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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第5章 遷移
38/51

5



 鍾乳洞ルートの扉には、動物の牙と蛸に似た触手、それから、氷柱のような物が描かれていた。実際、開けてみると、通路の奥にへばりつくような、大量の氷柱が目に入る。

 その向こうはさらに、一面水色の世界。

 そして、明らかに魔獣のものに違いない無数の紅い瞳が、一斉にこちらを睨んだ。

 なんというか──

 なかなかの歓迎ぶりだ。

 しかし、それよりもまず、後ろに控えて立っているアリシアに、質問をぶつけた。


「寒くないか?」

「ええ。少しだけ」


 そう。

 ここの気温はかなり低い。

 低温状態に耐性を持つ血統というのもあるため、すなわち、自分もまた、低温にはある程度耐えることができる。だからなのか、それほど寒さは感じなかったものの、アリシアの格好は明らかに防寒向きではない。ストッキングを穿いているとはいえ、膝丈のスカートはどう見ても寒そうだった。

 彼女はいつも通り可憐に微笑んでいたし、特に震えている様子もなかった。ただ、気になるものは気になったので、背中の大鎌を手に取りながら、簡単に尋ねる。


「ここで見てるつもりなんだよな?」

「そうね。貴方に帰れと言われないうちは」

「……そうか。その手もあるな」

「あら。もしかして、邪魔なの?」


 むっとした顔でこちらを睨むアリシアに苦笑を返しながら、脱いだ外套を渡した。


「ほら。これ着とけ」


 途端に、アリシアはにっこり微笑む。


「ありがとう。貴方のそういうところって、本当に素敵」


 もの凄く恥ずかしい台詞をさらっと言われて居たたまれなくなったのを、咳払いして誤魔化す。そして、その場で適当に思い付いた話題に切り替えた。


「ていうか、灰燼のクロイツは、なんでこんな動きにくいもの着てたんだ? 戦闘には明らかに邪魔だろ」

「そうよね。でも、動きにくいからこそ、着てたみたい」

「何?」

「俗に言う、縛りってやつ? 人間の軍隊と戦ってた頃は、この外套を血で汚さないでどこまで殺せるか、みたいなルールを決めてたらしいし」

「ほう……」


 俺は目を細める。

 多分、口元が笑っていただろう。その自信家ぶりには呆れるしかない。


「で、どこまでいけたんだ?」


 外套を肩に羽織ったアリシアは、こちらを見据えて肩を竦める。


「最後までいけなかったら、あんなに怒らなかったと思う。1週間後くらいに様子を見に行ったら、『なんだ、あの腰抜け共は』って、2000回くらい聞かされたんだから」


 それはまた、なんというか──

 気の毒なことだ。

 その魔王様にとっても。

 人類にとっても。

 過去の話はそれくらいにして、再び水色の洞窟の方へと視線を戻す。大鎌を持ったまま、肩を回して準備運動しながら、背後のアリシアに尋ねた。


「それで、ここに奴と同じ血統の魔物がいるんだよな?」


 彼女の口調は寒さを一切感じさせないほど、流麗で淀みなかった。


「恐らく、としか言えないけれど。でも、貴方には堂々と正面から向かってきたのに、あのヴェスタという子には特殊な煙幕を使ったというのが、少しひっかかったの。そもそも、彼はあの対【造兵種】用の煙幕を、最初から用意していたわけよね? それはつまり、自分の弱点を補うための対策と考えるのが普通じゃない?」


 俺は返事をしなかったが、彼女の着眼点の鋭さに、内心舌を巻いていた。本当に、伊達に魔王をやってるわけじゃない。


「マリアさんから聞いたけれど、あのヴェスタという子は鎖状の魔具を持っていた。『電動執務人形』が実際に護身用として使っているのと同じ物。自分の体と同じように重心移動させられるから、自由自在に振り回すことができる。そして──」

「電撃か」

「ええ、そう」


 突然の割り込みにも、彼女はすぐさま言葉を返した。表情は見えなかったものの、きっと微笑んでいただろう。言葉の端の微妙な変化で、それが分かった。

 いずれにしても、彼女が言いたいのはこういうことだ。

 奴が【造兵種】対策をしていたのは、機械人形系の多くが使用してくる電撃を恐れていたからだと。

 そして、電撃が弱点と言われて、一番分かり易い血統がある。

 それが【海魔種】だ。


「もちろん、それだけで【海魔種】だと決めつけることはできないけれど──」


 こちらの心を読んだような発言に、思わず準備運動を止めて振り返ると、その視線を受けた彼女が不敵に微笑んだところだった。どこぞの占い師みたいな今の格好にある意味相応しい、妖しい香りのする表情だ。


「でも、彼の動きに前触れが見えないのは、光操作系の能力、自然界で言うところの、擬態能力の可能性が高い。自分の初動をコンマ1秒隠すだけでも、相手の目には、こちらが瞬間移動したように感じることになる。人間は特に視覚優先の生き物だから、この能力を持つ相手と戦うのは非常に厄介と言える」

「あ、なるほどな……」


 俺はふと、思い出したことがあった。

 あの煙の中で奴と戦闘した時、割と相手の動きが読みやすかった。それは、煙の動きで前触れが把握できたせいだったのか。奴が誤魔化せるのは自分の体の動きだけで、周りの煙までは無理だったということかもしれない。その可能性は確かにある。


「一般的に、その手の擬態を行えるのは……」


 アリシアは口元に笑みを浮かべながら、外套の中から右手を出して広げて見せた。


「まずは【魔蟲種】【樹魔種】【魔獣種】【海魔種】の動植物派生組。それから、一部の【造兵種】にも似たような能力を使う魔物はいる。ただ──」

「奴が【造兵種】だったら、あの煙幕で自分も動けなくなってるな」

「ええ、そう」


 彼女は満足げに頷いて親指を折った。それから、こちらをじっと見つめる。どうやら、その先を考えてみろと言いたいらしい。

 確かにいい機会だと思い、腕を組んで考えてみた。この手の推察ができるようになれば、戦闘でも優位に立てるようになる。


「電撃が弱点ってことなら【樹魔種】は外れるな。あれは優秀な耐性を持つ」

「そうね」


 彼女はさらに指を折る。これで残り3種類。

 ただ、そこからがよく分からなかった。電撃が弱点なら【海魔種】というのは一般的だが、それはあくまで傾向であって、【魔蟲種】や【魔獣種】の中にも、電撃に耐性のないものは多い。

 しばらく待っても閃くことができずにいると、彼女は仕方ないとばかりに瞳を閉じて、先を続けてくれた。


「彼はその大鎌の旋律に影響を受けていた。その時点で【魔蟲種】の可能性は消える」

「……そうなのか?」

「これはちょっと難しかったかもしれないけれど」


 彼女は目を開して苦笑しながら、指をさらにひとつ折った。


「精神攻撃は属性によって向き不向きがある。全体的な傾向として、【魔蟲種】と【魔獣種】、それから【海魔種】に有効とされているけれど、たとえば、恐慌属性は【魔蟲種】にほとんど効かないし、幻惑なら【海魔種】に効きにくい。【魔獣種】だけは、なんでも効くけれど」

「へえ……」


 そう言われてみれば、そんな話を本で読んだ気もする。しかし、いずれにしても、相当専門的な内容だ。やはり、勉強家なだけはある。

 彼女は最後の指を折って、残った人差し指を自分の顔の横に持ち上げた。


「そして、それとは逆の理由で【魔獣種】も消せる。彼らが持つ能力は攻撃系や移動系の能力が大半で、複数の耐性を持つことはまずない。つまり、弱点だらけなわけだから、電撃だけを対策しておく意味はほとんどない。ただ──」

「ただ?」


 アリシアは悪戯っぽく微笑むと、さらに中指を立てて、いつかと同じように、ハサミの如く動かした。


「どうせ自分には無害なんだから、せっかくなら金属片のひとつも混ぜておこうって人も、もしかしたらいるかも。もしそうなら、【魔獣種】の可能性も、なくはないかもね」


 まさかの複数回答に、一瞬眉をしかめたが、しかし、彼女の可愛らしい指の動きを見ているうちに、すぐに笑ってしまった。


「じゃあ、あれか。結局、そのどちらなのかまでは絞れないんだな?」

「そうね。でも、一応、【海魔種】だと判断する根拠がないこともない」

「そうなのか?」


 彼女は指を下ろしてから頷く。今はもう笑っていなかった。


「あくまで確率が高いとまでしか言えないけれど、要するに、彼には大勢手下がいるわけでしょう? その中に【造兵種】の血統がいても、決しておかしくはない。そして、彼らとの集団戦闘を意識するなら、何の仕掛けもない煙幕を使うのが普通だと思う。そうしないと、味方が倒れてしまうから」

「ああ、なるほどな……」


 俺は一応頷いたが、同時に彼女が言いたいことも理解できた。


「だが、あいつが平気で仲間を見捨てるような奴なら、自分を優先して、ただの煙幕にも金属片を仕込むかもしれない」

「ええ」

「しかし、少しでも仲間を気遣うつもりがあるなら、よほど必要に迫られない限り、通常の煙幕を使うはず。逆に言えば、奴がその危険を冒してまで金属片入りの煙幕を使っていたのは、機械人形の放つ電撃が、余程の弱点だったからだって言いたいわけだな?」

「そう。彼が仮に【魔獣種】だったら、他にもいろいろ弱点があるわけだから、仲間の身を危険に晒してまで、電撃だけを対策するとは思えない。だけど、彼が【海魔種】なら、そういったリスクを考慮して電撃対策をしたとしても、【造兵種】の部下も納得したかもしれない、というわけ」

「うーん……」


 彼女の言いたいことも分からないではなかったが、はっきり言って微妙なところだ。平然と部下を蹴り飛ばすような男なのだから、味方のひとりやふたりを犠牲にするくらいは簡単なことではないか。

 ただ、少し考えてみて、彼女の言いたいことが、そういう心情的な問題ではないと気付いた。要するに、メリットとデメリットを天秤に掛けただけの話だ。そういう意味で、通常の煙幕と、対【造兵種】用の煙幕のどちらを使う方がいいのか、それが【魔獣種】か【海魔種】でどう変化するのかと考えた上で、彼女は【海魔種】の可能性が高いと言っているだけのことだ。

 しかし、凄い。

 たったあれだけしか戦っていない相手について、ここまで考察できるものなのか。

 俺も。

 俺も負けてられない。


「──それで、あの群の中に、奴と同じ能力を持った魔物がいるんだな?」

「そうね。ただ、会えるかどうかは、私にはちょっと分からないけれど」

「……へ?」


 俺は間抜けな声を出して、思わずまた彼女を振り返ってしまった。

 その戸惑いの視線を受け止めたのは、幸か不幸か、いつか見たのと全く同じ、何か悪巧みを思い付いたとしか思えないほど邪悪な表情。しかし、それを補って余りあるほどとびきり可愛らしい、彼女の、幻月のアリステシアの代名詞とも言える、最凶の笑顔だった。

 そして、その笑顔のまま、彼女はその言葉を、いとも簡単に告げてしまった。


「何がどの順番で出てくるかは、彼女の気紛れ次第だから。だけど、倒し続けていればいつかはそれらしいのに会えるはず。ここには、このルートの魔物の誕生と育成を全て司っている『魔胎(マザー)』と呼ばれる魔物がいるから」



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