窮屈そう
「調子はどうかな?」
「あんまりですね……」
小説を書き始めて少し時間が経って栞さんが心配そうに尋ねてくる。
一応書くには書いているが文章やストーリーはあまり良いものとはいえない。
文集で載っていた栞さんみたいな小説はとても書けそうにはなかった。
そんな落ち込んでいる私に対して栞さんは優しく笑いながら原稿用紙の中身を見る。
「ちょっと見せて貰うね」
栞さんは私の書きかけの小説を黙って読んでいる。
そんな栞さんを見て文さんもまた私の小説を覗き見た。
「へぇー、結構上手に文章書けてるじゃん! 柚は小説とか書いてたの?」
「そういった経験はないですけど、本自体は何度か読んでたので」
「執筆経験がなくてこれだけ書ければ十分だよ。ストーリーだって良い感じだし」
私が書いた小説は恋愛小説。理由は単にこの学校で人気のジャンルだったから。
私は恋をしたことはない。だけども恋をしていなくても恋をしている人を文章として書くことは出来た。
ストーリーだって適当にそれっぽい物語を作っただけの話だ。
だけどもそれですっかり誤魔化すことが出来たのか文さんは私の小説に満足しているみたいだった。
適当に書いた私の恋物語を良い作品だと言っていた。
「柚ちゃんは小説を書いてどうだった? 楽しかったかな」
「あー、はい。楽しかったですよ」
私は適当にそう答えた。本当は苦しかった辛かった全然楽しくなんてなかった。
言ってしまえば国語の宿題をやらされているような感覚だった。
だけどもそんなことを言うと人間関係が崩れるのは分かっているので相手が求めているであろう言葉を口にする。
そんな私に対して栞さんはそっと私の隣に座ると今までと変わらない表情のまま静かにこう言った。
「嘘ばっかり」
「……なんで嘘だと思うんですか? そんなに顔に出てましたか?」
「顔には出てないよ。でも文章には出てた」
「文章に……」
「なんて言えばいいんだろうね。柚ちゃんの文章、何だか窮屈そう。書きたいもの書いてない感じがした。何かに遠慮しているようなそんな気がしたの」
私が栞さんの文章を読んで愛されたいという想いを感じ取ったように栞さんもまた私の小説を読んで窮屈だと感じたようだった。
「柚ちゃん。小説の中でぐらい素直になってもいいんだよ」
素直と言われて私は黙ってしまう。私は沢山の友達がいる。
だけどもその全員が私の本当の気持ちを本当の悩みを知らない。
恋愛の話なんか興味がないなんてことを誰も知らないのだ。
「まだ書いてみる?」
「……きっと私の小説。誰にも読まれませんよ。ストーリーだって万人受けするようなものじゃないですし」
「でもそれが柚ちゃんの書きたいものなんだよね?」
「……それは」
「それに誰にも読まれないなんてことないよ。柚ちゃんの小説は例えつまらなくても私が読んであげるから」
栞さんはそう言うと原稿用紙を再び渡した。それに今度は私の本心を私が書きたかった物語を綴った。
それは内容でいえば滅茶苦茶だった。書きたいものだけを書いたのだから当たり前のことだ。
出来でいえばさっき書いた恋愛小説の方が幾分かマシだろう。
だけども今の小説を書いている時は自分に正直になれた気がしてーー楽しかった。
「途中までだろうけど見せて貰うね」
栞さんは私の原稿用紙を読む。正直私としては落胆されやしないかと不安だったが私の小説を読む栞さんの表情はとても楽しそうだった。
「うん。凄く面白かった」
「な、内容は滅茶苦茶ですよ。なのに面白いわけないですよ」
「そうだね。確かにストーリーはまだまだ見直しが必要だと思うけど……でも読んでて柚ちゃんの楽しいって気持ちが伝わってきたから。だから私も読んでいて楽しいなって面白いなってそう思っちゃったの」
きっと栞さんの言葉は嘘ではなく本当の感想なのだろう。
本当の感想だから、私は読まれて嬉しいと思った。
「私は柚ちゃんの小説好きだな」
「……あ、ありがとうございます」
私の不器用な気持ちを綴った小説。それを好きだと言われて何故か顔が熱くなる。
もっと栞さんに自分のことを知って欲しい。同時に自分もまた栞さんのことを知りたいと思った。
なんでこんなことを思ったのか、そんなのはもう既に理解している。
私は恋をしていた。栞さんと出会うことで私はようやく人を好きになることが出来たのだ。
「もし、私たちの部活に入ってくれるならなんだけど……その時はまた柚ちゃんの小説読ませてくれると嬉しいな」
そういって私の手をそっと握ってくれた。栞さんの手は白くて綺麗な手で、柔らかくて暖かくて思わずドキドキしてしまう。
「あ、あの! もう決めました! 私、栞さんの部活に入りたいです!」
「そんなすぐに決めなくてもいいんだよ。まずは他の部活も見学してから……」
「あーいやそうなんですけど、そこには栞さんがいないっていうか」
「……?」
「な、何でもないです! とにかく私、この部活に入ることにします!」
「そっか。私も柚ちゃんが来てくれて嬉しいよ」
私は初めての恋という気持ちに戸惑いながらも栞さんから離れたくなくて彼女のいる部活に入ることにしたのだった。




