第9話 年の差の卓
カルヴァンの婚礼は、三日ございます。一日目が顔合わせの宴、二日目が式と披露の宴、三日目が返礼。よその国同士の縁組は、たいてい二日目に本題が出ます。
ヴァルダー様は北の男爵でいらっしゃいます。五十八。テオドラ様は南の塩の商家のお嬢様で、十八。仲立ちは、どちらの家でもない三つ目の家がなさいました。
一日目の宴を、壁際から見ておりました。卓は十六。上座が北。灯は三十二。楽師は四名で、うち一人は弦の調子が半音低うございました。どなたも気になさいません。
話は初めから終わりまで、塩の道の通行税のことでございました。わたくしは数えておりました。
四刻のあいだに、テオドラ様へ向けられた言葉。三つでございます。
一つ目は「座って」。二つ目は「立って」。三つ目は、新郎の弟君が「若いのに、たいしたものだ」と仰ったものでございました。
テオドラ様の皿は、四刻のあいだ、一度も減りませんでした。——誰も、花嫁を見ていない。
ニナが、わたくしの袖を引きました。
「ねえ。あの子、なんで手ぇ握ってんの」
卓の下でございます。壁際からですと、見えます。
「膝の上で、ずっと」
「はい」
「あたし、ああいうの知ってる」
ニナは、それきり黙りました。
◇
二日目の朝、席次の写しを両家からいただきました。新郎方の書記がお作りになったものでございます。丁寧な字でございました。名の並びも、家格の順に狂いがございません。
ただ、新婦方の名は、上から四つまでしか書いてございませんでした。五つ目から下は「新婦方その他」と一括りになっております。書記の方に伺いました。
「こちらの十一名は、どなたでいらっしゃいますか」
「名簿を後からもらってね。字が読みにくかった」
「読み上げましょうか」
「……いや、いい。もう卓は組んだ」
——読みにくかったのではない。読まなかったのだ。仕来りの写しを、端から読んでまいりました。上座は北。これは変えられません。新郎の隣は、仲立ちの家の当主。これも変えられません。
新婦の左には「介添え」を置く。これも変えられません。介添えは「新婦の家の女の者」が務める。
わたくしは、そこを二度読みました。女中とは、書いてございません。
テオドラ様のお部屋へまいりました。
「介添えは、どなたでございますか」
「家の女中が。名前は……ごめんなさい、知らないの」
「新婦の家の女の者、と写しにございます」
「うん」
「お家の女の方で、こちらへいらしている方は、どなたでございますか」
テオドラ様は、しばらく考えておいででした。
「叔母が二人。従姉が一人。……あと、祖母が」
「お祖母様は」
「マリカ。七十四。母方だから、末席なんです。名簿の、下のほう」
「お祖母様は、こちらへ来られてから、あなた様に何かお話しになりましたか」
テオドラ様が、初めてわたくしのほうを向かれました。
「……昨日、廊下で。魚は嫌いだったろう、って」
マリカ様は、宿の三階の、いちばん奥のお部屋にいらっしゃいました。
「わたしはね、この縁組に一度も呼ばれてないんだよ」
「はい」
「口を出すなと言われて、それでも船に乗った。末席で結構」
「明日、介添えをお願いできますでしょうか」
老婦人は、しばらくわたくしをご覧になりました。
「わたしが座ったら、あの家の者が何か言うだろう」
「仕来りの写しには、新婦の家の女の者、とございます」
「……そう書いてあるのかい」
「書いてございます」
マリカ様は、膝の上で両手を重ねられました。それから、一度だけうなずかれました。
わたくしは、席次の写しを開きました。
新婦方その他、十一名のうちの一人。それを、新婦の左へ。動かす席は、一つでございます。上座には触れません。家格の順も、卓の数も、通行税の話をなさる方々の並びも、何一つ変わりません。
新郎方の書記に、写しを一枚お戻ししました。
「介添えの欄が空いてございましたので、埋めておきました」
「ああ。誰でもいい」
「はい」
◇
二日目の宴も、通行税の話から始まりました。卓は十六。上座は北。仕来りは一つも破られておりません。
テオドラ様の左に、小さな老婦人が座っておいででした。マリカ様は椅子に浅く腰かけて、まず孫娘の皿をご覧になりました。
それから皿をご自分のほうへ引き寄せて、魚の骨を取り始められました。どなたも気づきません。年寄りが手を動かしているだけでございますので。骨を取り終えて、皿を戻して、それから一言仰いました。
「テオドラ。これは食べられる」
テオドラ様が、笑われました。三日のうちで、初めてでございます。
通行税の話は続いております。ヴァルダー様は、一度もこちらをご覧になりません。仲立ちの家の当主が、税の率を三度言い直しておられました。
わたくしは、また数えておりました。二日目に、テオドラ様へ向けられた言葉。
三十をこえたところで、数えるのをやめました。すべて、左隣からでございます。皿は、二度替わりました。
膝の上の手は、宴のあいだ、一度もご覧になれませんでした。卓の上に出ておりましたので。
ニナが、わたくしの横で腕を組んでおりました。
「四十だよ。四十上」
「はい」
「あの人、たぶん、あの子の名前も憶えてない」
「憶えておいででした。書付にございますので」
「……そういうとこだよ、あんた」
宴が引けましたあと、テオドラ様が廊下でわたくしをお待ちでした。
「席の紙、あなたが書いたんですか」
「欄が空いてございましたので」
「祖母、末席だって聞いてたんです。三日目の朝には船に乗るって」
「はい」
「明日、返礼の日でしょう。あと一日、隣にいてもらえますか」
「席次は、返礼の日も同じでございます」
テオドラ様は、しばらく廊下の窓のほうをご覧になっておりました。
「税の話、あと二年は続くんだそうです。うちの家と、あの人の家で」
「はい」
「二年ぶん、隣に誰が座るかって、あたし、考えたこともなかった」
それだけ仰って、頭を下げて行かれました。
◇
宴の途中で、戸口が騒がしくなりました。港からの使いでございます。公国の掲示に、よその国の布告が貼られたと申しております。
よその国の布告が公国の掲示に貼られるのは、その国が公に何かを申し立てたときだけでございます。婚礼の街でございますので、揉め事の申し立ては年に何度もございません。
ニナが、筒を担ぎ直して、掲示のほうへ顎をしゃくりました。
「あんたの国だって」
坂を下りました。広場の掲示板の前に、人が集まっております。
紙は一枚。紋が押してございました。リンデン王国儀典局。その紋は、七年のあいだに何百通と見てまいりました。押す位置が右上と決まっております。この紙は、右上でございました。ですから、正式なものでございます。
人垣の向こうで、誰かが読み上げております。字の読める者が声に出して読むのが、この街の習いでございます。読み上げられた名の中に、わたくしが半月ほど前に置いてまいりました家の名がございました。
「宴方さん」
人垣の中から、誰かが呼びました。
「あんた、リンデンの人だったね」
席次は上座から決めるものと思われがちでございますが、祝宴師が見ておりますのは、たいてい末席のほうです。この先二年、誰の隣に座るのか。決まりますのは、たいていそちらでございます。
次回、広場の掲示板に、リンデン王国儀典局の紋を押した紙が貼り出されます。破綻の名前が、一つ書いてございます。




