↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「真実の愛と結婚する」と仰るので、王太子殿下の結婚式はご自分でどうぞ 〜式典をすべて整えていた元婚約者は、隣国で花嫁専門の祝宴師になります〜  作者: 晴海このみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/41

第38話 花婿の来ない式

 カタリナ様は、二十四におなりでございます。


「明後日なんです。式が」


「はい」


「相手は、対岸の港の人で。荷を積んで、二日前に出たはずなんですけど」


「船は、いま」


「沖にいるそうです。入れないんです。風が北から回ってるので」


 港の鐘は、三度続けて鳴っておりました。船が入れない鐘でございます。三度鳴りましたら、次の潮まで待つ決まりでございます。


「いつ入れるのでございましょう」


「分かりません。二日か、五日か」


 カタリナ様は、指で卓の縁をなぞっておられました。同じところを何度もなぞっておられます。木の目に沿って、行って、戻って、また行かれます。


「うちの親は、日を延ばせと言うんです。でも、延ばすと」


「延ばすと」


「聖堂が空いてないんです。次は、四十日後で」


 カタリナ様は、そこまで仰ってから、水を一口お飲みになりました。飲むまでに、少し間がございました。


「四十日後だと、何かご不都合が」


「相手の船が、次に来るのが半年後なんです」


 式次第を拝見しました。街の宴方が組まれたものではなく、ご家族が寄って作られたものでございます。字が三種類ございました。それでも、順は間違っておりません。


 ——鐘。入場。誓い。指輪。退場。膳。


「カタリナ様。この式で、変えられないものはいくつございますか」


「変えられないもの」


「はい」


「……全部です。聖堂の日も、鐘も、順番も」


「では、数えさせてくださいませ」


 わたくしは、書き出しました。聖堂の日。鐘の数。入場の順。誓いの言葉。指輪。退場。膳の数。客。衣装。九つでございます。


「九つのうち、花婿が居りませんとできませんものは、いくつでございましょう」


 カタリナ様が、書き出しをご覧になりました。上から順に、指で押さえてまいります。


「……誓いと、指輪」


「二つでございます」


「二つだけ」


「はい。残る七つは、花婿がいらっしゃらなくてもできます」


 カタリナ様は、しばらく黙っておられました。


「でも、それは式じゃないです」


「はい。式ではございません。式は、二人おそろいでなければ成りません」


「じゃあ」


「成らないものを成らせるのではなく、成るまでの時間を、式次第に書き入れます」


 書き入れましたのは、一行でございます。


 ——鐘の後、花嫁は聖堂にて花婿を待つものとする。待つ刻は、これを定めず。


「待つ、って」


「はい」


「それ、条にする意味あります?」


「ございます」


 わたくしは、二枚目をお見せしました。


「待つと書いてございませんと、待っている間、カタリナ様は『式が始まっていない人』でございます。始まっておりませんので、聖堂におられる理由がございません。ご家族は、いったんお帰りなさい、と仰います。客も帰ります。花が萎れます。五日目に船が入りましたときには、もう誰も残っておりません」


 カタリナ様が、顔を上げられました。


「書いてございますと、待っている間、カタリナ様は『式の途中の花嫁』でございます。途中でございますので、客は席を立てません。花は替えます。膳は、待つあいだの分を出します。聖堂は、途中の式に次を入れられません」


「……聖堂、次を入れられないんですか」


「入れられません。始まった式の途中に、別の式は入りません」


 カタリナ様は、口を押さえられました。押さえてから、少し笑われました。


「それ、ずるくないですか」


「ずるうございます」


「怒られませんか」


「怒られます。ただ、怒られますのはわたくしでございまして、カタリナ様ではございません」


「なんで、そこまで」


「花嫁の側にしかつきませんので」


 カタリナ様は、しばらく黙っておられました。


「……その看板、ほんとに看板なんですね」


「板でございます。ニナさんが書きました」


「字、上手いんですか」


「上手くはございません。ただ、八文字とも同じ大きさでございます」


    ◇


 式は、明後日の朝に始まりました。


 低い鐘が二つ鳴りまして、カタリナ様が入場されました。花婿の席は空でございます。誓いは読み上げられません。読み上げられませんので、式は途中で止まりました。


 止まったまま、一日目が終わりました。


 二日目、客が十四名残りました。三日目、九名。膳は、待つあいだの分として、朝に粥、昼に麦の菓子。花は、二日目に一度替えました。替えました花は、街の花市で買い直したものではございません。二日目の朝に、客のうちのお一人が畑から抱えてこられたものでございます。


 ニナは、三日とも客の数を数えておりました。


「十四、九。減ってる」


「減ります」


「あんた、減るの分かってた?」


「三日目で十を切ると見ておりました」


「あたし、二日目で三人になると思ってた」


 ニナは、聖堂の隅で膝を抱えておりました。


「ねえ。これ、来なかったらどうすんの」


「そのときは、待ったことが式次第に残ります」


「残っても、来ないじゃん」


「来なかったということが残ります。カタリナ様は、四日待った花嫁でございます。四日待たなかった花嫁ではございません」


 ニナは、しばらく何も申しませんでした。


「——で? それ、慰めになるの」


「なりません。ただ、残ります」


 三日目の午後、聖堂の方がおいでになりました。


「宴方さん。次の式の家が、日を貸してくれと」


「途中でございますので、お貸しできません」


「……そう書いてありますな」


「書いてございます」


 聖堂の方は、書付を三度お読みになりました。


「これ、どなたが書かれた」


「花嫁ご自身の御定めでございます。わたくしは書き取っただけでございます」


 その方は、四度目をお読みになってから、お帰りになりました。四度目のときだけ、声に出しておられました。


    ◇


 船が入りましたのは、四日目の朝でございました。


 港の鐘が一度だけ鳴りました。入る鐘でございます。花婿は、荷を降ろさずに坂を駆け上がってこられました。外套は濡れたままでございます。


 聖堂の扉が開きまして、内陣まで走ってこられて、それから、席に残っておられた九名にお気づきになりました。


「……待ってたのか」


 カタリナ様は、四日ぶんの花に囲まれてお立ちでございました。


「途中だったから」


「途中」


「式が。途中で止まってたの。書いてあったから」


 誓いは、その日の昼に読み上げられました。式は、四日と半日かかりまして、成りました。


 膳は、四日ぶんの粥と麦の菓子のあとに出ましたので、客の方は、みなあまり召し上がりませんでした。


    ◇


 式の翌日、カタリナ様が銀貨五枚をお持ちくださいました。ご自分の手からでございます。


「一点でしたよね。待つって書いただけ」


「一点でございます」


「四日も止まってたのに、一点」


「はい。四日は、海がお決めになりました」


 カタリナ様がお帰りになりましたあと、宿の戸口に、見慣れない方が立っておられました。


 黒い上着に、細い眼鏡。手に、綴りを一冊。上着は上等でございますが、袖口だけが擦れております。紙をこすり続けた袖口でございました。


「カルヴァン公宮、典礼監のラウフでございます」


「アデルでございます」


 その方は、綴りをお開きになりました。開いたところに、わたくしの受任の書面の写しがございました。


 指で、三度なぞられました。


「家名の欄が、空いておりますな」

式というのは、始めれば終わるまで止められないものでございます。止められないというのは不便に見えますが、止められないからこそ、途中で追い出されることもございません。


次回、公女殿下が三つ目をお決めになります。決めた翌日、その条が綴りから消えております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。