ならば。
神に祈りを捧げれば、それが神の力となるのだ。
そして神様は、その力で我々の助けとなってくれるのだ。
実に現金な考えで、聞く人が聞けば激怒するような考えだとは思う。
でも神様の言葉では、神の為に祈るのではなく世界の為に祈ればいいのだと言っていたのだ。
だからきっと、俺の行動は間違ってはいないと思う。
あれ以来俺は、常連客にも俺が神様から聞いた言葉と、指が治ったという話を広めている。
俺達は、神様にただ救ってもらうだけではない。
俺達が、神様と一緒に世界を救えるのだと。
まだ紛い物な俺の信仰心だが、俺はこの神様になら、いつかは本当の意味で信仰を捧げられるかも知れないと思う。
ただ救われるだけじゃなく、自分たちの力で自分たちを助けるということを教えてくださった、あのファントム様になら。
そう思いながらも、俺は今日も祈りを捧げる。




