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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第6章 決意
47/51

6



 翌朝の目覚めはよかった。悪夢を見ることもなかったと思う。もっとも、仮に見ても、以前ほど恐ろしくはなかっただろうし、単に気が張っていて、体が眠れなかっただけかもしれない。

 いずれにしても、そのまま身支度をして、アリシアを伴い、上に向かうつもりでいた。

 ところが、顔を洗うために外に出ると、アリシアとマリア、それからヴェスタが揃って、立ち話をしていた。全員着替えは済んでいる。女性陣の方が、相当に早起きだったようだ。


「どうした? 早いな」


 そんな言葉をかけてみると、マリアが珍しく怒ったような口調で言った。


「水くさいじゃないですか」

「へ?」

「今日行くなら行くと、そう仰ってくれれば、いろいろ準備できたんですよ」


 どうやら、今日、レギン達と戦いに行くことを言っているらしい。アリシアが話したようだ。そう思いながら彼女を見ると、彼女も一瞬だけこちらを見て、口元を上げた。これくらいは仕方ないでしょうと、そう言っているように見えた。

 一応、改めてマリアに確認する。


「……準備ってのは、何の準備だ?」

「秘薬の調合室を貸して頂ければ、簡単な治癒薬くらいは──」

「ああ、なるほどな」


 そういうことなら、確かに納得だ。

 しかし、昨晩思い立ったのだから仕方ない。

 その時、背後からも声が聞こえた。


「確かに水くさいな」

「うおっ!?」


 相変わらずの、幽霊のように音もなく登場したのは、言うまでもなく、ジェレイドだった。 

 みっともないポーズをさせられたのに気付き、クスクス笑うアリシアに気恥ずかしい思いをさせられながらも、すぐさま白衣の魔王に言い返す。


「ちなみに、お前は何か準備する気があったのか?」

「いや、全く」


 見事に言い切った。

 もう文句を言う気力もない。

 しかし、その後の言葉に意表を突かれた。


「負担を強いるようだが、あとはヴェスタ次第だ」


 その時は、全く意味が分からなかった。

 ところが、そこであっさりヴェスタは頷き、その後、あれよあれよという間に、それぞれの準備が進んで──

 30分も経たないうちに、全員が監視室に集まっていた。

 モニター横の壁にもたれた俺は、そこでジェレイドからおおよその話を聞いて驚く。


「……つまりあれか。ヴェスタの蘇生に使った『パーツ』ってのは、俺とアリシアが回収した、あの──」

「うむ。『霊犀と鋼の意志』だ。心肺機能がかなり怪しかったのでな。そこらの機械人形では間に合わない可能性があった。しかし、ここのコアなら性能として申し分ない。お陰で回復も早く済んだしな」

「いや、だけど、あれは確か──」


 そう呟きながら、椅子に腰掛けている黒髪の少女、ヴェスタに視線を移す。その傍らにはマリアが屈み込んで手を握り、その後ろの壁際にはアリシアが立って、姉妹の様子を心配そうに眺めていた。

 そう。

 つまり、『霊犀と鋼の意志』を取り込んだヴェスタなら、ここの監視室を起動できるということらしい。それをとっくの昔に知っていたらしい彼女本人が、レギン組の居場所を特定するために、協力を申し出てくれた。それだけなら、まだ美談なのだが──

 俺はジェレイドに耳打ちする。ただ、向こうが頭を下げようとしなかったので、耳までは結構距離があったが。


「なんでそんな面倒な機能を残したんだよ」

「好きで残したわけではない。分離する手間が惜しかっただけだ」

「だからって、自分がいないと監視室が動かないと分かったら、出て行きにくくなるだろ」

「それは心配いらん。彼女が去っても、必要なら、また新しいコアを造ればいい」

「そんな簡単に造れるものか?」

「簡単ではないな。しかし、不可能ではない。特に、私の場合は」


 ジェレイドは、真面目なのか不真面目なのか分かりにくい顔で、淡々と述べる。

 その時。

 真っ暗だったモニターに、一斉に映像が映った。


「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 中央の巨大なモニターに、遺跡の構造図らしき物が表示され、緑の点で光学センサの位置が表示される。そして、そのセンサで入手した映像が、他の小さなモニターに代わる代わる表示されていく。

 それを一通り眺めてから、俺はヴェスタを見た。

 やや辛そうに俯いている。彼女の小さな体にどんな負荷がかかっているのか、想像もできない。傍らのマリアが不安そうにその手を握っていた。

 いや──

 ふと、そうじゃないことに気付き、再びモニターを見る。

 3層目の所々に映るのは、赤い血。

 そして、死体も。

 彼女は、それを見て、心に刻まれた悪夢を想起してしまっているのか。

 今更ながら気付いた俺は、彼女に近寄って、止めようとした。


「おい。もう──」

「大丈夫」


 短い声。

 まだ幼い声だが、しかし、低く闘志の籠もった声でもあった。


「大丈夫です」


 マリアも同じ言葉を吐き出して、こちらに微笑みかける。


「ヴェスタは、強い子ですから。それよりも、早く見つけてあげて下さい」

「あ、ああ……」


 それもそうだ。とにかく早く、あの男達の同行をつかんでしまえば、それでヴェスタの仕事も終わる。

 俺はモニターを見る。その隣にアリシアがやってきて目配せしてきた。そのまま、左右で手分けして、3層目を中心に巨人の姿を探す。あれだけデカい人間なら見つけやすいはずだ。

 ところが、その時だった。


『キリキリ逃げんだろうが、コラァ!』


 妙に懐かしく、そして馬鹿でかい声が、監視室に響きわたる。

 多分、全員がそのモニターを見ただろう。そこに映っていたのは、彼らのユニフォームとも言える迷彩服を来た小柄な男。肌が臙脂色に近く、顔の皺が中央に寄っている。なんとなく、梅干しに似ていた。

 しかし、記憶を探しても、特に見覚えはない気がした。


「……誰だ?」


 俺の呟きに、しばらく沈黙が返ってくる。


「私……」


 その静寂を破ったのは、マリアだった。そちらを振り返ってみると、何か引っかかると言わんばかりに首を捻っている。


「どうした?」

「いえ、あの人、どこかで見たような気がするんですけど……」

「本当か?」


 ということは、マリア達の魔狩仲間だろうかと思ったが、そこでヴェスタが一言。


「……私、知らない」


 彼女はじっとその男が映るモニターを見つめている。新種の昆虫でも見ているような、複雑な顔だ。

 ヴェスタが知らないということは、彼女達のグループの人間じゃない。だとすると、やはりレギンの仲間か。皆同じ服装なので判別しにくいが、あれだけ分かり易い顔なら、通りすがりに見ただけでも印象に残ったかもしれない。

 ところが、そこで隣に立っていたアリシアが一言。

 

「……なんで、あんな格好してるのかしら」

「へ?」


 聞き捨てならない台詞に、また驚愕させられる。


「あいつ、見たことあるのか?」

「ええ」


 モニターを見ながら、頷くアリシア。そのまますぐに、こちらを見据える。


「貴方だって、あると思うけれど」

「……マジ?」

「マジ」


 俺は改めてモニターの男を凝視する。あんな分かり易い子男を見たら忘れないはずだが、しかし、これっぽっちも記憶にない。

 しばらく記憶を探ってはみたものの、結局、唸るしかなかった。


「いや……、全く見覚えがないんだが。あんな面白い顔見たら、普通覚えてるだろ」

「うーん、でも、あまり覚えておきたい印象じゃなかったかもね」

「ああ……、そう言われてみれば、そんなタイプだよな。会った瞬間に、脳が忘れ始めるみたいな」


 ところが、そこで、また意外なところから声があがった。


「私も覚えているぞ」


 全員の視線が、壁にもたれていた白衣の男に集まる。


「……お前も見たのか?」

「ああ」

「どこで?」

「ヴェスタが倒れていた部屋に続く通路の前で」


 それはまた、意外なほど最近で、かつ具体的だ。

 だけど。

 そこで何か引っかかった。

 俺が頭を捻っていると、代わりにアリシアが、彼に尋ねた。


「貴方とは、どういう関係?」

「関係というほどの関係はないな。ただ、鬱陶しかったから、殴り倒しただけだ」


 なかなかぞんざいな扱いを受けている男らしい。

 そして、それがまた妙に引っかかる。

 鬱陶しい男。

 思わず殴り倒したくなるような。

 殴り倒す?

 そういえば、最近、そんなことがあったような──

 あ。


「あ!」


 俺は叫んだ。

 そして、ほぼ同時に叫んだマリアと、顔を見合わせる。


「そうか! あの時の……」


 ところが。

 そこでふたりの表情が、枯れた花のように萎れていった。

 あれ。

 あいつ。

 あいつは──


「……何て名前でしたっけ?」


 マリアが呟く。

 この時は確かめようもなかったことだが、実のところ、薄々感づいてはいた。

 俺は。

 俺達は。

 あの男の名前を一度も聞いていない。



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