私はちゃんと文ちゃんのことを見るよ
「あの……やっぱり思ったんですけど先輩を共有するの辞めませんか?」
部室の中、私が椿ちゃんを抱き締めていると柚ちゃんが机を手で撫でながら呟いた。
その言葉で気まずかった雰囲気がより重苦しいものに変わる。
「実は私も思っていたの。この関係だと栞が可愛そうだって……栞はやっぱり私と恋人になるべきよ」
「ちょっと! 二人とも変なこと言わないでよ! いいじゃんこのままで! みんなで栞と恋人になった方が誰も振られずに済むんだし」
柚ちゃんと椿ちゃんは私を恋人にしたいと再び言い争いを始める。
そんな二人とは対称的に文ちゃんは何とか現状維持しようと必死だった。
そしてそんな三人の様子を私は椅子に座って静かに眺めていた。
でも内心では凄く嬉しいと思っていた。みんなが言い争う度に私は愛されているのだとみんなが嫉妬してくれる度に私は好かれているのだと安心できたから。
だから私は三人が言い争っている姿を見て安堵していたのだが。
「……栞、話がある。少し来てくれ」
突然部室の扉が開くと抑揚のない声と共に私を呼び出した。
私は大人しく古宮先生の後へと付いていく、しばらく歩いて辿り着いたのはいつもの校庭だった。
「栞……お前はこれで良いのか」
「私はそれでも構いませんよ。先生ももし良かったらどうですか?」
「……どうとは?」
「先生も私の浮気相手になりませんか。先生も私のこと好きなんですよね? 初恋の人忘れさせてあげますよ」
私はそう言って先生の頬に手を触れる。それに対して先生は静かに手を私の方へと向けてーー私の頬をビンタした。
「……え?」
「私はお前のことが好きだ。でも人の心を弄ぶような奴は大嫌いだ」
「……ご、ごめんなさい」
私は先生に怒られて思わず後退る。先生を怒らせてしまったという焦燥感や不安、恐怖で体が震える。
そんな私に先生がそっと近づくと怯えて目をぎゅっと閉じる私を今度は優しく抱き締めた。
「先生……なんで……怒ってるんじゃなかったの?」
「私は怒ったんじゃない。叱ったんだ」
そう言って先生はさっきとは違って優しい声で静かに語り掛けてくれる。
「お前はいい子だもんな。叱られたこと無かっただろ。でも何も相手を肯定することだけが愛じゃない相手が間違えたことをしている時、叱ってやるのも愛なんだ」
「叱るのも……愛」
私は親に怒られることはあった。でも叱られることは無かった。
椿ちゃんも文ちゃんも柚ちゃんだって私を肯定して愛を沢山くれたけど一度だって私を叱ったことはない。
先生が自分の今の状況を間違えていると叱ってくれたことで私はようやく愛が満ち足りた気がした。
「先生……わたし……悪いことしました。椿ちゃんも柚ちゃんも文ちゃんもみんな私のことが好きなのを知ってたから、それを私の心を満たすのに利用した」
「なら謝ればいいんだよ。謝ってちゃんと向き合ってやればそれでいいんだ」
先生は私の頭を乱暴に撫でた。
「悪いことをしたら謝る。そして今度からは気を付ける人生なんてその繰り返しさ。だからちゃんと謝って自分を好きになってくれた人を見ればいい。私には出来なかったことだからな」
「……はい」
まだ誰が好きなのか選べない。だからこそ選ぶために私は私を好きになってくれた人たちと話す必要があった。
私は話し合う覚悟を決めると先生と一緒に部室へと戻った。
ーーー
部室の中。そこでは椿ちゃんたちが何も話すことなく静かに座っていた。
先程まで言い争いをしていたみたいだが、結局結論は出ないまま、話疲れて誰も口を開かなくなってしまったみたいだった。
分かってる。この状況を産み出したのは私のせいだ。
だからみんなにちゃんと謝らなければならないのだ。
みんなの気持ちを利用したことをみんなを蔑ろにしたことを。
「みんなに言いたいことがあるんだ」
私の言葉に全員の視線が集まる。椿ちゃんと柚ちゃんは何事かと不思議な表情でこちらを見るが文ちゃんだけは明らかに不安そうな表情で私を見ていた。
「椿ちゃん、柚ちゃん、文ちゃん……みんなごめんなさい。私はみんなの気持ちを利用した愛されたいからって全員の恋を利用した。だからごめんなさい」
「い、いいよ! そんなの! 栞は謝らなくていい! だからお願いだからこのままでいてよ!」
文ちゃんは気づいていた。私がまともになってしまったことを。
だから文ちゃんだけはその先の発言を止めようとする。
でも私はもう覚悟を決めた。誰かを傷つけることになっても愛されるのではなく誰か一人を愛そうと。
「私はもう全員と付き合ったりはしない。ちゃんと一人の人を愛したい」
「栞……私は賛成よ。元からそうするべきだって思ってたし」
「私も同じです。やっぱり先輩を三人で共有するのは辛いです」
椿ちゃんも柚ちゃんも私の言葉を受け入れて賛成してくれた。
でもーー
「私は嫌だ」
「文……貴方はこの状況でいいと思ってるの?」
「椿は黙っててよ! 本当は椿だって柚だって心の底では自分が栞と恋人になれるって自信があるからそう言ってるんでしょ?」
「それは……」
「私には無理だよ。そんな自信持てない……」
文ちゃんはそれだけ言うとその場から逃げるように部室から出ていこうとする。
それを私は引き止めようと手を伸ばすけどその手は文ちゃんには届かない。
でも文ちゃんの腕は掴まれていた。そして掴んだのは私ではなく古宮先生だった。
「ここで逃げたら後悔する!」
「……後悔なんてしない! 栞とこのままでいい! 私は栞から否定されたくないんだよ!」
「私も同じ気持ちだった。好きな人がいて……でも拒絶されるのが怖くて否定されることが怖くて想いを伝えなかった」
先生はずっと初恋の人に気持ちを伝えられなかったことを後悔していた。
そして自分が後悔しているからこそ文ちゃんにも同じようにはなって欲しくないのだ。
「私はずっと苦しんでいる。あの時、ちゃんと想いを告げていればと、今だって変わらずに苦しみ続けている。文にはそうなって欲しくないんだ」
「私は……」
「文ちゃん……私はちゃんと文ちゃんのことも見るよ。文ちゃんともしっかり向き合うからだから文ちゃんも私の方を向いてよ」
「栞……」
文ちゃんは力なくそっと私を見た。目には涙を浮かべて顔はすっかり不安で一杯の表情。
私はそんな文ちゃんをそっと抱き締める。それと同時に文ちゃんは静かに涙を溢した。




