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魔蝕の血~幻月~  作者: 倉元裕紀
第3章 回帰
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4



「その位置から時計回りに15度。頭がちょっと危ないかも」


 通路の奥から聞こえてくるアリシアの指示に、無言のまま背中で返事をする。彼女の綺麗な声は非常に聞き取りやすいため、歩く度に騒々しく揺れる金網の上でも、不思議とよく聞こえた。

 そして、それとほぼ同時に、目前の頭蓋骨の口から吐き出された黄色い液体を横にかわす。そのまま間合いを詰め、黒く燃える右手で、突き出た眼球を握りつぶす。操り手である『果肉』はあっさり灰に変わり、操り手を失いバラバラになった骨が辺りに散らばった。

 だが、周りを見れば、まだ似たような骸骨が、少なくとも4体歩いている。

 とりあえず、アリシアの指示を思い出しながら、言われた通りの位置へ移動を始める。彼女の指示も、かれこれ、軽く20回目を迎えようとしているが、未だに目的の機械人形は吐き出されていない。それどころか、今のところ、『果肉』の媒介となっているのは明らかに人間の骨ばかりで、それ以外の物は詰まっていないような気さえしてくる。

 この部屋のメカニズムは、要するに次のパターンだ。

 熱感知の範囲内に敵が来る。

 すると、全方位レーザー光発射。周囲の壁が反射するため、一部の隙間を除いて、そこにいる者を全て貫く。通常なら、『肉樹園』がその死体に枝を伸ばし、回収して飲み込むのだろう。

 さらに、レーザーの廃熱を利用して、『果肉』と呼ばれる巨大な蛭を産み出し、その『外装』に消化しなかった骨を使う。そいつが親を守る衛兵の役目をするわけだ。そして、その隙にレーザー再発射の準備をする。

 これが1サイクル。

 ちなみに、レーザー発射の間隔はおよそ30秒。連射性能だけを追求すれば、もっと短い感覚での連射も可能らしいが、それだとオーバーヒートしてしまう危険があるらしい。裏を返せば、この30秒間隔の攻撃なら、半永久的に攻撃できるということになる。本当に末恐ろしい話だ。

 そして、再びレーザー乱舞が火を噴いた。

 指示された場所に身を屈め、攻撃が終わるのを待つ。

 一瞬のうちに、空間中にライトイエローの死の直線が刻まれる。

 思わず息を止める。

 本当に。

 本当に、何というか──

 果てしなく、おっかない。

 はっきり言って、何度やっても慣れない。何故って、アリシアの指示だけが命綱だからだ。おまけに、その指示で完璧に避けられるわけではなく、服はもちろん、腕や足には小さな火傷が至るところにできていた。しかし、とにかく、他人任せというのが、どうしようもなく居心地が悪い。

 そんなことを考えているうちに、巨大な肉塊の中から機械の駆動音が聞こえ始める。


「反時計回りに45度。さらに、内側に1歩半くらい近付いて」


 骸骨の跳び蹴りをかわし、返す刀で中身の『果肉』を灰に変えてから、指示の場所に走る。ただ、いい加減に疲労もピークを迎えそうなので、叫ぶように尋ねた。


「なあ! あとどれくらいで、その機械人形とやらが出てくるんだ?」

「さあ?」


 他人事みたいなアリシアの言葉に、若干カチンときたが、その怒りを吐き出すよりも先に、天井から肉枝が矢のように降ってきた。絡み付かれると厄介なのでこれも燃やすが、向こうも、全部が燃える前に先端だけ切り離すという小細工を使ってくるため、なかなか有効なダメージが与えられない。

 そいつを振り払っているうちに、一番近い位置に骸骨が寄ってくる。本当に、地獄の底にでもやってきたようだった。


「ああ、もう……、鬱陶しいな!」


 思わずそんな愚痴が飛び出した時、通路から涼しげなアリシアの声が聞こえてくる。


「ねえ。今更なんだけど」

「何だよ!」

「そうやっていちいち手とか足だけ燃やすんじゃなくて、最初から全身を燃やしておけば楽なんじゃないの?」

「ああ……」


 うんざりした声を出しながら、一瞬だけ、ちらりと彼女に視線を向けて答えた。相変わらず、通路の奥で腕を組み、凛とした姿で立っている。


「そうしたいのはやまやまなんだけどな。どうも、燃えなくてな」

「え?」


 珍しく意外そうな声をあげた彼女に、骸骨の頭を潰しながら、思わず微笑みそうになった。


「もっとやりがいのある敵じゃないと、本気出ないんだよ。ここも、本体を倒していいなら、やる気出るんだろうけどさ。今やってるのって、結局餌役だろ? 敵だって、レーザーはあんたの指示で避けるしかないし、他は数だけ多くて雑魚ばっかだし、それだと、どうもな……」

「へえ……、結構、複雑なんだ」


 そのアリシアの言葉が発せられた後、再び殺人光線の脅威が放たれた。しかし、既に指示された場所に陣取っていたので、なんとか切り抜ける。

 ちなみに、『肉樹園』の本体や枝、『果肉』達は容赦なくレーザーが貫いていくが、何事もなかったかのように再生していっている。【異形種】の魔物には、このような桁違いの再生能力を持つものが珍しくない。

 本当に、ただひたすら面倒臭い。


「そういうあんたは、どうして発射前にレーザーの死角が分かるんだ?」


 暇つぶしも兼ねてそんな質問をしてみた。自分にもできることなら、この際、是非マスターしてみたいところだ。

 ところが、彼女の答えは、予想外にも程があった。


「ただの勘」

「勘かよ!?」

「反時計回りに20度。距離はそれくらいでOK」


 渾身のツッコミだったが華麗にスルーされた。しかし、そうこうしているうちに骸骨が寄ってきているため、文句を言う暇はなさそうだった。

 だが、その時。

 今までの『果肉』誕生時のカタンという軽い音ではなく、どこか重いガタンという音と共に、金網がビリビリと振動する。

 反射的に、『肉樹園』の本体付近を見る。

 すると──

 その手前で、幽霊のような生気のない女の体が、今まさに起きあがったところだった。

 今までの骸骨とは明らかに違い、顔や体の輪郭が、つまり、肉がしっかりついている。それどころか、断片的にだが、ブラウスやスカートを纏っているのが分かった。

 ただ、それが逆に、彼女の幽鬼的な雰囲気を助長してしまっていた。

 病人のように白い肌や体は薄汚れ、左膝と左肘から下が欠落してしまっている。僅かに残った黒髪はボサボサで、頭頂部が半分以上露出。右目は見開かれ、眼球がガラス玉のような無色。逆に左半分は丸ごと削げ落ち、中の機械部品が露出してしまっている。それら欠落部分を補うように、或いは蹂躙するように、肉色の長細い『果肉』が這い回り、無理矢理つなぎ止めているように見えた。

 さすがに、その無惨な有様に一瞬固まったが、そちらを見据えたまま、すぐに背後のアリシアに尋ねた。


「あれか?」


 珍しく、一瞬間があった。しかし、彼女の動揺もその程度だった。


「ええ」


 その答えだけ聞ければ、十分だ。

 進路を変更し、機械人形に向かって駆け出す。その障害となる位置に骸骨が2体いたが、難なく焼き払った。

 ところが、その直後。

 両手をだらしなく下げ、ゆらりと近付いてきていた人形の体が。

 不意に、跳びかかってきた。

 まだ相当な距離があったというのに、気付くと目の前に、その右足があった。


「な──」


 慌てて体にブレーキをかけ、両腕を盾のように突き出す。

 だが。

 人形の重い跳び蹴りが、左肘にめり込む。

 凄まじい。

 破城槌でも食らったような、凄まじい重圧。

 その衝撃は、筋肉や骨格の限界を、容易く突破していく。

 肉が潰れる音。

 骨が砕ける音。

 それが同時に聞こえ、そして──

 まさに砲弾が直撃したように、体が後方へと吹き飛ばされる。

 一瞬の浮遊感。

 そして、危機感。

 直後に、背中と頭が硬い壁に激突する。


「ぐぁ──」


 頭蓋骨が振動し、その痛みが顔中に反響する。

 さらに。

 脳が。

 視界が。

 揺れる。

 そして。

 戻らない。

 これは──

 まずいか。

 自分の上半身が壁にもたれているのはなんとか分かる。しかし、まともに動かせない事実に愕然とした。手を上げようとしても、どこか別の場所を上げている気がする。自分がどこを動かしているのか、今感じている触覚がどこのものか、ごちゃごちゃになって整理できない。恐らく、脳が揺れているせいだ。視界も独楽のように回転していて、把握しようとする矢先に逃げていってしまう。

 ところが。

 その揺れる視界に、不意に、髪を振り乱した女の顔が映り込む。

 色のない瞳。

 欠け落ちた顔。

 そして──

 死の予感が押し寄せると同時に、首が圧迫されるのが分かった。

 右手だけだ。

 しかし。

 まるで脊髄まで握りつぶそうとしているような、圧倒的な力。

 これは──

 これは、本気でまずい。

 こちらを覗き込む幽霊のような女。

 その脇でこちらを見つめる魔物の眼球。

 みるみるうちに、その光景が霞んでいく──

 だが。

 そこでさらに、別の悪寒を感じた。

 ここ数分で染み付いた感覚。

 そうか。

 そうだ。

 もうすぐ、30秒経って──

 その直感を待つことなく。

 視界が光の筋に塗りつぶされた。

 瞬間とも言える僅かな時間のうちに、自分のすぐ傍で、肉が焼け、弾け飛ぶ音が、重なり合うようにいくつも聞こえた。



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