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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第4章 死地
29/51

4


 狭い鋼色の通路が小刻みに折り曲がる。

 あの大男のグループは、小部屋が密集したこのエリアを、どうやらベースキャンプとして使っているらしい。生活感満載の、ゴミだらけの通路を見れば一目瞭然だが、しかし、どういうわけか、拍子抜けするほど人がいなかった。どうやら、相当本格的に人手を動員しているらしい。恐らくは、マリアのグループの残党を発見するために。

 しかし、そのお陰と言っていいのか、たまに迷彩服男を見かけた時だけ、「さっさと歩け!」「い、痛い!」という小芝居をするだけで、難なく外に出られてしまった。

 何はともあれ、第一関門は突破だ。

 次は、如何にして彼女の妹を見つけるか。

 彼女に肩を貸して貰いながら、その耳元で、なるべく小声で尋ねた。


「あんたのグループも、遺跡調査に来たんだな?」

「そうです」

「幻月の血統がいるって話は、もうそんなに広まってるのか?」


 横目でその表情を窺ってみると、彼女の顔が困惑の色を浮かべた。


「いえ……、捕まった時にも聞かれましたけど、何の話だかさっぱり。魔王の血統が、こんな場所にいるんですか?」


 どうも、嘘を言っているようには見えない。いや、もしかしたら、マリアの妙に素直な性格から考えて、真顔で嘘を吐けるようには見えないというだけかもしれない。いずれにしても、今彼女を疑っているような余裕はないのだが。


「じゃあ、ただ単に、たまたま調査に来ていただけか」

「少なくとも、私が知っている範囲ではそうです。もしかしたら、ダンさんとアンネさんは、何か御存知だったかもしれませんけど……」

「ダンとアンネ?」

「あ、私達のリーダーを務めてらっしゃる夫婦です」

「魔狩夫婦ってわけか」

「ですね。あ、でも、奴隷商の方が本業だそうですよ」


 またとんでもないことを、マリアはあっさりと言い放ってしまった。

 しかし、彼女の顔をまじまじと見つめても、向こうは戸惑ったように首を傾げるだけだった。どうも、奴隷商がどれほど悪名高い職業か、分かってない様子だ。


「……奴隷商?」

「あ、はい……、あ、あの?」

「ちなみに、あんたはその手伝いか何かか?」

「いえいえ、そんな。ただの奴隷です」


 さらっと言いやがった。

 若干、頭痛がしてきた。


「……私、何か変なこと言いました?」

「いや……、まあ、いいや」


 恐らく、普通の環境で育っていないのだろう。そのせいで、一般的な価値観があまり根付いていない。しかし、もちろん、今ここで教え込むような余裕はない。

 代わりに、今必要なことへと話題を戻した。


「とりあえず、あんたのグループは何人だ?」

「街で雇った方々を入れれば8人です。まず、ダンさんとアンネさん夫婦。その奴隷が私とヴェスタと、あと、リダイアという男の人だったんですが、彼は……」

「ああ」


 彼女の眉が悲壮な形に変わる。それだけで、だいたい事情は飲み込めた。非戦闘員の彼女でさえ、あれだけの暴行を受けていたのだから。男の奴隷なら、恐らく腕っ節を買われていたのだろうから、真っ先に始末されていてもおかしくはない。

 しかし、マリアはその光景を振り払うように目を伏せてから、気丈に説明を続ける。


「それと、地元で雇ったボディガードの魔狩の方がふたりと、ガイドということで、遺跡研究者の方も一緒でした。えっと、名前は──」

「いや、名前は別にいい。それよりも、そいつらはどうなった?」

「魔狩の方は、逃げました」


 マリアはまたあっさりと言ったが、今度は意外でもなんでもない。恐らくそうだろうと予想していた。あんな飲んだくればかりの集団が、見ず知らず同然の雇い主を、命懸けで守るわけがない。


「研究者の方は、えっと、ジェイドさんと仰っていた気がしますが、その方は、多分まだ、ヴェスタ達と一緒だと……」

「つまり、4人組で逃げ回っている。その中には、ここの構造に詳しい奴もいるってことか」

「はい」


 リーダー夫婦の年齢は知らないが、現役の魔狩と名乗る以上は、それなりに動けるはず。しかし、まだ若い娘のヴェスタはどうか。彼らの所有奴隷ということなら、簡単に手放したりはしないだろう。ただし、やむを得ない場合は別だ。火事の時は着の身着のまま逃げるように、足手纏いになると判断された場合は、簡単に切り捨てていくだろう。囮にする可能性だってある。奴隷は所詮財産。また買えばいい。だが、命はそうはいかない。

 もうひとりいるという研究者は、尚更のこと──

 研究者?

 そこで何か引っかかった。

 遺跡研究。

 この遺跡の研究者。

 そんな奴がいるなんて、聞いたこともないような──


「あ」


 不意に、マリアが耳元で抑えた声をあげる。前方を見ているその視線を辿ると、すぐに異変に気付いた。

 前方の通路から、真っ白な煙が立ちこめている。

 咄嗟に彼女が右手で口を覆った。さすがの迅速な判断と言うべきか。あれがただの煙幕ならまだいい。しかし、致死性の毒ガスかもしれないと疑うのがプロというものだろう。

 ふたりの足は既に止まっている。

 引き返すべきか否か。

 たとえ猛毒ガスでも、自分は問題ない。

 だが、マリアは──


「これって──」


 その時、マリアが口から手を離して、こちらを見据えた。驚きに目を見開いていて、何か気付いたという表情だ。


「どうした?」

「これ、パルセロチトンです」


 またさらっと言ったが、聞いたこともない名称だ。


「……パルセロ、何だって?」

「パルセロチトン。特殊な微細金属を煙幕の中に混ぜるんです。そうすると、微量な電磁波が出て、それが共鳴することで、あ、ほら」


 彼女がそう告げた矢先、煙の一部が僅かに明るくなった。はっきりと稲光が見えるわけではないが、明らかに白色が増したのが分かる。

 それを確認してから、彼女はこちらを見る。もう、口を覆っていた手は外されていた。


「高電圧が起きるほどではないので、基本的に人体には無害です。ただ、【造兵種】の血統だけは別です。特に、電磁気に反応しやすい種だと、麻痺性の神経毒と似たような効果が──」

「あんたのグループで、【造兵種】の血統は?」


 彼女は息を飲むようにしてから、静かに答えた。


「……ヴェスタだけです。それに、『電動執務人形(エレクトール)』なんです。電磁波の効果を受けやすいですし、それに、戦うとすぐに血統がバレてしまいますから──」

「あんたはここにいろ」


 言葉を遮って、体を離しながらそう告げると、マリアは一瞬静止した。

 しかし、すぐさま睨むような目つきに変わる。そういう攻撃的な視線を見るのは初めてのことだった。


「私も行きます──、いえ、シドさんこそ、もう逃げて下さい。ここまでで十分です。あの、いろいろして下さって、本当にありがとうございました」


 彼女は自分の胸を縛っていた帯を回転させ、結び目を前に持ってくると、両手でそれを解き始める。そもそも、最初から手は縛っていない。後ろ手に回した上で、こちらの体で隠せば見えないし、いざ逃げる事態になった時、両腕が使えないと速く走れないからだ。

 ただ──


「あんたひとりで行って、何ができる?」


 冷ややかな視線で告げてやると、彼女は黙った。

 そしてこちらを見上げる。

 射るような視線は変わらない。

 似てる。

 似ていた。

 あの時の。

 悪夢での彼女の視線と、瓜二つだった。

 つまり、考えていることも一緒だ。


「それでも、構いません」


 マリアの黒い瞳が微かに揺れる。


「……ヴェスタが待ってます。じゃあ、これで──」

「待て」

「待ちません」


 歩き出そうとする彼女の腕を掴むと、今までで一番強く睨みつけられた。

 何を。

 何を考えてるんだか。

 そうやって、わざわざ自分の身を危険に晒して。

 その結果、互いが泣くことになるのは分かってるのに。

 馬鹿。

 馬鹿か。

 そんなに馬鹿じゃないはずだろ?

 なのになんで、そんな無茶な──

 ──無茶?

 無茶って……

 何か。

 何か引っかかる。

 この単語。

 この感じ。

 どこかで聞いたようなフレーズのような──

 しかし、その時だった。


「し、シドさん?」


 いつの間にか、こちらのシャツを引っ張りながら、マリアが慌てた様子で囁いてくる。

 その動揺ぶりが内心伝染していたが、すぐに彼女と同じように煙の方を見て、それが危機感へと変わった。

 誰か。

 誰か来る。

 しかも、うっすらとだが、迷彩柄のジャケットが見えた。

 つまり、敵だ。

 どうする。

 倒すしかないか。

 しかし、あの大男並に強い奴だったら──

 決断しかねているうちに、足音はどんどん大きくなる。

 だが。

 遂に煙の中からその人物が姿を見せた時。

 その意外なほど小柄な容姿に、拍子抜けせざるを得なかった。

 そして──


「こ、攻撃すんじゃねえぞ! 俺は敵じゃねえ。敵じゃねえって言ってんだろうが! 殺すぞ、ボケェ!」


 攻撃しないのか、殺すつもりなのか、支離滅裂。

 ただ、サングラスをかけていなかったので顔では分からなかったが、その言い回しと首の回転率で、誰なのかは明白だった。


「……どなたですか?」


 半ば呆然といった面もちで、マリアが尋ねてくる。

 思いっきり頭痛がしてきた。

 どう答えたものか、すぐには思い付かなかったが、しかし──


「雑魚だ」

「雑魚って何だ、コラァ! 殺すぞ、ボケェ!」


 まさに負け犬の遠吠えとしか思えない虚勢の声が、その一角に響いた。



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