40. 今度はあたしから
ガルディスさんを見つけた時は、本気で肝が冷えた。
全身に裂傷だの打撲だの骨折だの……無事なところなんてほとんどないレベルだった。
それでも、何とかまだ間に合う。
全身全力全開で治療を続けるあたしの隣で、ナディアさんがぽつりと零した。
「……セシルちゃんが来てくれて、本当に良かった」
「安心するのは全部終わってからですよ!」
言葉とは裏腹にわざと自信たっぷりに笑って返しながら治療に専念した。
そうしてガルディスさんの容体が安定し始めた頃──森の向こうに、光が落ちた。
離れていても届く眩さに誰もが目を見張った直後、空が割れたようなすさまじい音と振動が届く。
白昼の空をさらに白く染め上げるような光が消えた後も、肌が泡立つような濃厚な魔力が漂っている気がした。
それだけ強烈な魔法だった。
光の柱が立ってしばらくしてから、その男はやってきた。
後ろから数人の騎士と治癒師も数人ついてくる。
治癒師が入ってこられるってことは、もう作戦は成功したってことだよね。
ていうかそうであってほしい。
そう言え、早く。
「さ、作戦は無事に成功しました。皆さんのご協力に感謝します」
あたしがどんな目をしてたのかはわからないけど、じっと見つめられた殿下は作戦の成功を告げた。
全員の張りつめていた空気がゆるむ。
あたしも、いっそ手足を投げ出して地面に倒れ込みたい気分だった。
応援の治癒師の姿を確認した時に、ガルディスさんにかけていた治癒魔法は解いてある。
ヤバい状態からは回復したし、さすがに後は任せたい。
魔力残量よりも、単純に体力の限界が近づいてる。
でもまだ残ってるんだよね、大事なこと。
これだけは後回しにできない。
「でん……監察官殿、少しいいですか」
「あ、ああ、勿論だ」
第2拠点でやらかしたアレコレは取り返しがつかないとはいえ、別に開き直って過去を吹聴したいわけじゃないから、ガルディスさんたちを他の治癒師にお願いしてちょっとだけ離れたところへ王子サマを連れていく。
めっちゃ歯切れ悪いけど、ひとまず放置で。
丸見えだけど、聞き耳を立ててもギリギリ聞こえないだろうって感じのとこまで行って、改めて相手と向かい合う。
しっかり目を見て、あたしは口を開いた。
「協力してくれて助かりました。あなたがいなかったら治癒に専念できなかったと思います。ありがとうございました」
「……いや、君が契約を持ちかけてくれたお陰で作戦を完遂できたようなものだ。こちらこそ礼を言う。──ありがとう」
思わず「え゛っ」て声が出かけたのを根性で止める。
いやさすがに感謝の言葉に驚愕の声で返すのは失礼すぎると思ったからね。
表情まで完全に取り繕えたかは自信ないけど。
これはもう早めに切り上げた方がいい気がしてきたから、さくっと本題に入った。
「こほん、ええと、それでは非常事態は脱したので契約を解除して……殿下?」
さっきお互いに礼を述べた時以外、絶妙に視線がかみ合ってないんだけど?
あなた、むしろガッツリ目を見てくるタイプじゃなかった?
なんかこう、不自然な姿勢とか微かにうろたえてる感じに見覚えがあるような……あ、弟だ!
もっと小さい頃だけど、悪いことした自覚があって言い出せない時の姿にそっくりで──ん? 悪いこと?
「──ねえ、殿下。あたしのゴーグルは?」
無意識にひっくい声が出て、明らかに殿下の肩が跳ねた。
はあん? 壊したの? 壊したんだね?
大事な大事な親友のリズがあたしたちのためだけに工夫して作ってくれて、それを元に雨期の手伝いのお礼にってわざわざルベルさんが改良してくれた、あたしの大事な感知ゴーグル、壊したのね?
にっこり笑って見据えてやると、懐から布に包まれた塊が出てきた。
ハンカチと思しき綺麗な布にやけに丁寧に包まれていて、あたしが大切な物だって言ったこと、理解してるんだなって気が付いた。
両手にそっと乗せておずおずと差し出してくる。
「本当にすまない。その、雷撃を食らってしまって、その影響で壊れてしまったようで……すまない」
ずーんと音がしそうな全力の落ち込みぶりに、ちょっと怒りが削げた。
ひとまず布ごとゴーグルを受け取って、その時やっと両手の火傷に気が付いた。
袖も焼け焦げたような跡がある。
あれ、と急いで顔を上げて、突然目が合って驚いた様子の王子サマの顔にもうっすら火傷を見つけた。
よくよく見ると、端の方が少しだけではあるものの、髪がチリチリに縮れている部分もある。
そのことに気付いた途端、すっと完全に怒りが引いた。
支援魔法でブースト中のこの人は、生半可な攻撃じゃ怪我しないのに。
その雷撃とやらは、凄まじい威力だったんだろう。
そこまでして戦った人に、安全な場所にいたあたしが文句をいうのは、なんか違う。
あたしが安全なのは役割が違うから仕方ないとしても、危険な役目をこなした人に感情的な理由で言いがかりをつけたくない。
一瞬でもそう思っちゃったら、何も言えなくなった。
「……わざとでも注意不足でもないなら、仕方ないです。あとその手、早く治してもらった方がいいですよ」
文句は言わないけど、むくれる気持ちはあるから治療はしてあげない。
「じゃあ契約は解除しますね」
「──ああ」
しっかり顔を見て宣言して、ゴーグルと交代で契約用紙を取り出す。
相手が了承したのを確認して──
ビリィッ!! と勢いよく破り捨てた。
半分にするだけじゃ足りずに、身体強化も使って重ねては破りを繰り返して、小さな紙片になったところで『着火』の魔法で灰になるまで焼き尽くしてやった。
はーーー、すっきりした!!
さわやかな汗と笑顔をこぼすあたしの前で、王子サマ……じゃない、今は監察官殿、が若干顔を引き攣らせてた気がするけど気のせいだよね。
うふふ、とご機嫌で笑って、あたしは監察官殿に丁寧に頭を下げる。
「お疲れさまです。私はこれで御前失礼します」
最後に一度だけ深く頭を下げて、そそくさと離れる。
王都にいた頃と別れの言葉は同じだけど、何もかもが違うなあなんて考えて、まあさすがにもう関わることないでしょって、全部気にしないことにした。
雇われ冒険者のあたしたちは、あとは帰るだけのはず。
さすがにね、もう疲れたからあとは任せるねーって怪我人を放置するのは無理だけどさ。
帰ったあとのことに思いを馳せるくらいは許されるよね。
街に帰ったら、いっぱい食べて、いっぱい寝て。
それから明日はリズの顔を見に行こう!
ルベルさんの忙しい仕事が作戦用のゴーグル関係だったのなら、ちょっとは手が空いてるといいなあ、なんて淡い期待を抱きながら、あたしは宵鴉の元へ走った。
燃えろよ燃えろ( *´艸`)




