何度だって
「椿ちゃん……今日はこの絵本を読んで貰おうかな」
「……ええ」
私は絵本を椿ちゃんに渡す。今週は椿ちゃんと恋人になる一週間、更に言えばその最終日である日曜日なのに椿ちゃんの表情はどこか暗い。
私がそれに対して心配そうな表情で顔を覗くと椿ちゃんは私を見て悲しそうな顔をした。
「栞……貴方は私のことをどう思っているの?」
「どうって……言われても」
「私は貴方のお母さんではないの。私は栞に愛されたいって思ってる……でもそれは母親としてではなくて恋人としてなのよ」
「私はーー」
椿ちゃんはさも当たり前のように私が椿ちゃんに母親を重ねていると言うけど私は今そう言われて椿ちゃんが母親に似ているのだと気づいた。
だから私は椿ちゃんに惚れたんだ。ずっと私は椿ちゃんに母親としての行動を求めていた。
その事実を今椿ちゃんに言われて理解することが出来た。
「私が椿ちゃんを好きになったのはお母さんに似てたからなんだと思う」
「……」
「でも……今は違うよ」
「……それは本当なの?」
今は違う。それは確かだ。もう私は母親から愛されるのを諦めてしまった。
その時点で椿ちゃんを母親として見ることは無くなっていたのだ。
だから椿ちゃんを見て綺麗だと思うことはあっても見た目だけで惹かれることは無くなった。
でもーー今私は愛嶋椿を愛しているのか、その答えは分からない。
私が椿ちゃんを愛していたのは母親としてーーならば母親でなくなった椿ちゃんを私は本当に愛しているのだろうか。
「今は椿ちゃんを椿ちゃんとして見てるんだよ」
「良かった……私、その事実を知って……ずっと不安で」
「そっか不安にさせちゃったんだね」
私はそっと椿ちゃんに近づくとその頭を優しく撫でた。
椿ちゃんは私の胸に顔を埋めると声を抑えて涙を流す。
「私は椿ちゃんが一番好きだよ」
「……本当?」
「……うん。だから今週でお別れなんて残念」
私は嘘を付いた。だけども椿ちゃんはそれを聞いて嬉しそうに顔をあげるとそのまま私を力強く抱き締めた。
少し痛いぐらいにまるで誰にも渡さないようにしているかのように強くしっかりと椿ちゃんは私を抱き締める。
「私は……栞と離れたくない。ずっと一緒にいたい。今度は二週間後だなんてそんなの……待てない!」
「話し合って決めたんだから仕方ないよ。だから今日一日はいっぱい甘えていいからね」
私は椿ちゃんを抱き締め返すとそっと優しい言葉を口にした。
ーーー
「先輩! 今日はデート一緒に来てくれてありがとうございました」
今週は柚ちゃんが恋人の一週間その最終日。私達は今週の思い出としてショッピングモールでのお出かけデートを行っている最中だった。
「それはいいけど……なんでショッピングモールでのデートにしたの?」
「二人から聞きましたよ。先輩は椿先輩と文先輩ともショッピングモールに出掛けたらしいじゃないですか、なんかちょっと羨ましいなって思って」
要するに自分だけ私とショッピングモールに行っていないという事実が嫌だったらしい。
もっとも私としてもショッピングモールは買い物は勿論のことただ一緒に商品を見て廻るだけでも楽しいので問題はないんだけど。
「それで柚ちゃんはどこか行きたい所あるの?」
「私は先輩と一緒なら何処だって楽しいですよ! でも実は今回に限っては行きたい所が一つだけあったりします」
文ちゃんはそういうと映画のチケットを自慢げに見せた。
その映画は私が気になっていたホラー映画のチケットだった。
「ホラー映画!」
「先輩なら喜ぶと思ってました! カップル割で安くなってるんですよ」
「……カップル割」
またあの女店員がいたら私は他人の前で三回違う女性とキスをしたことになるのかと苦笑いする。
私達は早速映画のチケットを持ってショッピングモールの映画館へと向かう。
映画館の店員はいつもの女性店員。彼女はドン引きした様子で私を見ていた。
「えっと……カップル割なのでキスを……」
「はーい! 先輩キスしましょう!」
「……うん」
私達は互いに見つめ合いながらそっとキスをする。
それで店員は満足したのか私達を映画館に入れてくれた。
ーーー
「今回のホラー映画も面白かった! 柚ちゃんは大丈夫?」
ホラー映画を鑑賞して満足した私は表情が緩んでいた。
だけども他のお客さんはホラー映画を見た後、顔を真っ青にしながら帰っていく。
なので柚ちゃんは大丈夫かと私の好きな映画を優先して無理してないかと心配になり尋ねた。
「私は結構そういうのに耐性があるので問題ないですよ。あの……それより今日の夜、私の家で前みたいに食事とかどうですか」
「……それは嫌かな」
「どうしてですか」
実はこの一週間柚ちゃんはこうやって何度も家族で一緒に食事をしないかと誘っている。
だけどもその誘いに対して私はいつも拒否をしていた。
「柚ちゃんのお母さんが優しい人だから……柚ちゃんとお母さんが仲良くしているところを見るとその幸せを望んでしまいたくなるから……もう手に入らないのにね」
「そんなこと……そんなことないですよ。私とお母さんの幸せは家族としての幸せです! そしてそれは先輩だって手に入れられるものなんです」
そういって柚ちゃんは私の手を握る。だけどもその手を私は振り払った。
「先輩……」
「……ごめんなさい」
「先輩……私は先輩のことが大好きです!」
柚ちゃんはそういうと私の手を再度掴んで握り直した。
「先輩が私の手を振り払うなら……私は何度だって先輩の手を繋ぎます! 先輩を一人にはさせませんから……!」
「柚ちゃん……」
「いつか家族になりましょう。私は先輩と一緒に過ごしたい恋人として家族として」
「この状況でよくそんなこと言えるね。今、私は一週間ごとに恋人が変わる存在なんだよ」
「言っておきますけど私は納得してませんから……私はこの一週間で先輩の恋人が変わる状況はおかしいものだと思ってます」
「それはそうだけど」
「でも必要だとも思いました。だって先輩も私も椿先輩や文先輩だってお互いに気持ちの整理を付ける必要があると思うんです」
「気持ちの整理……」
「振られる覚悟や先輩との思い出。先輩だって誰を好きなのか誰に恋をしているのかそれを確かめる時間が必要だと思ったんです」
柚ちゃんの手は柔らかくて小さい手だ。なのになんて……なんて心強い手なのだろうか。
「柚ちゃんはそう言うけどさ。私が柚ちゃん以外を選んでも柚ちゃんは耐えられるの?」
「愚問ですね! 耐えられるわけないです! でも不安はないですね! 先輩が好きなのは私だって信じていますから!」
「そうだね。私は柚ちゃんが一番好きだよ」
「そんなの知ってますよ!」
椿ちゃんにも言った嘘つきな私の言葉に柚ちゃんは正直な言葉で返したのだった。




