私を頼ってくださいよ! 私を求めて下さいよ!
「せんぱーい! 体調どうですかー?」
私は元気な声と共に先輩の部屋の中に入る。先輩は体調が悪くなっているのか、浅い呼吸をしながらしんどそうに私を見ていた。
「柚ちゃん来てくれたんだね。……椿ちゃんは?」
「椿先輩は来ませんよ。今日は先輩と私の二人きりです」
「……そっか」
先輩は静かに呟く。先輩なりに表情を変えないようにはしているのだろうけど、声色から既に椿さんがいないことを残念だと思っているのはすぐに分かった。
大丈夫、分かってる。私は先輩の恋人、椿さんは文さんの恋人。
だから大丈夫。そう頭では分かっているのに心はずっと苦しいままだった。
「先輩! 具合はどうですかー?」
「……ごめんね。あんまり良くなくて」
お昼に電話した時はまだ会話が出来たが夜になって悪化したのかその声は弱々しいものになっていた。
ベッドの隣には乱雑に薬が置かれておりしっかりと飲んではいたみたいだが、それでも今は具合が悪いみたいだった。
「先輩、とりあえず何か食べますか? 一応先輩に食べやすいようにってお菓子とか飴とか買ってきたんですよ。もしお粥とか食べたいならそっちも作りますし」
私は大量に買ったお菓子や飴、その他風の時に役立ちそうな諸々が入ったビニール袋を見せる。
「……お菓子食べたいかも」
「お菓子ですねー」
私は一口サイズの小さなチョコを手で摘まむとそっと先輩に食べさせる。
先輩は小さな口を開けてはむと食べるとしんどそうに私を見る。
「も、もう食べられないかも……」
「別に気にしなくていいですよ。残りはまた治ってから食べればいいですし」
私はそう言って笑うと先輩の髪を優しく撫でる。
先輩自身は手入れはしていないって言っていたけどその割にはさらさらで綺麗な髪だった。
やがて撫でられて安心したのか小さく寝息をたて始めた。
「やっぱり可愛いなぁ先輩は」
静かに寝ている顔を見て思わずそんな言葉が出た。
「ううっ……やだ……やだよ」
「……先輩?」
しばらく先輩を眺めていると悪い夢を見ているのか苦しみながら小さく言葉を口にする。
私はすぐに先輩の手を握り大丈夫だと伝える。
「おいていかないで……独りにしないで……」
「大丈夫ですよ。私がここにいますから」
そう優しく彼女に呟くと先輩は安心したような表情になってーー。
「椿ちゃん……」
そう静かに呟いた。それは彼女の寝言に過ぎない。
だけども私はそれを聞いて心が壊れるような痛みを覚えた。
痛くて苦しくして悲しかった。私が一番先輩を好きなのに私が先輩の恋人なのに先輩が求めているのは私ではなく椿だった。
「なんで……なんで椿なんですか……先輩の恋人は私じゃないですか」
それに対して先輩は寝息を立てるだけ。それでも私は言葉を続ける。
このまま心に秘められるほど今の私は大人ではないから。
「もっと私を頼って下さいよ! 私を求めて下さいよ! あんな……あんな女じゃなくて私の方が先輩を愛しているんです! だから! 私を好きになって愛して下さいよ!」
涙がポロポロと流れる。私と先輩は確かに恋人だ。
だけども恋人なんて只の肩書きに過ぎない。私には文さんのように共に過ごした長い時間があるわけでも椿のように先輩から好かれているわけでもない。
それを私はきっと心の底で理解していたから先輩の恋人という肩書きにすがることしか出来なかったのだ。
私はこの場にいるのが辛くなって鞄を持って先輩の部屋から出る。
そしてリビングのソファーに座るとそっと鞄から文集を取り出す。
それは私が先輩と出会うきっかけになった文集。
私は涙を拭って呼吸を整えてその文集を読む。先輩の書いた短編、沢山の愛してが詰まった小説。
それを読むことで先輩の気持ちを知ることが出来ればと考えたのだ。
「先輩……絵本を読んで貰う展開好きだなぁ。……あれ? この短編のヒロインって……」
嫌な予感がして他の短編も読む。先輩の書いた小説は最初の頃は気づかなかったけどヒロインがみんな同じ特徴を持っていた。
それは白くて綺麗な髪で透き通るような青色の瞳で……。
まるでそこに書かれていた相手はーー。
「愛嶋椿……」
私がずっと惹かれていた先輩の小説は先輩が書いた椿へのラブレターだった。
私が惹かれた大量の愛しては全て椿に向けられたものだったのだ。
「うわぁぁぁぁ……ぁぁぁ」
私はその場で静かに涙を溢した。本当は分かっていた。
先輩の視線の先はいつも椿にあって私を見てはいないということぐらい。
それでも恋人だからきっと妥協でも付き合っていけばいずれ恋が伝わって好きになってくれると愛してくれると思っていた。
でも多分それでは先輩は私を好きにはなってくれない。
先輩の心はいつも椿にある。もっと私が好きになって貰うように努力しないと……。
「あれ? そうか……だから先輩は私のこと好きになってくれないんだ」
そこまで考えて私はあることに気がついた。先輩の小説にあったのは大量の愛してだった。
そして私もまた先輩に愛して貰おうとしていた。
それがダメだったのだ傲慢だったのだ。私は先輩に愛されるように努力するのではなく先輩を愛する必要があったんじゃないだろうか。
「……今週の土曜日。私たちがデートに行く日、この日に先輩と向き合おう。愛して貰うように頑張るんじゃなくて沢山愛せるように頑張ろう」
私はそう覚悟を決めるのだった。
ーーー
「先輩! 体調はどうですか?」
朝、私は先輩をゆっくりと起こす。先輩はまだ寝てたいのか少しぽわぽわしていた。
「んー、一日休んだら良くなったかな」
「本当ですか? 先輩は嘘つきだからなぁ」
私はそっと手で先輩の熱を測る。確かに昨日みたいに熱いというわけではない。
体温計も使って測るがやっぱり熱は下がっているようだった。
「大丈夫そうですね!」
「あの……柚ちゃん」
「どうかしましたか?」
「いや……何でもないんだけど。なんか雰囲気変わった?」
「変わってないですよ」
そういって軽くキスをする。先輩は特に嫌がる素振りもなく優しく笑ってくれた。
「先輩……愛しています」
「私も愛してるよ」
先輩はそれだけ言うとゆっくりと立ち上がり学校に行く準備を始める。
私はそれに合わせるように朝食の準備をしに部屋を出た。
ばたんと扉を閉めて廊下に出る。そこで私は小さく呟いた。
「ーー嘘ばっかり」




