いい子
「ただいまー!」
「お、お邪魔しまーす」
私は柚ちゃんの家の中へと緊張した面持ちで入る。
最初に家に来ないかと誘われた時は嬉しくてすっかり失念していたが、柚ちゃんの家は私と違って一人暮らしではなく家族と住んでいるらしい。
つまり私は柚ちゃん以外の初対面の人間と話さなければならないのだ。
そう思うと普段は鳴りを潜めていた気弱な性格が出てしまう。
「先輩! そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
「それは分かってはいるんだけど……初めての人、それも相手が柚ちゃんの家族だと思うと緊張しちゃって」
「大丈夫です。先輩は私が守りますから!」
私は柚ちゃんに手を引かれてリビングに案内される。
そこには金髪ロングのお姉さんが一人で料理を作っていた。
青い瞳に綺麗な顔立ちをした女の人。そんな女性の姿に思わず見惚れてしまう。
「お母さん! 栞先輩を連れてきたよ」
「お母さん……」
見た目だけなら私たちとそんなに変わらない年齢に見えるがどうやら目の前にいる綺麗な女性が柚ちゃんのお母さんらしい。
柚ちゃんの母親は娘の声でこちらに気が付くと私の方をじーっと見る。
「まあ、柚から話は聞いていたけど随分と可愛い子ね」
「あ、えっと……ありがとうございます。その……柚ちゃんのお母さんも凄く綺麗です」
「本当? 実はよく姉妹と間違えられるのよねぇ。自慢じゃないけど」
自慢じゃないと言いつつ私の言葉に気分を良くしているのか嬉しそうな顔をする。
正直怖い人だったらどうしようかと内心では怯えていたが凄く優しい人みたいで安心する。
「もうじき料理が出来るからリビングでゆっくりしててね」
「それなら私が手伝うよ。お母さんより私の方が料理得意だし」
「それはそうだけど……折角の彼女さんなんでしょ? 一緒にいてあげた方が」
「むしろ逆だよ。私と先輩はいつでもお話しできるけどお母さんと先輩はなかなか話さないでしょ。今のうちに仲良くなって欲しいし」
「それじゃ遠慮なく、あそこのテーブルで一緒に紅茶でも飲んじゃいましょうか」
まさか私一人で柚ちゃんのお母さんと会話させるつもりなのかと私は慌てて助けて貰えるように柚ちゃんを涙目で見つめる。
しかし柚ちゃんはそんな私にうっとりしつつも無視をして料理を作り始めた。
仕方ないので私はガチガチに緊張しながら椅子に座り用意して貰った紅茶を飲むことにする。
「それで栞ちゃんは柚とどんな感じなの? 柚が栞ちゃんを困らせたりしてない?」
「い、いえ……むしろ私は柚ちゃんに助けて貰ってばっかりです。少し前も看病してくれましたし毎日お弁当だって作って貰ってて」
柚ちゃんは私のことが大好きだ。だから彼女は私の面倒を色々と見てくれる。
だけども私はどうだろうか。私は柚ちゃんに助けて貰ってばっかりで私は柚ちゃんに何もしてあげていない。
「むしろ私の方が柚ちゃんを困らせているんだと思います。正直、たまに思うんです柚ちゃんは私と一緒じゃない方が幸せなんじゃないかって」
「栞ちゃんは柚と別れたい?」
「それは……嫌です。私も柚ちゃんが好きだから」
本当は分かっている。自分は柚ちゃんに迷惑ばかり掛けている人間だということを。
そして迷惑ばかり掛けているのに私は柚ちゃんに何もしてあげれていないということを。
そう分かっているけど同時に私は柚ちゃんと一緒にいたいと思っている。
だって私は柚ちゃんが好きだから、恋をしているから。
そんな私の自分勝手な言葉に柚ちゃんのお母さんは静かに紅茶を飲んでから優しい声で言った。
「柚が家に帰ってきた時、いつも柚は栞ちゃんのこと話すのよ」
「わ、私のこと……ごめんなさいっ!」
「いや悪口じゃないわよ。むしろ逆、先輩と一緒に勉強したとか先輩からケーキを貰ったとかそんな些細な話」
柚ちゃんのお母さんはカップをスプーンでかき混ぜながら私を見る。
「些細な話だけど栞ちゃんの話をしているときの柚は凄く幸せそうなのよ。貴方は自分のことを迷惑ばかり掛けていて柚は自分と一緒にいない方が幸せだと言っていたけど。逆よ、柚は貴方と一緒だから幸せなの、貴方が柚を幸せにしているのよ」
「私が……柚ちゃんを」
私はずっと自分のことが嫌いで仕方なかった。いや今だってまだ好きではないし自分のことを悪い子だって思っている。
だけども、私は……自分という存在が好きな人の幸せになっていると教えられて初めて生まれてきて良かったと思ってしまった。
「だから栞ちゃんはもうちょっと自分に自信を持つべきね! こんなに可愛くて魅力的でいい子なんだから」
柚ちゃんのお母さんはそう言って私に近づくと頭を撫でてくれる。
それが嬉しくて自分という存在を認めて肯定してくれるとは思わなくて幸せだったから幸せすぎて涙が溢れてしまった。
「す、すみません。褒められるのが嬉しくて……」
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったわ。私で良ければこれからも何度でも褒めてあげるわよ!」
柚ちゃんのお母さんはそう言って明るく笑うのだった。




