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昨日通ったのと同じ円形通路を、今日は逆方向に進む。特に代わり映えのしない道だが、逆回転というだけで不思議な違和感を感じるもののようだ。
それはそれとして、アリシアの説明は意外な話題から始まった。
「昨日のあのふたり、自分達の住処に戻ったわけでしょう?」
彼女はそう切り出して、不敵に口元を上げる。銀の瞳が流星のように瞬いたが、特に閃きは起きず、彼女の言葉の意図が分からなかった。
「それがどうしたんだ?」
「そして、彼らは酒場で昨日あったことを愚痴るわけ。『死の淵』の3層目で、とんでもない幻月の血統を捕まえ損ねたってね」
「まあ……、そりゃそうかもな」
「だったら、それをたまたま耳にした誰かが、へえ、面白そうだって思って、ここまで確かめに来ると思わない?」
「うーん……」
腕を組んで唸る。自分だったらどうだろうと考えてみるが、正直、微妙なところだ。
「ま、暇な奴ならな。ただ、酒の席の話なんて、誰も真面目に取り合わないだろうし……」
「そうね。だけど、それが一度じゃなかったら、どう?」
少し驚いて彼女を見つめると、アリシアは余裕の笑みを返した。一見、見た目相応の可憐な少女の微笑みの中に、懐の深さと、叡智に似た何かを感じさせる。
「ここで何度も私が見つかる。その度に貴方が追い払う。それが10回も20回も続けば、幻月の血統がいるのは本当らしいって、噂があっという間に広がると思わない? そうなれば、本格的に人が集まるようになる。自分で言うのも何だけど、私の血統には、もの凄い価値があるんでしょう?」
「……ああ」
半ば呆然としながらも頷く。確かに、絶世の美少女という意味でももちろんだが、これだけ濃い幻月の血統なら、裏の市場で相当な高値がつくはず。あまり詳しくは言いたくないが、優れた血統を残すために、どこぞの王族や貴族が買って子供を産ませるとか、魔族研究のために、どこぞの研究所が【魔族種】の血統を買い取って実験素体にしているとか、魔狩の世界ではそういう噂に事欠かない。間違いなく億以上の価値で取引されるはず。
しかし、当の本人は、むしろ挑戦的な笑みさえ浮かべながら、自身を餌にする計画を淡々と話した。
「人が集まるようになってからも、時々こちらから出向いて追い払う。でも、何度も目撃されているのに、既に踏破されているエリアに、私達が潜んでいる痕跡はないわけで、つまり、いるのは遺跡のさらに奥地。もしかしたら、最深部かもしれないという予想くらいはされるでしょう。いずれにしても、遺跡の奥を目指す挑戦者が増えていくはず。そうなれば、ここの本来の用途が生きてくるようになるんじゃない?」
アリシアは子供のようなわくわくとした顔で、こちらを見上げた。
人間を鍛える為に造られたというこの遺跡。
しかし、今までは奥に何があるか分からなかったため、命懸けで挑戦しに来る者はほとんどいなかった。何か奥に途轍もない秘宝があると思われてはいたものの、それが何なのかという手懸かりが一切ないため、モチベーションを上げようがなかった。
だが、もし目に見える報酬があったら。
しかも、それが時価数億は下らないであろう、絶世の美少女だったら。
なるほど。
悪くはない。
魔王が造ったはいいが、持て余してしまったこの遺跡を、再利用してやろうというわけか。
なかなか面白い。
「魔狩が集まるようになれば、貴方の訓練の相手として、人間も選べるようになる。普段は魔物と戦って、たまに上に行って人間と遊んでくればいい。そうすれば、貴方の戦闘経験の幅も広げられるし、そいつらが逃げ帰ればまた宣伝になって、一石二鳥というわけ。そのうち噂がどんどん広まって、遠方からも人が集まるようになれば、物凄い腕利きまで来るかも」
「……そういうこと、よく思い付くな」
「まあね。惚れ直した?」
彼女がウインクする。その瑞々しいまでの可憐な仕草に、別の意味で惚れ直しそうだと思ったが、それは口に出さず、別の疑問をした。
「で、俺がここの主ってのには、何の意味がある?」
「簡単なこと」
彼女はつまらないと言わんばかりに肩を竦めた。
「私が偉そうな態度をしていたら、もしかしたら魔王なんじゃないかって、気付かれるかもしれないでしょう? そうなったら、それこそどこかから軍隊がやってきて、訓練どころじゃなくなるかも」
「……だな」
あり得ない話と言い切れないだけに、笑えなかった。実際、魔族からの独立戦争時には、魔王相手に数千数万規模の軍隊が動員されたと聞く。
「その点、私が貴方に対して、『シド様』とか『ご主人様』と呼んでいれば、まず魔王と疑われない。魔王が人間の従者をやってるわけがないから」
「なるほど」
「それに……」
彼女はにっこり微笑んで、こちらの顔を見上げる。
「貴方の手から私を奪い取るために、多くの男達が命を懸けてやってくるわけでしょう? なかなか贅沢なシチュエーションじゃない?」
「……なるほど」
さっきとは別の意味で同じ言葉を吐き出し、彼女とは反対側に顔を背けた。多分、呆れ顔を見られたくなかったのだろう。
しかし、その気配を察知したのか、アリシアがこちらの肩に手を載せて、不満顔を近寄せてくる。
「ねえ、今、ああクダらねえ、とか思ってなかった?」
「いやいや、まさか、そんな……、で、今回廊ルートに向かってるのは何でだ?」
内心冷や汗をかきながら話題を変えても、彼女はしばらくジト目でこちらを見つめていたが、やがて諦めたように溜息を吐いて答えた。
「……要するに、監視室の起動のため」
顔を上げた彼女はすっかり真面目な表情に変わっていて、そのまま頷く。
「遺跡のどこにどんな人間がいるのか。それが逐一分からないと、襲撃する相手を選ぶのに効率が悪くなりすぎる。貴方だっで、闇雲に相手を探して、その結果、この間みたいな雑魚ばっかり相手をするのは嫌でしょう? だから、このプランの実行には、監視室の復旧が必須。そして、あれを動かすには、【造兵種】の中でも特別な、特定の機能を搭載した機械人形が必要なの。ここの場合、記録による名称は『霊犀と鋼の意志』となっているんだけど」
聞いただけでは意味が分からない、難しい名称だった。もしかしたら、魔族の言葉かもしれない。
ただ、いつの間にかアリシアも同じように難しい顔をして、口元に手を当てて考え込んでいた。そして、そのままの姿勢で、独り言のように呟く。
「とりあえず、保管場所の記載はあったから、行ってみるしかない。ただ、妙なセキュリティがかけられている可能性が、無くはないから──」
彼女の言葉の語尾は、その自信のなさの表れなのか、まるで大気で燃え尽きる隕石のように、吸い込まれて消えていった。




