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「真実の愛と結婚する」と仰るので、王太子殿下の結婚式はご自分でどうぞ 〜式典をすべて整えていた元婚約者は、隣国で花嫁専門の祝宴師になります〜  作者: 晴海このみ


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18/30

第18話 二人でどうぞ

 その日、この街には婚礼が二つございました。一つは坂の上の聖堂で、朝のうちに。もう一つは丘の客館で、昼から。わたくしは呼ばれておりません。


 坂の上の花嫁は、エルケ様と仰います。十九におなりで、三年前にこの街へ来られました。川を四つ越えた先の生まれだそうでございます。このたび、石切りのフーゴ様と一緒になられます。よその国から来た者の婚礼には、決まりがございます。


「灯は四つだ。この街の者同士なら六つだが、片方がよそから来たときは四つ」


 司祭様は、そう仰いました。


「鐘は鳴らさぬ。二度目の婚礼と同じだ。花は置かぬ。それから、招く数は両家で揃える」


「揃わぬときは」


「少ないほうに合わせる」


「エルケ様のお身内は、この街に一人でございます」


「では、一人だ」


「フーゴ様のお家は」


「二十三人おる。だが、一人だ」


「灯を増やすことは」


「できん」


 わたくしは、四と書き、その下に一と一を書きました。


 エルケ様は控えの間で、膝の上に手を揃えて座っておられました。白の絹でございます。袖の縫い目が内側へ折り込んでございました。ご自分で詰められたのだと思います。


「あの」


「はい」


「フーゴさんのお父さんだけ、ということで、いいんですよね」


「決まりでは、そうなります」


「はい」


 エルケ様は、袖を直されました。それから、同じところをもう一度直されました。


「フーゴさんのお母さんが、昨日、いいのよって仰って」


「はい」


「三度、仰いました」


 この方も、数えておられます。


「エルケ様。灯は四つでございます。増やせません」


「はい」


「どこに置くかは、決まっておりません」


 エルケ様が顔を上げられました。


    ◇


 聖堂は暗うございました。冬の朝で、窓が小そうございますので、四つの灯では奥まで届きません。長椅子は、片側に三列ずつございます。座っておられるのは、二人でございました。右の列の端に、エルケ様の大叔母のヒルデ様。七十四におなりで、杖をお持ちでございます。左の列の端に、フーゴ様のお父上。残りは、空でございます。


 わたくしは、その四つを、祭壇の一段下へ下ろしました。通路の両脇ではございません。お二人がお立ちになる場所の、足元でございます。四つで囲みます。灯を床へ置いてはならぬとは、司祭様に伺っておりません。伺っておりませんので、置きました。


 火が入りますと、明かりが床から立ち上がりました。人の顔は、下から照らしますと輪郭だけが浮きます。柱も、祭壇も、六つの長椅子も、そこから外れました。エルケ様が通路を歩いてこられました。歩いておいでのあいだ、この方は一度も後ろをご覧になりません。振り返れば、空の席が見えますので。


 四つの中へ入られたところで、エルケ様が顔を上げられました。明かりの外は、暗うございます。長椅子も、空の席も、見えません。見えますのは、正面のフーゴ様だけでございます。エルケ様は、そこで目を細められました。眩しいからでございます。それだけでございます。


 式は決まりどおりに進みました。灯は四つ。鐘は鳴らさず。花は一輪もございません。招いたのは、両家から一人ずつ。誓いのあいだに、杖の音が三度いたしました。ヒルデ様が、一列ずつ前へお移りになったのでございます。三度目で、灯の端に杖の先が入りました。


 式が終わりまして、エルケ様が外套を受け取りに戻ってこられました。


「あの」


「はい」


「聖堂って、あんなに小さかったですっけ」


「同じでございます」


「そうですか」


 エルケ様は、袖を直されませんでした。


    ◇


 昼を過ぎて、ニナが表から駆け込んでまいりました。外套の前が開いております。走ってきたようで、息が上がっておりました。


「見てきた。見てきたよ」


「お掛けなさい」


「掛けてらんない。あのね、椅子がね」


 ニナは卓に手をついて、それから一息に申しました。


「椅子が、並んでるの。八十くらい。ちゃんと並んでる。名札も置いてある。紙にちゃんと名前が書いてあるの。あたし字は読めないけど、書いてあるのは分かる」


「はい」


「で、誰も座ってないの」


 ニナは、両手で卓の上に四角を描きました。


「一人もいないの。八十ぜんぶ空いてるの。公国の人が三人立ってて、リンデンの人が二十一人いて、それだけ。だから椅子のほうが、人より多いの」


「客はどうなさいましたか」


「来ないの。誰も来ないの。呼ばれてないんだって。ううん、呼ばれてるんだけど、名札の名前と、来てる人の名前が、ぜんぜん違うんだって」


 ニナは、そこで一度言葉を切りました。


「……あの女の人ね」


「はい」


「白いの着てた。ずっと、椅子のとこに立ってた。座らないの。座る椅子に、自分の名前が無いから」


 わたくしは、湯を一杯出しました。ニナは杯を両手で持って、少し黙って、それから飲みました。


「殿下って人が、始めろって言ったんだよ。何回も言った。でも誰も動かないの。二十一人ぜんぶ、立ってるだけ」


「はい」


「なんで動かないの、あれ」


「存じません」


「うそだ。あんた、知ってる顔してる」


    ◇


 クレム様が来られましたのは、日が落ちてからでございます。警固で立っておられたはずでございます。掛けずに、卓の端に手を置かれました。


「終わった」


「はい」


「式は挙がらん。誓いだけ、二人で言って終いだ」


「さようでございますか」


 クレム様は、外套の内から折り畳んだ紙を一枚出して、卓に置かれました。


「公国の儀典官が、椅子を並べるのに使った図だ。リンデンから正式に届いたものの写しだと言っていた」


 わたくしは、それを開きました。外交席次の図でございます。頁が四枚。上から順に、卓、上座、席、名。三枚目と四枚目のあいだで、綴じが一枚ずれておりました。名の頁が、この式のものではございません。四年前の、通商使節の饗宴のものでございます。


 招待状は、この頁の名で出たのだと思います。四年前に招いた方々のところへ、四年後の婚礼の案内が届いたのでございましょう。届いた側は、何かの間違いだと思って、来られなかったのだと思います。図の裏に、決裁の印がございました。ヘルヴィク侯爵のものでございます。


「見覚えがあるか」


「ございます」


「いつだ」


「四か月前でございます。白の間で、この図を一度、儀典長にお見せいたしました」


「なんと言った」


「綴じが一枚ずれております、と申し上げました」


「それで」


「それだけでございます」


 クレム様は、しばらくわたくしを見ておられました。


「それだけか」


「はい。それ以上申し上げますと、直すのはわたくしの仕事になります。あの日、わたくしの仕事は終わっておりました」


 クレム様は、卓を指の背で一度叩かれました。


「もう一つある。あんた、巻紙の写しの話をしたな」


「侍従の方が、膝に載せておられました」


「あれを開いた。今日、あの場で開いた」


「はい」


「開いて、しばらく見て、閉じた」


 クレム様は、外の暗くなった坂のほうへ顎を向けられました。


「あいつら、命令が無くて動かなかったんじゃない。殿下は五回言った。動けと言った。だが、あの二十一人は、何をどうやれば式になるのかを、誰一人読めなかった。読めないから動けなかった。それだけだ」


「はい」


「あんたが七年やってたのは、あれか」


「あれでございます」


 クレム様は、そこで初めて椅子を引いて、掛けられました。


「結局、二人でやったわけだ」


 わたくしは、図を畳んで、クレム様のほうへ戻しました。


「明日、一行は発つそうだ。王都へ帰る」


「さようでございますか」


「言伝は無い。詫びも礼も無い。俺が立っていたところには、何も来なかった」


「はい」


「大聖堂は、まだ空のままだそうだ。リンデンの王太子の結婚式は、四か月経って、まだ一度も挙がっとらん」


 窓の下で、鐘が鳴りました。低いのが二つ、高いのが三つ。この街の婚礼の鐘でございます。丘の客館では、今日は鳴りませんでした。二度目の婚礼でもございませんのに、鳴りませんでした。鳴らす手続きを、誰も踏まなかったのだと思います。ニナが階段のところに座って、こちらを見ておりました。


「ねえ」


「はい」


「あんた、あの人たちのこと、何もしないの」


「いたしません」


「なんで」


「頼まれておりませんので」


 ニナは膝を抱えて、しばらく黙っておりました。それから、思い出したように立ち上がりました。


「あ。そうだ。忘れてた」


「はい」


「南の宿場でさ。祝宴師って名乗ってる人がいるって。花嫁専門って看板出してるって」


 ニナは、階段の手すりに手を掛けました。


「三つ、壊れてるって。式が三つ」

アデルは何もしておりません。頼まれておりませんので。王都の大聖堂は、四か月、空のままでございます。


第三章「追ってくる」は、ここまで。次回、南の宿場に「祝宴師」を名乗る者が出ます。壊れた式が、三つ。呼びつけてくるのは、宴商会の元締めでございます。


ブックマークと評価は、鳴らしそびれた鐘の代わりに受け取っております。

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