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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第6章 決意
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7



 回廊ルートを抜け、3層目に出た。レギンに会うだけなら、樹海ルートを抜けた方が近いものの、その前に、一応、あの小男に会っておこうと思ったからだ。

 それに、監視室の映像で確認していたが、回廊ルートの入り口には誰もいなかった。奴らは全ての入り口を封鎖しているはずなのに、その見張りがいない。それどころか、明らかに人が減っていた。映像だけでは事情がはっきりしないので、どうやら奴のグループに紛れ込んでいるらしいあの小男に、まずは問いただしてみる予定だ。

 当然ながら、だいたいの場所は監視室で確認済みなため、すぐに見つかった。その前に2回ほど戦闘があったが雑魚ばかりで、軽く気絶させておいた。

 梅干し顔の男は、こちらに気付くなり、びびったように大袈裟に仰け反った。多分、幻月の威光にまだ慣れないのだろう。いろんな意味で分かり易い男だ。


「オイ、コラ、テメェ! 今まで何して──って、待て待て!」


 首が回り出す気配がしたので、突進して胸ぐらを掴み、床に引き倒す。こうすると話が早くなることは分かっている。ただ、後ろからゆったりと近付いてきたアリシアが、いつかのマリアと同じような、怪訝そうな顔をしていたが。

 それはそれとして、さっさと本題に入った。


「どうしてこんなに人が減ってるんだ?」

「減ってるんだ、じゃねえだろ、コラァ! それが人にものを聞く態度かって──」

「尋問だからな」

「だからな、じゃねえだろ!」


 勢い込んでツッコんだものの、すぐにひきつった顔で呻く男。強気なんだか弱気なんだか、よく分からない。しかし、気にしている時間も惜しい。


「さっさと答えろ。でないと、うっかり腕を吹き飛ばすかもしれない」

「分かった! 分かったから、とにかく待て!」


 男はふうふうと深い息を吐く。どうにも気持ち悪いので、少し顔を離した。


「……人が減ってるのは、簡単なことだ。グループの大半が、奴を見限って逃げ始めてる」

「逃げる? どうして?」

「奴は──」


 男はそこで疲れたように息を吐いて天井を見つめた。どこかで見たような表情だった。


「あの『壊し屋』は、自分の腹心だった男を殺した。奴は腕っ節こそ一流でも、グループの舵取りの大半は、その腹心に任せていたらしい。そのまとめ役が死んじまったんだから、あとは壊れるだけってわけだ」

「その腹心ってのは、もしかして──」

「ああ」


 男は首を起こして、こちらに少しだけ微笑みかけた。


「あんたに腕を焼かれてやられそうだったあいつを、すんでのところで助けたっていう、あの男だ。腕前の方も、ナンバー2だったらしいな」


 そうか……

 監視室の映像にいなかった気がしたので、どうしたのだろうとは思っていたが。

 そうか。

 死んだか。

 あの男の、あの時の目を思い出す。レギンを助けに来た時の、あの覚悟の決まった目。敵ではあったが、決して嫌いにはなれなかった、あの目を。

 その男を、奴は殺したのか。

 決死の覚悟で自分を救ってくれた男を、あの壊し屋は自分の手で殺した。

 溜息が出る。

 そう。

 そうか。

 しかし。

 もう、終わりだ。

 俺は立ち上がる。

 床に寝そべったままの男が、こちらの顔を見上げているのが分かった。しかし、その視線が意識の中から排除されていくのが分かる。自分のすべきことが、はっきりと決まった。

 控えて立っていたアリシアが、数歩進んで横に並ぶ。

 その彼女と目配せしてから、歩き出す。


「待て」


 ところが、意外にも小男から呼び止められた。

 振り返ると、体を起こした彼が、こちらを見つめていた。目つきの悪い細い瞳だが、真剣さを感じさせる真摯な視線だった。


「奴はもう、魔物と一緒だ。あんた達を殺すことしか頭にねえ。出会せば、問答無用で壊しにかかってくる」


 俺は笑った。

 だから?

 だからどうしたといった話だ。

 あいにく、もう、レギン自体も眼中にない。

 もう、奴は。

 ただの雑魚だ。

 しかし──


「──頼む。今度こそ、頼む」


 絞り出すような声で、男はそれだけ吐き出した。

 俺は無言のまま振り返り、歩き出した。

 鋼鉄色の廊下を進みながら、思い出す。

 そう。

 そうか。

 そういえば、奴の相棒も──

 かつての彼の相棒は、汚らわしい手でアリシアに触れた男だ。それを分かっていて、俺にその敵討ちを頼むとは、よく考えてみると都合がいい話かもしれない。

 ただ、あの時、奴は言った。


『あいつは、俺の相棒は、確かに駄目な奴だったが、でも、人間だった。あいつと同じ化け物じゃなかった。それを、それを分かって欲しくて──』


 どういうわけか、その言葉だけは、今でもはっきり思い出せる。

 あの言葉も結局、都合のいい理屈かもしれない。他にもっと酷い奴がいる。俺はあいつらほど落ちぶれてないというのは、駄目な理屈の代表だろう。

 だけど。

 結局は、それも言葉だけのことだ。

 あの男は、亡くなった相棒の為に、危険を冒してまでここに来た。

 別の男は、自分を助けた部下を、自分の手で殺した。

 それは言葉だけじゃない。

 考えて歩いているうちに、迷彩服の男に何度か目撃されていた。そして、その全員が、血相を変えて逃げ帰っていく。奴らのボスに報告しに行ったのは間違いない。俺の大鎌だけでは分かりにくいかもしれないが、隣の幻月を見れば一目瞭然だ。

 さて──

 戦いやすそうな円形ホールに着いたところで、そろそろかと思い、俺は立ち止まった。

 僅かに遅れ、隣のアリシアも立ち止まり、こちらへ振り向く。

 黄金の長い髪が揺れる。

 人形のような白い顔の中で、淡い銀の視線がこちらを射抜く。

 綺麗。

 綺麗だ。

 それをもう一度確かめる。

 そして。

 自分の心も確かめた。


「──アリシア」


 彼女と向かい合ったところで、その名を呼んだ。

 彼女は何も言わず、じっとこちらを見つめている。緊張しているようにも、落ち込んでいるようにも見える表情で、いつもの微笑みはどこにもなかった。

 やっぱり。

 やっぱり、そうだ。

 この戦いが終わったら、きっと、彼女は俺の前から去るつもりだろう。

 これ以上負担になってはいけない。

 これ以上はお互いの為にならない。

 優しい。

 そんな、優しい心の持ち主。

 だから。

 だから、俺は。

 背中の大鎌を掴むと、それを彼女に差し出した。

 戸惑った表情の彼女は、その漆黒の鎌を見つめて、それから俺の顔を見た。


「預かっててくれないか?」


 彼女の返事は、しばらく時間がかかった。


「……どうして?」

「どうしても」


 できるだけ優しく微笑み、強引に彼女に押し付ける。すると、困惑顔ながらも、ようやく彼女は両手でその鎌を受け取ってくれた。

 よし。

 これで準備完了。

 あとは──


「そこで見ててくれ」

「え?」


 可愛らしく口を開けるアリシアに、俺は右肩を回して歩き出しながら答えた。


「見せ物にしたらつまらないかもしれないけどな。でも、こっちには、どうしても言いたいことが山ほどある。だから、勝手に帰るなよ」


 そして。

 ちょうどその時だった。

 重い粘液のような気配。

 その後を追ってくる殺気。

 地響きのような足音。

 来た。


「オラァァァ!」


 人間の声とは一瞬認識できない。

 それほどの轟音。

 その怒声の主が。

 奴が。

 迫ってくる。

 しかし。

 俺は振り返らない。

 振り返らないまま、俺は。

 軽く左に跳び、奴の突進をかわす。

 もの凄い風圧。

 黒い外套が風で煽られる。

 そして。

 その向こう側を通り過ぎていく、奴の瞳と目が合う。

 まさに獣の形相。

 ふたりの男は、ほぼ同時に床を踏ん張る。

 レギンは振り向きざまに、左足を振り上げてきた。とんでもない速さと威力だが、俺は一歩右足を退くだけでそれを避けた。嵐のような風圧が全身を襲うが、それも一瞬だけのことだ。

 奴の顔が悔しさに歪む。

 俺は。

 そんな隙だらけの奴の左脇腹に、拳を叩き込んだ。

 血肉と骨の軋む音が、はっきりと聞こえた。



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