留年しちゃうんだね
部活動の時間。私たち小説同好会は部室を利用して各々好きなように暮らしている。
小説同好会なんていかにも小説を書きそうな名前が付いているが実際の活動と言えば文集を生徒向けに出すぐらいで本当に小説を出版しているというわけではない。
その文集だってたまに出すぐらいでそれ以外の時間は比較的自由に本を読んだりケーキを食べたり雑談したりして過ごしている。
「椿……今までありがとうね」
「ま、待ちなさいよ! そんな今生のお別れみたいに!」
私と柚ちゃんが小説を静かに読んでいると文ちゃん達が何だかシリアスな雰囲気で話し合っている。
一体何があったのだろうか。まさか私と椿ちゃんの関係がバレたとか。
私は不安になりつつも二人に接近するといつも通りの様子を装って文ちゃんに背後から抱き付いた。
「ひゃっ! びっくりしたぁ……栞か」
「二人が何か悩んでるみたいだったから気になっちゃって」
「あーそれなんだけど見てよこれ!」
「ちょっ、ちょっと!」
文ちゃんはそう言うとテスト用紙を私に見せつける。
そのテスト結果は凄惨なものでほとんどのテストが低水準の点数になっていて中には二十点代のテストもあった。
「うわぁ……これ誰のテスト。これじゃ留年確定だね」
「わ、私のテストよ」
なんとこの凄惨な点数を取ったのはまさかの椿ちゃんだった。
綺麗な髪だし水色の瞳だし、美人だし普段から寡黙で本を読んでいて凄く勉強が出来そうなのにこんなに成績が悪いのは意外だった。
「でも意外かも椿ちゃんって美人だから頭が良いって思ってた」
「顔が良いからって頭が良いとは限らないってことだね」
「た、確かに文ちゃん……頭良いね!」
「でしょー!」
「嘘でしょ……私こんな馬鹿な会話する二人より成績悪いの」
私たちの会話を聞いて椿ちゃんは項垂れる。でもこんな椿ちゃんも来年は後輩になっちゃうのか。
「そっか……椿ちゃん留年しちゃうんだね」
「そうなんだよ! 寂しくなるね椿」
互いに泣いて椿ちゃんを見送る。椿ちゃんには私たち以外に友達はいない。
ということは留年したら椿ちゃんは一人ぼっちになってしまう。
「椿ちゃん……一年生の人達と仲良くできそう?」
「でも留年したらしたで柚と一緒のクラスになるかもよ?」
「あ、そうだね。良かったね椿ちゃん。柚ちゃんと仲良くするんだよ?」
「あのねぇ……勝手に留年を決めつけないでくれる。私にはまだ追試があるのよ!」
勿論追試があることは知っている。だけども私たちの学校は成績に厳しい。
追試だって受かるのは一苦労で同時に追試の機会も他の学校より少ない。
追試で点数が満たなければ余裕で留年させてくるのだ。
「でも追試があるって言っても合格するの結構難しいよ」
「そもそもテスト前だって私たち勉強してたわけじゃん。なのにこの点数なのは……」
「それは貴方の教え方があんまり分からなかったからよ」
「えー! あんなに親切丁寧に答えを教えたのに!」
「答えだけ教えられても何も分からなかったのよ」
どうやら二人はテスト前にしっかりと勉強をしていたようだった。
だけども文ちゃんは答えばっかりを教えてその問題を解く仮定を教えてはいないらしく結果的に彼女は分からないままだったのだろう。
「それじゃ私が教えてあげよっか」
「え? ええ……それじゃあ頼もうかしら」
自然な提案で椿ちゃんと話す時間を手に入れてしまった。
しかも勉強を教えるという名目がある以上自然と椿ちゃんの近くにいることが出来る。
私は椿ちゃんの隣に自然に座ると友達として距離を詰める。
「あの……引っ付きすぎな気がするんだけど」
「そ、そんなことないよ! こんなの全然近くじゃないっていうか! もっと近づいてもいいんじゃないかな!」
私の肩が椿ちゃんの肩に触れる。それだけで幸せだった。
だけども椿ちゃんは私たちの関係がバレないように引っ付こうとする私を手で押して遠ざけた。
何だかそれがちょっと椿ちゃんに拒絶されたみたいに思えて心が苦しくなる。
そんな私を見て椿ちゃんは嘆息すると仕方なさそうに口を開いた。
「さっきのは近すぎだけど……もう少しぐらいなら側に来てもいいわよ」
「椿ちゃん!」
私は嬉しくなり椿ちゃんにぴったりとくっついた。
椿ちゃんは激怒して頭をぽかぽか殴り、私を少しだけ離した。
「今は私の彼女も貴方の彼女もいるでしょ? だからこの距離で我慢しなさい」
静かに私にだけ聞こえる声でそう言うと頭を軽く撫でられる。
本当はもっと近くにいたいし触れ合いたい。
だけどもそれはきっとダメなこと。私がもっと椿ちゃんを好きだって愛してるってみんなの前で伝えればこの幸せな時間は関係は壊れてしまう。
だから我慢するのだ。それに我慢するのはみんながいる時だけだ。
二人きりになれば私たちは恋人になれるのだから。
「……うん」
私は大人しく椿ちゃんの言葉に頷くと恋人ではなく友人として勉強を教える。
だけども勉強をする椿ちゃんの横顔は綺麗でやっぱり好きになってしまう。
「椿ちゃん……分からないところある?」
「とりあえず、この問題とこの問題も、あとこの方程式も意味が……」
「ちょ、ちょっと待って……分からないところが多すぎる」
私は慌てて柚ちゃんに助けを求める。柚ちゃんは私を見るのを辞めてこちらに近寄ってきた。
「どうしたんですか? 先輩」
「椿ちゃんの勉強……多分私だけだと手に余るから教えてあげてくれないかな」
「いいですけど」
「柚は一年生なんだけど」
「大丈夫、柚ちゃん頭いいから」
「こう見えてテストの成績はほぼ九十点代ですよ! ちなみに先輩と何度か一緒に勉強しているので二年生の範囲もある程度は出来ますよ」
「もしかしてこの中で一番頭悪いのって……」
絶望する椿ちゃん。それに対して私は励ましの言葉を送る。
「大丈夫だよ! 椿ちゃんは確かに成績悪いかもしれないけど! 凄く美人だから!」
「それ……あんまり嬉しくないんだけど。というか大体見た目で言うなら栞だって凄く可愛いと思うわよ」
「そ、そうかな」
「え、ええ……とても」
急に可愛いって言われて思わず照れてしまう。そしてそれは椿ちゃんも不意に出た言葉なのか照れ恥ずかしそうに顔を赤くした。
「先輩は可愛いですよ! 本当に先輩が私の恋人で良かったです」
突然私の腕にぎゅっと抱き付いてくる柚ちゃんに椿ちゃんは慌てて平静を取り繕った。
「そうね。二人ともいい恋人だと思うわ」
「はい! それより椿先輩のテスト問題ですよね。ここはーーあれ? この問題は先輩分かりますか?」
「あ、それならーー」
こうして私と柚ちゃんは椿ちゃんが追試に合格できるように問題を教えるのだった。




