6話 人命救助。
白金騎士ケイトという協力者は得たが、今のところ状況に進展が無い。
3人でヨハン総長の執務室を調べて、何も見つけられなかったためだ。
というより、逆の証拠が見つかっている。
各地の孤児院から寄せられた感謝状、災害や戦争で荒れた街や村への寄付記録、──などなど慈善事業に熱心な男だった。
やたらと金を貯め込んでいる証拠もなく、調査は完全に手詰まり……。
そんなわけで、相変わらず従士見習いとしてこき使われる日々を送っていた。
「ガキにも水汲みをやらせるってのは、相当のドSだな」
などと言いながら、森の中にキュアリーフが自生していることを確認した俺は、ホクホクした気持ちになっている。
キュアリーフとは、緑の丸薬の原材料となるお宝雑草だ。
「私はガキではないが──重労働であることは否定せん」
俺は13歳で、ディアナも妙に大人びた14歳。
俺よりチビだが、実は1つ年上だった。
朝の水汲み当番総勢10名が、修道会と川を何度も往復している。
水瓶を幾つか乗せた荷車に縄をつなぎ、馬ではなく人力で引いていくのだ。
「ふぅ、着いた」
「疲れたよぉ」
「ひぃ、もうダメ」
「死ぬ〜」
3回目ともなると、何人かは川に着いた途端地面に座り込んだ。
水を汲んで修道会まで戻ることを考えると、それだけで疲労感が増すのだろう。
寄付金がなく従士見習いにされているが、元々は貴族の子息だった連中である。
下級貴族だったとしても、やはり庶民よりは甘やかされて育ったはずだ。
「みんな、急げ。早くしないと従士長にどやされるぞ」
「ちぇっ、あいつの火傷はもう治ったのか?」
「良い気味だったよな〜」
「こら、聞かれたらどうする」
ヤツの火傷は完治はしていないはずだが、これ見よがしに包帯をぐるぐるに巻いて仕事復帰していた。
従士長から騎士まで後少し。
騎士になれば、待遇が俄然変わってくるので必至なんだろう。
「──そういえば、例の従士長も名前がヨで始まるな、アル」
ディアナが川から水を汲みながら呟いた。
「ヨーゼフだ。従士クラスじゃ新入りの情報が入らないし──」
「けど、連中との連絡役に使われている可能性もある。考えてもみれば、総長が自ら盗賊と取引するのはリスクが高すぎる」
ディアナの中では、今でもヨハン総長が悪の元締めらしい。
ヨハンが下っ端の従士長を使い、盗賊たちと取引していたというストーリーだ。
「おい、新入り。いつまで無駄話してるんだ。さっさと行くぞ」
座り込んでいた連中も、いつの間にか水を汲み終えていた。
あまり遅くなると従士長に折檻されるためだ。
前回のこともあり目を付けられている俺とディアナは確実に狙われている……。
「分かった」
と、俺が立ち上がった瞬間のことだ。
バシャアーーン、と何かが川に落ちる音がした。
同時に大きな悲鳴が朝の森に響き渡る。
「ぎゃああ! た、助けてくれえええ」
この辺りの川は、かなり流れが早く、それなりに水深もある。
水汲みには適しているが、泳ぎを楽しむ場所ではない。
「おい、誰か溺れているぞ!」
と、ディアナが俺の腕を引いた。
「わわ、知〜らない」
「ぼ、僕、泳げないし」
「ともかくいったん戻ろう! 従士長に怒られる前に」
「おー!」
他の従士見習いは、見て見ぬふりすることを決めたようだ。
水瓶を乗せた荷車を引く準備を始めていた。
薄情この上ないが、悪い選択肢じゃない。
こんな川で溺れたヤツを助けるのは至難の技だ。泳ぎに自信があっても巻き添えで溺れてしまう可能性もある。
状況が異なれば、俺だって放置を決めただろう。
だが、今回ばかりは助け出す必要がある。
なぜなら、溺れているのは、御者のおっさん。
盗賊のゴルだったからだ。
「お前たち! 荷車の縄を今すぐ外して、俺に寄越せっ!!」
◇
「あ、ありがとうございますううう。おーんおん」
助けてやったゴルが、大げさに泣いて礼を言ってきた。
礼など心底どうでも良いので、俺は無視して緑の丸薬を飲んだ。
「これからは何だって言うこと聞きやす。好きに使ってくだせぇぇ」
実は危機回避と水の相性はかなり悪い。
水が固体に近い状態になるからだ。
俺は川の上を歩き、水上に出ていたゴルの腕に縄を縛り付けた。
後は10人で懸命に縄を引いただけのことだ。
とりあえず、これで俺は単なる新入りから、縄投げ名人という扱いにはなった。
「礼はいい。ゴル」
「へ? な、なんであっしの名前をご存知なんで?」
後ろ暗いところがたんまりあるせいか、ゴルは怯えた表情を浮かべている。
辺りを見回し、ディアナを見たところで動きが固まった。
俺の顔は忘れても、さすがにとんでもない美少女の顔は覚えていたのだろう。
「思い出したか。──だが、俺の質問以外には答えるなよ、いいな?」
この場には、縄を引くのを手伝ってくれた従士見習いたちもいるので、余計なことは話して欲しくない。
彼らに、俺とディアナが盗賊に襲われたことはまだ秘密にしておきたかった。
「はい、もちろんですとも、坊っちゃん」
人数差を考えてか、あるいは俺の手元にダガーがあったからか、ゴルは素直に何度も頷いた。
「川には落ちたのか? それとも、誰かに落とされたのか?」
「喧嘩をして、ガルフの野郎に落とされやした。この前は斬りつけやがったし……クソッ」
大方、この前の一件が喧嘩の原因だろう。
酒か怒りの勢いで、例の大男はゴルを川に放り投げることにしたのだ。
「俺が今から幾つか名前を言う。お前が知っていれば頷き、知らなければ首を振れ」
「は、はあ?」
「ヨハン」
あっさりとゴルが首を振ると、ディアナは小さく息を吐いた。
「──次は下から行くか。ヨーゼフ」
従士長ヨーゼフも違った。
「ヨブ、ヨアキム、ヨナ──」
ゴルが嘘をついていなければ、残りは1人だけとなる。
「ヨシュア」
ようやくゴルが首を縦に振った。
聖騎士ヨシュア──聖ラザロ修道会のナンバー2である。
「良くやった、ゴル。今後ともよろしく頼む。が、最後にお前の住処を教えてくれ」




