雪の町と魔王の末裔 2
元来、飛行機は女性に例えられてきた。
過激な女もいれば従順な女もいる、だが一様にパイロットは彼女達に魅了されたのだ。
しなやかで、激情家で、時にタフな美女。それが飛行機だ。
見覚えがあるはずだ、機体に描かれた扇状的なイラストや女性名詞を。
彼らにはきっと、飛行機がああ見えたのだろう。油と鋼鉄の香水を纏う絶世の美女に。
「―――ああ、お前は別嬪さんだよ」
宿屋の窓から白鋼に語りかける。
能力だけを追求した、その時代の最先端技術。それが美しくないはずがない。
きっと地球の半世紀以上前に生きたパイロット達も、そう思ったはずだ。
ちなみに第二次世界大戦の日本では飛行機は天皇からの借り物であり、落書きなど以ての外だったらしい。
あの国はロマンってものが解ってない。軍艦や陸軍戦闘機の名前はやたらかっこいいけど。
「ところでお前って女?」
白鋼に意志があるとすれば、それはきっとシールドナイトの意志だ。
魔物に雌雄があるかはともかく、そのクリスタルの元となった人間には……なんてな。
「ふぁ……」
欠伸を一つ。もう寝よう。
安宿には朝食など付かない。所謂素泊まりだ。
白鋼の整備も終えて、ベッドに飛び込んで―――
―――気付けば朝。
「は?」
窓の外は明るい。朝だ。早朝だ。
「時間を越えた……だと?」
不可能とされた時間移動。それを無意識に成し遂げてしまうとは。
「勇者、いや大魔導士零夏……ククッ、悪くない」
「はい、素敵ですレーカさん」
「ふぉ!?」
アホなことを呟いていると、後ろからの相槌に跳ね上がる羽目になった。
振り向けば、添い寝する端麗な顔立ちの黒髪美女。
「おはようございます、いい朝ですね」
大人びた怜悧な雰囲気に、子供のように無邪気な笑顔がミスマッチで可愛らしい。
可愛らしいが関係ねぇ。そっと頭を戻し、二度寝と洒落込む。
「殿方でも、まだちっちゃな背中です。えへっ」
後ろからぎゅっと抱きつかれる。女性の香りが鼻孔をくすぐった。
「えへっ、じゃねーよキョウコ」
彼女はそう、二人旅のはずなのになぜか居る三人目の仲間、キョウコである。
この女性はほっといても着いてくる。呼べば現れるし、ソフィーが単独行動する際はこっそり護衛を勤めてくれる。なかなか便利だ。
そう、昨日のフードの人物こそ何を隠そうキョウコである。
「えへへ、へへ、げへ、ふへへへけけけけけ」
笑い声がホラー映画になってきた。
彼女の手が俺の体を弄る。セクハラされる女性ってのはこんな気分なのだろうか。
たぶん違う、今の俺は無念無想だ。
「隣のベッドにはソフィーがいるんだぞ」
「興奮しますね」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと……
彼女の手が股間に届きそうになったのでペシッと払う。
「私では駄目なのですか?」
「俺は……ソフィーを選んだんだ」
暫定で。
「二号さんはありですか?」
「な、なしで」
「嘘です。雄なんて元来、多くの雌を囲いたいものなのです」
断言された。
覆い被さってくるキョウコ。スケスケの黒ネグリジェがエロい。
「……ひょっとして、あるいは、とずっと考えていたのですが」
「なんだ?」
「ホモ、ですね?」
なぜ半ば断言なのだ。
「違う」
胸元をヒラヒラされ、思わず目を逸らす。
「欲情はしているのですか、良かった」
「してない」
「ではやはり……」
朝っぱらから無限ループとか、しんどい。
「私が構わないと言っているのに、なぜ躊躇うのです? 初物ですから大丈夫ですよ、色々と」
少しは慎め。
「いや、だって」
「だって?」
「初めては、一番好きな人とが……」
なにを口走っているのだ俺は。
「つまり、一番とはいかなくとも私にも恋愛感情はあるってことですね!?」
「え、そう解釈するの?」
「あるのですよね!」
「あ、はい」
思わず肯定。
ちらりと隣のベッドを確認。ソフィーは未だ夢の中だ、良かった。
「そ、そんなに慕ってくれたら、多少は惹かれるさ」
嫌いな相手とデートなどするものか。
「ふふっ、ふふふふはっ! さあ、ヤリましょう!」
「静かにしろ、ソフィーが起きる!」
「起きてるわよ、もう」
ギギギ、と横を向けばソフィーが半目の冷めた視線で俺達を見ていた。
「一から百までを全て足すと?」
「五〇五〇」
いかん、寝ぼけていない。
低血圧のソフィーは意識が覚醒するまで時間がかかる。
つまり、全部見られていた。
「うわきもの」
「ぐっ、狸寝入りとはやってくれる」
「でもいいのよ、私はレーカを縛りたくないし。息抜きは必要だもの」
風俗に行くことを許可する奥さんみたいなことを。
「よくないだろ、そういうのは」
「……馬鹿ね」
立ち上がり、顔を洗いに退室するソフィー。
離れるのは危険なので俺も起き上がり、ふと思い出してキョウコに訊ねる。
「ところで質問いいか?」
「なんでしょう?」
「君って幾つだっけ」
「婚約届けを親の承諾なしで出せる年齢です」
成人以上ってことしか判んねぇよ。
不機嫌そうな顔でソフィーが戻ってきた。
「出て行って頂戴、キョウコ。私達は二人旅をしているの」
「……はいはい、二号は所詮陰日向者ですよ」
負け惜しみ気味の捨て台詞を残し、ソフィーの脇をすれ違い退室するキョウコ。
彼女の背中に、ソフィーは追い打ちをかけた。
「それと、レーカが二号になってほしい女性は別にいるわ」
「知ってます」
知られてますか。
キョウコが退室したのを確認し、ソフィーは俺に標的を変える。
「レーカ」
「ん?」
「あの子と再会したら、ちゃんと気持ちを伝えてね」
『あの子』が誰か、判らないわけではない。しかし……
「なに言ってんだ、お前は」
「レーカにとって、あの子が私と同じくらい距離の近い存在だって解るもの」
「二股を推奨されてもな」
「私達は生まれた時からずっと、一緒に暮らしてきたのよ。好きな人を共有するくらい、なんとも思わないわ」
それに、と彼女はカーテンを開く。
「きっと、向こうも待ってる」
朝日の逆光の中にいるソフィーがどんな目をしているか、俺にはよく判らなかった。
魔王さんと待ち合わたギルドに予定時間より早く着く。
時間を潰す為にぼんやりと依頼用紙に目を通していると、魔王さんの依頼があった。
『内容 魔王城の攻略 人型機向けダンジョンです。
報酬 現地の宝物を一〇割全て差し上げます。難易度高め。
依頼人 魔王』
本当に募集してたよ、魔王城攻略……
「ん、遅かったか?」
魔王さんがやってきた。
「時間通りですよ、俺達がフライングしたんです」
「おはようございます、魔王さん」
「ああ、おはよう。予定通りいけるか?」
「はい、問題ありません」
挨拶も早々に、魔王さんの案内で魔王城に移動する。
俺とソフィーは白鋼、魔王さんは自前の飛宙船。
キョウコはいない。俺達を追って再会したばかりの頃は、四六時中トイレの中まで着いてきたのだが……
「……あれ、船だわ」
「船、って?」
ソフィーは上空を指差す。
「飛宙船、だな」
移動する一行のずっと上、高度二五〇〇メートルってところか。
中型級飛宙船が浮かんでいた。プロペラは回っていない、停まっているのか?
『着いたぞ』
「え、あれ、もう?」
共振通信の魔王さんの言葉に、思わず聞き返す。
魔王城は町から一〇分もしない近場に存在した。
「これが―――魔王城」
そこには荘厳な城壁と巨大な門が鎮座していた。
「でかいっすねぇ」
『う、む。まぁな』
歯切れの悪い魔王さん。どした。
「大きいわね。帝国城より大きいんじゃないかしら」
「そうだ、な……って、ええぇぇっ」
頷こうとして、解析結果に唖然とする。
「どうしたの?」
城壁の端まで移動、壁の裏側を覗く。
「薄っ」
城壁はまさしく、ただの壁だった。
「ハリボテかよ」
石造りの堅牢な造りだが、防衛上の意味があるとは思えない。まさに飾りだ。
『権威を誇示する為のハッタリ……なのではないか、と我が母は言っておったな。ダンジョンそのものは地下空間にある。地上は全てイミテーションだ』
「俺のイメージしてたラストダンジョンと違う」
もっとこう、空間が歪んでいたり、無限ループの間があったり、おどろおどろしい悪魔の像があったり……を期待していたのに。
『さて、降りるぞ』
ふと上をもう一度確認する。
飛宙船はゆっくりと始動していた。トラブルかなにかで一旦停止していただけだろう、気にするほどのことでもないか。
若干期待外れだったのは否めないが、地下に続くトンネルタイプのダンジョンはなかなかに雰囲気がでていた。
主に謎解き中心の、魔物のいないダンジョン。長年挑み続けただけあって魔王さんはすいすいと試練を突破して奥へと進む。
やがて、大空洞に辿り着いた。
「広いな」
『天井の高さは一〇〇メートル、面積はヘクタール単位に及ぶ』
本当に地下かよ……
『ここからが問題なのだ。未だかつて、この試練を攻略したものはいない』
『マオッ!』
なぜかドヤッ、って感じの鳴き方をする魔王のペット、ピア。いたな、こんなのも。 俺達は、壁の上の方に空いた横穴からこの大空洞に入った。
ここからは地下空間に拵えられた『それ』を一望出来る。
いや、むしろ俯瞰と言った方が正しいか。
「迷路?」
『うむ。この迷路の道幅は一〇メートル、壁の高さは一五メートル。上に天井はないが障壁が張られており、壁を乗り越えることは出来ない』
集積回路のように広がる迷路。じっと見ていると遠近感を失う気がした。
『ゴールはあれだ』
魔王が示す先には、迷路を歩き回るゴーレムがいた。
『動き続けるゴーレムに接触すれば、最後の扉が開かれ宝物が手に入るのだ』
「追いかけっこですか」
ゴーレムの動きは緩慢で、生身の人間でも走れば追い付けそうだ。
「複数機で逃げ道を塞いで包囲してしまえば、簡単じゃないかしら?」
『それは困難じゃ。アレのせいでな』
虚空より出現した鉄球が、迷路を爆走する。
球の直径は九メートル、道を完全に塞ぐ大きさだ。一本道で正面から出くわせば、小柄な人型機であってもやり過ごすのは不可能だろう。
「話が違うんですが。あんなのに潰されたら、機体はぺったんこです」
機体が壊れる心配はないって言うから来たのに。
『あれはただの幻覚魔法だ。接触すればスタート地点に戻される、厄介な相手だがな』
お邪魔オブジェクトか、なるほど。
鉄球は迷路全体で二桁は転がっている。ゴールのゴーレムから鉄球が離れたタイミングを狙う、というのは現実的ではないな。
むしろ鉄球から逃げ回るだけでも苦労しそうだ。
「ん、いや、そうじゃない」
つい流されて勘違いをするところだった。
「あれはフェイク? あーで、こーで、……案外簡単じゃないか、これ」
『おお、頼もしいな。なにか解ったのか?』
「ゲームっていうか、トンチですよこれ」
『頓知?』
「ええ、理解すれば子供だって攻略出来ます」
早速実演しようと操縦桿を押し込み、ロックされていることに気付いた。
「ソフィーさん、なにやってんの?」
ソフィーが勝手に操縦担当を切り替えていた。
「私、攻略方法、解らない」
「だから俺がこれから……」
「私がやる」
ソフィーさんが燃えていらっしゃっる。
『せっかくなので私も挑んできましょう』
キョウコの愛機、蛇剣姫がどこからともなく現れた。
『いや、誰だ!?』
驚く魔王。さすがキョウコだ、俺ですら接近されるまで気付けなかった。
「身内です、お気になさらず」
『家内です、だなんてそんな……』
言ってない。
「操縦技術の問題じゃないのよね?」
「うん、やり方に気付けばソフィーでもクリア可能だ」
「降りて」
白鋼から追い出された。
手招きする魔王の元へ行き、腰を下ろす。
「しばらく見守ろうではないか。お茶を持ってきているが、いるか?」
「戴きます」
無駄の多い素人の動きで歩き出す白鋼。イメージリンクを増設したのでソフィーも機体を動かせるのだ。動かすだけだけど。
『競争にしましょう、ソフィー。その方が張り合いがあります』
『いいわよ。頭脳労働では負ける気がしないもの』
『……遠回しに馬鹿にされましたか、今?』
『気のせいよ』
彼女達の話し合いの結果、キョウコが勝てば婚約者の公認の俺の愛人に。ソフィーが勝てばキョウコは俺のベッドに潜り込むの禁止、となった。
よし、ソフィー頑張れ。
「なんだか複雑な関係なのだな」
「当の本人が蚊帳の外、ってのがまたな……」
最初のうちはドタバタとゴーレムを追い回していた二人だが、やはり一筋縄にはいかない。
観戦してて気が付いたが、ゴーレムはランダムに移動しているのではなく、能動的に追っ手から逃げているようだ。
あたりをつけてそれなりに追い詰めでも、別のルートから脱出され距離を取られる。追いすがったところで鉄球に阻まれふりだしに戻る。この繰り返しだ。
「ゴーレムは、自分の視界に入る前から逃走を開始してますね」
「そういえば……確かにそうだな」
高い壁のせいで互いの位置はほとんど把握出来ないはずだ。出会い頭に遭遇し、追いかけっこになりそうなものだが、ゴーレムは時折不自然に方向転換する。
「音で把握しているのではないか? 挑戦者も耳でゴーレムを探しているわけだしな」
「うーん、そもそもあのゴーレムって、自己判断しているんでしょうかね?」
「操作されているだけだと? まあゴーレム創造魔法とは本来そういうものだが」
あのゴーレムからは、なんとなくラジコンくささを感じる。
ラジコンなら操縦者がいるはずだ。サーキットを俯瞰出来る、高い場所に。
迷路全体を一望出来る、ここのような場所。
「おや、君の相棒が戻ってきたぞ?」
白鋼が降着姿勢となり、ソフィーは慎重にコックピットから降りる。
「諦めたのか?」
「論理的に考えるわ」
紙を広げ、迷路を写し始めた。
「ゴーレムの動きにはパターンがあるのよ。選びやすい道があるし、左右に分かれていれば左を選ぶ傾向がある。操縦者の癖ねきっと」
「マオ?」
興味深げに地図を見つめる魔王のペット、ピア。
「これ、悪戯してはいけないぞ」
「マオッ!?」
だが魔王に回収され、彼女の膝の上に収まる。
それでもピアは身を乗り出してソフィーを見つめる。そんなに気になるのか?
『動きが止まった、今だあぁ!!』
キョウコの男らしい叫びに視線を向ければ、蛇剣姫がまさにゴーレムを追い詰めてようとしていた。
「おお、いけるか!?」
「マオォ!?」
思わず喜色を浮かべ興奮する魔王。
銀翼の名に恥じぬ足踏みにてゴーレムへの肉薄を試みるキョウコ。しかし、単純な素早さでクリア可能なら苦労しない。
「おかえり」
『……ただいま戻りました』
スタート地点に転移された蛇剣姫。
ゴーレムを追い詰めたキョウコだが、急に動きを変えた鉄球の群に逆に包囲されたのだ。
「露骨に動いたよな、鉄球」
『ゴールさせる気がないとしか思えません』
意気消沈するキョウコを慰めつつ、迷路に視線を向ける。
「あれ、ソフィーは?」
『……むぅ』
白鋼も転移されてきた。
『さっきまでとパターンが変化していたわ』
度重なる敗北に、遂に二人は根を上げた。
『もういい。レーカ、教えて』
『今日のところは諦めましょう。回答をお願いします』
「あー、うん。とりあえず、昼飯にしよう?」
慣れずに恐る恐る降りるソフィーと対照的に、蛇剣姫から一息に飛び降りるキョウコ、その姿はほぼ裸だ。「ビ、ビキニアーマー?」
この恰好で操縦していたのか。
「冒険者です」
赤いビキニタイプの鎧を纏うキョウコ、これで冒険者だと言い張るつもりらしい。
「そんな露出度の高い防具、実際に見たのは初めてだぞ」
「昔流行りました」 年寄りの昔はガチで昔だからなぁ。「に、二三〇年ほど前に」
ソフィーはスクランブルエッグしか作れないし、キョウコは食材を切り刻んだだけで満足してしまう。故に野宿の際に食事を作るのはいつも俺だ。
道具もほとんどなく、手間も時間もかけられない。パンを火で炙り、スープを簡単に仕上げる。
「美味いな」
コクコクと首肯して魔王に同意を示すソフィー。
「レーカさん、野宿では必ずスープも作りますよね」
「……旅先で温かい食事が一つあれば、精神的にはとても楽になるからな」
昔、ある人にそう教えてもらった。
「ところで、キョウコ殿はやはり……最強最古の?」
「そう呼ばれることもあります」
「おお、やはり! 伝説と呼ばれた貴女と会えるとは身に余る光栄だ!」
なぜか興奮する魔王さん。
「どうしました?」
「いや銀翼だぞ!? っていうか君達、銀翼の天使と旅をしているのか!? どうして!?」
どうして!? と訊かれても。
「……便利?」
「便利って!?」
「都合のいい女?」
「遊びなのか!?」
「その通りです、レーカさんにとって私は遊びでしかないのです」
そっぽを向くキョウコ。いじけてしまった。
彼女が半分別行動をしているのは、そもそもが俺が原因である。
白鋼を追いかけて、数ヶ月後に遂に合流したキョウコ。
飛行機形態で移動する俺達に人型機でどうやって追い付いたか甚だ疑問だが、銀翼相手に疑問符など無駄なのでそこは割愛する。
久しく出会った彼女に、俺はこう言ったのだ。
『しばらくは二人旅をしよう、って決めているんだ。せめて今年中は別行動しないか?』
あの時のキョウコの顔を思い返すと、やっぱり若干胸が痛む。
「なんか、ごめんな」
その後ストーカー化したのは、さすがに予想外だったが。
「なんですか、急に?」
キョウコの肩に上着をかける。
「コスプレもいいが、体を冷やすなよ」
こんな季節に裸同然で歩き回るとは気が知れない。
「前にも似た会話があった気がします」
「はは。そうだな」
「これって、もしや夜のお誘いですか?」
「違うんじゃないかな」
茶化さないで欲しい。
「……キョウコ」
「はい」
ちょっと早いけど、頃合いだろう。
「今まで待っもらってすまない。俺達の、正式な仲間になってくれないか?」
彼女は満面の笑顔で頷いた。
「はい、喜んで」
……少し見惚れたのは、婚約者には知られるわけにはいかない秘密である。
「レーカ、ね、レーカ、見て見て」
ソフィーが上着を脱いでアピールしていた。
「これって、もしや夜のお誘いですか?」
「違うわよっ」
赤面するソフィーであった。
食後、いよいよ俺の出番である。
迷路の中を逃げるゴーレム。意図的に妨害してくる多くの鉄球。
本来なら鉄球を避けて進むだけでも困難な中、如何にゴーレムに触れるか。
「その答えは、根本的な勘違いにある」
説明しつつ、俺は「生身で」迷路に降り立った。
「レーカ!?」
「レーカさん! 危な……くはないでしょうが、何を?」
心配そうな視線を向ける彼女達に手を振り、身体強化魔法発動。
迷路の中をゴーレム目掛けて駆ける。
「君、前から来るぞっ!」
魔王の言葉通り、正面から迫る鉄球。
「ところで、このダンジョンが作られたのは何年前だ?」
「え? おおよそ、五〇〇年前だが……」
魔王が答える。
「なら人型機が開発されたのは?」
キョウコが返答。
「それは、約四〇〇年前……あれ?」
「そう、根本的に矛盾している。大きめな建築サイズやら事前情報の先入観やらに騙されてしまったが、ここはそもそも―――生身の冒険者向けダンジョンなんだ!」
四角い通路を転がる鉄球の、左右斜め下に空いた隙間にスライディングで滑り込む。
人型機では到底抜けられない大きさ、だが生身、それも子供であれば余裕で抜けられる。
「そんなのアリかぁ!?」
「レーカ、ずっるい!」
「人型機は関係ない!?」
続けて二つ、三つと鉄球をやり過ごしゴーレムに近付く。
「マオッ!」
回避行動を始めるゴーレム、だがそのタネも判っている。
「キョウコ!」
「あ、はい!」
打ち合わせ通りにキョウコは、ピアの視界を手の平で覆った。
「マオー!?」
途端に制御を失い壁にぶつかるゴーレム。
そう、ピアこそゴーレムの目。内通者なのだ。
「そっか、私が作戦を練って挑んでも行動パターンが変わったのは……」
「あの時、地図を見ていたから!」
ピアがソフィーに目を向けている間、ゴーレム操作が疎かとなりキョウコに肉薄された。怪しいとは思っていたが、確信を得たのはあの瞬間だ。
既に阻む者はない、いける!
「マオーッ! まだだ、まだ終らんわい!」
「ピアがしゃべった!?」
ふわりと飛翔するゴーレム。そんなのありかよ。
「どやー! わいの方が、一枚上手やったな!」
高度五〇メートルほどまで上昇するゴーレム。
壁を駆け上るが、天井代わりの障壁に阻まれ届かない。ゴーレムは透過するくせに、都合のいい仕様だ。
「わいのお宝はやらんで、成仏なんぞしてやるか―――」
『―――えいっ』
観戦台からジャンプした蛇剣姫が、ゴーレムに跳び蹴りをかました。
「あ」
「あ」
「あ」
迷路上面の障壁に着地する蛇剣姫、吹っ飛び墜落するゴーレム。
「……あれ?」
なにが起こったかよく解っていないっぽいピアが、こくりと首を捻っていた。
ゴーレムに触ったことで、最後の扉が開かれる。
「これで私を愛人と認めますね?」
「無効よ。ゲームは終わっていたわ」
「私が咄嗟に飛ばなければ、レーカさんもクリアしきれませんでした。功績は認めるべきです」
「そう、なら愛人になってもいい。でも潜り込んじゃダメ」
「よく考えれば、貴女は私が愛人になること自体は拒否していなかったではないですか。夜這い禁止ではなにも譲渡していないのでは?」
「…………。」
「意外としたたかですね」
ダンジョンの最奥、玉座の間には、ぽつんと椅子が一つあるだけだった。
椅子の上には一枚の紙。
「え、財宝は?」
「そもそもお前は何者なのだ、ピア?」
ソフィーとキョウコが妥協点を探り合っているので、俺と魔王だけでピアを詰問する。
「なんやなんや、こーんな可愛い『ますこっときゃら』をいじめおってからに! マオ!」
中身はかなりおっさん臭いのだが。
「お前が初代魔王だな?」
「そーや。わいが初代魔王や。まーいい、お主らがゲームをクリアしたのは事実やからな。色々教えたるわマオッ」
そしてピアは語る。語尾に一々自己主張を付けながら。
「わいはな、むかーしは学者やったんや。天才、ちゅーやつやな。専門は魔物や。魔物は如何に生まれ、何故存在を許されんのか。最初はそれを知りたかったんやな、不思議やろ? マオ」
「どういう意味だ?」
「神や神、セ・ル・ファー・ク。人類の味方であるはずの神が、なんで人類を襲う魔物を許容するんや? この世界はどーも歪や マオマオ!」
それは常々感じていた。セルファークはどこか、作為的な常識が幅を利かす世界だ。
神とはそういうもの、といえばそれまでだが。
「そうして調べてくとな、ごっつえらいことに気付いたんや! ……あ、マオッ」
「今、語尾付けるの忘れてたろ」
「して、そのとても凄いこととは?」
「よくききぃや」
ピアは胸を張って答えた。
「かわゆい女の子に魔物っぽい耳があると、めっちゃラブリーや!」
思わず踏み潰した。
「ピアアァァ!?」
「なんや坊主、お前さんは解らんのか!? 猫耳美少女やキツネ耳美女を見たら、変な気分になったりせーへんか!?」
「なるよ! なるけどさ!」
萌である。
これは「めばえ」と読む。間違えないように。
「せやから、わいは魔物や神の研究を中断して人間と動物の融合に生涯を捧げたんや。マオ」
世界とか神とか、マクロな話題はなんだったんだ。
「見てみいや! 今や世界には獣の耳を持つ人間で溢れておる。ユートピアや!」
そういえばあの町には獣人が多い。
当然か、獣人発祥の地なのだから。
「……つまり、お前が亜人を生み出したのか?」
「ちゃうちゃう、わいが作ったのは獣人だけや。ドワーフは人間が単純に進化したもんやし、ハイエルフは神がパシリとして生み出した強化人間やな。どっちも昔っからあったわ」
「その獣人の創造主が、どうして現在では魔王扱いされているんだ」
「そりゃ、わいは獣人達の親やからな。当初は獣人なんてカテゴリはなかったから、獣人に囲まれて生活するわいは魔物を統べているように見えたんやろ。んで、たのしゅーなってきて、ノリでダンジョンを作ったんや」
ごめん、ちょっと解らない。
「そんで、わいはダンジョンを見届ける為に自分の魂をクリスタル化して、永久の命を確保したわけや。さっすがわい、天才やな」
「怨念ではなく、自分の意志で現世に残っていたのか。先祖代々続いてきた宿願とはなんだったのだ……」
うなだれる魔王。
「たぶんそりゃ、わいの妻の願いやな。わいは最初に作ったコウモリの獣人の娘と結婚したんや」
魔王さんの背中にはコウモリの羽。彼女が魔王の血族であること自体は本当なのか。
「寂しかったんかな、わいだけが生きて自分はくたばってまうことが」
どこか哀愁を帯びたピアの背中に、俺は思わずこう告げた。
「そんなことより賞品の財宝カモーン」
「台無しや、自分」
なにはともあれ、本来のこの町での目的にも辿り着けそうだ。
「財宝の在処は玉座の上の紙に書いてあるわい」
「風化して読めねぇよ」
五〇〇年も経っているのだ。紙は既にボロボロ、文字もなにも読めなかった。
「あー、じゃあ案内したるわ。ついてきぃ」
「遠いのか、財宝の在処は?」
「そうでもない。妻は財宝を守る為に、この近くに家を建てたんや。その地下室にお宝はあるで」
それって……
「我が子孫の家や」
大切な物は意外とすぐ側に、ってうるせーよ。
このまま何事もなくお開き、となれば良かったのだが……最後の厄介事は、悪意ある人間がもたらすものであった。
異変に気付いたのは、ダンジョンを脱出して地上に出た時。
白鋼と蛇剣姫が軽く視線を交える。
「囲まれてるな」
『そのようです』
魔王の飛宙船を中心に、二機の人型機同士が背を向け合う。
『どうしたのだ?』
「数十体の魔物が動いています」
魔物とエンカウントするのは珍しくないが、数が異常だ。緩んでいた気を引き締め、情報収集に努める。
解析魔法は、その魔物のデータに覚えがあった。
「これは、昨日の砂の狼?」
『デザートウルフか? ……まずいぞ、こんな町の近くにっ』
魔王の声に緊迫感が混ざる。
『なんだって、いや、今は理由はいい。討伐可能か?』
大型の魔物が町の付近に現れるというのは極めて非常事態なのだ。それこそ、小さな町ならそれだけで滅びかねないのだから。
「……やれるだけやっときます、魔王さんは町に連絡を」
依頼料や損得勘定などを考えている場合ではない。やることをやれば、あとでギルドから報奨は出る。
速やかに状況を把握し、対処しなければならない。これはある種の天士に課せられた義務だ。
もしかしたら彼らは食後で町から去っているのかもしれないが、それは考えないようにする。
『せっかく魔王城を攻略したのだ、死ぬなよ!』
飛宙船が上昇していく。これで少しは戦いやすくなる。
「さて」
切羽詰まった最中で心配してくれた魔王さんには悪いが、この程度でどうこうなる俺達じゃない。原因究明第一で動こう。
「レーカ、あれ。前と同じ船だわ」
ソフィーの尋常ならざる視力が、空高くに浮かぶ飛宙船を捉える。
ずっと魔王城の上にいたのか? 飛宙船は機関停止したところで風に流されるものだ、完全に移動していないならそれは意図的に留まっているとしか考えられない。
「……キョウコ、地上は頼んでいいか?」
『もとよりそれしか能がないので。貴方達が戻るまでに片付けておきます』
さて、事情を知ってそうな奴を問い詰めるとするか。
「借りはきっちり返せよ、クソガキ」
人を不快にさせる、男のせせら笑い。
「トップウィングスとはいえ、あれだけの大群に適うわけねぇ」
「俺達をコケにした対価は命で払ってもらうぜ」
ダンジョン上空に滞空する中型級飛宙船。そのブリッジに五人の男はいた。
何を隠そう、この事態は彼ら―――牙の旅団の仕業である。
「あれだけ多くの魔物を召喚するのはさすがに骨が折れたな」
「なあに、見返りは充分さ。ひょっとしたら銀翼への昇格もあるんじゃねぇか?」
魔物の侵攻に自主的に対処するのは慣例的な義務、であるにも関わらず彼らは事態の収集に尽力する気はない。
薄汚れた艦内にて、彼らは下界の混乱に高みの見物を決め込んでいた。
「ぼろい商売だぜ、別の土地から召還した魔物を殺してランクを稼ぐなんてよ」
艦橋の真ん中で術式を操る男。長距離転移魔法を習得した彼は、利害関係の一致した同業者を誘いある商売を始めたのだ。
高ランクの魔物を転移し、町の近くで討伐する。それを繰り返せば、やがては凄腕の称号と名声が手に入る。
エースならば多くのことが許される。上辺だけのトップウィングス、それが彼らなのだ。
「昨日、あのガキがせっかく召還した魔物を殺しやがったからな。借りたものは返さないとなぁ?」
「でもよ、町に被害がでたらどうするんだ? 俺達の評価に傷が付くぜ?」
「これだけの数だ、多少討ち漏れしてもしかたねぇさ。つーか、その方がマジっぽいだろ?」
「はは、ちげぇねぇ」
笑い合う牙の旅団メンバー。そんな彼らを、艦橋の外から盗み聞きしている者がいた。
『なるほど、そういうことか』
クリスタル共振通信が入る。
飛宙船の艦橋に、巨大な影が刺した。
「なっ、人型機だと!?」
「馬鹿な、ここは二五〇〇メートルの空だぞ!?」
『つまらない真似を。さっさと豚箱に送ってやる』
飛宙船の上に立つ人型機、白鋼は船の各所に搭載されたエンジンを破壊し始める。
「お、おいやばいぞ! 機関部がやられたら動けなくなる!」
「着地しすればいいんじゃねぇか!?」
「駄目だ、この船には俺達の悪事の証拠が沢山ある! こいつを潰す以外に道はねえ!」
「けど、機体に乗るにも時間が……」
「さっさと格納庫に行け! 俺が時間を稼ぐ!」
召喚魔法陣の中心に立つ男が叫び、四人は考えるより先に自らの機体へと駆け出した。
一人となったブリッジにて、メンバー唯一の魔法使いたる彼は呻く。
「せっかくここまで来たんだ、今更捨てられるかよ……!」
魔法陣を暴走させ、各地に設置した転送魔法陣から手当たり次第に魔物を喚ぶ。
術式が焼き切れて使用出来なくなっても仕方がない。今は、目の前の敵の排除が最優先。
船の甲板や周囲に出現する魔物。雑魚から大型まで、とにかく戦力になるならなんでも召喚した。
突然連れてこられた魔物らは混乱し、殺し合いを始める。その対象には飛宙船や白鋼も含まれていたが、魔物といえど爆音を轟かすエンジンや回転して危険なプロペラには近付かない。ようは白鋼の破壊活動を止められればいいのだ。
一見上出来に思える彼の判断。その誤算は、白鋼の戦闘能力を計り違えたことだった。
しばし時間が経過し、四人が自分の人型機や戦闘機に搭乗して甲板へと出る。
「もう終わりだ、ぶっころ……うわぁ!?」
「どうした……なんだこれは!?」
彼らが見たのは、真っ赤に染まった甲板。
全ての魔物は切り刻まれ、絶命している。
その中心には純白の機体。返り血の一滴も浴びず、二刀の剣を振りかざす。
一度飛行形態に変形したことで、強化外装装備がパージされ本来のスマートなシルエットに戻った機体。
その特徴的なスタイルに、牙の旅団の一人は覚えがあった。
「白い白兵戦特化型……まさか、こいつ白鋼か!?」
「嘘だ、レジスタンスの英雄がなんでここに!?」
「実質銀翼クラスじゃねぇか、畜生ッ!!」
『降伏しろ。俺も面倒くさい』
億劫そうに剣を振るう白鋼。
「う、うるさいっ! ブリッジ聞こえるか、船を―――」
零夏に最後まで付き合う気などなかった。
一飛びに残ったエンジンを破壊し、最後に船体深くに一突き。
『エンジン全損、浮遊装置の制御装置も破壊した。迎えを寄越すからプカプカ漂流でもしてろ』
白鋼は変形し、人型から前進翼機へと変貌する。
『じゃあな。―――キョウコ、終わったか?』
『はい、デザートウルフは全て撃破しました』
『そっか、それじゃあギルドに急ごう。誤報扱いされても面倒だ』
『ですね。私も急ぎます』
飛び去る白鋼に、彼らは呆然と見ているしか出来なかった。
「はい、これが牙の旅団とデザートウルフの討伐に関する賞金ね」
「ありがとうございます」
ずっしりと重い金貨の袋をお姉さんから受け取り、俺はソフィーとキョウコ、それに魔王さんの座る椅子へと向かう。
「まあなんだ、無事で良かった。というかまさか君達が噂の白鋼だとはな」
「こっちの地方でも噂なんですか……」
少しげんなりする。あまり悪目立ちしたくないのに。
「それで、これが地下にあった財宝だ」
魔王さんがドンと宝箱を机に載せる。
「開いてみました?」
「いいや、これはもう君達の物だ。私に開く権利はない」
「いややー! これはわいのモンやー!」
往生際の悪いピアを魔王さんはポイと机から投げ捨てる。
扱いがかなりひどくなった。
「そんじゃ、オープン!」
箱の中身、それは―――!
「わいの、獣耳ヘアバンドコレクションがああぁぁぁぁ!!」
床に伏せ、血の涙を流すピア。
思わず踏みつけた。
「どういうことだ、オイ。お宝はどこだ?」
「これはわいの夢や! お前に解るか、いーや解らん! 染色体の数すら違う生物を生態系として安定した状態で遺伝子組み替えするのがどれだけ大変か! ま、お主みたいなアホにゃーDNAとか言っても知らんやろーけどな!」
「知ってる」
「うそこけ!」
セルファーク基準なら俺も秀才クラスなんだが。
「日々研究研究研究研究! わいは獣耳のおんにゃの子と巡り会う為に、そりゃあ頑張った! でも時には泣きたくなっちゃう、魔王やもん。そんな時はこれを見て元気を出したんや!」
この世界で遺伝子組み替えなんて、きっとこの男は真の天才なのだ。
そんな天才の末路。作り物の耳に元気を分けてもらい、毎日研究する人生。
ちょっと切なくなった。
「ソフィー、おいでおいで」
「なぁに?」
手招きすると素直に寄ってくるソフィー。
その頭にウサギ耳を装着した。
「おおっ、真っ白な兎さんだ……!」
白いコートに白い素肌、白髪に白いウサ耳。
完全無欠の白兎である。目は青いけど。
「可愛いですね、これは」
キョウコも同意してくれた。
「『うさ』って言って」
「いやよ」
バンドを取ろうとするソフィーを制止する。
「駄目だ。駄目だよ、ソフィー」
ソフィーは顔を引きつらせ無言で一歩後退した。
「『うさうさ』って言って」
「いや」
「お願いします」
しばし見つめ合う。
「お願いします」
「……うさうさ」
気怠げなのが返って琴線に触れた。
「お前の気持ち、解った気がする」
「そやろそやろ、えーもんやろ?」
調子に乗った俺は更に注文することにした。
「『寂しいから、一緒に寝てほしいうさ』って言って」
「絶対イヤ」
拒絶がマジだった。くっ、まあいい。
保存食の細長いクッキーを取り出す。本当は野菜スティックが望ましいが、これで妥協だ。
「食べて」
「今?」
「そう、今ここで」
クッキーを受け取ろうとするソフィー。
ひょいと彼女の手から逃げる。
「俺の手ずから食べて」
「え? ……ええ」
困惑しつつも俺が持つクッキーをはむはむと食すソフィー。
「んっ、ん……ごくん、ふぁ、はあ……これで、いいの?」
「ああ―――ありがとう」
「最高や、もう昇天してまうでこれは」
ちょっと感涙した。
俺とピアの間に友情が生まれた。
「レーカさん、レーカさん」
キョウコが猫耳を着けてウインクしていた。
アビシニアンのようにピンと尖った猫耳。冷たい美しさを秘めた美人のキョウコにはよく似合っている。
「悪いがクッキーはもうないぞ」
「むしろ好都合、じゃない、ならここで我慢しましょう」
先程までクッキーを摘んでいた指を舐めるキョウコ。
「ん、んあ、んんっ、んっ」
懸命にしゃぶり、上気した上目遣いで俺を見つめる彼女はなるほど官能的だ。
「涎でベタベタにするな雌猫」
「お前のそれはただエロいだけや。耳関係あらへん」
「……難しいのですね、男の煩悩とは」
「浪漫だ」
「ロマンや」
エロいのは、まあ、認めようではないか。
「ところでお前、さっき昇天するとか言ったよな」
「ピアよ、遂に成仏するのか? 寂しいな、ずっと一緒だったのに」
「いやアンタら、なにわいが死ぬ前提で話しとるんや」
死なないのか?
「成仏する前に訊きたいことがあるんだが」
「あーもう、なんや!? なんでもききい!」
「魔物のクリスタルから、生前の人格を再生することは可能か?」
「は? どういうこっちゃ?」
俺達がこの町へと来た理由。
それは、白鋼の本心を知りたかったからだった。
「なぜシールドナイトは俺に自分のクリスタルを差し出したか。自分の心臓を取り出すようなもんだろ、どうしてそんなことを?」
「考えても解らんから本人に聞こう、ってか? 無理やと思うけどなぁ、魔物になったら意識なんてほとんど消えてしまうで? わいは天才やから平気やけど」
「物は試しだ、その装置は目の前にあるのだし、実験してみよう」
「あっ、待てコラ!」
ピアの背中のチャックを開き、中のクリスタルと白鋼のクリスタルを交換する。
「…………。」
反応はない。
「……駄目、か」
期待などしていなかった。今更意志疎通など出来るはずがない。
もしかしたら、なんて考えていただけ。これからの旅に影響があるわけでもなく、なにかに繋がる情報でもない。
「残念無念、こんなもんか」
クリスタルを元に戻す。
「なにすんじゃわれーッ!?」
爪を剥いて飛びかかってきたピアを叩き落とし、席を立つ。
「行くのか?」
「はい、あまり長くは滞在は出来ないので。お世話になりました魔王さん」
「お元気で、魔王さん」
頭を下げつつウサ耳を取ろうとするソフィーを、魔王さんはそっと止める。
魔王さんもソフィーのウサ耳は素晴らしいと感じているようで何より。
「何より、じゃないわよ……この姿で外に出ろと言うの?」
……それもそうか。変質者が現れても困るし。
「では、さようなら」
「ああ。元気で―――」
「―――ああ、そやそや! おんどりゃあ世界の違和感に気付いとるんやろ? なら一つ、とっておきの秘密教えたるわ」
空気読め、初代魔王。
「なんや最近、不自然に沢山の人が死んだりとかせんかったか?」
「不自然かどうかはわからないが、ちょっと前に五万人が死んだ事件があったが」
人々の記憶にも新しい、歴史に残るであろう大事件。
共和国陥落。大勢の犠牲者が出た事件といえば、やはりあれだろう。
「事件? 人為的か? ならどうなんかな。でもやっぱりそうやろ、うん」
「なんだよ、さっさと結論から話せ」
「神のやつ、間引きしおったで」
「間引き、だと?」
人間の間引き。ぞっとしない話である。
「この世界は一定以上に人が増えないようになってるんや。魔物の存在が神に許容されているのも、人口増加のカウンターやからな」
「そりゃあ……愉快な話じゃないな」
「それでも増加するなら、大規模な間引きをすることがある。わいの時もそうやった、わいは神にそそのかされて魔王になったんや!」
いや、お前の場合は自分の欲望に身を任せただけだろ。
「敵対しあう存在、人と魔物。それぞれが殺し合うことで世界は安定を保たれるんや。神様やって無限のパワーがあるわけやない、増え過ぎたら面倒見切れんからな。そーゆーときゃあ適当な理由を付けて殺してしまうんや、どばっーと」
「つまり、神があの事件の黒幕だと?」
「どやろな? むしろ止めなかっただけって感じするわ。でもそれだけやない。もう一つの、本命の問題はどうしょもないな」
本命?
「無理や無理、世界オワタや。すまん忘れてくれな」
「言えよ。気になるだろ」
「だから伝えたやん。世界オワタなんや。セルファーク、滅ぶわこりゃ」
「はぁ!?」
さすがに聞き逃せない。なんつったコイツ。
「どういうことだ! 世界が滅ぶって、どういうことだ!」
「魔王っぽく告げるとな……ククク、悪あがきなど無駄だ矮小なる猿共め。時の終わる瞬間、貴様らは空に落ちる。祈れ、それだけが残された選択肢だ―――! みたいな?」
みたいな? じゃねーよ。
「つまりな……あれ?」
「ん?」
「すまん、クリスタルの寿命や。成仏するな、さいなら~」
ピアの力が失われた。
「っておい、言えよぉぉぉぉ!? 言ってから死ねよぉぉぉぉ!!」
重要な言葉を残しつつ、肝心なことを言いそびれたまま初代魔王は天に還ったのだった。
「徒労だったな、今回の旅は」
「そうかしら。私は楽しかったわ」
ソフィーは少し機嫌がいい。ならこの旅にも意味があったように思える。
「キョウコ、飛宙船の準備は?」
「終わりました。いつでも出発出来ますよ」
自力で飛行する白鋼に対し、蛇剣姫は小型級飛宙船での空輸だ。隠れアジトまで時間がかかるが、こいつで運ぶしかない。
「レーカ、荷物が白鋼に乗り切らないのだけれど」
「コックピット狭いからなぁ」
白鋼を見上げる。頭部が斜め下に向いており、なんだか目が合った気がした。
「キョウコ、そっちの船はスペースある?」
「大丈夫です、積みますね」
ソフィーから荷物を受け取るキョウコ。
これで全ての準備が完了した。
「さて、そろそろいくか」
「ええ」
「はい」
頷く女性二人。
ソフィーが落ちないように気を付けつつ白鋼に登り、頭部のコックピットまで到達する。
「……ん?」
白鋼の肩に立ち、コックピットモジュールを見つめる。その真っ正面を向いている頭を見ていると、奇妙な違和感を感じた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
白鋼が動いた気がした。まるで、俺達を見ていたかのように。
「まさか、ね」
思考を振り払い、俺は機体を飛翔させた。
一路、絶海の孤島であるアジトへと。
〉カイウスさん
誤字報告ありがとうございます。
久々の一週間投稿。明日から入院なので、ちょっと頑張りました。
命に到底関わるような病気じゃないけど、でも手術コエー!




