5話 フラン視点:ボルトン家の様子。
メイドのフランです。
アル様が旅立たれ、もう1周間以上が過ぎました。
唐突に弟がいなくなったような寂しい気持ちと、たくましく成長されて帰ってくるという楽しみな気持ちが半々です。
ところで、お屋敷の使用人たちの間では、少しずつですが不満が出始めています。
今まで「能無し」と影でバカにしていたアル様が、どれほどみんなのために頑張っていたかを知らないのですから良い気味だったり……あ、そんなのイケナイ考えですね。
でもアル様は、奥様やダニエル様の意地悪を一手に引き受け、使用人たちの不始末も魔法で解決してくれていたのです。
もちろん、時々は妙なイタズラをすることもありましたけど……。
「は〜、困ったものだよ、フラン」
「──どうしたのですか?」
アル様が使われていた部屋の掃除をしているところへ、ダニエル様の家庭教師が立ち寄られました。
「ダニエル様が、まったく勉強をしなくなってね……」
と、冴えない表情をされているので、愚痴を漏らしにいらしたのでしょう。
以前はアル様のイタズラについて相談されることが多かったのですが……。
「まあ」
「なおかつ、お仲間もよろしくない」
怪しい風体の男たちや派手な化粧をした女たちを堂々と屋敷に入れて、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ……。
まだ16歳なのに、この有り様ですから先々が思いやられます。
そして、肝心の奥様はダニエル様を叱るでもなく、執事のサンチョス様と──いいえ、この先は私の口からは言えません……。
「はぁ、困った。アル様がおられた頃はもう少しマシだったのだが……」
それも当然かもしれません。
ダニエル様への爵位継承はパリス王の承認がまだ下りていませんが、遺言書があるので遅かれ早かれ認められるでしょう。
おまけにアル様は聖ラザロ修道会へ追放されてしまいました。
つまり、ダニエル様の立場はもう安泰なのです。
勉強なんて必要ないと考えているに違いありません。
「アル様は勉強熱心でしたから、ダニエル様にも良い影響があったのかもしれませんね」
「──確かに……。ただ、イタズラが多い上に仏頂面で可愛げが──あ、いえ、そうだな。ともかく、勉強は不思議と真面目にされていた。うむ」
夜遅くまで部屋で勉強をされるアル様に、何度か夜食や紅茶を運んだことがあります。
私が失礼を承知で、それほど熱心に勉強される理由を尋ねた時、アル様はいつもの調子でこう答えてくれました。
──この弱小領地で生き残るためだ。
──まずは知識。その次が肉体だ。最後は結局物理攻撃だからな(ぶつぶつ
正確な意味は良く分かりませんでしたが、ボルトン家と領地のことを一番に考えておられるのでしょう。
それを聞いて私はとても嬉しくなったのを覚えています。
ボルトンの大地は、失われてしまった私の故郷に良く似ているんです。
戻りたくても戻れない、あの場所に……。
だから、ずっと、私はアル様のお傍で──うふ──えへ──きゃ──、
「フランっ!」
「ひゃいっ!?」
「何をデレっとした顔をしてるんだい?」
「あ、あら」
辺りを見回すと、いつの間にか家庭教師の方は立ち去られていました。
代わって私の前には、怖い顔をしたメイド長が立っています。
ついつい妄想世界に入り込んでしまう私の悪い癖が出てしまったようです。
最後まで愚痴を聞いてあげられず、何だか申し訳ないことをしました……。
「申し訳ありません。すぐ次のお部屋を──」
「ああ。だけど、その前にこれを渡しておくよ」
メイド長は声を小さくして、私に封蝋で閉じられた羊皮紙を渡しました。
ようはお手紙ですね。
「──前の坊っちゃんからだよ。約束通り中は見てないからね」
もともとメイド長は奥様が実家から連れて来られた方で、奥様やダニエル様の味方であることを隠そうともしませんでした。
ところが、アル様は旅立たれる直前に、このメイド長を味方にされていたのです。
どうやってかは分かりませんが……。
ともかくメイド長は信じて大丈夫、とアル様から言われています。
「あ、ありがとうございます」
とても嬉しい気持ちになって、私は笑顔で手紙を受け取りました。
「ふん。仕事中だからね。──さっさと隠しておきな」
それだけ言うとメイド長は部屋を出て行きました。
私は頭を下げて見送ります。
「──さて、と」
隠しておけとは言われましたが、夜まで待ちきれるはずがありません。
私にはアル様が不足し過ぎていたのです。
修道会での暮らしぶりや、ご友人ができたかどうかも気になります。
一人ぼっちで寂しい想いをされていないかしら……。
私はそわそわとした気持ちで、エプロンポケットからペーパーナイフを取り出して封を開けました。
で、食い入るように羊皮紙を見ますと──、
<< 至急、金を送れ。金貨100枚、銀貨300枚、緑の丸薬100個 >>
「……」
私、泣いてもいいですか?




