私、あの本を読んでみたいです
「送ってくれてありがとう」
自分の家の前。私は柚ちゃんの家で柚ちゃんのお母さんと一緒に三人で食事をしたり雑談したりして過ごした。
そして夜遅くなり、私は家に帰ることにしたのだが一人は危ないからと柚ちゃんが送って貰うことになったのだ。
「いえ……私ももっと先輩と一緒にいたかったのでだから気にしなくていいですよ」
「そうなんだ……」
自分と長い時間一緒にいたいから送ってくれた。
それだけで心が暖かくなる。そして同時に名残惜しいのは私も一緒だ。
だけども既に家に着いたわけでもう一緒にいる時間は終わり。
互いにそっと手のひらを重ねて私はそっと柚ちゃんから距離を離して家に帰ろうとする。
「ま、待ってください! その……絵本! 先輩! まだ時間はありますし絵本とか読みましょうか?」
「……絵本」
それは私にとって大切なもの。好きな人に絵本を読んで貰うことが私の夢の一つだった。
その夢自体は椿ちゃんによって叶えることが出来たのだが。
柚ちゃんも絵本を読んで貰えるなら読んで欲しい。
「……というか何で私が絵本好きって知ってたの?」
「小説ですよ。先輩の小説ではいつも絵本を恋人に読んで貰っていますから」
「……ううっ」
私は自分の想いを小説で書きすぎているのかもしれない。
何だか自分の心を覗かれているみたいで少し恥ずかしかった。
「じゃあお願いしよっかな」
「はい!」
私たちは一緒に部屋に入る。もはや毎朝起こしている柚ちゃんにとって私の部屋など見慣れた光景だ。
自分の部屋のようにベッドに座って寛いでいる。
「柚ちゃんには何を読んで貰おうかな」
私は本棚からいくつか絵本を見て吟味していると柚ちゃんが声を掛けてくる。
「私、あの本を読んでみたいです」
柚ちゃんがそう言って指差したのは本棚の上に大切に飾られた一冊の絵本だった。
それは椿ちゃんが私にプレゼントしてくれた絵本。
また椿ちゃんに読んで貰う為に大切に飾っていた絵本だった。
「これは……ダメだよ」
「どうしてですか?」
「それは……」
私は困ったように口ごもる。そんな私に柚ちゃんはゆっくりと近づくと手をそっと握ってくれた。
そしてそのまま私を優しく引っ張って抱き寄せる。
柚ちゃんとの距離が近くなって顔が熱くなる。胸がどんどん高鳴ってドキドキがうるさくなってくる。
「先輩……私、これが読みたいです。先輩が大切に飾っていたからこそ、その大切な本を読んであげたいんです」
「柚ちゃん……」
私は既に頭が真っ白でこれがきっと椿ちゃんの想いを踏みにじる行為だと分かっていてもその言葉に抗うことが出来なかった。
私は小さく頷くと柚ちゃんは喜んだように笑うと絵本を早速手にする。
「それじゃ読みますね!」
「うん」
私は柚ちゃんの肩に頭をもたれさせながら彼女の絵本の読み聞かせを聞く。
柚ちゃんの明るくて明瞭な声。それを耳にしながら私は安心感に包まれる。
椿ちゃんが読んでいる時はその姿にドキドキしてしまったけど柚ちゃんの時は不思議とそういったドキドキは無くて、だけども落ち着いた幸せな時間だった。
「どうでしたか先輩?」
「うん。とっても素敵だった」
私は絵本を大切に受け取るとまた同じ場所に置いた。
よくよく考えれば椿ちゃんと浮気関係を終わらせるのならばもうこの本を椿ちゃんに読んで貰うことはないはずなのだ。
それは当然のことのはずなのにその事実を寂しいと感じてしまうのはやっぱり椿ちゃんと離れることに未練があるからなのだろう。
それでも私は椿ちゃんに別れを告げようと心の中で決心する。
「流石にもう家に帰らないと不味いので帰りますね!」
二人で絵本を読んでいたらとっくに夜遅い時間になっていた。
流石にこれ以上引き留めるのは柚ちゃんのお母さんを心配にさせてしまうだろう。
私は柚ちゃんと一緒に自分の家の前まで見送ることにする。
「柚ちゃんさよなら」
「はい! 先輩! 大好きですよ!」
別れ際にそう呟く柚ちゃん。その迷いのない言葉に私も同じぐらい迷いなく言葉を口にする。
「私も柚ちゃんのこと大好きだよ!」




