私はただ……
「……大丈夫、今度はきっと」
真っ暗な部屋の中、私はくしゃくしゃになったテスト用紙を握りながら小さく呟いた。
椿ちゃんと文ちゃんが揉めてから数週間。椿ちゃんの追試もなんなく終わり、無事に留年することは免れた。
私たちの浮気関係は未だに続いており、私の恋心も柚ちゃんと椿ちゃんの両方にあるような中途半端な状態だった。
だけども今はその事を心配している場合ではなかった。
明かりも付いていない真っ暗な部屋の中で私は小さく震えている。
そんな状態で私は電話を掛ける。事前に約束をしていたので数コールの後にすぐに電話が繋がった。
「も、もしもし……お、お母さん……繋がってるよね」
「……はい」
冷たい女性の声が聞こえる。私はその声に不安になりながらも静かに電話を続けた。
今日は事前に約束していたお母さんとの電話の日。
そこで今の自分の成績や普段の学校での暮らしについて話し合うのだ。
「貴方に送られてきたテストのコピーと中間テストの順位、全て確認しました」
「う、うん……それでどうかな?」
「どうとは……」
「あ、えっと……」
「とにかく引き続き頑張るように。お金はちゃんと送りますので安心してください」
それはまるでそう台詞が決まっているかのよう。
今までと同じように私に対して特に反応を示すことなく自分の要件を伝えるとすぐに電話を切る時の文脈を口にする。
「ま、待って……!」
「何ですか?」
「わ、私……ね。中間テストの順位を見たら分かると思うんだけど……全教科の合計で一位取れたんだ。古宮先生も凄く頑張ったって褒めてくれて……」
「切りますね」
「……うん」
お母さんは私と話をすることが苦痛なのか短くそれだけを口にすると電話を切る。
電話が切れた私は真っ暗な部屋の中でテスト用紙を更にくしゃくしゃにした。
「私はただ……褒めて欲しかったんだよ」
分かっていた。お母さんは私を嫌っていて私を褒めてくれたことなんて一度もない。
だから今回だって褒められないと頭では理解していた。
でも私は期待してしまった。今度こそは褒められるとそう思ってしまったんだ。
だって今回は中間テストの結果が一位だったから。
いつか褒められたいと認められたいとそう思って勉強を頑張ってきた。
そして一番上の成績になった。だから今度は褒めてくれるんじゃないかって頑張ったねって偉いねって言ってくれるんじゃないかってそう思ってしまったのだ。
「今度は私何を頑張ればいいの? 何をすればお母さんは私を愛してくれるの?」
愛されたい。ずっとその気持ちがあった。私の母への気持ち、私はずっと母に愛を求め続けていたのだ。
でもお母さんはどんなに頑張っても私を褒めてはくれないし認めてはくれない……愛してはくれない。
私は静かに電話を掛ける。私がお母さんに愛されないのはいつものことで、そしてまたこうしてお母さんとの電話の後に彼女に電話をするのもいつもの事だった。
「栞……大丈夫?」
「……文ちゃん……わたし」
私が電話を掛けたのは幼馴染みの文ちゃん。文ちゃんは去年も同じことがあったからなのか心配した様子で電話に出た。
「……文ちゃんお願い。早く来て……寂しいの……辛いの」
「わ、分かった! すぐ向かうから!」
私がこんな夜中に文ちゃんに電話をするのは寂しくなった時だ。
それを文ちゃんも理解しているからすぐに出掛ける準備をして来てくれる。
電話が切れて静寂に包まれる。静寂になると今まで以上に寂しいように感じられた。
ーーー
「栞……来たよ」
玄関の扉が開き、文ちゃんの姿が見える。私はすぐに文ちゃんの所に駆け寄って文ちゃんを抱き締める。
それに対して文ちゃんはしっかりと抱き締め返してくれた。
「私……期待しちゃった。ダメだって分かってたのに無理だって理解してたのに……もしかしたら褒めて貰えるかもってそう思っちゃった」
「大丈夫。ちゃんと分かってる。栞は良い子だ。他の誰が何て言っても私はちゃんと栞のこと認めてあげるから」
私はしばらく文ちゃんから離れたくなくてずっと彼女に引っ付いている。
文ちゃんはそんな私から一旦距離を取ると手を握って部屋まで連れていってくれる。
「栞の部屋で一旦休もう。玄関で立ってばっかりだと疲れるでしょ?」
「……うん」
私は文ちゃんに手を引かれて部屋へと着いた。部屋ではさっきまで握っていたテスト用紙が散乱していた。
それを文ちゃんはそっと集めると悔しそうな顔でその用紙を見る。
「栞はこんなに頑張っているのに……アイツは今回も認めてくれなかったんだね」
「……今回もダメだった。私が悪い子だから」
「悪くなんかない! 栞はいつもいつも頑張ってきたじゃんか! 私知ってるよ! どれだけ栞が遅くまで勉強してたのか! それも全部お母さんに褒めて貰う為だったんでしょ」
「……うん。だけど意味なかったなぁ」
力無く呟く私に今度は文ちゃんが抱き締めてくれる。
その力が強くてだけども優しくて少しだけ安心する。
「栞はいい子だ! 栞のお母さんが栞を褒めないなら私がその分、褒めてあげる受け止めてあげるから!」
「文ちゃん……ずっと側にいて」
「いるに決まってるじゃんか! だって私は……栞の……栞の親友なんだからさ」
私は文ちゃんに抱き締められながらお母さんに甘えられなかった分まで甘えて沢山の涙を流すのだった。




