私もお見舞いに行っていいかしら
「柚ちゃん……ごめんね。迷惑掛けちゃって」
部屋の中。先輩がぐったりとした状態で静かに謝る。
そんな彼女に対して私は首を静かに横に振った。
「私は先輩の彼女ですよ。迷惑ぐらい掛けてもいいんです」
「……ありがとう」
先輩が力無く笑うとゆっくりと体を起こしてベッドから立ち上がろうとする。
私はそんな先輩を慌てて支えてゆっくりとベッドに座らせる。
「ど、どうしたんですか? 何か喉が乾いたとか」
「あーそうじゃなくて」
先輩は熱が出て意識がふわふわしているのかぼんやりとした表情で答える。
「学校に行かなくちゃって」
「は、はぁ? いやいや! ダメですよ。先輩すごい熱だったじゃないですか! 今は安静にするべきです」
「でも……勉強が遅れちゃう」
この人は何を言っているんだ。先輩の表情はしんどそうで熱だってかなりの高熱だった。
普通に学校なんて休んでしまえばいいのに、彼女は成績のことを考えて自分のことを一切考えてはいなかった。
結局、あの時の先輩と何も変わってはいないのだ。
私がいるからまだ普通のご飯を食べて綺麗な部屋に過ごせているが一人になればあの危うい状態に戻ってしまう。
「大丈夫です先輩。今日は休んで良いんですよ。大体、こんな状態で勉強なんて出来ません。むしろ病状が悪化してもっと休むことになりますよ」
「……うん」
聞いているのか聞いていないのか分からないが流石の先輩でも体調が悪すぎたのか、そのままぐったりと倒れてしまった。
「先輩、今日は私も休みますよ」
「大丈夫。どうせ家で寝るだけだから、柚ちゃんは学校に行って」
「でも病院ぐらいは私も一緒に」
「大丈夫だから」
全然大丈夫だとは思えなかったけど、実際私がいて出来ることは限られている。
それでも病院の付き添いとかそれぐらいはしたかったが先輩は頑なに首を振るうばかりだ。
本当は否定されても側にいたかった。でもこのまま先輩と問答を続ければ返って先輩の負担になるのも事実。
「分かりました。でも心配なのでお昼頃にまた電話しますね?」
「うん、ありがとう」
先輩はそういって優しく笑う。そんな先輩を見ながら部屋を出ようとするが、服に何かが引っ掛かる感触があった。
すぐにその方向を見てみると私の服の先を先輩が握っていた。
「……先輩?」
「あ……なんでもない。ごめんなさい」
それはきっと先輩も無意識でやっていたことなのだろう。
すぐに悪いことをしたかのように先輩は謝った。
別に謝ることなんかじゃないのに人に頼ることは何も悪いことじゃないはずなのに。
「先輩! 学校が終わったらすぐに先輩のところに迎えに来ますから」
それに対して先輩は言葉を発することも辛いのか静かに頷くだけだった。
ーーー
「そっかー栞が病気かぁ」
「……はい」
昼休み、私たち三人はいつもの部室で弁当を食べる。
今回は先輩が休みだったので先輩の分のお弁当は三人で分けて食べることにしていた。
「でもよく栞を大人しくさせたねー。あの子、学校に行こうとしてたでしょ」
「……前にもあったんですか?」
「うん。本人としては自分の体調なんてどうでもいいんだろうね。熱が出てた時も熱があることを知らないまま学校に来てたし」
少しだけ先輩らしいとは思った。きっと先輩は身体がしんどいなと思うだけでその後の熱が出ているかもとか体調が悪いから休もうとかそういった考えにならないのだと思う。
「さてそろそろ時間ですね」
「時間?」
「この時間に電話するって伝えてるんですよ。先輩ちゃんと病院行けているかも心配ですし」
私はそういって先輩に電話を掛ける。しばらくのコール音の後に先輩のしんどそうな声が聞こえた。
「先輩! 私です! ちゃんと病院は行きましたか?」
「なんとかね。一応只の熱だったみたい。薬飲んで家で休めば治るって言ってたよ」
「そうですか、何事もなくて良かったです。学校が終わればお見舞いに行きますね」
「……うん。あのノートとか」
「そこは文先輩が用意してくれるみたいです」
「そっかありがとう」
それを聞いて安心したのか先輩は静かに息を吐いた。
先輩は勉強熱心だから、学校を休んで成績が落ちるのを嫌っているようだった。
「それじゃ文ちゃんに変わってくれるかな? お礼も言いたいし」
「分かりました! 文先輩! 先輩からのお電話です!」
「はーい」
私は文先輩にスマホを渡そうとする。だけどもそれよりも早く私のスマホは椿さんに取られてしまった。
「……え?」
「その……借りるわよ」
椿さんはそう言うと待ち切れないといった様子で先輩と話し始めた。
「大丈夫なの? そうーー」
頬を赤くしてまるで恋人と話すかのように普段は聞かないような優しい声で椿さんは電話の向こうの先輩と話している。
その光景はまるで椿さんが先輩に恋をしているように見えて、椿さんは文さんの彼女なのに何故だか不安になった。
「じゃ、じゃあ文に変わるわね」
長々と会話をした後に椿さんは文さんに代わり文さんは軽く話して電話での会話を終えた。
そして文さんは椿さんの方を見て維持悪な笑みを浮かべる。
「随分と仲良さそうじゃん。いつの間にそんなに仲良くなってたんだか」
「は、はぁ? そんなわけないでしょ? ただ私は友達として栞のことが心配なだけよ」
本当に友達としてだけなのだろうか。それにしては電話で話していた椿さんの表情は恋をしている人の顔をしていた。
だけども椿さんはそれだけでは飽きたらないのか私の方を見て静かに口を開く。
「その……お見舞いに行くのよね」
「そうですけど」
「私もお見舞いに行っていいかしら。随分と栞も体調悪いみたいだし友達として心配なのよ」
友達として……その言葉は人の恋人に近づくための便利な言葉に聞こえた。
すぐにでも嫌だと私と先輩の間に入ってきて欲しくないと言ってやりたかった。
だけどもそれを口にする勇気はなくてだからといって椿さんの言葉に頷きたくもなくて黙ることしか出来ない。
「椿、辞めておきなよー。柚と栞は恋人なんだし二人きりにさせてあげなって」
私と黙っていると文さんが静かに椿さんを宥める。
そこでようやく彼女は私が困っていることを知り、バツが悪そうな顔をした。
「あーごめんなさいね。私も栞のことが心配だったから」
「心配する必要はないですよ。私、先輩の彼女ですから先輩の面倒は私が見るので」
私は元気よく笑う。それに対して椿さんは静かにそうと呟くだけだった。




