↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「真実の愛と結婚する」と仰るので、王太子殿下の結婚式はご自分でどうぞ 〜式典をすべて整えていた元婚約者は、隣国で花嫁専門の祝宴師になります〜  作者: 晴海このみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/30

第13話 敵国同士の卓

 ターレンとミルドは、十九年前まで川ひとつを挟んで撃ち合っておりました。その川の名を、両家のどなたも口になさいません。かわりに「向こう」と仰います。ターレンの方が「向こう」と仰り、ミルドの方も「向こう」と仰いますので、話が噛み合っているのかいないのか、聞いているだけでは分かりません。


 和睦の証として、ミルドの領主の末の姫イルゼ様が、ターレンの家のアルノ様に嫁がれます。式はカルヴァン公国の客館で。どちらの国でもない場所で挙げるのが条件だったそうでございます。打ち合わせは三日前から始まりまして、三日とも、卓の話で終わりました。


「上座は花嫁の家だ。ミルドではそう決まっている」


「ターレンでは新郎の家が上座を持つ。譲る話ではない」


「では、どちらの決まりでやる」


「どちらでもやらぬということは、決まりが無いということだ」


 わたくしは巻紙を広げて、両方の決まりを書き出しておりました。ターレンの作法が十四、ミルドの作法が十六。そのうち、真正面からぶつかるものが九つございます。——九つとも、どちらかを立てればどちらかが折れる。


「宴方どの」


 ミルドの家令が、わたくしのほうへ顎を向けられました。


「あんた、どちらの国の作法を知っている」


「どちらも存じません。三日前に書き写しました」


「三日前」


「はい。ですので、どちらにも肩入れいたしません」


 家令はしばらく黙って、それから鼻を鳴らされました。


    ◇


「十八人だな」


 声のほうを見ますと、戸口にクレム様が立っておいででした。カルヴァン公国の宴警固頭でいらっしゃいます。国境の関で、わたくしの荷を賊の暗号だと疑って開けさせた方でもございます。


「席次表を寄越せ」


「まだ組んでおりません」


「なら組んでから呼べ。……いや、待て」


 クレム様は広間に入ってきて、長卓のまわりを一周なさいました。窓を見て、梁を見て、扉の数を数えて、それから卓の下を覗かれました。


「扉が三つある。ひとつ潰せ」


「潰せません。厨からの出入りに使います」


「なら運ぶ者を決めておけ。名前で」


「四人でよろしゅうございますか」


「三人だ。四人だと一人が余る。余った奴は必ず余計なことをする」


 わたくしは巻紙の端に、三と書きました。


「クレム様。九つ、ぶつかっております。上座、杯の回し方、誓いの言葉の順、花の色、灯の数、肉を切る者、鐘、退出の順。それから、塩でございます」


「塩」


「ターレンでは主人の側に置きます。ミルドでは客の側に置きます」


「くだらん」


「はい」


「くだらんが、そういうので刃物が出る」


 クレム様はそう仰って、卓の真ん中あたりを指の背で叩かれました。


「九つのうち、八つはわたくしが両方立てて組みます。順を割って、片方が先に立ち、片方が先に座る形にいたします。手間はかかりますが、成立はいたします」


「残りの一つは」


「塩でございます。塩壺は一つしかございませんので、割れません」


「二つ買え」


「二つ置きますと、二つの卓になります」


 クレム様が、わたくしを見られました。それから、何も仰らずに扉のほうへ歩いていって、途中で振り返られました。


「宴の日、俺は扉の脇にいる。あんたは壁際にいろ。卓の上を見ていろ。俺は手元を見る」


「承知いたしました」


 ニナが客館の勝手口から戻ってまいりましたのは、その日の昼でございます。肩の筒を下ろしもせずに、指を折り始めました。


「皿が十八。杯が十八。匙が十八。足りてる。ぜんぶ二十ずつあった」


「ありがとうございます」


「でさ。一個だけ、変なのがあった」


「塩壺。ターレンの人に借りようとしたら、うちのは出さないって。ミルドの人に言ったら、あっちが出さないならこっちも出さないって」


「はい」


「だから客館の棚のを使うんだって。——で? あれ、どっちの国のでもないじゃん」


 わたくしは、巻紙から顔を上げました。


「もう一度、仰っていただけますか」


「え。……どっちの国のでもないじゃん、あれ」


「どっちの決まりにも入ってないもの、卓に出していいの」


 わたくしは、九つを書き出した紙を繰りました。塩の条は、両方の家にございます。どちらにも、その壺が誰のものかは書いてございません。自分の家の壺を使うのが当たり前でございますので。


 当たり前のことは、書かれません。


「ニナさん」


「なに」


「壺は、客館のものをお借りいたします」


「だから、それどっちのでもないって言ってんだけど」


「はい。ですので、お借りいたします」


「……なんか今、あんたの顔が変わったよ」


「変わっておりません」


「変わったって。目が、こう」


    ◇


 イルゼ様にお目にかかりましたのは、その日の夕方でございます。客館の三階の、窓のない小部屋に座っておいででした。十九におなりだそうでございます。膝の上で手を組んで、背筋を伸ばして、扉のほうを見ておられました。


「宴方の方ですか」


「はい」


「わたし、何をすればよろしいでしょう」


「本日は、何も」


「明日は」


「明日は、お座りいただきます」


 イルゼ様がうなずかれました。


「座るのは、得意です」


 わたくしは、三日のあいだに数えておりました。この方の名を口にした方が、何人いらしたか。ミルドの家令が二度、ターレンの侍従が一度。あとはみな「花嫁」「先方の娘」「あちらの姫」でございます。三日で、三度でございました。


「イルゼ様。塩は、お使いになりますか」


「塩、ですか」


「明日の卓に、塩壺が一つ出ます」


「……使う、と思います。食べますので」


「では、お手元に置きます」


    ◇


 卓は十八人。ターレン側が九人、ミルド側が九人でございます。上座は割りました。ターレンの当主が先に立ち、ミルドの当主が先に座られます。杯は右から回し、注ぐのは左から。誓いの言葉はターレンの言葉で、鐘はミルドの数で。九つのうち八つは、そのように片付きました。


 塩壺は、卓の中ほど——イルゼ様の右手の先に置きました。ターレンの側でもミルドの側でもございません。壺は客館のものでございますので、どちらの家の作法にも入っておりません。宴が始まりまして、四半刻ほどは卓が静かでございました。最初に手を挙げたのは、ターレンの当主でございます。


「……塩を」


 イルゼ様が塩壺を取って、お渡しになりました。次はミルドの家令でございました。それから、ターレンの侍従。ミルドの兄君。ターレンの伯父君。肉が出れば、塩は要ります。十八人が肉を食べれば、十八回要ります。塩壺は一つでございますので、そのたびにイルゼ様の手を経ます。


「姫。塩を」


「イルゼ殿。すまぬが、塩を」


「イルゼ様。こちらへ」


 三日で三度でございました名が、その晩は四十度を越えました。わたくしは壁際で数えておりましたので、間違いございません。クレム様は、扉の脇に立っておられました。


 宴のあいだ、一言も仰いません。打ち合わせのときはあれだけ口の悪い方が、席が始まりますと口を開かれません。笑い声が上がるたびに、笑った方の手元をご覧になります。杯を持つ手。皿へ伸びる手。卓の下へ下りた手。ニナが巻紙の筒を肩に担いだまま、わたくしの隣に来て申しました。


「ねえ。あの人、なんで宴のときだけ喋んないの」


「存じません」


「あたし三回聞いたよ。三回とも黙られた。——で? あれ何」


「お仕事でございましょう」


「仕事なら喋るでしょ、ふつう」


 ニナはそう申しまして、それから卓のほうへ目をやりました。


「……あ。あの子、笑ってる」


 イルゼ様が、塩壺を渡しながら、口の端を少しだけ上げておられました。


 宴が終わりましたのは夜半でございます。刃物は出ませんでした。帰り際に、ミルドの家令がわたくしのところへ来られました。


「宴方どの。あんた、塩を動かしただけだな」


「はい」


「……それだけか」


「それだけでございます」


 家令は何か仰りかけて、やめて、外套を羽織って出ていかれました。クレム様は最後まで扉の脇に立っておいででした。人が全部出てから、ようやく口を開かれます。


「アデル。十八人、全員帰った」


「はい」


「上出来だ」


「クレム様は、宴のあいだ、一言も」


「喋る仕事じゃない」


 それだけ仰って、灯を消して行かれました。宿へ戻りますと、女将が帳場から声をかけてまいりました。


「お客さん。宴商会から言伝だよ。王都から二十人来るってさ」


「二十人」


「客館の三階を十日ぶん押さえたって。名前は伏せてある」


 わたくしは指を折りました。二十人。十日。外交の使者にしては多うございます。婚礼の一行にしては少のうございます。どちらでもない数でございました。


 翌朝、坂を下りますと、花市の筵が畳んでございました。花売りの婆様が、空の籠を重ねておいでです。


「もう終いだよ。霜が降りた」


「いつまで」


「春まで」


 婆様は籠を抱えて、それから思い出したように仰いました。


「ああ、そうだ。あんた宴方だろう。ろうそく屋のハンナが探してたよ。婚礼が七日後だとさ」


 わたくしは、畳まれた筵を見ておりました。


 花の無い婚礼でございます。

敵国同士を同じ卓につけますとき、いちばん危ないのは料理でも席次でもなく、手を伸ばす先が重なることでございます。塩壺の置き場所は、それだけの理由で決まっております。


次回、霜が降りて花市が閉まります。七日後の婚礼に、花が一輪もございません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。