先輩凄く嬉しいです
「今日は待ちに待った調理実習の時間だ。前々から伝えてはいるが、今回作る料理はケーキだ。ちゃんと想いを伝えられるようにみんな頑張れよ」
調理実習の時間。私たちの担任である古宮紗菜先生はケーキの材料を用意しながら言った。
ポニーテールの黒髪に赤い瞳に整った顔立ち、その見た目から女子生徒の人気も高い。
また彼女は私たち小説同好会の顧問で何気に一年の頃からの付き合いだったりする。
「ケーキ作りかぁ」
古宮先生のケーキ作りと言う言葉に私は静かにため息を吐いた。
一見するとこれは只の調理実習。ケーキ作りなんて適当にやればいいと思うかもしれない。
だが、それはあくまでも他の学校ではの話。私たちの学校においてはケーキ作りとは特別な意味を持つ。
私たちの学校では調理実習でケーキを作り、それを好きな人に与えて想いを伝えることが当たり前となっている。
もっともそれは生徒達が勝手にそうしているだけなのだが、先生達もそれは知っており何なら先生が他の教師にケーキを送って結ばれたなんて噂もあるぐらいだ。
だからクラスメイト達は好きな人に想いを伝えるために一生懸命にケーキを作っている。
そして私もこの学校の生徒である以上、好きな人にケーキを作らなければいけないのだが。
「本命ケーキどんなの作ればいいんだろう」
一応友達に渡す用のケーキはある程度考えている。
当然渡すのは幼馴染みの文ちゃんと浮気相手の椿ちゃんの二人。
流石に本命ケーキを椿ちゃんに渡すような非常識な行為はしない。
本命ケーキは恋人である柚ちゃんに渡す。だが問題は柚ちゃんが喜んでくれるようなケーキを私が作れないことだった。
「私……柚ちゃんの先輩なのに」
私は何も料理が出来ないわけではない。だが料理が特別上手というわけでもなかった。
それに比べて柚ちゃんの料理はとても美味しい。
そんな彼女が私なんかの料理で喜んで貰えるのだろうか。
美味しくないケーキを作って失望されやしないだろうか。
そんなことを考えていると本命ケーキを作るのだけはどうしても止まってしまうのだ。
「う……時間が過ぎていく」
気がつけば他のクラスメイト達は既に何個かケーキを作り終えている。
勿論私も友達に作るようの義理ケーキは作り終えてはいるのだが、肝心の本命ケーキだけはまだ作れずにいた。
「どうした? 何か悩み事か?」
「あ……先生」
私が本命ケーキのことで悩んでいると生徒の様子を見に来た古宮先生に声を掛けられる。
古宮先生ならば何かしら美味しいケーキの作り方を知っているかもしれない。
そう思って私は恋人に渡す本命ケーキのことについて相談した。
「わ、私に恋愛の相談をするとは」
「えっと先生?」
私の相談を聞いた先生は顔を耳まで真っ赤にして固まる。
なんで固まっているのか分からず先生を見ると先生は慌てて口を開いた。
「その……すまない。恋愛の話をしてきたから驚いてしまって」
「そ、そうなんですね」
「ただ私が栞の恋人なら……例えケーキが美味しくなくても本命のケーキを貰えるだけで……う、嬉しいと思う」
照れ恥ずかしそうに小さな声で先生は呟いた。
「とにかく大切なのは自分の好きだって想いを伝えることだと思う。私は美味しいケーキよりその好きだという気持ちの方が嬉しい」
「好きだって想い……ありがとうございます」
そうだよね。今回のケーキ作りは例え美味しいケーキが作れなくても恋人の為に本命のケーキを作って想いを告げることに意味がある。
だけども私はそれも中途半端だ。だって私は柚ちゃんの事は好きだけどそれ以上に椿ちゃんのことが好きなのだから。
でも柚ちゃんの好きって気持ちも本物だ。だからその好きという想いを伝えるために私は本命ケーキを作るのだった。
ーーー
「柚ちゃん……これ」
放課後の部室。私は柚ちゃんに本命ケーキが入った箱を渡す。
授業で用意した奴なので紙で作った地味な見た目の箱だけど柚ちゃんはそれを大事そうに受け取ると両手でぎゅっと抱き締める。
「先輩……」
「本命のケーキだよ。その……柚ちゃんに比べて私は料理そんなに上手くないけど……それでも柚ちゃんに喜んで欲しかったから」
「開けてもいいですか?」
「うん」
柚ちゃんは私の返事を聞いてそっとケーキの箱を開ける。
箱の中身は白いクリームが乗ったケーキ。本命のケーキなので勿論かなり時間を掛けて作ったけど、それでもその形は不恰好できっと味だって店で売っているケーキの方が当然美味しい。
だけどもそんな私のケーキを見て柚ちゃんは安心したように微笑んで私を見た。
その目には少しだけ涙が浮かんでいた。
「先輩凄く嬉しいです。私……貰えないような気がしてたので」
「な、なんで……私たちは恋人なんだしケーキの話だって少し前にしてたでしょ」
「勿論、分かってます。でも何でかずっと不安だったので」
本当は分かっている。柚ちゃんが不安になっているのは私が柚ちゃんをしっかりと愛していないから。
私が恋をしていないから。私が柚ちゃんをもっと好きになっていないから。
それがきっと言葉に出さなくても普段の仕草や表情に出ていて柚ちゃんを不安にさせてしまっているのだ。
「先輩……私も! ちゃんと本命ケーキ作ってるので」
そう言ってケーキの箱を渡してくれる。私はそれを受け取ると同じように箱を開けてケーキを見る。
やっぱり柚ちゃんは料理が上手でそこにはお店のケーキと遜色のない見た目の形の整ったケーキがあった。
「……綺麗な見た目。ごめんね、私のケーキあんまり形が良くなくて」
「先輩! 私は先輩のケーキ大好きです! 確かに見た目は不恰好ですけど、それでも私のために作ってくれたって分かりますから、それだけで幸せです!」
「……」
それは全く迷いのない嘘のない屈託のない笑みだった。
迷ってばかりで嘘ばかりの私はそんな彼女の笑顔が見ていられなくてそっと目を逸らす。
「じゃあ食べよっか?」
「はい!」
私たちは互いにフォークを取り出してケーキを食べる。
柚ちゃんのケーキは甘くて美味しい。それに比べて私のケーキはきっと柚ちゃんのケーキに比べて全てが劣っていた。
形も美味しさも……愛情も。私は全てが足りていなかった。
二口目のケーキを食べる。本来ならばそのケーキはとても甘いはずなのに美味しいはずなのにそのケーキは不思議と罪悪感の味がした。




