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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
集まる仲間たち編
51/85

雪の町と魔王の末裔 1

旅編最初の話ということで、テーマは「王道」。

 旅を始めて既に半年。

 最初は苦労も多かったが、次第に根なし草の生活にも慣れ余裕を持てるようになってきた。

 時折紅蓮の回し者らしき気配を感じるが、やはり彼らは大人数ではなく移動生活を心掛ければ手を出されることはない。

 『彼女』の助けも、安心して旅を続けられる一因だろう。

 ところで、冬の間は休業する自由天士も多い。俺達も秘密のアジトで冬越しする予定だ。 

 海にぽつんと浮かぶ絶海の孤島。出入りさえ気を付ければ、紅蓮に狙われる心配もない。ゼェーレストという前例がある為に絶対とは言えないが。

 物資調達の途中、変わった話を聞きこの町へとやってきた。

 雪の降り積もる小さな町。俺達はそこで、魔王と出会うこととなる。






「くらえ魔王、永久(とわ)なる理力の吹雪よー!」


「むぅ、だが負けないぞ魔王! 香味たる仔牛の出汁ッ!」


 子供達が奇妙な声を発しつつ駆け回っている。どっちが勇者でどっちが魔王だよ。

 昨晩降った雪の対処に大人達がげんなりとした顔で立ち向かう中、子供は嬉々と雪遊びだ。

 雪を運ぶ人型機(ストライカー)飛宙船(エアシップ)。こういう時は人型ロボットの有用性を痛感する。

 俺と並んで歩いていたソフィーは子供達に視線を向ける。


「なにかしら、あれ」


「正義など何処にもない、世界は悪と悪の食らい合いだ、って誰かが言ってた」


「深いわね」


 まあ、よくある子供のじゃれあいだ。

 かくいう俺達も子供なのだが。

 まったくルールが判らない遊びに後ろ髪を引かれ足を止めかけるも、ソフィーに催促される。


「こら、立ち止まらないの。あまり滞在出来ないんだから『目的』を早く済ませないと」


「お、おう、つーかソフィーが話題にしたんじゃないか」


「さあ、そうだったかしら?」


 彼女もなんだか逞しくなったもんだ。

 俺達はとある噂を聞き、ある人物を探す為にこの町へ来た。

 割と望み薄、見つかればいいな程度の目的だが。


「お前の負けー!」


「くっそー!」


 あ、勝ち負けのある遊びなんだあれ。


「罰ゲームだぞ!」


「魔王に挑んでこい!」


 魔王、まだいるのかよ。

 ロボットや飛行機があれどセルファークも一応は剣と魔法の世界だし、魔王もどこかにいるのだろうか。

 子供の一人が俺達を追い抜き、背中をこちらに向ける女性へと駆けていく。


「覚悟、まおーっ!」


「へっ?」


 女性が振り向いた時は既に遅し。

 子供は女性のスカートを大きく捲り、白い太股とその奥までを露わにしてしまった。


「ぬわぁあ!?」


「ほう、黒とは……」


「……レーカ?」


 いかん、隣の声が低い。


「ま、またお前達ぃ」


 女性は赤面しスカートを抑える。


「魔王だからって、毎日イタズラの標的にするなぁ!」


 えっ? 魔王ってこと自体は否定しないの?

 魔王が怒ったぞ! 激怒したぞ! と騒ぎ立て逃げ回る子供達。それを追いかける女性。

 よく見ると背中にコウモリっぽい羽がある。獣人か。


「この町って妙に獣人の人が多いわね」


「言われてみると……」


 町民は皆、独特の耳や背中に翼を備えている。人間の方がずっと少数派だ。


「亜人フェチのメッカだな」


「……レーカの言うことは、時々判らないわ」


 解らなくていいよ。


「あーもうっ、ピア、もう帰るぞ!」


 魔王が呼ぶと、足元からリスに近い動物が彼女の肩に駆け登る。あの小動物がピア?


「たまに町を出ればこれだ、慰めておくれ我が腹心よ」


「マオッ、マオッ!」


「こ、これ! 髪を引っ張るな!」


 リスに反逆される魔王であった。

 子供の一人がソフィーの背後に回り、彼女のスカートを掴む。


「それっ、魔王の子分め!」


 調子に乗って被害が及んだのだろう。だが俺はその少年がソフィーの容姿に見惚れているのを見逃していない。

 少年の手首を掴み、スカート捲りを制止する。


「あ? あ? オイ。なーにやってんだコラ?」


 ひぃ、と悲鳴を上げる少年。


「この子の尻は俺のものだぞコラ、なに見ようとしてるんだボケが」


「私自身のものでしょ、ヘンタイ」


 頬をほんのり朱に染めたソフィーは、スカートを叩きつつ半目で俺を睨む。


「心外な。変態っていうのはもっと躊躇わないことを言うんだ」


「どういうこと?」


 揃って首を傾げるソフィーと少年、そして魔王(?)。

 期待されては仕方がない。躊躇を失った人間の神髄を見せてやろう。

 俺は魔王(?)さんに真っ直ぐに向き合い、頭を下げた。


「おっぱい触らせて下さい!」


『変態だーっ!?』






「もう、はしゃぎすぎよ、レーカ!」


 ぷんすか怒るお姫様。


「なんだ、自分に頼んで欲しかったのか?」


「違うわよ!」


「まぁ、ないしな」


「こ、これからよ。成長期だもの!」


 ソフィーの身長、初めて会った頃からあんまり伸びてるって気がしないけど。

 胸の大きさと身長は比例するものでもないだろうし、望みはある。あるったら、ある。


「ガンバッ」


「……レーカ、旅に出てから性格戻ったわよね」


 戻った?


「村にいた頃みたいに、毎日楽しそう」


 咎めるような視線のソフィー。


「平穏な日々はまだ戻ってないのよ?」


 気楽な様子で達振る舞う俺が気にくわないらしい。

 これでも色々慎重に立ち振るまっているわけだが、彼女は気取った様子はない。

 もっとも、気取られないように立ち振るまっているのだけれど。


「あー」


 少し気恥ずかしいが、隠して誤解のままにするよりはいいか。


「忘れてたんだ、大事なことを」


「大事なこと?」


「しかめっ面してても誰も笑ってくれない、って」


 ぶきっちょなウインクをしてみると、彼女の口の端がひくついた。似合わないってか。

 しばし百面相、とはいかなくとも十面相くらいはしていたソフィーだが、やがて溜め息を吐く。


「そうね、レーカってそういう人だったわね。空気が悪くなっているとあえてふざけて突っ込んでいくような」


 びびって逃げることも多々あるのは秘密だ。


「レーカのふざけた態度は人の為ね」


「ねーよ」


 さすがにそれは言い過ぎ。自分が空気に耐えられないだけだ。


「ふぅん」


 え、なに、その「ふぅん」。生意気。


「変わらないことも強さなのね」


「変わることだってすげーよ」


 ソフィーの頭がぐりぐりと撫でる。

 この子は変わった。少しずつでも、しっかりとした大人へと成長している。

 それに対して、俺はどうなのだろうか。

 ……ま、考えても仕方がない。精々忘れかけてた取り柄だけでも死守しよう。


「やっ、やめて、髪が乱れちゃうぅ」


「うえっへっへ、いいではないかぁ」


 そう言われると更にぐちゃぐちゃにしたくなる。


「もうっ、私宿屋探してくる!」


 俺の手を振り払って立ち去るソフィー。


「怒らせちゃったな」


 宿を探すということは、初対面の店員と話し、あるいは交渉するということだ。

 人見知りのソフィーには決して出来なかったこと。人間、変わるものである。

 彼女の小さな背中を見送り、ついでにソフィーを追うフードの人物にも手を振る。


「いつもの通り、護衛よろしく」


 黒フードは頷き、やがて雑踏に消えた。

 さて、俺は予定通りギルドに行こうかね。








「あら、迷子?」


 十一歳の子供が旅をしていれば色々と好奇の目で見られることも多いわけで。


「ここはギルドよ、子供が来る場所ではないわ」


 割と美人のお姉さんに優しく窘められる。なまじ、善意だから否定するのが心苦しい。

 俺もソフィーも、既にギルドへの登録を済ませた一端の自由天士だ。

 天士とは魔物を狩り、未知の土地を探索し、時に雑用に駆け回る職業。

 気楽な便利屋といえばまだ聞こえはいいが、定職に就かないフリーターのような存在かもしれない。

 常に移動し続けて旅を住処とする天士は少数派だ。大抵は町々の事務所に登録して自らの特性に合った仕事の依頼を自宅で待つ、派遣社員のような生活を送っている。

 職業として割り切るならそうした方がずっと効率がいい。町の中で名が売れれば、安定した仕事も確保出来る。

 それでも旅をする天士が一定数存在し続けるのは、きっと見つけてしまったからだろう。

 金や生活以外の、危険な旅路へと発つほどの理由(ワケ)ってやつを。

 とかく、旅の自由天士ってやつは信用がない。旅人なのだから面識があるはずもない、警戒するのは当然だ。例外として町を跨いで名を馳せた者であればまた別だが、それこそ極一部だろう。

 ましてや子供、となると。

 依頼人に迷子かと心配されることもあれば、他の奴連れてこいと拒否されることもある。世知辛い世の中だ。


「自由天士です。依頼を探しに来ました」


「まぁ」


 目を丸くする職員のお姉さん。


「おいおい、お前さんみたいな子供が自由天士だって?」


「そりゃ、かっちょいー俺みたいな冒険者に憧れちまうのは解るけどよ、無理があるぜぇ」


「ははは、お前だってウッドウィングスじゃないか」


 この程度の茶々は日常茶飯事である。

 ちなみにウッドウィングスは一番下、半人前レベルだ。

 彼らのような心配半分の野次は適当に聞き流せばいいのだが、世の中暇な奴はいるわけで。


「ハッ。目障りなんだよガキが。酒が不味くなる、さっさと消えろ」


 昼間っから酔った集団から、明確な悪意を滲ませた声が飛んだ。

 五人のパーティー、ちょっと凄みがある。このギルドの中にいる連中じゃ飛び抜けているかもしれない。

 子供相手にぎゃあぎゃあ言っている時点で格は知れるが。

 こういうこともあるっちゃあるのだ。最初の頃は言い返したり、つい頭に来て「カバティカバティカバティ!」と叫びながら町中追い回したりもしたが、これを手に入れてからは対処が楽になった。

 上着の内に収めていた、天使をあしらったペンダント。それを示すと天士達はざわめく。


「トップウィングス? マジかよ」


「あんなガキが、嘘だろ」


 トップウィングスは一言でいえばエースの証だ。単騎で複数の敵を危なげなく対処出来る、一流の天士である。

 ベテランであれば複数の敵に追い回されても冷静に退けるが、確実に逆転するとなると難易度は一気に増す。凡百の一兵卒とは一線を画いた実力が必要なのだ。

 この大きさの町であれば、トップウィングスはいるかいないか、というレベル。銀翼……シルバーウィングスほどではないが滅多に出くわす存在じゃない。

 ましてやこんな子供が、ということだ。俺としては積極的に行動したわけでもなく、幾つか難易度の高めの依頼をこなしたらいつの間にか手に入れていただけなのだが。

 才能のある者はかえって若い段階でランクアップしてしまうので、全体で見れば意外といるそうだけれど。


「というわけで、失礼します」


 集まる視線を無視し依頼の内容が沢山貼り付けられた壁を確認する。

 ちなみに余談だが、シルバーウィングスともなれば能力だけではなく実績や推薦も問われる。取得しようと思って出来るものではないそうだ。


「へっ、どうせ誰かの借りもんだろ? お前みたいなガキがトップとか、ギャグじゃねーか」


 ……今日の奴はしつこいな。

 顔を赤らめた巨漢が俺に寄ってくる。

 わざわざ座っていたテーブルから立ち上がってまで嫌味を言いたいとは、よっぽど暇なんだな。

 と、口にしそうになるも踏みとどまる。こいつと争ったって利はない。


「本当のトップウィングスっていうのは俺達みたいな凄腕をいうのさ、ヒック」


「昼間から飲むなよ……」


 だが意外、男が示すのは確かにトップウィングスの証であるペンダントだった。


「ああ!? なんか言ったかクソ餓鬼ぃ!」


 叫ぶ男、その後ろには仲間らしき四人がニヤニヤしている。

 誰かがぽつりと呟いた。


「あいつら、『牙の旅団』だ」


「トップウィングスでもアウトローな連中が集まったっていうパーティーか?」


「この町にいたなんて、面倒を起こさなきゃいいが」


 全員トップウィングスなのか、それは凄い。


「聞こえてっぞ雑魚共が!」


「戦場で流れ弾食らいたくなきゃ黙ってろ!」


 怒鳴り散らすと、天士達は忌々しげに顔を歪めてギルドから出て行った。

 なかなかに面倒な連中のようだ。いや、面倒な連中なのは子供に絡んでいる時点で明らかか。


「へへっこのガキ、ビビってるぜ! 声も出ないか!」


 牙の旅団らの、人を馬鹿にした笑い声。酔っ払いと紅蓮の騎士団、さてどっちが面倒くさいかな。


「ソフィーと別行動で正解だったな」


「あん? 文句あんならはっきり言えや!」


 黙らせたいのか言わせたいのか、酔っ払いだけあってあべこべだ。

 どうしたものかと悩んでいると、ギルドのお姉さんが一歩前に出た。


「なんだ、別嬪じゃねぇか。お前も文句あんのか、ギルドは天士同士に口出ししないルールだろ」


「はい、勿論この喧嘩に介入するつもりはありません」


 お姉さんは姿勢を正し、真っ直ぐに男を見据える。


「牙の旅団の皆様、ギルド施設内は許可された場所以外での飲食は禁じられております。そしてここは許可された区画ではありません。規則を守れないのなら、お引き取りを」


 毅然と言い放つお姉さん。かっけぇ。


「なんだと、誰のおかげでギルドに金が落ちてると思ってるんだ!」


「我々の関係はギブ&テイク、上下関係ではありません。貴方は書類を処理出来るのですか?」


「うるせぇ!」


「きゃあ!」


 男はお姉さんを突き飛ばす。やりやがった、この野郎。

 咄嗟にヘッドスライディング、人間クッションとしてお姉さんの下敷きになる。


「大丈夫ですか? 今度一緒にお食事でも!」


「え、えぇ……え?」


 困惑しつつも肯定、ややあって疑問符。


「私は既婚者よ?」


「人妻好きなのでバッチコイです」


 さて、女性に手を出したとあってはヘラヘラしている場合ではない。


「ちょっとお前達、そこへ直れ」


「あ?」


 埃っぽくなった体を叩き、準備体操とばかりに腕を回す。


「いいかテメーら、人妻ってのは文化遺産なんだよ。保護対象なんだよ! 国宝なんだよ!!」


「なんだこいつ、ヤバくねぇか?」


「目がイッてやがるぜ」


「人妻より新妻だろやっぱ」


 おののく牙の旅団の面々に、俺は中指と人差し指を立てクイクイと挑発する。


「来いや、三下ども」


 魔法で空気中から剣を精製すると、一部の者達がざわめいた。


「何だ今の、召喚魔法か?」


「違う、鋳造魔法だ。その場で作ったっぽいぞ」


「水を集めて氷剣を作るならともかく、空気中から金属だと?」


 正確には炭素である。工業的に二酸化炭素の炭素を個体にするのは大きなエネルギーを必要とするが、魔法なら術式とイメージ次第でこんな芸当も可能だ。

 牙の旅団で一人だけ顔色を変えた。彼らにも魔法を嗜んでいる奴がいるようだ。


「おい、こいつヤバいぞ―――」


「はっ、なに言ってんだびびってんじゃねぇ!」


 激情のまま殴りかかってきた牙の旅団を流れ作業で叩きのめす。

 酔っ払いの千鳥足など腕力がどれだけあろうと驚異ではない。解析魔法を使うまでもなく投げ飛ばし、足を払い、壁に頭から突っ込ませる。


「安心しろ、峰打ちだ」


 そもそも剣を使っていない。


「お騒がせしました」


「いえ、困っていたのは確かよ、ありがとうねエースさん」


 おでこにチューされた。


「でも危ないことしちゃ駄目。ギルドでは荒事なんて日常茶飯事なんだから、対処法は幾らでもあるわ」


 お姉さんがちらりと目を向けた先には筋肉隆々の巨漢。彼は俺達の視線にニヤリと笑みを浮かべた。

 ギルドが雇っている用心棒だろう。俺が本当に危ないと判断すれば、助けてくれたはずだ。

 つーか助けろよ。「別に手出しは必要なかったろ?」みたいな顔すんじゃねぇよ。


「私の夫なの」


「……お似合いです」


 涙を堪え、本来の目的である依頼探しを行う。

 実をいうと高レベルの依頼を受ければ金に困ることはないし、帝国から秘密裏に支援がくる場合もある。エアバイク発明に関する預金はちょっと手が震えるレベルまで膨れ上がっている。

 依頼をこなすのは、カモフラージュの意味合いが強い。


「そろそろ飛宙船欲しいよなぁ」


 旅派の自由天士は多くが小型級飛宙船を保有している。全長約一〇メートル、このサイズでは人型機や戦闘機を一機運べる。

 一流のステータスでもある中型級飛宙船だって予算的には可能だ。複数の機体を詰め込み、仲間達一人一人に個室が割り振れるのはとても魅力的だろう。

 大型級飛宙船って人は聞いたことがない。さすがに三〇〇メートルの巨大空母は持て余す。

 まあ、それは今は横に置いておこう。


「人捜しだし、人脈のありそうな人と接点が欲しいな」


 書面から依頼人の氏名は判るも、素性はほとんど窺えない。


「郊外宅周辺の雪かき? これはさすがに……ん?」


『依頼人 魔王』


 き、気になる!


「これは受けるしかない……!」


 些か衝動的に紙を剥がしお姉さんに提示すると、一言こう言われた。


「雑用依頼を受けるトップウィングスって、初めてみたわ」








「というわけで、ソフィーは留守番な」


「私も行くわ」


 雪かきの依頼を伝えると、ソフィーはすかさず同行の意を示した。


「いや、やるっていっても。肉体労働だぞ」


 しかも考えなしではないとはいえ、ノリで受けた依頼だし。


「特別扱いしないで。私だって自由天士なんだから」


「女の子扱いしているだけだが」


「それが特別扱いなの」


 つーん、とそっぽを向くソフィー。だが女性に重労働をさせたら俺の矜持が傷付く。

 というか、この世界の雪かきってのは基本的に人型機で一気に行うものなのだ。現実問題ソフィーの担当である飛行機形態の出番はないし、機体の足元でうろちょろされても困る。


「とにかく、やるから」


「……へいへい」


 彼女としても譲れない部分なのだろう。気持ちも解らないでもなし、許可せざるを得まい。






 白鋼(しろがね)人型形態、強化外装装着型にて依頼人との待ち合わせ場所へと向かう。

 この強化外装は間接部への負担を減らすのと同時に、白鋼の特徴的な鋭角を基調とした外見を偽装する役割も果たす。

 これでも若干奇妙な見た目なのだが、自由天士の人型機は自分の好みや寄せ集めな改造によって割と個性豊かなので不審がられることはない。

 昨晩から降り積もった雪は膝まで埋まる大雪だ。しかし身長一〇メートルの人型機にとっては足首にも届かない、新雪のようなものでしかない。

 接地圧だけはやたら高い人型ロボットは、雪に埋もれた町を悠々と歩く。

 白鋼だけではない。未だに多くの人型機は頑張って雪をかいている。


「ああいう人間くさい仕事していると、人型機が生身の人間に見えてくるよな」


「……そうかしら?」


 見えませんか、そうですか。

 待ち合わせはギルドだ。ソフィーを一旦外に待たせ、中を確認する。あのチンピラはいなくなっていた。

 転ばないようにソフィーと手を繋ぎ、ギルドに入る。


「でもどうしてこんな依頼をしたのかしら」


「というと?」


「郊外に住んでる人なら、大抵は個人で飛宙船を持ってるでしょう?」


 ……うーん、なんというか。


「まさに引きこもりの発想」


「な、なによぉ」


 彼女の疑問は俺に発したものだったが、答えたのは女性の声だった。


「冬の間は確かに暇だが、家事や春からの畑仕事の準備はある。ずっと閉じこもっているわけにもいかないのだ」


 手を振る見覚えのある女性。


「かといって年に何度かの家周辺の除雪の為に、人型機を維持するわけにもいかないのでな。その都度雇った方が安上がり、というわけさ」


 そう、彼女はまさしく―――


「また会いましたね、まおー(笑)さん」


「こんにちは、魔王(仮)さん」


「カッコワライもカッコカリもいらないぞ……」


 ―――スカートをおっぴろげにされた、あの時の女性だった。






 というわけで、ただいま白鋼には俺だけが乗っている。


『まあなんだ、君達に当たって良かった』


 ガンガン融雪する白鋼に、乾いた笑みを浮かべる魔王。


『変な相棒ですいません』


 ソフィーは魔王の隣で溜め息に吐いた。

 雪を処理する俺に対し、魔王とソフィーは小さな家でのんびりとお茶を飲んでいる。

 ほっこりした二人の女性の顔が窓の中で並んでいた。

 彼女には悪いが、ソフィーはやっぱり邪魔なので降ろしたのだ。


「変な相棒って俺か」


 通信越しに聞き返す。


『レーカ以外に心を許した覚えはないわ』


 「相棒」ではなく「変な」に言及したのだが、まあ、可愛いことを言われたので良しとしよう。

 さて、今更だが白鋼がどんな状況か。なぜ除雪ではなく融雪なのか。それを説明しよう。

 この機体には四つの姿がある。




 運動性に優れた前進翼形態。




 安定性が高い巡航飛行形態。




 直進飛行に特化した高速飛行形態。




 格闘戦すら可能とする人型機形態。




 だが、この運用法は新たに形態の一つとして認めるべきかもしれない。

 しゃがみ状態でジェットエンジンを起動する。

 そうすると高熱の排気によって白鋼の後ろの雪が一気に溶けるのである。

 足を小刻みに動かし、移動しつつ瞬く間に雪を溶かしていく。水になるだけでは凍って滑り危ないので、しっかりと蒸発するまで。


「名付けて融雪形態」


 う○こ座りで少しずつ前進移動する白鋼。


『他人のふり他人のふり』


 呟くソフィー。まったく失礼な、ちょっと間抜けだが効率は間違いなく良いというのに。


『そなたらはどういう関係なのだ?』


「あ、家族です」


 婚約者だし、家族と似たようなものだ。


『失踪したお父さんを探す旅をしているんです』


 続けてソフィー。嘘ではない、嘘では。

 失踪間際に時速五〇〇〇キロの親子喧嘩をしたりもしたが、別に嘘はない。


『そうか……大変だな、まだ幼いというのに』


 魔王がソフィーの頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めていた。

 珍しい。人見知りこそなりを潜めたが、あくまでそれはビジネスライクな対応に限った話だ。ああいうことをされてソフィーが抵抗しないとは。


「ところで魔王さん、今更ですがなんで魔王なんですか?」


 ロ三オ、どうして貴方は□ミオなの……みたいな意味ではない。


『文字通りの意味だよ。私は魔王の末裔なのだ、五〇〇年前のな』


 思わず彼女の顔をじろじろ見てしまった。

 ガラス越しに手を振る魔王。……魔王、ね。


『君達も気軽に魔王と呼んでくれ構わない。本名は不慣れなのでな』


 本名が不慣れってなんだそれ。


「では、あの魔王さん」


『うむ?』


「魔物の研究をしている人がこの辺にいるって聞いたのですが、ご存知ですか?」


『―――さあ、聞いたことがないな』


 あれ? 知らないの? 魔王となれば関わりがありそうなものだが。


『我々一族のことが、噂の課程で変化したのではないか?』


「あー、それはありそう。ま、いっか」


 この人探しの旅はただの自己満足だ。安息の地を探すという本命の目的とは関係ないし、これまでの旅で無駄足をするのには慣れた。

 ナスチヤもいってたっけ、「旅なんて苦労と退屈が九割、喜びが一割よ」って。


「そんじゃ、さっさと依頼終わらせて屁こいて寝るか」


『うむ、そうだ仕事が終わったらクッキーを分けよう。美味しいのをもらったんだ』






 周辺の雪を片付け終わった辺りで、そいつは現れた。

 最初は大きな魔力。何事かと遠方の森に目星をつけて解析すると、大きな獣型の魔物を発見した。


「ソフィー、モンスターだ。俺が仕留める、君はそこにいてくれ」


『……了解』


 若干不満げな表情を見せるも、わざわざ乗り込む方が手間なのはソフィーも判っている。

 それに、魔王からの依頼内容は除雪であり護衛ではないが、彼女を無防備にするわけにはいかない。

 もっとも、ソフィーが護ったところで気休めにもならないが。気持ちの問題である。


『守ってくれるのは嬉しいが、君だけで大丈夫なのか?』


「なんとかなるでしょう、たぶん」


 腰にマウントされていたミスリルブレードを正面に構え、左右に分離する。

 標的に向かって走り出す白鋼。ジェットエンジンは機体を強引に押し進め、一歩の歩幅は五〇メートルにも達する。それは疾走ではなくもはや跳躍だ。

 大きく開けた場所で二刀を構え獣を迎え撃つ。等間隔の地響きがやがて大きくなり、山のように巨大な狼が木々を飛び越えて出現した。


「でかいな」


 人型機より更に巨大。白鋼が人間大であれば、狼は馬ほどもある。

 生身であれば絶望するしかない巨体。この世界においても、これほどの脅威はそうそう出くわすもんじゃない。


「だが……ガイルよりは弱い」


 白鋼に飛びかかる狼をひらりとかわし、ブレードを横凪ぎに軽く振るう。

 それだけで、自らの勢いを止められない狼は上下に分断された。

 顔面から喉を切られた狼は、断末魔を上げることすら許されず崩れ落ちる。

 当然の結果だ。魔刃の魔法を付加された極薄ミスリルの切っ先、これを止められた者はいないのだから。


「なんだろ、この狼」


 機体から飛び降りて確認。初めて見る魔物である。

 女性二人を連れてもう一度確認しにいくと、魔王がこの狼を知っていた。


「デザートウルフだと? おかしいな、これは砂漠に住む魔物だぞ?」


 平均で体高十五メートル、全長三〇メートルにも及ぶ巨大な狼だそうだ。寒さが苦手であり、こんな地方にいるはずがないとのこと。

 魔王さんはこの魔物に関して更に解説する。


「デザートウルフは全身が武器になる。砂に覆われた表皮は鎧であり(やすり)、主な攻撃手段である体当たりが直撃したならば人型機の装甲すらごっそりと削られる。魔法は使えないので、接近戦は避けるのが常套手段だ」


 残念ながら白鋼に長距離砲などない。追加装備は可能な設計だが。

 雑魚相手にはコストパフォーマンスの良い接近戦で対応、強敵には重火力強襲ユニットで一気に近付きやっぱり接近戦。それが白鋼のコンセプトだ。


「剣で倒したことも驚きだが、この機体の速度は凄まじいな。ビューンと加速したぞ!」


 興奮気味の魔王。


「全力で走れば何キロくらいでるのだ?」


「一〇〇〇キロ……くらい?」


「……そこまで、か」


 普通の人型機ならば速くて時速一〇〇キロ、その一〇倍など極めて異常といえる。


「でも、魔法が使えないならさっきの魔力はなんだろう?」


「あ、あぁ。私は感じ取れなかったが……確かに不自然だな。ああ、この魔物討伐に関しては別途報酬を出そう」


「別にいいですよ、こいつの素材を売れば収入になりますし」


 世の中の多くの天士は自主的に魔物を狩り、素材として売ったりする。この死骸はそれなりのお小遣いに化けるのだ。


「そうはいかない。こんな近場での魔物出現は私だけではなく、町にも被害が及ぶ可能性が充分あったからな。例はやはりせねば」


 魔王さんはイタズラっぽい笑顔で告げる。


「遠慮の必要はない、先程話したクッキーを全て差し上げよう」








 魔王城。そこは多くの魔物が蔓延り、おどろおどろしい彫刻や絵画の並ぶ一種荘厳な魔窟……


「棚を漁ってくれるなよ、村の子供達にどれだけ下着を略奪されたか」


 ……ではなく、古びたボロ家である。


「なんというか、風情がありますね」


「ははは、そんな遠回しな言い方をしなくても構わんよ」


「ボロボロですよね」


「……直球過ぎるのもなんだな、泣いていいか?」


 涙目の魔王。ソフィーは俺の脇腹を抓りつつ、笑顔で魔王に断りを入れる。


「あ、その、すいません。クッキーはやはり結構です、貴重な食料ですもんね」


「そこまで飢えていないっ!」


 俺達は彼女の部屋にお邪魔する。


「さあ、狭い部屋だがどうぞ」


「お邪魔します」


「あらためて、失礼します」


 彼女の部屋は、自己申告通りこじんまりとした洋室だった。

 ベッドに簡易キッチン、書斎机に化粧台。

 ……魔王がワンルームに住んでいるって、どうなんだそれ。

 勧められるままに椅子に座り、魔王さんはお茶を煎れる。


「嗜好品を楽しめるうちは平和だな、うむ」


「町の景気はどうですか? 日用品が高騰したりなどしてますか、やっぱり?」


 紅茶を啜りつつソフィーが探る。戦略規模の話であれば俺よりソフィーの方が聡い。

 彼女は逐一世界情勢について情報収集している。この子の目には世界はどんな色に見えているのだろうか。

 そもそも、ナスチヤはどういうつもりでソフィーに経済学や帝王学を施した?

 もし仮に王女にするつもりだったなら、俺の婚約者にするのは不自然だ。

 ただ一応の知識として、ならいいんだけど。


「相変わらずだ。帝国軍はじりじりと押され、国境線を引いておると聞く。犠牲を最小限に留めた戦いに徹している、といえば聞こえはいいが……いつまでも下がっていては逃げ場を失うだろうな」


 人型機は動かせない。戦線に投入すれば統一国家は神の宝杖を砦に撃ち込む、そうすれば多くの人型機が失われる。

 民を魔物から守る為には機体を消耗するわけにはいかないのだ。

 そうなると、攻撃は航空戦力のみとなる。だが圧倒的優位の空からの攻撃とはいえそれだけで戦争には勝てず、綻びから溢れ出すように敵兵は侵入してくる。それが現状だ。

 それに、航空戦力ってのはやたら金がかかる上に効率が悪い。帝国軍にとって、地上戦力に頼れない戦いは大きな負担だろう。

 だが国民は神の宝杖を知らない。故に……


「最近ではハダカーノ王を『弱腰王』呼ばわりする者まで出てくる始末だ。世論はそちらに明確に傾き出している」


 この世界の民間レベルの軍事情報などいい加減だ。インターネットもなく、クリスタル共振通信も非常時にしか長距離通信は行えない。だから、無責任な言葉が一人歩きする。

 普通に考えれば、地上兵力だけが出せないのはなにかおかしいと気付くはずなのに。


「あの王も共和国の二の舞にしたくないだけだろうに……人々は批判だけをするものだ」


「貴女は……」


 この人は神の宝杖について知っているのだろうか。本当に魔王の末裔なら、知識を残していてもおかしくはない。


「っと、すまない。つまらない話を聞かせたな」


「いえ、興味深い話でした」


 戦略レベルで俺に出来ることなんてない。歯痒いが、今は雌伏の時だ。

 この町での人捜しも切り上げて、明日にはアジトに戻ろう。


「ソフィーはやり残したことってあるか?」


「いいえ、特にないわ」


「ならさっさと戻ろっか」


 町には留まれない。せわしないことだ。

 お茶を飲み干してお暇しようとした俺達を魔王は引き留める。


「ひとつ、依頼したいのだ」


 そう、魔王は切り出した。


「なんでしょう?」


「ダンジョンをクリアしてほしい」


「いや、俺達は天士ですから。地下に潜るのは冒険者に頼んで下さい」


 人型機に乗る天士は地上で活動するものだ。地下にアリの巣の如く張り巡らされたトンネル、つまりダンジョンに潜るのは小回りの利く生身の人間の仕事である。


「いや、このダンジョンは人工物なのだ。この家の近くの、我が祖先が作ったダンジョンでな」


 魔王は遠い目となる。


「つまりは、正真正銘の魔王城なのだ」


 えー……。






 ダンジョンそのものが人工物という説がある。

 俺は実際見たことがあるわけではないが、地下トンネルは朽ち果てているものの壁が残っていたり、明らかに意図的な構造をしていたりと自然物には到底見えないそうだ。

 しかし、世界全体に広がる地下構造物など人の手によって作れるものではない。故にダンジョンは神・セルファークが作ったと信じる者も多い。

 これがダンジョンの基本知識だが、中には変わり種のダンジョンもある。空中遺跡や島そのものが魔窟と化した場所、あるいは迷宮建築物など。


「五〇〇年前に建造された魔王城には、初代魔王の魂が封印されている。それを解き放ってほしい」


「いや、解き放っちゃダメでしょ」


 悪役だろ魔王って。

 首を横に振る魔王。


「蘇らせるのではない。解き放ち、成仏させてほしいのだ」


「……二つ、疑問があります。なぜ今更、それも俺達に?」


「前者は今更というわけではない。我々一族は、ずっと初代の解放を望んできた。これは宿願なのだ」


「それはつまり、魔王城の攻略を依頼するのも初めてではないということですか?」


 首肯する魔王。


「数日前にも牙の旅団というパーティが、私の依頼に応じてやってきた。態度が悪い上に失敗しおったがな」


 牙の旅団、ギルドにいたチンピラ連中か? 一応トップウィングスらしいのに、クリア失敗したのか。


「後者はその際の報告を理由として上げられる。魔王城は、魔物との戦闘ではなくトラップを主体としたダンジョンだったそうだ」


 罠メインの謎解きアトラクション系ダンジョンか、なるほど俺達向きかもしれない。

 素早さに定評のある白鋼ならば罠も避けやすいし、魔王さんは知らないが解析魔法の前にトラップほど無意味な物はない。


「でも、機体が壊れたらなぁ」


「その心配はなさそうだ。トラップはミスしても出口に強制的に戻されるだけだからな」


 なんだ、そのRPG感は。


「口では上手く言えないが……見た方が早い。自分で確認してくれ」


「うーん、面白そうな気もするけど、ソフィーはどうしたい?」


「明日だけなら、いいんじゃないかしら。でも報酬は用意出来るのですか?」


 お金の管理はしっかりするソフィーである。経済学っつーか、家計簿学。


「依頼料に関しては成功報酬としている。魔王が最期まで手放さなかったという宝物をあるだけくれてやろう」


「まだ現存しているんですか?」


 その手の物は既に空っぽであることが多い。五〇〇年も前だ、先着がいない方がおかしい。


「ある、と言い伝えられているな。なにせ、最奥まで行けた者がいないのだ、価値を確認しようがない」


「貴女方一族にとっても使いようのない財宝ってこと?」


「そういうことだ、だから全部渡しても惜しくはない」


 胡散臭いが元より面白半分で首を突っ込んだのだ、やってみようか。

 ソフィーにアイコンタクトで了承を取り、俺は魔王に依頼受託を告げた。


「勇者レーカだ、どうぞよろしく」


「はぁ?」


 前回の投稿にて、エイプリルフールネタだと判りにくい書き方をしてすいませんでした。



>なんだこの四月馬鹿ネタはw 嫌いじゃないです。

 楽しんでもらえてなによりです。

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