栞が求めているのは私なのよ
「それで……なんで浮気したの?」
部室の中で長い沈黙が始まる。それが嫌で私はずっと聞きたかったことを文にぶつけた。
それに対して文は特に悪びれる様子もなく静かに答えた。
「好きだからに決まってるじゃん……好きだから浮気したそれだけ」
「……ッ! 栞は柚の恋人でしょ! それなのに浮気をするなんて最低よッ!」
「そうですよ。栞さんを誘惑して誑かして文さんはそんなことする人じゃないって思ってたのに……」
私達の追求に文は苛つきながら私を睨み付ける。
「椿……あんた最低だよ。自分は棚にあげて私を責めてさ、浮気してるのは椿も一緒じゃんか」
「な、なんの話よ……」
「栞が言ってくれたよ。私と椿ちゃんも浮気してるってさ」
「待ってください……椿さんそれ本当なんですか?」
栞からどういう経緯で話を聞かされたのかは分からないが彼女が正直に話した以上、私が誤魔化すのは不可能だった。
それに文や柚に対する罪悪感にも耐えられず私は頷いた。
「……そうよ。私も栞と浮気していたわ」
「やっぱりそうだったんだね」
「やっぱり……?」
「栞が自分の浮気について話すわけないじゃん。でも栞と椿の様子を見れば浮気していることは何となく分かってたから」
私はやっぱり栞のことを何も分かってはいなかった。
栞がそんなことをわざわざ口にする人じゃないのは知っていたはずなのに。
私は栞を信じることが出来ず素直に話したのだと思って文の口車に乗せられてしまった。
「二人とも最低です! 気持ち悪いッ! じゃあ何ですか! 二人とも私達が恋人になって付き合っているのを見ながら裏では先輩と付き合っていたってわけですか!」
「……そうなるわ」
「……もういいです。別に謝れとはいいません。謝ったって意味のないことですしもう先輩に手を出さないで下さい。それで終わりましょう」
「は、はぁ? 何を言ってるのよ!」
勿論自分がおかしいということは理解している。
でも理解していてもここで柚の提案を聞くわけにはいかなかった。
栞は私を愛してくれる。そして栞も私のことが大好きだ。
ならば栞の側にいるのは文でも柚でもなく私のはずなのだ。
「そうだよ! 恋人なんて所詮は肩書きでしょ? 柚が栞の恋人とかもはやそういう話はしてないんだよ!」
「その肩書きすらない癖に偉そうなこと言わないで下さい!」
文と柚が言い争う。だけども二人とも栞の本当の気持ちは分かっていないのだと少しだけ優越感を覚えている自分がいた。
だって私が一番栞に愛されている。栞はいつも私を見て顔を赤くするし私に好かれようと必死に頑張っている。
「二人とも……残念だけどこの争いは不毛よ」
「どういう意味です?」
「栞が求めているのは私なのよ。一人は所詮は幼馴染み、もう一人は恋人の肩書きにすがりついているだけ」
「……椿はこう言いたいんだ。私が栞に一番愛されているって」
「そうよ。栞は私のことが大好きなのよ。栞の小説……二人は見なかったの? あの小説は私のラブレター。栞が書いた最新作の小説もヒロインは白髪で青い瞳で明らかに私のことを書いているでしょう?」
「それは……」
私の言葉に文も柚も黙る。栞が誰が好きなのかは小説を読めば明白だった。
栞は私が好き。勿論他の二人もそれなりに恋心があるのかもしれないが一番愛されているのは私なのだ。
その事実に柚は落ち込み、文の表情は凄く……凄く悲しそうだった。
「文……?」
「本当はいつか言うべきだって思ってたんだよ……でも栞と椿が浮気していないなら話す必要もないと思ってたんだ。こんなの知ったら二人とも苦しむだろうし」
「な、なによ。急に……」
「……この写真見てよ。栞の家から持ってきた奴だから」
そういって文は私達にある写真を見せる。そこには私が一人静かに立っている写真があった。
だけども私はそんな写真を撮った覚えがない。不思議に思っていると文が静かに言った。
「これは椿の写真じゃないよ。栞のお母さんの写真なんだよ」
「……え?」
「分かる? あれはラブレターなんて高尚なものじゃない子供がお母さんに向けた愛して欲しいって願望を綴った只のお便りなんだよ」
「ま、待ちなさいよ! じゃあ栞が私のことを好きなのは……」
「椿の姿がお母さんに似てたから……栞はね。椿を恋人として愛してなんかいないお母さんの代用品として愛していたんだよ」
その真実に私の心は粉々になり真っ暗な世界へと沈んでいく。
栞は私のことを愛していると思っていた。栞だけは私を見てくれていると思い上がっていた。
でも違った。栞が見ていたのは愛していたのは私ではなくお母さんだったのだ。
「嘘……嘘よ……」
認めたくなかった信じたくなかった。でもそれを拒絶することは出来なかった。
私は心のなかで文の言っていることが事実なのだと理解していた。
「栞……栞は私のこと……お母さんだと思っているの?」
私の言葉に誰も答える人はいない。文も柚も私も何も話すことはなく部室の中で涙を溢すことしか出来なかった。




