辞めてあげなよ!
「先輩! 今日も私の家に行きましょう」
「ええっと流石に何回も行くのはどうなのかな」
放課後の帰宅道。また柚ちゃんに家に来ないかと誘われる。
最初に柚ちゃんの家に来てから既に三日。
この三日間ずっと私は柚ちゃんに誘われるがままに彼女の家に行ってご飯を食べてから帰る日々を送っている。
だけども流石にこんなに毎日いくら向こうの母親が歓迎しているとはいっても毎日家に行くのは気が引ける。
それにいい加減、私は私で椿ちゃんと一緒に帰って浮気関係の解消について話したいと思っていた。
だからこそ今回は断ろうとするのだけどそんな私に柚ちゃんはそっと抱き締める。
それだけでまた心がドキドキして私は反論できなくなってしまう。
「先輩! お母さんも毎日来ていいよって言ってるんです。いいじゃないですか」
「……柚ちゃんのお母さんが良いって言うなら良いのかな」
結局私はこうやっていつも流されて柚ちゃんと一緒に帰ることになるのだが。
「ま、待ちなさいよ! ちょっといくらなんでも最近柚と栞一緒に居すぎじゃない?」
「椿ちゃん……」
椿ちゃんがそんな私の服をぎゅっと掴んで引き留める。
ここ最近椿ちゃんとまともに会話が出来ていない。
それは何も私が柚ちゃんの事が好きになったから話さなくなったというわけではない。
私が椿ちゃんと話そうとすると何故か柚ちゃんが話し掛けてきて結局柚ちゃんと話すことになるのだ。
だからしばらく会話も出来ず一緒に帰ることも出来ない。
それが椿ちゃんは嫌だったのだろう。私の服を掴んで必死に止める。
「別に一緒にいることの何が問題なんですか?」
「……え?」
「確かに貴方の言う通り私と先輩は一緒にいますよ。でもそれって恋人なら当然ですよね?」
「そ、そうだけど……」
「むしろ恋人じゃないのに一緒に居ようとする椿先輩の方がおかしいですよね?」
「私は……」
私と椿ちゃんはあくまで浮気関係。それは恋人ではない。
だからこそ人前で恋人のように一緒にはいられない。
椿ちゃんも今の自分がおかしいことを言っているのは理解しているのだろう。
それでも椿ちゃんは私の服を放さない。いやそれどころか私の腕を今度は掴む。
「私は……追試があるの。知っているでしょう」
「赤点を取ってるんでしたね。それがどうかしたんですか?」
「だから栞に勉強を教えて貰う約束をしていたの。来週には追試が始まるわけだし栞にいなくなられると困るのよ」
「そんな約束してたんですか?」
「……うん。柚ちゃんに言ってなくてごめんね?」
本当はそんな約束はしていない。だけども私としても椿ちゃんと色々と話したいと思っていたし、それに椿ちゃんの悲しそうな顔を見て必死そうな様子を見てそれを無視することは出来なかった。
これで椿ちゃんと二人で帰ることが出来る。そう思っていたのだが。
「そうなんですね! であれば私も一緒に付いていきますよ」
「ーーえ?」
「前に勉強を教えた時も先輩一人では大変で私も手伝ったじゃないですか! 純粋に勉強を教えるのが目的なら私が一緒でも問題ないですよね」
柚ちゃんの言葉に私も椿ちゃんも固まる。今までは私と椿ちゃんが一緒に話していても一緒に帰っていても彼女が何か言うことはなかった。
だけども今の柚ちゃんは私を椿ちゃんと二人にさせたくないのか常に私と一緒にいようとする。
そしてそんな柚ちゃんの言葉に私も椿ちゃんも反論する術を持たない。
だからそんな中で椿ちゃんが取った行動は今までに見せたことのない感情的なものだった。
「私は栞と一緒に帰るの! 貴方は来ないで!」
もはや理論ではなかった。正論を捨てた彼女はそのまま感情に任せて私の腕を引っ張る。
「貴方も来なさい! 一緒に帰るわよ!」
「待って……! 痛い! 痛いよっ!」
腕を強く握られて無理やり引っ張られて私は痛いと何度も言うけど椿ちゃんは聞こえていないのか無視して私を引っ張り続ける。
それが凄く怖くて恐ろしくて涙がポロポロと溢れてしまった。
「怖いよ……やめて……本当に……」
今の椿ちゃんは本当に怖くて私は怯えることしか出来ない。
いつも通りの通学路は地獄の道へと変わっていた。
そんな状況に柚ちゃんはすぐに私を助けようとするけど。
それよりも早くドンッという音が聞こえた。
「ーーっ!」
倒れたのは私ではなく椿ちゃん。椿ちゃんは地面に倒れていて転んだのか膝には擦り傷が出来ていた。
勿論椿ちゃんは何もなしに転んだわけではない。
私の手を掴む椿ちゃんを引き離そうとしてその結果、彼女を突き飛ばしてしまい結果として転んだのだ。
そして椿ちゃんを突き飛ばしたのはーー。
「文……なんで」
「辞めてあげなよ! 栞が痛がってるじゃんか!」
文ちゃんは怪我をした椿ちゃんを気にすることはなく私の腕を両手でそっと触る。
「大丈夫? 怪我はない?」
「……うん」
「良かったぁ! 栞が無事で!」
文ちゃんはそういって私を抱き締める。
そしてゆっくりと私を安心させるように頭を撫でた。
「栞の髪……サラサラで綺麗。それに体も柔らかいし……顔も可愛い」
「ふ、文ちゃん……?」
「あ……! ごめん! いきなり抱きついちゃって! 栞のことが心配でさ!」
「それはいいんだけど……そうじゃなくて」
私はそっと椿ちゃんの方を見る。椿ちゃんは顔を青くしながら私と文ちゃんの二人を見ていた。
椿ちゃんの怪我は大したことはない。だけども文ちゃんは私を見るばかりで椿ちゃんが怪我をしたことに未だ気付いていなかった。
「文ちゃん……助けてくれてありがとう」
「当たり前じゃん! 私たち幼馴染みなんだからさ」
「でも……文ちゃんが今見るべきなのは私じゃないよね?」
「え?」
そう言われて文ちゃんはようやく倒れている椿ちゃんを見る。
そして文ちゃんは慌てて転んだ椿ちゃんに手を差しのべた。
「いやー! ごめんね! 栞が痛そうにしてたから助けようとしてつい」
「……っ! 別に……気にしてないわよ」
膝の痛みに顔を歪めながら椿ちゃんは何とか文ちゃんの手を借りて立ち上がる。
いや、椿ちゃんは確かに怪我をしてはいるがそんなに痛むような怪我ではない。
だとするとさっき顔を歪めたのは怪我ではなく文ちゃんの言動によるものなのだろう。
文ちゃんがあまりにも椿ちゃんをおざなりにするからそれで心が傷つき顔が歪んでしまったのだ。
「今日は私、椿ちゃんと帰るね。勿論二人で……椿ちゃんの手当てもしたいし」
空気が冷たい。そんな中で私の意見に反論する人は誰もいない。
私はそっと椿ちゃんの手を握るとそのまま手を引いて帰り道を歩くのだった。




