41. リオネの実のジャムとクッキー
そのクッキーをひと口かじったとき、あたしはこの瞬間のために頑張ってきたんだなって、心の底からそう思った。
「うっま! え、めっちゃうまくね!?」
「確かに美味いな」
「…………」
「セシルどうしたの……あれ、息してる? え、セシル!?」
あたしはこの日、リズの手作りジャムクッキーを食べて感動のあまり昇天しかけた。
リオネのジャムとクッキーの香ばしさが絶妙で、あたしは人生で一番の美食を体感したと思っている。
このクッキーがあればすっごく辛いことだって頑張って乗り越えられる気がするわあ、ってくらい、あたしの好みドンピシャだった。
好物ランキング堂々1位獲得だね!
何を隠そう、ジャムはあたしが作ったんだけどね。
きっかけは些細な出来事だった。
騎士団の指名依頼の日、朝から出かけてたのに帰ってきたのはもう日が沈みそうになっていた。
その日はとにかくまっすぐ帰って、いっぱい食べていっぱい寝て。
次の日は予定通りリズの所へ向かった。
日中は仕事が立て込んでる可能性も考えて夕方になってから顔を出したんだけど、案の定仕事が残ってるみたいで、軽く立ち話くらいしかできなかった。
なんかまた騎士団から別の依頼? が入って、ルベルさんは留守にしているらしい。
怪我ひとつなくピンピンしてるよ! ってあたしの報告に安心してたから、行って正解だったけどね。
一応ジオンとトールのところにも顔を出して、終わったよって報告と魔法の練習の成果を聞いて、ちょっと雑談もしてから帰路についた。
2人に会ったのはジオンの商会というか裏の自宅の庭だったから、商店街をぶらぶらひやかして歩く。
新しい髪留めが欲しいなーって気分になったので、雑貨屋にも寄った。
そこでコロンと丸い、片手にのるくらいの分厚いガラスの小瓶を見つけたのだ。
よく見ると一部だけ表面がふくらんでて、花だったり果実だったり、色んな模様があるみたいだ。
かわいいガラス瓶を見てるうちに、何だか無性にジャムを作りたくなった。
実は枝ごと貰った分のリオネの実がまだいくつか残ってるんだよね。
多分だけど魔力を蓄えて実るらしいリオネの実は、旬がないし傷みにくい、ちょっと不思議な果実だ。
大事に食べてたんだけど、思い切ってジャムにしちゃおう。
そんでリズと、ついでにジオンとトールと、あとオマケにエイガスさんとジルさまにもおすそ分けしよう。
ちょうど売ってる瓶の数、サイズ違いで6種類あるしね。
いそいそ小瓶を購入して、それから砂糖とパンもたっぷり買って。
アパートに帰ってキッチンに立った。
キッチンって言っても狭い流し場と小さな魔導コンロが1つあるだけだから、凝った食事を作るには向いてないけど、鍋を使うくらいなら問題ないんだよね。
まずは瓶を洗って、沸かしたお湯にぶち込んで消毒。
調理ナイフでリオネの皮を剥いて、大量の砂糖と少量の別の果汁と一緒に、またしても洗った鍋にぶち込む。
最初にアクだけ取ったら、あとは弱火でじっくりじっくり煮込むだけ。
すぐに部屋中にリオネの香りが広がった。
もうこのまま食べてもいいんじゃない? って誘惑と全力で戦いながら、焦げ付かないようにへらで混ぜる。
あたしだって小さい頃は母さんの食事作りの手伝いしてたから、これくらいはできる。
肝心の少女時代に家を離れてたから、今でも作れる料理のパターンなんかはほぼ持ってないのが実情です。
だからいつも外食で済ませることが多いんだよね。
金銭的には困ってないし、今さら誰かにわざわざ習いに行くのもなー、って後回しにしちゃって、出かけたくないときなんかにちょっとだけ後悔することもなくはない感じかな。
でもまあ……たまにはこういうのもいいよね。
くつくつと沸騰する果肉を見つめていると、とりとめなく色んなことを思い出す。
この部屋はCランクになったときに借りたけど、キッチンに立ったのは両手を超えるか否かってくらいだなーとか。
モルオルの魔法ヤバかったなーとか。
どういう対策すれば一番安定して収穫できるかなーとか。
宵鴉に聞いてみれば良かったのかも、とか。
ガルディスさんの怪我、完治にはちょっとかかるだろうけど後遺症とか残らなさそうで良かったなーとか。
リーダーさんを助けてから蒼の牙のメンバーにめっちゃ拝まれるようになって、なんか怖いからあんまり近付かないようにしようかな……とか。
帰ってきたときも平然として見えた団長さんの体力絶対ヤバいよね、とか。
やっぱ支援魔法めっちゃ反則技よね、とか。
ぶっちゃけあの人、だいぶ真人間になったよねーとか。
それから──やっぱりあたし別にあの人のこと嫌っても恨んでもなかったけど、実はめちゃくちゃ腹立ってたんだな、って今さらながら実感したりとか。
まあ文句言えてスッキリしたから、今はもう関係ないけど。
なーんて、のんびりした動きや景色とは裏腹に、頭の中は情報の洪水が起きてた。
うーん、まだちょっと興奮状態なのかも。
ジャムが完成したら、今夜もしっかり寝ておこう。
そうしてでき上がったジャムを瓶に詰めて、残りを買っておいたパンに付けて堪能して、片付けしてぐっすり寝て。
そうして翌日に5つのジャム瓶を配り歩いた。
リズの分は大きな瓶。
中くらいの瓶2つは、協力者でもあるジオンとトールに。
小さめの瓶2つはエイガスさんとジルさまに。
──いつも世話になってる人たちに、ちょっとした幸せのおすそ分け。
はたして全員に『手作りなんてできたの?』って顔されたのは納得いかないけどね!
でもってそれからさらに2日後、今度こそ手が空いたリズの家に、久々にあたしたちは集まることになったのだ。
そこで出されたのが、このクッキーだった。
あたしの作ったジャムを使って作った手作りクッキー。
パンに付けてもそのまま食べてもお茶に入れても美味しいリオネのジャムは、リズの特製クッキーと合体すると至福の味へと昇華したのだ。
なんてこった、完敗である……!
「セシル、ねえセシル落ち着いて。誰も勝負してないから」
「なーんか久しぶりに見る気がするなあ、暴走セシル」
「最近忙しかったからな」
「やっぱ疲れてると静かになるよな」
「お前もそうだろ」
「あーまあ、それが普通の反応か」
「うっさいよ、味わってるんだからジャマしないで」
「いっぱいあるから大丈夫だよ。お土産用に袋にも詰めてあるからね」
「こ、ここに女神が……!!」
「落ち着いて……!?」
上がるテンションのまま騒ぐのは、本当に楽しい。
余裕がなかったとか、切羽詰まってたとかって言わない男どもの気遣いがちょっぴり照れくさい。
大丈夫、あたしは元気だとも。
過去の因縁については明言することはないけど、あたしの中ですっきりきっぱり整理をつけることができたから。
多分また会っても前とは違う反応になると思う。
あたしは今も、これからもフォルナに住むCランク冒険者だ。
……まあだからこそ気になることもあるんだけどね。
「ところで、皆は冒険者ギルドって行った?」
「急にマトモになんのかよ!? 温度差で風邪ひきそう……」
きっちりツッコミを入れるのは、いっそジオンのいいところな気がしてきた。
いやでもジオンって、トールよりよっぽどマメだよね?
騒がしいから気付きにくいんだけどさ。
そんなマメさを、お黙り、の一言で封じて話を続ける。
ふんふん、ジオンとトールは昨日行ったけどリズは最近は全然行ってないと。
あ、でも最低限の情報は2人から流れてきてたと。
なるほど、じゃあ立ち入り制限が解除されたことは皆もう知ってるんだね。
つまり魔物の氾濫の兆候は治まったらしい。
フォルナの住人なら冒険者でなくとも常に気にしておかなきゃいけない部分だよね。
謎の敵についての情報は制限されてるけど、最近の異変は片付いたと騎士団からも正式に通達があったようだ。
つまりこれで騎士団も巡回を再開して、もう少しで完全に日常に戻るってことだね。
そう思ったのに、リズから思わぬ情報が入った。
「昨日おじいさまから聞いたんだけどね。今回セシルが行ってた樹海の異変、魔導具が関係してるらしいの」
ちょっとだけ声を潜めたリズの目は、ちょっとどころじゃなく好奇心と興味と探求心にキラキラ輝いていて、あたしは必死で笑顔をキープする羽目になった。




