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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第4章 死地
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3



 4層目に至る3種類の通路を占拠するのに、思わぬ時間がかかっていた。

 ここに幻月の血統がいるという噂が、思ったよりも早く広まっているのかもしれない。こちらは全ての出口を押さえ、持久戦でじっくりと狩るつもりなのだが、他の連中はそんなことお構いなしにやってくる。どうせ大して進めもしないくせに、奥に入れろとしつこく迫ってくる。ついには喧嘩まで売ってくる始末。本当に、迷惑この上ない。

 今は、その返り討ちにした襲撃グループの残党を狩っている最中だ。しかし、隠れることだけは一人前らしく、なかなか尻尾を出さない。よって、先に捕らえた女を尋問して、居場所を聞き出してこいという命令を仰せつかったところだった。

 ところが、そいつを閉じこめた場所を仲間から聞いて、耳を疑った。

 あの黒服。

 死神のような陰気な面をした男の監禁部屋に、一緒に放り込んだというのだ。

 本当に、何をしてくれたんだという話だ。

 いくら場所が無いとはいえ、よりにもよって、あそことは。

 俺を打ち倒した、あの男の部屋に入れるなんて──

 思えば、奴が余計なことをしてくれてから、俺はツいてない。使えない駄目な奴というレッテルが貼られたせいだ。

 実績から言えば、俺はグループの中でも精鋭なはずなのに──

 そう。

 そうだ。

 アイツが全て悪い。

 この際だから、女のついでに拷問してやろうか。

 何か情報でも聞き出せば、俺の評価も上がって──

 と、そんなことを考えながら、そいつらがいる扉を開けた。

 そして。

 固まった。

 何故なら。

 狭いその部屋の奥で、血塗れになって壁にもたれた男の上に、裸の女がしがみつくように抱きついていたから。


「な──」


 しばし絶句。

 そして唖然。

 しかし、すぐに頭に血が上るが分かった。

 こいつら。

 こいつらは──

 立場ってものが分かってんのか。


「お前らなあ……」


 そんな言葉を吐き出しながら、つかつかと足音高らかに詰め寄る。とりあえず、女の背中を蹴飛ばしてやろう。それから、男の顔をぶん殴ってやろう。

 それから、それから──

 しかし。

 いよいよ片足を上げ、蹴りをお見舞いしようとした、その時。

 女の白い裸体が、すっと浮き上がった。


「へ?」


 実のところ、特に怪奇現象というわけではない。ごく当たり前の、普通の現象。しかし、この時は何故か、頭がすぐに状況を認識できなかった。本当に予想外のことだったから。

 そう。

 男が、女を抱えたまま、立ち上がっただけのこと。

 いや、だけど。

 こいつは。

 こいつは。

 ついさっきまで、両足が木っ端微塵だったはず──

 そして。


「悪いな」


 いつの間にか距離を詰めていたその男が、こちらの頭を鷲掴みにする。

 あ。

 ヤバい。

 かも──

 その直後には、突き抜けるような痛みが顔面と脳を一瞬だけ襲い、あとは空虚な闇を残すだけだった。







 どす黒い血を滝のように流しながら、頭部を失った男の体が床に倒れる。

 思えば、人を殺すのは初めてかもしれない。

 しかし、感傷に浸っている暇はない。

 腕から下ろしたマリアも、特に悲鳴をあげるようなことはせず、淡々と部屋の端に向かい、そこに畳んであったローブに袖を通す。そもそも、彼女は秘薬調合師兼治療師として働いていたらしい。だから、死体は見慣れているという話だ。首なし死体を見ても一切動じないところを見るに、その話はどうやら本当のようだ。

 そんなことを考えながら、先に開いた扉から顔を出し、様子を探る。そこは物置のような小部屋で、木箱が部屋の奥に何段も積まれていた。その上に、今にもチカチカと消えそうなランタンが置いてあるが、人影はない。ここ以外に扉が3つあり、そのうちひとつが開け放しになっている。どうやら、殺した男はそこから入ってきたらしい。

 外に出られるとしたら、そちらの扉か。


「大丈夫ですか?」


 不意に横からマリアの声がして、こちらに肩を貸そうと腕を掴んでくる。心配そうな表情というよりは、あくまでも事務的な印象。戦場看護師みたいな手慣れた動作だが、今はその助けを振り払った。


「いや、いい。一応歩けるからな。これからもっと良くなる」

「はあ、まあ……」


 半ば呆然といった表情だったが、マリアは腕を離した。彼女の方も、腫れ上がっていた痛々しい顔から徐々に回復を見せている。こうしてみると、柔和な面影の中にも意外に目鼻立ちのはっきりした美人かもしれない。最初の顔が酷すぎた反動もあるかもしれないが。

 いずれにしても、まだ秘薬を飲んで1時間も経過していないはずだが、それなりに効果が出ている。最初は体を起こすことさえままならなかったが、今はこうして歩けるのだからさすがだ。まさに、回復力に優れた【異形種】の血がなせるわざといったところか。

 しかし、秘薬を飲んでいない自分が、どうしてここまで回復しているのか。

 それを可能にしたのがつまり、つい先程思い付いたアイデア。

 マリアが秘薬を飲み、回復する。

 そして、その彼女から、俺も貰ったのだ。

 彼女の血を。


「人の血を飲んで、秘薬と同じ効果が出るなんて、聞いたこともないんですが……」

「俺もない。だが、うまくいってよかった」

「いや、そういうことではなくて……」

「気にするな。俺の血統が、多少特別なだけだ」


 俺の血統は、励起さえさせればあらゆる血統を再現できる。

 つまり、秘薬で励起させた彼女の血を飲むことで、その効果をそっくりそのまま、俺の体内でも再現できるかもしれないと考えた。そのために、わざわざ彼女に裸になって貰った。適当な傷口から血を吸い取るために。

 彼女の全身から垂れる血を、俺の傷口で受け止めるために。

 もっとも、それは、様子を見に来た誰かを油断させるための策でもあった。裸で抱き合うくらいしか、油断を誘う方法が思いつかなかったわけだが。、

 いずれにしても、本当にただの思いつきだったが、しかし、そのお陰でこうしてふたりとも歩けるのだから、思いついてみるものだ。

 そして、ようやく監獄から物置に足を踏み入れる。実のところ、一度砕けた骨がそう完全に元通りになるわけもなく、歩く度に亀裂が広がるような違和感と痛みが走る。千切られた左腕にいたっては、いくら【異形種】の血統でも生えてくるわけもなかった。ただし、贅沢が言える状況じゃないので、我慢あるのみだ。


「シドさん」


 すると、いつの間にか木箱の蓋を開けて中を物色していたマリアが、中から臙脂色のシャツを持ち上げて見せる。さらに、迷彩柄のジャケットも。

 どうやら、ここのグループが着ている物の予備のようだ。


「何だ?」

「これを着て下さい。そうすれば、味方のふりをして出られるかも」

「そりゃいい考えだが、あんたは無理があるだろ」


 面と向かっては言わなかったが、その豊満な胸を見せつけられては、いくら顔を隠しても無駄な気がした。とりあえず、非戦闘員なのはバレバレだ。

 しかし、マリアは真面目な顔で頷いた。芯の強さを感じさせる、凛とした表情。広がった長い艶やかな黒髪はところどころ血がこびりついているものの、アリシアとはまた違ったタイプの、大人の淑やかさのようなものを感じる。


「私はいいんです」

「いいわけない。言っとくが、あんたが諦めるなら、俺はあんたの妹を──」

「いえ。そうじゃありません」


 彼女はまた木箱の中をゴソゴソと探る。すぐさま、長い帯のようなものを引っ張り出して、それを片手で器用に、自分の肩に巻き付けてみせた。


「あの、こういう感じで縛って貰えますか? そうすれば、捕虜に見えるんじゃないかと──」


 ああ。

 なるほど。

 なかなか名案だと、素直に思った。どうやら、ちゃんと考えていたらしい。そして、思ったよりもずっと、彼女は機転が利くようだ。

 ただ──

 そこで少し笑ってしまった。

 腫れの引いてきた黒い瞳を、マリアは何度か瞬かせる。


「……私、何か変なこと言いました?」

「いや」


 壁に手を突きながら、彼女の方に近付いていく。すると、やっぱり肩を貸そうと思ったのか、マリアは機敏に駆け寄ってきた。手慣れている印象。今度は大人しく肩を貸されながら、こういう治療師がいると、仲間はいろんな意味で心強いだろうなと、ぼんやりと思った。

 そう。

 本当に、頼もしいというか、何というか──


「どうしたんです?」


 目と鼻の先の近距離で、マリアが怪訝そうに尋ねてくる。よく見ると、肌は白磁のように滑らかだ。腫れが引いてくるにつれ、その印象的な顔立ちが際だってくるのを感じる。基本的に柔和で穏やかだが、しかし凛とした雰囲気を併せ持った輪郭。漆黒の艶やかな髪と清廉な白い肌のコントラストが、質素で誠実な、しかし、上品で高貴な印象をもたらしている。

 その顔を敢えて見ないようにしながら、軽く答える。


「ほんと、女ってのは、油断できないもんだと思ってな」


 このマリアも。

 それからもちろん、アリシアも。

 俺が思い付かないようなアイデアを、とりわけ、自分を人集めの餌にしろだとか、縛って捕虜に見立てろだとか、そういうことを平気な顔で言ってのける。

 本当に。

 本当に、何を考えてんだか。

 その感情を知ってか知らずか、マリアは僅かに首を傾げて、よく分からないという顔をしていた。

 しかし、今はとにかく、着替えに取りかかることにする。何よりもまず、彼女がそんな真似をしてでも助けようとしている妹を、救い出さなければならない。そして、ふたりをこの遺跡から出してやる。そうしなければ、姉妹はふたりとも、悪夢で見た彼女のように、何もかも無惨に奪われて、あげく地獄に突き落とされるのだから。

 ただ、心の奥底では、あの大男に遭遇するかもしれないという恐怖が、確かに根付いていた。

 また捕まったらどうするのか。

 奴なら、いつか最奥部に辿り着くかもしれない。

 その時人質に使われたらどうするのか。

 そして。

 あの夢と同じように、彼女が奴の手に落ちたら──

 それだけは、嫌だ。

 結局のところ、アリシアとマリアを天秤に掛けろと言われたら、間違いなくアリシアに傾く。よって、仮に大男と遭遇してしまったら、自分は彼女を捨てて逃げるかもしれない。自分だけなら、なんとか逃げられるかもしれない。そうすれば、アリシアに対する人質にならずに済む。マリア姉妹は無惨に切り裂かれても、自分の大事な人は守れる。たまたま同じ部屋に監禁されただけの赤の他人を、わざわざ命懸けで守る必要はない。

 でも。

 それだったら、最初から見捨てて逃げればいい。

 この場でマリアを殺して、逃げればいい。

 それが現実的な策というもの。

 何事も起こらずここから脱出でき、あの大男と遭遇することもなく、無事に彼女の妹を見つけられる。

 そんな都合のいい話があるわけないのだから。

 だというのに、自分はどうして、彼女に協力しているのか。

 分からない。

 いや。

 本当は分かっているのかもしれないけれど。

 だけど、いずれにしても。

 馬鹿過ぎる。

 あっという間に着替えは済み、血塗れの服を監獄の死体に放り投げて、閂を閉める。それからこれ見よがしにマリアの肩だけ縛って、腕は自由にしたまま、開いた扉から外に出る。

 とにかく、今進むべき道は、こちらしかない。



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